アリウス自治区、ポルタパシス広場。
朽ちたベンチに枯れた噴水は、嘗てを想起させ物悲しさを覚える。きっと、マダムと呼ばれる大人が生徒会長として君臨する以前は多少なりとも人の集まる広場だったのだろう。
今となっては生徒の寄り付かない場所――そこには二人の少女が居た。
片や浅黒い髪で目元を隠す、幼くも長身の少女。片や双眸の金色の瞳を擦り、寝癖の目立つ濡羽色の長髪を抑えている幼子。
「ウムム……こんな夜中になんの用さ…スイちゃんはねむ死ぬぞ、ねむねむ死ぬぞ」
「……おい、スイ……何を企んでるんだ」
「おん?ユウさんったら、言葉足らずなかわい子ちゃんだなぁ。それで察するほど賢くねぇぜ〜、スイちゃんはな。………えっ、は?スイちゃんはアリウスにおいては比較的賢いんだが?寧ろ天才と言っても過言ではないんだが?」
「戯言は良い。それにお前はアホだ…悲しいくらい、アホだ……アホ、なんだよ……」
「おうコラ、喧嘩なら買いまっせ!」
「愚にも等しい安い喧嘩なんて買わん。それよりも――お前、キミを巻き込んで何かやってるな。誤魔化すな、私はお前に騙されてやる程優しくはないぞ」
――薄い眼光がスイを射抜く。
ある程度の確信を得ているのだろう。ユウの言葉を否定して押し問答へと縺れ混む事も可能なのだろうが、然し他の者ならば兎も角、ユウならば話しても良い――否、ユウだからこそ話すべきとすらスイは考えていた。
無論、馬鹿正直に答えへ直進するほど面白味のない性格はしていないが。
「………へぇー…今、スイちゃんがとてつもなく優秀で無敵美少女、漲るオーラすら輝きを幻視するほど賢くて最強だって言った?ぬっへへぇ〜、ユウさんってばスイちゃんのコト好きすぎぃ〜?結婚する?結婚しちゃう?」
「…………………」
「あ、冗談ですスンマセン…そっすよね……うん、結婚よりも先に交際から…」
「疾く殺すぞ、出来る限り残忍に」
「ド直球すぎて腰が抜けそう」
「………次に誤魔化したら禿げさせる。二言は無い」
「あっ………そのですね、実はキミと『外』に遊びに行ってまして。一応補足しときやすと…アリウス自治区外ってハナシね…?」
「……あ゛?………いつだ?」
「いっ…一年前から、週一で…」
「火炎放射器で体毛だけ燃やす拷問を考えたんだが、どう思う?なに、任せておけ。私は手先が器用なんだ、そのムダ毛を綺麗さっぱり消し炭にしてやるさ」
「やめて!?」
「チッ…」
「舌打ちされた!?」
ユウとしては精々食品庫に忍び込んだ、もしくはマダムやロイヤルブラッドの住居で何かやっていた、程度の事柄だと思っていた。
しかし自地区外へ定期的に出て、今の今までバレずに過ごしていた。その事実をマダムに知られればどうなるのか、訓練されているアリウス生であれば理解している筈だ。
死ぬ直前まで懲罰房に入れられれば温情、殆ど確実に殺されるだろう。それだけアリウス生に課された"縛り"は非情で残酷だった。
「取り敢えず全て話せ、隠し事をしたら貴様の毛根は塵と化する」
「スイちゃんの毛根に恨みでもあるん?美しすぎて嫉妬の対象なのかなぁ……や、いいケド。とりまユウさんさぁ、
「……SOT実験か」
「え、何それ初耳!?」
「私も詳しくはないが……キミの性質を利用してマダムが『スウコウ』とやらに至る実験、或いは計画らしい。現状、培養された他人の肉片とアイツの身体を
「……ま、どーせロクな計画じゃないでしょ」
「今のは聞かなかった事にする。マダムを否定するな……『外』でどうなのかは知らんが、アリウスでのお前の思想は異様だ。長生きは出来んぞ、マダムに逆らえば」
「そっか……うん、そうかもね。やっぱりかぁ……うんうん、じゃあ
「………待て、とてつもなく嫌な予感がする…頼むから黙ってくれ。そして私を巻き込むな…!」
「実は
「……私は黙れと言ったんだが…!」
柄でもないと自覚しながらも佐山ユウは声を上げた。元より波風を起こさずに無難に生きている彼女にとって、同部隊の彼岸キミや睡蓮スイは激毒だ。
巻き込まれればロクな目に遭わない。ユウは多少器用なだけで、物語の主人公のような幸運やそれに伴った転機は訪れないと理解している。
使われれば死ぬのみ、故に他人を
目に見えた嫌な予感は的中するのだろう。
「でもユウさん、一度聞いたら
「……っ、いや…だが然し…」
「頼めるのはユウさんしかいない…ホント、マジで…」
「…チッ、勝手にほざいてろ。私はただ此処に居て、偶々スイの戯言が耳に届いただけだ。他意はないし誰かの思惑に踊る気も無い」
「サンキュ、おねーちゃん♡」
「やめろ、お前みたいな愚妹は要らん」
「ひっでぇ…!」
深く溜息をついて話を聞き始めたが、やがて荒唐無稽な作戦に息を飲んだ。確実性の薄い計画、きっと自分が手直ししなければ破綻する――そう
◆◆◆
――銃声が響く。
弾丸よりも硬い灰色の
接近を感知して振り向いた少女――スイが反撃を試みてアサルトライフルを横に薙ぐが、自らの銃の威力で僅かに滞空していたキミは靴の裏で銃身での直接攻撃を受け止め、軽やかに宙返りをして距離を置いた。
落ち着いた、と言うには殺伐としているが。然し互いの体勢が崩れた刹那の間、改めて金色の瞳と赤黒い瞳の視線がぶつかる。
「わっ……お、おおおっ!?こんのアホ火力!スイちゃんが傷付いちゃうでしょうが!!」
「……………」
「反撃じゃゴラァ!
十字が三重に重なった、花のようなヘイローが白く煌めく。溢れた神秘は銃口に宿り――扇状に広がる白い弾幕が彼岸キミの全身を穿つ。
非利き手の右腕で目を守り、避ける事は不可能と諦めて白い銃弾の嵐が過ぎ去るのを待った。
彼岸キミは自身の体が他の生徒よりも頑丈である事を理解している。だからこそ、多少のダメージは受けるが
「……ッ!……いたい」
「人の全力を『痛い』の一言で済ませるのやめて?終いにゃ泣くぞ!」
「おかえし…………あ、へんな技名がない……」
「誰のネーミングセンスが変だ――グッ……カハッ…!?……ひ、人が喋ってる途中に撃つなよな…!!」
「………りふじん」
瞬く間に接近したキミは先程と同様に拳銃で灰色の極光を放ち、今回は命中させた。
「もう怒ったぞ……ボッコボコにして『外』に誘拐してやらぁ!!」
「…マダムから、めいれい、だから……スイをころす。疾く、やらないと……」
「ついでに『スイちゃん』って呼ばせる。絶対に呼ばせる所存!」
アサルトライフルを逆手に構えるスイ。対するキミは利き手に黒いダガーナイフ、右手に
自治区でも封鎖された場所で行われる戦闘。どれだけ暴れても、人が集まる事はないだろう。
双方、ある程度の対人訓練は積んでいる。だが他のアリウス生徒と異なる点――『外』においての戦闘経験。
約一年、外に出てお菓子やご飯を食べに行った期間。当然ながら金銭は『外』で調達し続けており、その痕跡は徹底的に隠し通していた。
つまり――
「接近戦がお得意かなァ!?」
「なれてる、だけ……」
被弾しない事、そして弾丸すらも使わずに相手を倒す術。銃弾の飛び交うキヴォトスにてスイとキミ程までにインファイトに特化した生徒も珍しいだろう。
先に動き出したのはスイだった。
逆手に持ったARを半身で後方へ下げ、僅かな遠心力を乗せてハイキックを放つ。決して体格に恵まれたとは言い難いスイだが、自身より背の低いキミに向ければ丁度頭部に命中する位置だ。
「むっ……ていっ」
「わ、わわっ…!おいコラ、人にナイフなんて向けんなっての!!」
「向けてない……受けの、かまえ」
対するキミは軽く足を開き、脚撃を受け止める体勢を構える。だが無論、それだけで済ませるほど生易しい訓練は受けていない。
左腕で受けると同時、手に持ったダガーナイフの刃を向けてカウンターを試みる。
ナイフの鈍い光を視界に収めたスイは反射的に蹴りを下振れさせる他なかった。
僅かな隙――キミは左脇腹に刺さった蹴りを膝と肘で挟み、小柄な体躯ごと横に捻る。
合わせて彼女が身体を回していなければ、骨までは届かずとも筋肉を損傷していただろう。
互いに体勢を崩す。故にダメージを与える事を諦め、一瞬でも離脱する為の拳を互いの頬へ同時に刺す。所謂クロスカウンターで後退り、再び武器を構え直した。
「いてっ…」
「ミッ゜………っとと、天才的な天才声が漏れたぜ…!」
「奇声?」
「キレイな声、略して綺声ってか?洒落てるねぇ」
「てへぺろ」
「褒めてないが?てかボケてるんだが?」
恐らく、技術だけならば拮抗している。スイは内心でそう結論付け、またインファイトで時間を稼ぎながら勝利条件をまとめる。
そも、大前提として
五体満足で勝利して彼岸キミを『外』へ誘拐する――スイが思い付く限りの最高な結末だが、現実的とは言えない。
まず彼岸キミはスイよりも強い。以前までは勝っていたが、ベアトリーチェによるSOT計画と日々の訓練、『外』での不良狩りを続けている内に
故に、勝利条件は
(……ったく……強くなったなぁ。これなら、スイちゃんが居なくても『外』で生きていけるよね……昔よりは人間らしくなったよな、きっと…)
――近付く死期を悟ったのか、スイは懐古する。
◆◆◆
其れと出会ったのは、雨の日だった。
うん、覚えてる……幼かったスイちゃんはおねーちゃん――や、ユウさんに手を引かれて…自治区を彷徨っていた。
内乱から逃げ続ける生活で疲弊し、ある筈もない安全地帯を…或いは死に場所を求めていたんだと思う。それだけ、スイちゃんとユウさんにとってはこの世界は残酷で、生き辛い。
雨が降っている。
雨が身体に打ち付けられて、でも傘なんて上等な物もない。奪われる体温、握っていたユウさんの手も冷たくて……でも涙なんて、流れなかった。この狭い世界で、泣く事は幼稚な感情表現でしかなく…意味の無い行為でしかなかった。
雨が降っている。
人気のない路地を抜け、銃を持った兵士が通り過ぎのを待ってから舗装された大通りを通り過ぎて次の裏路地に入る。
ふと前方に視線を向けると、誰かとすれ違った。ユウさんは目を向けなかったけど、スイちゃんの目にはその子がやけに目の奥に残った。
自分よりも小さな子供だ。
汚れすら飾りと思わせるくらい綺麗な白髪、それに兎を思わせる真っ赤な瞳。一見して男子か女子か分からなかったけど、儚く尊い存在――それこそ性別を超越した 神の生き写しとすら思ってしまった。
そんな子供が、やはり同様に薄汚れた灰色の髪の女の子を背負って歩いている。その灰色の髪も、綺麗な水で洗えばもっと透き通るのだろうが、雨では濡れた鼠としか言えない。
少女は意識がないのだろう。小さな小さな子供に背負われ、足を引き摺られながら彷徨っている。
「…………あ」
「…どうした、スイ…」
――一瞬、あの子と目が合った。冷たい瞳、抉って自分のモノにしたくなるくらい綺麗な瞳。きっと…あの瞬間、スイちゃんはあの子に魅了されていたんだ。惑わされて、狂わされたんだ。
ユウさんの手を振り解き、通り過ぎた子供の手を取る。驚いたような目をしていたけど、無言で手を引き続けていた。
意味のない行為にユウさんは何かを言っていたけど……最後にはあの子達を連れて行くことを許してくれた。
その出会いからずっと、キミと一緒に居た。
独裁者の支配が広まっても、訓練で傷付いて倒れても、『外』を知って非行に走っても――スイちゃんとキミは一緒に居た。
歳は違うけど、対等だった。教官に反抗しようとするアズサさんを一緒に抑えたり、嫌いな奴の住処にスタングレネードを投げ込む遊びをしていてユウさんに二人して怒られたり、時間の許す限り『外』の色々な学園を少しづつ巡ったり……
楽しかった。楽しかったから……もう、じゅうぶんかな。スイちゃんは……私は、もう満たされた。
「……はは、やっぱこうなるかァ…」
◆◆◆
長時間に及ぶ戦闘の末、最後に立っていたのは彼岸キミだった。
倒れる睡蓮スイは全身に細かな切り傷があり、一つ一つは小さくとも度重なる出血で血を流しすぎたのだろう。
対するキミは肌に微かに青痣が見えるが、五体満足で立っている。
「やはは……強く、なったね……チビ助め…」
「マダムから、『命令』……スイをころせって……命令は、ぜったい………スイ、の…ヘイローを……」
「…大丈夫、大丈夫だよ。スイちゃんはキミに殺されてあげたりなんかしないさ。いや、スイちゃんを殺すのはマダムで、キミに罪なんてないんよ」
感情のない筈の『駒』は声を震わせ、言外に告げている。殺したくない、止めて欲しい、と。
命令に逆らえない人形は初めて、涙を流して立ち尽くしている。その姿が初めて見た頃と重なり、スイは寂しそうに微笑んだ。
それでも、やはりキミは止まらない。
「………ち、がう……■は……■は……ッ!」
「……っ!……そっか、キミ。キミはスイちゃんのために泣いてくれるのか…惰性で生き続けるよりも嬉しいぜ、マジで」
「にげて……おねがい、■から逃げて…こ、殺したく…ない……でも、命令……には…さ、さからえない…」
「…勝手なお願いだけど、キミ。スイちゃんを食べてくれる?キミの一部になるよ、いつまでも支え続けるよ。もしキミが全てを諦めそうになったら、
「………………」
SOT実験――Ship of Theseus実験。彼岸キミの身体を別モノと取り替え続け、至らせる試み。
その実験が成功しているのであれば、睡蓮スイが彼岸キミの一部となることも可能な筈だ。
あの日、スイが魅了された瞳。
かなり曇ってしまって、今は雨が降っているが――いつか、晴れている所を見たい。例え生きていなくても、その時には傍に居たい。
「…眠らせて、キミの中で……」
「……いや……いや、だ……」
「…頼むよ、キミ。もう託したんだ…おねーちゃんにも、キミにも。立派で頼れる先人として、観測を終わらせてくれよ」
「…………めい、れい…?」
「相棒としての頼みだよ。これからは胸の中で、キミを支えるさ……そうだ…まるで秘書だね。スイちゃんは彼岸キミの秘書になるんだ…たった、それだけのハナシさ」
「…………ねぇ、スイ……■の貌、どう見える…?」
「………昔から…変わらないよ。ガラスみたいに透き通ってて………鏡、みたいに…自分を写す…」
「…そっか……スイには、そう見えるんだね…」
横たわる彼女の首にダガーナイフを当てる。
――雨が、降っていた。
地面を赤く染める血を運び、雨は振り続ける。きっと、これからもずっと。
「……また、ね……」
「ああ、またね――」
ナイフが首を断ち、鮮血が彼岸キミの白髪を赤く染める。小さな体で動かなくなった其れを抱き締め、僅かに血を啜った――始めて、自分の根本を
暴れる心臓。然し貪るように、繰り返される呼吸は熱い彼女の血に泡を作る。喉を鳴らして血を飲む。小さく肉を噛み、僅かに咀嚼。
震える体も徐々に収まり、低い嗚咽は雨に紛れる。これだけは吐き出せない――飲み込んで変貌しなければいけない。
これから先、彼岸キミは変貌を繰り返す。
だからこそ――不変的な部分が必要だ。きっと、スイはキミの大事な部分を守り続けてくれる。そんな予感に、変貌した部分は肯定した。
――雨が……降っている。