アビドス編三章最新話で無事蒸発しました。
「彼岸さん、あなたには第二次特別学力試験の妨害をして頂きます」
「………ん…?…ん、ぐたい的には…?」
――トリニティ自治区、ひと握りの生徒しか知り得ない桐藤ナギサの
この場においては二人の生徒が机を囲み紅茶を嗜む。夜中なだけに茶請けこそないが、ナギサには愉快な茶会に洒落込む気はない。
酷く哀れな幼子に、仲間を裏切れと命令しているのだ。自身も胃を痛めているが、彼岸キミはどれだけの感情を抱えているのか――想像する事すら叶わない。
先日の密会した時よりも隈が深く、顔色も悪い。稀に口に紅茶を運んでいるが、よく見れば紅茶が殆ど減っていない。唇を濡らす程度でしか飲めていないのは、毒物を警戒してなのか、もしくはモノを口にする気分ではないだけなのか。
明らかな不調だが、やはりナギサには彼岸キミの感情が判らなかった。
「特別試験の会場については覚えてますよね。ゲヘナ自治区第15エリア77番街……端的に言いましょう、彼岸さんは先生と補習授業部の皆さんが会場に辿り着けない様、妨害をしてください」
「…あからさまな邪魔は…むり。■、は……連邦生徒会長の言葉で、ナギサさんに……従ってるけど……本業、シャーレ秘書」
「成程……飽くまでも優先順位がある、と…」
「カ…連邦生徒会長の命令だから、ナギサさんは……うん、てつだう。補習授業部も、つぶす…けど、■はセンセとは決別しない。だから……やる、なら…
そも、大前提として彼岸キミは連邦生徒会長から命令を受けてはいない。ナギサの懐へ入る為の"嘘"であり、だがナギサは
事実として『彼岸キミ』が変貌していなければ虚言など吐くような思考すら持ち合わせてはいなかった。
「ぼうがいは、する……けど、確実性に欠ける…たぶん、きっと…おそらくは」
「……信じても良いのですね?」
「決めるのは…ナギサさん。きもちは、分かる……けど、人にいぞんした選択は
「……………案外、残酷なのですね」
「……■、いいこと言ったよ?ほめて?ほめ崇めて?ビジュアルの良さと発言に垣間見える醸し出された愛嬌をほめて?」
「一体誰の影響を受けてきたんですか…ッ!?少し前のあなたはもっと純粋無垢だったと言いますか…言い方は悪いですが、他人の評価を気にせずに自分の中で自己完結する性格でしたよね…?」
「…………?わりと、最初からこーだったよ…?」
「えぇ……?」
ナギサの知る『彼岸キミ』は意志薄弱児だった。意思が薄く、精神を操作する術も知らない子供。自我が薄いのだから、儚い容姿も相まって人形のような存在だった。
――いずれ自壊するだろう、と。
半ば確信していた。だからこそ連邦生徒会長はナギサへ託したのだと理解していた、同じ結論に辿り着いたからミカは彼岸キミを手放そうとしない。
『命令』に逆らえない哀れな人形、身も心もボロボロな人形。
「……変わりましたね、彼岸さん」
「…うん、身長のびた」
「いえ、そういう事ではなく……精神的な部分です。以前までのあなたであれば、私に問うことはありませんでした。
「――へぇ、
「………彼岸さん…?」
「そっか、成長……成長かぁ…
「えっ…?」
「うん、うん……ま、
――違和感を覚えた。
仄暗い水の底に居るような、精神に問われる冷たさ。即座に察してしまった――
それ――彼岸キミは人間のフリをしただけのナニカだ。ナギサは勘違いをしていた。其れが多くの生徒と関わり、幼かった情緒は一人の人間に準ずる程度には形付いていた、と。
違った。
人形が人間の在り方を学び、そのまま模倣しただけ。人間のスペックを超越しながらも人間未満のツクリモノ。それが彼岸キミ、ナギサが初めて出会った頃から異常なまでに
「じゃ、どーする…?ぼうがい工作、なにをする?」
「………………」
「ナギサさん?どう、した…?おなかすいた?」
「いえ…何でもありません。妨害行為については私の方で考えておきましょう。彼岸さんの立場もあるのですから、この際、彼岸さんにはサポートに徹して頂きましょうか……ええ、そうですね…では実行者は別に用意するとして…ここは当初の案を採用するとしましょう。まずはゲヘナ自地区の間者へ連絡をして――」
「………帰って良き?」
「構いませんよ。では当日、宜しくお願いします」
「かしこま」
短い密会を終え、彼岸キミは
◆◆◆
「――うーん、やっぱり今日も居ないの?貴女が隠してるんじゃなくて?」
「い、いえ……そんな事しませんよ…!」
「あはっ、冗談だって♪それにしても…あの子、ずっと居ないよね〜。あっ、でも帰っては来てるんだっけ?じゃあ私も間が悪いってコトかな。暇があれば来てるんだけどなぁ……避けられてる?ねぇ、貴女はどう思う?」
「えっ、えっと……」
「……別に答えなくても良いよ?他人の意見を知りたい訳でもないし」
じゃあ何故聞いたのか、とは返せない。
ヴァルキューレ警察学校トリニティ支部、学生寮。日も沈み学生の出歩きも殆ど見られない時間帯、学生寮の受付に聖園ミカはとある人物を訪ねて来ていた。
尤も、件の生徒は今日も不在だった。毎日とは言えずとも暇があれば昼夜問わず顔を出しているのだが、目的の人物には会えていない。
避けられている可能性も考えたが、然しティーパーティーの一席である彼女のスケジュールを全て把握している人物など限られており、その上でミカは自由奔放で我儘な性格を考慮すれば避けようとして避けられる事柄でもないだろう。
「その……い、一応…言伝は預かってますが…」
「どうせ『アルバイトで忙しい』、でしょ?聞き飽きたかなー、そーゆーの」
「ひえっ…」
彼岸キミより『寮長』と呼ばれている生徒は慄きに声を漏らす。心中でいずれ彼岸キミへ恨み言を突き付けてやると決めるが、きっと無機質な瞳で返されるだろうと諦める。
本来、彼女はトリニティの
連邦生徒会
「……まっ、仕方ないから今日は帰るね。私も色々と忙しいし……もし帰ってきたら伝えておいてね、『顔見せてね』って」
「あ、はい……いつも通り伝えておきますね…」
「よろしくね〜」
ヒラヒラと手を振り去っていく背中に寮長は震える声で返す事しか出来なかった。伝えはするが、どうせ彼岸キミからは何事もないように『忙しいって伝えといて』としか返されないのだろう。
極力聞こえないように口内で溜息を噛み殺し、空を見上げた。嫌に星が綺麗で、自分の心情など知らないであろう世界に怒る気力すら削がれてしまった。
「…………はぁ…」
――少女は溜息混じりの帰路に着く。
今日も会えなかった。それを"偶然"と片付けられるほど前向きな精神も、ましてや余裕すらない。今、ミカは"自分"が分からない。分からなくて、止まれない。
そして同様にも"自分"が解らなくて時の流れに身を委ねて生きている生徒――彼岸キミを知っている。
あの人形のような生徒に会えば何かが変わる、とまでは言わない。現実は創作物のように一つのきっかけで全てが解決する程単純では無い。もし単純だったとしても、それを複雑にしてしまったのは他ならぬミカ自身なのだ。
会わなければいけない理由はないが、ミカの執着心はずっと会えていない彼岸キミを求めている。今だけはあの無機質な瞳を見つめて全てを忘れたい気分だったのかもしれない。
守らないと、壊れてしまう。それが事実なのか言い訳なのか、自問自答を繰り返す内にどうでも良くなっていた。まずは会って話す、それだけの事を成せていないのだから何も発展してはいなかった。
生温い自己嫌悪に辟易とする最中、ふと視線を上げると街灯に背を預ける全身
怪しいが、ソレに構うような気分でもない。見なかったことにして通り過ぎようとした刹那――
「――ククッ……お散歩かい?憐れな
「………急に誰かな?」
「我は這い寄る
この季節でありながら、黒い上着に同色のズボン。小柄な身体には不似合いなシルクハットやマントは夜に紛れながらも異質で、漆黒で塗られた無貌の仮面は趣味が悪いの一言に尽きる。
異様な格好とは裏腹に痩せ型な小柄であることを確認し、ミカは目の前の不審者を子供であると結論付けた。
「そっかー、子供は帰る時間だよ?迷子だったらヴァルキューレまで送るけど」
「
「……何が言いたいの?」
「簡単な事だ、聖園ミカ――憐れな
「っ!……ただの子供じゃないね、あなた。一体何を知っているのかな?」
「
目の前の不審者はマントを靡かせ、散歩でもするように
原理は理解したが、然し不審者の正体は未だに不明だ。声はノイズが付与され、性別が分からない。平坦な声質はいっそ機械じみていて、嘲りがなければ人間であると確証を持てなかっただろう。
「…あのさぁ、あなたが色々と知っているのは理解したよ?何処の誰に聞いたのかはこの後聞くとして、まずは人を操り人形扱いするの止めない?私がいつまでも笑って見ているとでも思う?てかさ、誰が誰の操り人形なのかな」
「………さて、どの視点から答えるべきか…ククッ、ククク……」
「視点?」
「聖園ミカ、貴様は自分の意思で動いていると錯覚している。だが恥じるな、貴様のみに限った話ではない。貴様の愚行も、桐藤ナギサの企みも、百合園セイアの予言も――一つの意思が成す茶番だ。この世界は『舞台』で、その上で踊る貴様らは総じて
「へぇ…独特な視点だね。だったら、あなたも操り人形なんだね」
嘲りを込めた皮肉。
「――そう思うか?」
「っ!?」
声は
先程まで目の前にいた人物が瞬きの間に後方へと現れる――然しミカは
常闇に紛れていようとも、回り込んだ事に気付かなかったとしても、
全く同じ人物がミカの前には
「――なに、これも単純な話だ。先程まで貴様が我だと勘違いして話していたのは
「………皮肉のつもりかな?ここは『舞台』で、
「ククッ、得意ではあるさ。先程までの貴様と同様に、自覚無き人形を操るのは容易い。して、さて……この
「………………」
――一重にウソーノ・ウラギールは言っているのだ。
全ては自分の手の上で踊っている、と。聖園ミカも桐藤ナギサも、先生やアリウスを統べる大人すらも自分にとっては操り人形に過ぎないと豪語しているのだろう。
笑って一蹴しようにも、ソレは
ならば必然的に、ミカは考えてしまう。ウソーノ・ウラギールは
「――最初からだよ、聖園ミカ。全ての原初より我は観測し、導いている。ククッ……もう一度聞くぞ、
「………やめてよ」
「どうした、声が震えてるぞ?平常心を保つフリを続けろよ、偽善者。アリウスとの融和を持ちかけたのも、その偽善からなのだろう?嗚呼、確かにアリウスは救われるだろう!聖園ミカ、貴女の善良な精神が過去にトリニティから迫害されたアリウス分校を救うのだろう!!――今のトリニティを犠牲にして、な」
「…なに、言ってるの…?わけが分かんないよ、ホント……」
「
「うるさい…………少し、黙って…!」
我慢の限界――
「ヴァニタス、出番だぞ」
《――模倣、"アリウス製アサルトライフル"》
「《虚しい…全てはただ、虚しいだけだ――et omnia vanitas!》」
赤黒く、肉質を帯びる悍ましい拳銃が
やがて膨張した肉はARの形に収まり、半身で銃を構えたウソーノ・ウラギールの
――桃紫と青白い光がぶつかり、相殺する。
その事実にミカは目を見開いた。彼女は力こそ誇示していないが、トリニティにおいて指折りの実力を自負している。
相手がゲヘナの風紀委員長や正義実現委員会の委員長であれば納得も出来るが、ウソーノ・ウラギールは明らかに年下だ。余裕を持って返されるなんてこと、
「……興が冷めたな。今日は引くとするが――努努忘れるな、憐れな
「………嫌な性格だね、あなたは。じゃあ好き勝手にするよ。あなたの手から飛び出せるように、足掻くよ…私は」
「ククッ、御転婆なお姫様だ」
――それだけを言い残し、ウソーノ・ウラギールは闇へと溶けて消えた。妙な後味の悪さにミカは顔を顰めるが、然しやることは依然として変わらない。
相も変わらず自分の成したい事は分からないが、然しあの不審者――
破滅の気配を色濃く纏うアレはきっと、先生のように善良なだけの存在とは思えない。
結局のところ、聖園ミカは足掻く事しか出来ないのだろう。目的もなく、先程与えられた理由に踊るしかないのだろう。
溜息をこぼし、やはり辟易としながら帰路に着いた。