そろそろタグの『残酷な描写』が息をしてくる頃ですね。
――ヴァニタス。
銃の固有名。ま、業の深い猟奇的な銃だ。通常時の銃身は拳銃と言える程度だけど、その気になればアサルトライフルやスナイパーライフルにも成る変な銃。
言ってしまえば、変貌する無貌の特性を精神に縛られずに発揮出来てしまった人工的擬似神秘モドキ。単体では見た目がグロいだけの銃なのだから、魂のない器未満の失敗作だ。
材料は彼岸キミって名前の、■が世界一嫌いなヤツの血肉と、後はほんの少しだけスクワッドの面々の肉を少々。
そのせいで元が拳銃フォームなのに、■の意志によってはスクワッドの使用している銃と技術を再現出来てしまう。
「………ヴァニタス、虚無…本当に虚無であって欲しかったな」
合宿所の自室。ベッドに寝転びながらヴァニタスを手の上で遊ばせる。クルクルと回る銃は妙に温かく、傷跡を疼かせる。
■の全身はキモイくらい傷跡…いや、
毎日のように採血が行われていた故の注射痕はまだマシな部類で、問題はその他だ。切り取られ、別のナニカで補われ、また採取され、詰め込まれ、取り替えられ、奪われ、変貌して――
別に最初から彼岸キミがキヴォトスにおいて最高格の力を有していたワケではない。
普通の一個人の身体に何人の細胞が埋め込まれたか。それで適応して、
昔からキヴォトスには俗に言う
そんな彼女達の細胞が秘密裏にクローン技術で培養され、彼岸キミに移植される。そして■の切り取られた部分は今のヴァニタスとなっている。
生徒のハイブリッド、もしくはキメラ……根本は違うとしても、結果的にはそうなってしまった。だから■は強い、
才能があると言えばその通りだ。だって、
酷い話だ。本当に、冒涜的だ。
でも結局、自分が一番不幸だなんて謳うつもりはない。犠牲になったのは■だけで、スクワッドの肉がヴァニタスに使用されている件についても自然治癒でどうにかなる程度。
ユメさんみたいに夢半ばに倒れてもないし、ホシノさんみたいに唯一を亡くしてもいない。少なくともループ現象を含まなければ■は比較的マシな人生を送っていた。
何度も死にかけたが、飢え死んだりはしていない。何度も殺されかけたが、奪われる前に奪っている。最初から殆どを信用していないから、同じ所属生徒に銃を向けられたとしても裏切られたとは思わなかった。
結局、この程度だった。
身体が少しだけ刻まれて、付け加えられて。当時の彼岸キミは何も思っていなかったのだから、別に不幸ではなかった。幸せを知らなかったから、不幸になんてなり得なかった。
「……だいきらい…カイチョーも、センセも……何で要らない幸せなんて■に教えたんだよ…幸せを知らなかったら、不幸なんて知らなかったのに…」
………ヴァニタスをガンホルダーに仕舞う。メメント・モリも合わせて二丁拳銃だけど、この二つを同時には使わない。■を象徴するヴァニタスと、それ以外の貌を表すメメント・モリ。
意味の無いポリシーだけど、同時に使いたくない。相容れない二つな気がしてならないから……いや、相容れさせたくないだけだ。希望と絶望、光と闇、幸福と不幸…どちらかを得ると別の人にもう片方を押し付ける事になる。なら、両方受け入れて…同時に外には出さない。意味のない感傷だ、いつも通りの。
「……そろそろ行くか」
スクワッドは出てこないとして、他の部隊が彼岸キミを探っている。全て隠してるつもりだけど、もしもシャーレや補習授業部についての情報を掴まれたら…考えるだけでも面倒だ。
だから地道に潰していこう。彼岸キミをアピールしながら、『ダレカちゃん』や『ウソーノ・ウラギール』を覆い隠すために。
◆◆◆
合宿三日目の朝。
昨日の夜にダレカちゃんから朝食作りを当番制にしようと提案された私は、所用までの空いた時間を用いて外を散歩していた。色々と考えたい事があるし、有難い。……トリニティの問題も、ここ数日のダレカちゃんの様子についても…解決するのは彼女達なのだとしても、大人である私が糸口になるべきだ。
前者は全員を試験に合格させる事が最優先事項なのだとして、後者のダレカちゃんは……うん、やっぱり様子がおかしい。
元よりダレカちゃんが変人で在る事に拘っているのは察しがついていたけど、今はいつも以上に偽っている。だからこそ不穏に感じてしまうのだろうか。
「………はぁ…歯痒いね」
溜息をひとつ。気晴らしの散歩と自ら名付けた現状ではあるが、私の足は明確な目的地を定めて進んでいた。待ち合わせ時間には余裕を持たせているけど、私は彼女に関して詳しいとは言い難い。
時間にルーズなのか、それとも私以上に早く到着しているのか。分からないから、きっと知らなければいけないんだと思う。
――屋外プール。
先日、補習授業部の皆が綺麗にした広いプールには透き通った水が張られていて、その段差に座って素足で水を掻いている少女が目に止まった。
「……あ。やっほー、先生!早い到着だね?」
「君ほどじゃないさ。ごめんね、待たせちゃったかな」
「ううん?私が勝手に早く来ただけだよ。あははっ、なんだかデートの待ち合わせをしていた時みたいなやり取りだね☆」
「…………」
「もうっ、そんなに警戒しないでよ。はしたない言い方だけど……先生を取って食うつもりはないよ?ちょっとだけ
彼女――聖園ミカは朗らかに笑った。
柔らかい微笑みだ。普段なら私もつられて頬を緩ませていたのだろうか……いや、きっとそれはない。具体的な説明をすることは出来ないけど、彼女の微笑みは
覚えのある感覚だった。出会ったばかりの頃のホシノ、この数日は毎日顔を合わせているハナコ、そしてキヴォトスに来てから今に至るまでずっと助けてくれたダレカちゃん。
他者の感情には多少は敏感である自覚はあった。それに加えて今のミカに似た表情や声質、雰囲気を知っているから――きっと私は柄にもなく警戒している。
「えーっとね……うん、まずはごめんね?先生も忙しいとは思うけど、急に呼び出しちゃってさ」
「構わないよ。補習授業部は順調だし、私が手を出し過ぎるのも彼女達の成長を阻害してしまうからね。信じるのも大人の役割だよ」
「……へぇー。意外かも、先生ってそーゆー思想だったんだ。なんだか絆されやすそうだし、困った子がいれば過剰に助けそうだなーって思ってた」
「"助ける"だけで全てが解決するわけじゃないからね。私の自己満足で相手が"助かる"っていうのも傲慢だと思うさ。もちろん、時には拒まれたって無理に助けたりもするんだけど」
「ふーん…やっぱりお人好しなんだね、先生って」
「そこまで高尚なモノでもないよ」
…私が語るのは理想だ。手が届かないから、理想を謳って現実に手を伸ばす。それが私にとっての『
未だに手が届かない生徒が大勢いる。一番近くに居るはずの相棒は誰よりも遠い、シャーレへの依頼を達成する度に別の生徒が傷付く、本来ならば子供が負うべきでは無い重荷を背負わせている。
―――アンタだって、理想を謡えるほど強くなんてないだろ―――
ブラックマーケットでダレカちゃんと言い合いになったとき。あの子から言われた言葉が……突き付けられた現実が、あまりにも正論すぎて頭から離れない。
他の誰でもなく、ダレカちゃんからの言葉。他の生徒が私に期待を持っているのは理解しているけど、ダレカちゃんは『先生』という存在に一切の期待をしていない。
まだまだ。私は生徒が思ってるほど強くないし、今だって悩み続けている。
「さーて、じゃあ早速だけど本題に入ろっか!あんまり時間ないでしょ?」
「そうしてくれると有難いかな」
「先生――ナギちゃんから
「ッ…!」
「わっかりやすいなぁ…ま、知ってたけど!それでね、内容はアレかな〜?トリニティの裏切り者を見つけろ、的な?」
「……ミカ、君は何処まで知っているんだい?」
「あはっ、どー思う?」
はぐらかすワケでもなく、堂々と覆い隠している。その様子にダレカちゃんの影が重なる。いや、ダレカちゃんだけじゃなくて…底の見えない部分や私を真の意味では信用していないって所に色んな既視感を覚えた。
「先生はさ、どう思う?裏切り者について何か掴めた?」
「…さてね」
「あれ?はぐらかすの?」
「違うよ。裏切り者を見つけるだとか、そういうのは
「役割じゃない…?えっと…え、どういうこと?」
「私の――『先生』の役割は子供を疑うことじゃないよ。信じて背中を押し、折れないように支え、時には叱ること」
「……凄い立派な
「むしろ毎日が楽しいさ」
「ふーん……そっかぁ、羨ましいね。ホント、羨ましいよ……楽観的で」
「……ミカ?」
「なーんちゃって!うんうん、先生が素晴らしい思想家なのは伝わったよ?でもさ、じゃあどうするつもり?大人だから知ってるだろうけどさ、世の中ってそこまで単純じゃないよ?疑いたくないなら疑わなくても良いけど、その末に誰かが蹴落とされるのを傍観しているだけってことにも聞こえちゃうよ?」
……正論だ。
トリニティの裏切り者――エデン条約を破綻させたい生徒が存在するとして、その子を放っておけばどうなる?
可能性は幾つもある。そのまま何も起きないか、ナギサが対処するか、本当に条約が成されないか。きっと前者で終わる可能性は限りなく低い。
ナギサは疑わしい者を全て排除する。そうなったら犠牲者の数も想像できないし、何よりもナギサ自身にも良くない感情が芽生える。
ミカが言う通り、私の言葉は理想だ。理想しか謳えないんだったら、それは愚かしいほどの妄言に過ぎない。
「まあ、先生の場合はそれでもいいんだろうね。とっても頼もしくて優秀な秘書がいるから、もし先生が取りこぼしてもダレカちゃんなら
「……厳しいね、君は。でも私は言ったよ、
「わぉ。先生、意外と熱血系?」
――揶揄うようにミカは笑う。
私の思想に納得していないのだろう。軽く言葉を交わした程度で互いの思想を理解出来るなら、今のトリニティとゲヘナや昔の百鬼夜行みたいに争ってはいない。
でも思想なんて理解する必要は無いと思う。
ミカが私に求めているのは"結果"だ。
私一人じゃあ無理だけど、だからこそ沢山の生徒に頼る。キヴォトスに必要なのは圧倒的な超人じゃなくて、みんなが手を取り合う事だ。私はその為にシャーレの先生になったんだ。
ミカは段差から立ち上がり、ハンカチで足を拭いてから靴を履く。そのまま踊るように、舞台のアリアのように、優雅にクルクルと回った。
飾られた微笑みはやっぱり歪で、残酷なまでに美しくて……生徒には相応しくない。
「――そんな熱血系先生に私から、二つの『答え』をあげるよ」
「答え?」
「全てを知る為の『ヒント』でもあるね。ま、信じるも疑うも先生の自由だけどね〜。私ってイジワルだし?生徒を信じたいって言ってる先生に敢えて嘘をつくかもだしね〜♪」
「あはは……生徒に盲目的になるつもりはないんだけどね?」
「まずは先生の
「……………」
随分と愉快そうに笑う。愉快そうな表情とは一転、とてつもなく
単なる予感で怯えている。その事実が情けなくて態々口にもしたくないけど、やっぱり内心は偽れない。
「先生、ナギちゃんの計画と依頼は把握してるよね」
「もちろん」
「じゃあさ、その裏切り者の排除計画?的なやつさ…ナギちゃんの独断で全て進めれると思う?滞りなく、あの疑り深くて慎重派のナギちゃんが外の施設を使って目の届かないところで、こんな大胆な計画を進めれると思う?」
「……何を言いたいんだい?」
わかってる。ミカが言いたいことは分かってるし、否定しようと思えば否定できる。
それ程までにナギサが精神的に追い詰められているとか、飽くまでも独断じゃないと進めれない計画だったとか…理由のこじつけなら容易だけど、それをナギサの幼馴染であるミカが否定している。
心が求めている安心材料を斬り裂いて、聖園ミカはまた現実を突き付ける。
「ナギちゃんには腹心がいるよ。補習授業部に紛れていて、部員じゃない存在。溶け込んでいる異質な生徒――ダレカちゃん。ダレカちゃんは先生や補習授業部を裏切ってるよ。補習授業部を潰そうとしてるんだよ」
「…………………は…えっ…?」
頭が真っ白になった。
◆◆◆オマケ◆◆◆
名前 : 彼岸キミ
所属学園 : ヴァルキューレ警察学校
学年 : ???
年齢 : 12歳
誕生日 : 4月1日
身長 : 142cm
趣味 : 懐古
好物 : 嘗ての恩人と作ったオムライス
特技 : 戦闘・メソッド演技・TSCのRTA
好きな事 : 抱き締められて寝る・黒見セリカ・探検
苦手な事 : 睡眠・食事・懐古
容姿 : かなりの痩せ型。何にも染まれない白髪は一切の手を加えられずに放置されて伸び放題であり、血よりも赤黒く濁った瞳は虚ろ。人体実験の名残りで二種の片翼や悪魔の角、龍尾などがあるが、無理をすれば捥げる。尚、多量の出血と苦痛が伴う。そして時間経過で再生する。
普段から隠された身体には多量の傷跡や手術痕、虐待の痕がある。削られて採取された血肉は《ヴァニタス》と名付けられた銃の生成に利用されており、その際に失った部分には過去の各学園の最高戦力生徒の細胞を培養したモノを埋め込まれている。
色々と
普段は宇宙服の『ダレカちゃん』としてシャーレの秘書を務めているが、暗躍する際には別の姿。