「……ども。こんばんは、ナギサさん」
「ええ、こんばんは…彼岸さん。今日は『ダレカちゃん』さんではないのですね」
「ダレカちゃんさんて…-」
トリニティ総合学園、ティーパーティの事務室。
夜更けの教室には二人の生徒が居た。陰鬱とした雰囲気を醸し出す場は、片方は兎も角としてナギサの胃には握るような痛みを齎すのみ。
事情も葛藤もあるが、現状、ナギサは目の前の生徒を利用している。心にも外見にも痛々しい痕が残る子供を、ナギサはトリニティの為に利用しているのだ。
果たして、栄光ある未来の為にボロボロの子供が更に傷付く様を見殺しにするのは、正義なのだろうか。自分が悪なのだとしたら、築かれる平和も悪と呼ばれるのだろうか。
単純な問答なのにナギサには答えが解らない。だから使命を全うするのみ。
「……どうですか、補習授業部は?」
「ふつう。…ん、今のところは…怪しいこうどう、ない。でも……」
「…何か?」
「よなか、までは分からない……ので、報告。二日に一回にしたい。みはり、大事。だめ…?」
「……いえ、全ては彼岸さんにお任せしましょう。あなたの事は信用しています。お人柄も、能力も……緊急の案件がありましたらメッセージを送ってください。無論、ハッキング等の危険性もありますので最低限、必要な時のみに留めて頂ければと」
「うん、りょーかい」
――短いやり取りのみで、一旦の会話が終える。
態々雑談に興じる雰囲気ではない。だが最低限の報告だけをする程度の仲でもない。現状で無言の時間を気不味く思っているのは、きっとナギサだけだ。
ナギサは目の前の生徒よりも年上だ。年上として、そして連邦生徒会長から任された身として、この気不味さは目の前の生徒の成長において毒なのではないかとも思う。
まだ幼い子供に、政治的な部分のみを見せるのは如何なものなのか。一人の生徒会長としては冷酷な判断こそが正解なのだろうが、それでもナギサは非情にはなりきれなかった。
「……その…さ、最近はどうですか?」
「………?ほうこく…?」
「いいえ、そうではなく…私が聞くのも変ですが、何か悩みとかはありませんか?立場上、悩みをなんでも解決するとは言えませんが…相談には乗れますよ」
相変わらず、深く被られたフード。その奥は異形の身体と過去の悲惨を物語る痕が酷く刻まれている。そんな生徒に悩みがないか、と聞くのはお門違いなのかもしれないが、ナギサとて愚痴の一つや二つを聞く程度の器量は持ち合わせているつもりだ。
シャーレの秘書としての素とは異なる人格を演じているのであれば、相応のストレスもあるだろう。
ナギサから見つめられた生徒はフードの奥、曇った紅い瞳をほんの少しだけ見開いて思考を巡らせた。
数秒。虚空を見つめていた生徒はふと口を開く。
「…なくは、ない…」
「っ!」
「最近、ストーカーにつけられてて…」
「す、ストーカーですか…!成程…では、正義実現委員会の方で見張りを強化してもらいましょう。具体的な位置等の情報を頂ければ――」
「んーん、モーマンタイ。既に
「けど…?」
「そのストーカーをボコす……もとい、おはなしする過程でトリニティの公園がひとつ、潰れちゃって」
「………随分と活発的なストーカーだったのですね。ええ、でしたら被害報告書を提出し――」
「それも、自分達で直したから元通り。ぴかぴか」
「……困ってるのですよね?」
「…………まいにち、困ってる…けど、自己解決……うん、とくい。 だいたいは、どーにか出来る」
「そ、そうですか……」
振る話題を間違えた、と内心でナギサは呟く。そも、本来ならば関わるべきでない案件に巻き込んでいる現状での悩み相談とは、あまりにも惨い。
普段から聞き手に回る事の多い彼女が事務的な事柄を除いて、自分から年下と話すのはやはり不慣れとしか言えなかった。
「……そろそろ、帰っていい…?」
「…ええ、御足労おかけしました。外は暗いので、気を付けてくださいね」
「ん、りょ…」
短く言葉を残し、小さな背中は教室を去った。
◆◆◆
――はい、狩りのお時間です。
これからアリウスの生徒とエンカウントする予定です。団体様をボコします。
黒服との契約でベアトリーチェに■の存在がバレてる今日この頃。でも失敗作が生きていた、ってだけならベアトリーチェもこの時期にちょっかいを掛けてきたりはしない。
そこで黒服に伝えさせた情報――『予言の大天使を模倣した』とのデマ。この情報はベアトリーチェにとって、無視できないモノだ。
知略家な面を持ち合わせているベアトリーチェが忌み嫌うのは、ゲーム盤ごとひっくり返す
予言の大天使の『予知』はそれに該当する可能性があった。だからミカさんを利用して殺そうとした。条約関係のアレコレとか、別にも理由はあるんだろうけど…今は重要じゃない。
ま、結局はぜんぶどーでもいいけど。
まずは
どーせ■を抹殺するために先鋒さんが持たせられてるし、拝借しよう。
「………このへんで、いいか…」
ゆったりと振り返り、形容し難いバールのような物を軽く後方へ振ると同時――
「おっと…」
――金属音と言うにはあまりにも重々しい音が静寂を喰い破る。
狙撃だ。丁寧に頭部を狙ってきたから、対処は簡単だったけど。これがヒヨリさんとかだったらもっと面倒臭いけど、スクワッドには別の任務があるからね。
で、襲撃者さんたちについてだ。
気配は薄いけど、何十人もいる。明るい所では目立つ反面、暗いところで隠れるのが得意な奴らだ。メメント・モリを暗闇に向けると、濃い影の中から代表するように一人だけ出てくる。
「…いるんでしょ、出てきたら?」
「…………彼岸キミ、貴様には二つの選択肢がある」
「久しい、のに…あいさつもないの?礼儀、さほう…基本。マナー、だよ…?」
「一つ、アリウスに戻って来い。マダムは貴様の
「………?わらいどころ?ギャグ、似合わないね…佐山ユウ」
「――二つ、抵抗するのであれば死あるのみ。貴様は嘗て以上の脅威だ、未知だ、不幸の体現だ。我々には貴様を
「へぇ……もってるんだ、
「……………」
目元を隠した長身の女子生徒は布に包まれた
――クトゥグアの魂杖。
オーパーツ、或いは聖遺物。この世界に破壊を齎す存在が■なのだとしたら、これは勇者の剣になる。■が大義を成さない一般生徒で終わっていたら、用途の不明な芸術的過去の産物として扱われていたのかもしれない。
本来はこの箱庭に存在しない異物。だけど、■が存在するから魂杖も存在する。■がいなければ魂杖もキヴォトスにはなかった。
相反する存在なのに、互いの存在に依存している。
■には毒にしかならない。使われたとしても、使ったとしても。だからこそ――
「ちょーど、殺さないといけないヤツがいる。だから…それ、ちょーだい?」
「交渉決裂だ………本当に残念だよ、キミ…」
「ごめんね?ユウ」
悲しそうに呟くなよ…ユウ。今は敵だ、敵でしかないハズだ。
佐山ユウはアリウスにいた頃の仲間、或いは友人。目元の隠れた容姿はアリウスにおいても特筆性もないし、実力はサッちゃん以下。
万能性の一点においてはアリウスでも随一だけど、ある一線を超えた相手にとっては器用貧乏の一言に尽きる。
佐山ユウは決して強くない――けど、
「――まあ、それでも…無駄」
■がどれだけ繰り返したと思ってる?軽くボコしてやるよ、真心込めて手加減マシマシでね。
◆◆◆
――これより繰り広げられるのは、戦闘ではなく蹂躙だ。
片手にバール、もう片手にはメメント・モリと名付けられた拳銃。放置され乱雑に伸ばされた白髪を靡かせ、闇夜に曇った紅い瞳が揺れる。
齢故の低身長は黒灰色のパーカーと相まって、目を離した瞬間には見失う未来を想起させた。
35名が彼、或いは彼女に差し向けられた刺客だが、佐山ユウには圧倒的な人数ですら酷く頼りなく感じられた。それだけの圧で肌に粟が生じるのだ。
「手加減、してあげるね…?」
「ふんっ…言ってろ」
彼岸キミの余裕は崩れない。
発生した"形ある災害"、それを『人間』に等しく完成させてしまったのは皮肉にもアリウスだ。其れは何者でもあり、何者にも成れ――然し何者にもならなかった。
嘗て、ベアトリーチェはその事実に失望し、不要となった"形ある災害"を処理した。その判断を佐山ユウは肯定すると同時に、恨めしくも思う。
其れは
何年、何十年とラーニングし続けたとしても
(――ダレだ、コイツは…ッ!)
小さな身体。
長身な佐山ユウと比べ、あまりにも小柄。然れども複数の分隊で取り囲む現状であっても、静かな威圧感は恐怖に慣れているアリウスの生徒を震え上がらせた。
以前――アリウスにいた頃の彼岸キミを知っている生徒は半数程度だろう。当時でも『個』としての強さはあったが、今の其れは単純な強さとは異なるナニカだ。
「――いち」
「ッ…!」
彼岸キミがカウントすると同時、銃撃戦を始める際には適切な距離を保っていた間が
初動は目に止まらず、されども暴風に煽られ吹き飛ぶ砂煙は視覚に収まる。佐山ユウが号令を出すよりも速くシールドが複数枚展開されるが、力任せなバールで薙ぎ飛ばされる。
その中でも腰を落として耐えていたアリウス生に、彼岸キミは近距離でメメント・モリを向けて発砲する。
「ガ……ハッ…!?」
「まず、ひとり……次、ふたつ」
「化け物め…!B分隊、シールドを展開していない者は催涙ガスを撒け!!」
「はっ!!」
「ん、きほん…だね」
本来ならば数の利を持つ彼女達が催涙ガスを使用するのは、自爆行為に他ならない。然し
アリウスの生徒は皆、"ガスマスク"を装備している。それ故にこの場で催涙ガスの被害を受けるのは彼岸キミただ一人。
無論、それも彼岸キミにとっては
「じゃじゃーん。ペロロますく〜」
「………は?」
「ガスマスク、だよ…?モモフレ製品、くそ高いやつ……七桁くらいする」
白を基調として、丸い眼と黄色の嘴。その間から舌が垂れるガスマスク。酷く不格好だが、その機能はメーカーの折り紙付きだ。
奇妙な仮面で頭部を覆った彼岸キミは催涙ガスに怯む事無く走り出し、また二人のアリウス生の頭部をバールで殴りつけて意識を奪う。
ヘイローの消失を確認し、再度ゆったりと銃を構え直した。その様は最初から一貫して余裕が崩れない。
「あと、32。最速じゅっぷんでいける、かな?それとも…魂杖、わたす?」
「渡すとでも?」
「渡さないなら、うばう。使われる間もなく、一瞬で。■にできないとおもう?」
「……なんだ、その一人称は変わらんのだな。相変わらずお前は空っぽだ、反吐が出るほど他人に依存し続ける
「ひどい…なくよ?」
「ほざいてろ」
聞き手に依存する
それは言葉として破綻している。箱庭において存在しないに等しい。それでも彼岸キミが『■』と言い続けるのは、どれだけラーニングを重ねたとしても自我が成長していないからだろう。
「……ま、いーや。つえを渡したくなったら、いって?それまでは…ゆっくり、ひとりひとり…痛めつけて、じゅんばんに……たおす。にげたいなら、どーぞ。魂杖をつかおうとしたら、近くにいるやつを
「……………」
「さ、やろ?反則なしの抗争…実力だけで、ねじ伏せてあげる」
「……ああ、昔からだ…どうにも私は、運が悪い。お前を逃がした事も、お前に再会した事も」
「恩知らずで、ごめんね」
「全くだよ」
――互いに差し向けられた銃は夜闇を
ひがんきみ、じゅーにさい。とってもつおいよ。