「やあ、また来たんだね」
……なんだ、夢か。夢……夢だから逃げられない。夢だから、偽れない。だから夢は嫌いだ……逃げ込みたくなるから、嫌いだ。
だから毒だ。優しい毒、何千回と■を誘惑してくる罠。
金と朱の混ざった瞳は理性的に、それでいて本能を剥き出しにした執着さえ感じさせる。それが、酷く怖くて…蠱惑的で、彼女を自分のモノにしたくなる。彼女のモノになりたくなる。
「…さて、キミは何回目だい?」
――7212回目。繰り返した数は忘れたけど、セイアさんに会った回数は覚えてる。
「そうか……キミの苦労は、きっと私には理解すら叶わないだろうね。安易な言葉はかけない。恐らく、前回の私もまた同様の言葉をキミに届けたのだろうね」
未来の観測者。他次元の"可能性"を覗き見る予測予言の権能。■と同類、とも解釈出来る。
「でも……どうだろうか。そろそろ、立ち止まらないかい?足掻き、突き進む――大いに結構だ。然しキミを部分的に観測する私から言わせてもらえば、あまりにも痛ましい。魂が変質し続けるキミは、果たして元のキミと同一と言えるかい?『楽園』に辿り着いた時、キミはダレになっているんだい?」
……どうだろう。でも、まだ止まれないかな。
元とは違う…?ううん、その解釈が違う。変化を望まれ、変化しないから処分された。なら、今…変貌する■は本来の在り方だ。本来は在れなかった、無貌の■。
「…………」
彼女の顔は見えない。
ずっと抱き締められているから…包まれているから、彼女の心臓の音と肌の熱しか感じない。優しい毒は視界を介さず、温もりから魂へ干渉するのみ。
酷い誘惑だ。疲弊して、ボロボロになった魂はセイアさんの提案に傾く――けど、心中の趣味なんてない。良かった、理性がとうの昔に壊れていて……正常だったら、そのまま膝をついて彼女に依存していた。
そっと立ち上がって、強引に彼女の抱擁を解く。
……何度でも、言うよ。■はまだ止まれない。止まってる暇はない。まだ辿り着けていないから。まだ、
「…………『楽園』とは、斯くも残酷だね」
やっと顔を見る事が出来た彼女は、悲しそうに眉を寄せていた。きっと■も同じ表情をしているし、夢だから互いに隠し事は出来ない。
「『楽園』の証明…エデンに繋がる不可視の道筋。キミには楽園に辿り着きし者の真実を、証明することは出来るのかい?」
七つの古則…その五つ目。
「理解に困る言葉の羅列だ。一つの解釈としては、これを楽園の存在証明に対するパラドックスであると見ることもできる」
…『楽園』は誰が証明するのか。もし『楽園』が存在するとして、そこに辿り着いた者は至上の満足と喜びを抱く故、永遠に『楽園』の外に出ることはない。
『楽園』を伝える者がいない。もし伝達者が『楽園』の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような『本当の楽園』ではなかったって事になる。
「同意見……いや、いつかの私がキミに話したのかな。で、あるなら…その言葉にキミはなんて返したんだい?今、キミがこの場にいるのは、一つの答えを得ているからだと勝手に認識しているよ」
……ある人は、『楽園』の認識を語った。
つまり…そこを『楽園』と定めるなら、辿り着いたも同然。『楽園』には誰でも至れて、でも未だ誰も至れない。
満足する生涯を全うしたなら、最後の最後には過去から現在までを『楽園』だって認識できる。それが一つの答えだと思う。
「……そうか。然し、其れはキミの告げた『ある人』の認識だろう。私は、キミに聞いているんだ。
…………。
『楽園』を証明出来るのか。それを信じて、幻想か現実かも分からない不明瞭なモノに手を伸ばせるか。
綺麗事を重ねるなら、これから起こりうる『未来』はナギサさんが他者を信じていれば違う結末を迎える。異なる視点を繋いで、多方面から事を観察すれば楽に解決出来たかも。でも最善こそが最優とは限らない。
■が思うに、『楽園』は通過点でしかない。エデンの遥か先――後悔を引き摺る満足死こそが、終着点であり人の目指す最終目標。後を託して、逝ける…それこそが『楽園』以上の最期。
「『楽園』を軽んじるのかい?」
ううん、『楽園』は素晴らしい。本当に存在するなら、センセは死なないし毎日セリカさんの膝枕で寝れるし、誰も不幸にならない。
きっと『楽園』は一つの終着点だ。望む者にとっては、そうなんだと思う。
――でも。
「…………暴論だね。後悔のある満足死…嗚呼、キミらしい矛盾だ。でも、それはキミの根幹で…キミのオリジン。異常性とも言える」
そうだね。
でも、きっと最初に『楽園』を証明したヤツは狂人だったよ。狂人の言うことだから誰にも受け入れられず、結果としてパラドックスになった。
事実なんて知らない。知り得ない。だから――好き勝手に解釈して納得しようよ。『楽園』は誰かに手を引かれては至れない。自分で至らないと、それは誤認すら出来ない程度の『偽りの楽園』だ。
「存在しない者の真実を、証明することは出来るのか――その答えを、キミはこう答えると?存在した事を信じないのは、お前たちだ…と」
要するにプラシーボ効果。認知のズレ、認識と現実の差。あると思えば、ある可能性が生まれる。ないと思えば永遠にない。
セイアさんは難しく考えすぎだよ。信じて手を伸ばせば、いつかは救われる。でも手を伸ばせないヤツはそのまま朽ちるだけ。
「プラシーボ効果、か……随分と味気のない答えだ。柄じゃあないが、ロマンに欠ける。もう少々、
………信じる者は救われる。
「実にシンプルだ。削ぎ落とせ、とは言っていないだろう。先程も言ったがね、飾ることを覚えたらどうだい?」
……文句ばっかり…!じゃあ自分で考えろ…!!
「私が語ったら意味がないじゃあないか。キミの思想はキミにしか語れない。いや、何と語っても問題はないんだ。私とて答えは得ていない、故にキミやキミの言う"あの人"に意見を求めているに他ならない。然し、だがね?幾重にも繰り返された七つの古則、その一つをプラシーボ効果と答えるのは…やはり『古則』に似つかわしくはないとは思わないかい?」
……………長い。端的に換言して?
「…………いや、もういい。キミの答えは聞き届けたよ。その上で、もう一度だけ聞く。私と共に眠るのは、どうだろうか」
やだ。
「そうか……私としては、キミに全てを捧げるのも吝かではないのだがね。この体も、余生も、生命さえも。ともに目を閉じれる…只々、私はその安心感に浸りたいんだ」
……つまり、えっちなお誘い?エ駄死な案件?
「ふむ…死に際には神経伝達物質の一種のβ―エンドルフィン――つまりは脳内麻薬が分泌されて鎮痛効果や気分高揚、幸福感を得られるという。快楽、といった一点に限ってはキミの戯言も大凡的外れとは言えないだろうね」
言えるが?だいぶ、的外れなんだが…?
もっとセクシーセイアさんで対応して欲しい。目が覚めたら、マイクロなビキニをプレゼントする?
個人的には軽く屈んで、挑戦的に浅く笑いながら『セクシーセイアですまない』と言って欲しい。気丈に余裕を醸し出してるけど、頬がほんのりと紅くなってるとなお良い。それを見ながらお粥を食べたい。
「………キミは何を言っているんだ?」
セクシー予定のセイアさんが疑問符を浮かべると同時、意識が浮上する感覚を得る。目覚めの合図であり、
――じゃあ…また現実で会おうね、セイアさん。
「…また無茶をするのかい?キミがこの場にいるということは、それだけの死を重ねた事の証明に他ならないのだろう?」
問答はいらない。■の――
なに、無理やりはお嫌い?
「……キミが望むなら、是非もない。意固地で堅物な現実の私を、引っぱたいてでも外に放り出してくれ」
ヤダよ。優しく手を引いて広い世界を見せてやるよ、お姫様。へへ、目覚めのキスでもしてあげるか?
「精々、優しく頼むよ?」
――嗚呼、是非もないさ。
◆◆◆
………ん?なんか変な夢を見た希ガス。
や、てか毎回毎回…この時期に寝ると一回だけ吐かない時があるんよね。なにが起こってるのかは分からんけど、エデン条約に関するようになってから最初の睡眠がそうなんだッスわ。
正確には、アレだね。ナギサさんとセンセの初対面の日の朝。ここまで辿り着いたら確定のイベントだけど、未だに正体が分からんのよねぇ。
「んー、久しく良い気分…新しいパンツをはいたばかりの、正月元旦の朝のよーに爽やか………ん、過言やね。吐き気は普通にあるわ、いつもよりマシだけど」
さて、さてさてさて。
何が起こっているのかね。毎ループで監視カメラとか赤外線系統の防犯とか、出来る限りの警戒はしてるのに正体がマジで分からんのよ。
「……ま、いーや。考えても分からん」
とりまトリニティに行く準備をしないと。今日は自室ことシャーレ第二休眠室で寝てたから、今からソファで寝てるセンセを引き摺ってトリニティに行く予定。
そんで、黒幕ムーブをやりましょ。今回の初挑戦だけど、事の黒幕をダレカちゃんの中の人にしたら、ミカさんの罪も軽くなるかなって。
ミカさんは色々と軽率で、そんな所を利用されて大惨事を引き起こしたけど……ま、嫌いじゃないし。助けたいモンだよ、出来るなら。
シャーレの秘書としてと、ナギサさんの腹心としてと、盤面操作をする黒幕として。演じ分けるのはメンディーですが…まー、ダレカちゃんは天才なんで?割と何でも出来ちゃうんですわ、にへへ。
最終的にはぜーんぶ全部マダムに罪を押し付けるし、それまではチョイと頑張っちゃうゾィ☆
――そうと決まれば、まずは寝坊助を起こしてやろう。
オフィスに行きますと……うん、うつ伏せでソファに倒れてるね。深夜まで働いて、そのまま寝落ちって感じかな。ま、どーでもいいけど。
「っすぅ――センセ!起きろ!!大変だぞ!!今すぐ起きるんだッッ!!おいコラ起きろやボケナス!秘書ッフゥゥゥゥ!起きろッフゥゥゥゥ!!」
「うひゃぁッ!?え、なになになに!?え、ダレカちゃん…!?」
「起きろぉぉぉ!おきっ…起きろォォォォッッ!!オオオオオォォォォッ!キィィィィイッ!ろォォォォォ!!」
「も、もう起きてるよ!?」
「センッSeeeeee!おっっっきRooooooooo!!」
「だから!もう起きてるって!!てか朝からうるさいよ!!」
「うっせぇはボケぇ!朝だぞ静かにしろやボケェェェ!!」
「わァ……あ……」
泣いちゃった!!!
はい、これが天才による寝る子も起きる裏技です。みんなも真似してね。は?てか真似するなし。ダレカちゃんの変人指数が下がったら訴えるぞ?
取り敢えず寝起きで混乱泣きしたセンセを優しく抱き締めてあやしまして。落ち着いたところにコーヒーを差し出したら円満解決だね。
ふっ、また格の違いを見せ付けちゃったぜ……多才で美人で最強なダレカちゃんですまんね。ほら、センセも見習ってもろうて。
「……それで?」
「ん?」
「いや…なんで私、起こされたのかなって」
「や、今日はトリニティに行くやん?金持ち学校だし、センセもはよ起きて身嗜みを整えてもらおうと思ってね。ちなダレカちゃんはトリニティの生徒だよ」
「……あー、確かダレカちゃんとあった日はそう言ってたね。でもアビドスではミレニアムの生徒だって自称して、ミレニアムではゲヘナ所属って言ってたし…昨日はハイランダーって言ってたね」
「ん?そーだっけ」
本当はヴァルキューレやけどね。言わんけど。『楽園』の証明ならぬ、『学園』の証明ってか?キキッ、いや普通に意味わからんて。
こーゆー風にポンポンとテキトーこいてれば多少の失言があったとしてもリカバリーが効くし、普通にアホアホのセンセなら気付かんよね。
「はいはい、まずは顔を洗ってきなさい。ダレカちゃんが丹精込めて夜通し書いた落書きが残ったまま外には出られないでしょ」
「うん、そうだね………え、落書きしたの!?」
「え、しとらんけど……そうやって直ぐに自分の秘書を疑うんだね。あー、傷付いたなぁ!涙が落ちる様にティアドロップしちゃうなぁ!!ほら、ダレカちゃんに謝るなら今だよ!!」
「発言に一貫性がない……先生ね、君のことが心配だよ」
「そっか……ぷっ、ククッ…ごめんね、センセ……ぷふっ…!」
「ねえ、アホ秘書。どうして私の顔を見て笑うんだい?まるで何かが書かれてるみたいじゃないか」
「………いや?ぜんぜん笑ってないが?ククッ…」
「やっぱ笑ってるよね!?ちょっ、何書いたの…?ちゃんと水で落ちるタイプだよね!?」
そー言いながら、センセは焦ったように洗面所に走っていった。
………ま、ホンマに何も書いとらんけど。顔に落書きなんて、ガキのやるイタズラだ。ダレカちゃんレベルになると、センセのえっちな本を机に並べたり、えっちなゲームを勝手に進めてセーブしたり、たこ焼きにワサビをぶち込んだりetc……非常に高度な悪戯しかしない。
なので、センセは何もついていない顔を普通に洗って歯を磨いてくるだろうね。今日から大仕事になるし、キッチリとしたお洒落な朝を送ろうじゃあないか。にへへ。