シャーレ所属のダレカちゃん   作:ブラウンドック

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青く、青く、青く染まれ

 

――体育館。

 

本来ならば未明、空が紺に染まっている時間帯には物音一つしないだろう。然し今日に限ってはその限りでなく、激しい戦闘音が響いていた。

 

「――ヒフミ!マーキングポイントにデコイを!!」

 

「は、はいっ!ペロロ様……お願いします!!」

 

視界に表示されたマーカーに向け、ヒフミは円盤型の装置を投擲する。

 

密集されたアリウス生徒の合間に投げ込まれたソレは体育館の床に底面を吸い付かせ、次の瞬間には辺りの生徒を弾くように巨大なペロロ人形が膨らむ。

 

視界を遮るようなライトアップに、踊り回転するペロロ人形は嫌でも気を引いてしまう。

障害物であり、意識を寄せ付けるデコイはアリウスの生徒にとっても邪魔だ。破壊しようと銃弾を撃ち込むが、頑丈に造られたデコイ人形は歪にも銃弾を受け止めるばかりだ。

 

 

――トリニティの裏切り者を炙り出す作戦。

 

罠やバリケードの設置、続いてナギサの保護(拉致監禁)等の段階を経て現在。

 

アリウスの突入部隊をまとめてアズサが誘導し、体育館で繰り広げられるのは圧倒的に数で劣る戦いだ。

戦闘を行うのは補習授業部の四人のみ。対しては相手は統率に長け、異常なまでの鍛錬によって兵士と成ったアリウス所属の生徒。

 

複数の部隊に対して四人だけで渡り合い、リードを譲らないのは緻密な作戦と張り巡らせたトラップ、『先生』の戦術的指揮のおかげだろう。

 

「――アズサ、今だ!」

 

「了解――全てを無に帰し、徒労であると知れ…!!」

 

「ぐっ、うっ……!!」

 

翼を広げ、反逆的に叫びを口遊む。指揮の補助を受けた銃は神秘により光り輝き、最後に残ったアリウス生徒を戦闘不能へと追いやった。

 

指揮を担っていたアリウス生徒が倒れ、沈黙が辺りを支配する。各々が銃を構えながら体育館を見渡し、先生もシッテムの箱を通して俯瞰的視点より観察し――十秒程経ってから小さく、然しハッキリと戦闘終了と呟いた。

 

「か、勝った……?」

 

「全員戦闘不能」

 

不安気なコハルに対してアズサは視界に入った情報をそのまま、飾らずに告げる。

 

「あうぅ……先生の指揮があって、本当に助かりました……」

 

「気を抜かないでね。まだ、()があるよ」

 

「……はい。では難所をひとつ乗り越えたところで、次のフェーズに移りましょうか。この後、アリウスの増援部隊が到着するでしょう。ダレカちゃんの管轄以外から、ですが。でも私たちは時間を稼ぐだけで大丈夫です」

 

――正義実現委員会の部隊が到着するまで。

 

ハナコの言葉に、多少なりとも緊張が和らぐ。

 

幾ら指揮によって圧倒的な不利を覆せる先生が居たとしても、戦闘を行う生徒の体力は無限では無い。数に対して少数で戦うということは体力との勝負だ。

 

ならば至極単純に、こちらも数に頼れば良い。疑われている手前、最初からは頼れなかったが、ナギサの不在に続いて派手な戦闘まで行ったのだ。

見慣れぬ生徒まで複数部隊も侵入しているのだから、正義実現委員会も動かざるを得ない。

 

一時とはいえ、落ち着いた合間にコハルは正義実現委員会の羽川ハスミへと連絡を入れる。異常を感知した彼女ならば何かが手遅れとなる前に動くだろうと、ハナコは迷いなく作戦に組み込んでいた。

 

「……ティーパーティーの命令下にある正義実現委員会が動けるとしたら、それはティーパーティーの身近に問題が生じた時だけ。定期連絡の関係上、きっと今頃ハスミさん達はナギサさんに何かがあったと気付いたはずです」

 

それに続いて、コハルからの連絡。現状の確認に動くのには、そうそう時間も掛からないだろう。

 

後はより早い増援を願うばかりだが――ハナコが手元の時計に視線を落とした刹那、体育館が爆発音で揺れる。

 

「っ!……来るよ、みんな…!!」

 

封鎖し、バリケードを組んでいた体育館の出入口が吹き飛ぶ。続いて何重にも重なる足音が床を叩くが、その正体に対して誰もが嫌な予感を覚える。

 

もし状況確認に来た正義実現委員会ならば、突撃よりも先に声で内部とのコンタクトを図るだろう。初っ端から学校の設備を破壊して侵入するのは――考えるまでもなく、敵だ。

 

「なっ!?あ、アリウスの増援部隊が、こんなに早く…!?」

 

「え、えっ……?」

 

困惑するハナコに感化され、コハルも狼狽を隠せない。慌てて全員が再度戦闘態勢に入るが、増援部隊の数は想像を遥かに上回っていた。

 

「……数が多い、大隊単位だ。多分、アリウスの半数近くが……」

 

「あうぅ……こ、これだけ沢山の方が、平然とトリニティの敷地内に……!?」

 

「まだ、正義実現委員会は動かないのですか…!」

 

連絡をしたのは先程だが、然し相手がアリウスの半数近くともなれば話が別だ。トリニティを守る治安組織として、これだけの数を見落としているとなれば業務怠慢なんてレベルの話ではなくなる。

 

微かな苛立ちと、不安。荒くなる語彙に対して―― 一つ、答える者が居た。

 

 

「――それは仕方ないよ」

 

「―――ッ!」

 

()()は整列するアリウス部隊の前をコツコツと靴音を鳴らして歩き、悪戯に笑って姿を現した。

 

「だってこの人達はこれから、トリニティの公的な武力集団になるんだから」

 

色素の薄い桃色の長髪を靡かせ、同色の瞳は先生と補習授業部を見ているようで何も捉えてはいない。

飾った羽を見せ付けるように。日常をそのまま切り取り、放課後の一幕を演じるように。シュシュを付けた左手を口元に掲げ、人差し指を立てる生徒――『トリニティの裏切り者』である聖園ミカは平然と敵対を宣言した。

 

「ミカ……?」

 

「やっ、久しぶりだね先生。また会えて嬉しいなぁ。それから、正義実現委員会は動かないよ?私が改めて待機命令を出したから」

 

百合園セイアが姿を消し、続いて桐藤ナギサも居なくなった。そんな現状でティーパーティーのホストの権限は最後の一人、聖園ミカに渡っていた。

彼女はその権限を行使して今、この状況を作ったのだ。彼女の裏切りに息を飲む先生を視界に収め、然しミカは言葉を続けた。

 

「今日は学園が静かだったよね。アハッ、正義実現委員会以外にも邪魔になりそうなものは事前に片付けておいたの。ティーパーティーの命令が届く限り全てのところに、色んな理由を付けて足止めしておいたから」

 

「……全ては、君がホストになる為にかい?」

 

「うん、そうだよ?ナギちゃんを襲う時に、邪魔なんてされたら困っちゃうもんね――まっ、簡単に言うと?黒幕登場☆ってところかな?」

 

自分が本当の裏切り者、とミカは自称して笑う。酷く無邪気に、そして嘲るように。誰もが呆気に取られ、急激に変化する現状に着いて行けないが――唐突に、()()()()()()()()()

 

 

「――見事な道化だな、聖園ミカ…哀れな操り人形(マリオネット)よ。舞台の設置は済んだか?」

 

「ッ!?」

 

この場に不釣り合いな、作ったように低い子供の声。全員の視線を集めるのはステージ、講演台の上に膝を組んで座る者だった。

 

凹凸のない黒い能面にシルクハット。同色のマントや長髪は其れを闇に紛れさせ、然し月光に照らされる事によって異様な雰囲気を醸し出している。

いつから居たのか、とは誰も聞けなかった。恐らく、()()()()()()()()()。そう認識させるほど、存在を確認するまでは空気に溶けていたのだ。

 

「……また貴方なの?今、邪魔しないで欲しいんだけど」

 

「なに、邪魔をするつもりはなかったさ。然し……ククッ、聖園ミカ…君があまりにも滑稽でね?……黒幕登場?まだ理解していないらしい………少しばかり道化にしては過ぎた言葉とは思わないかい。シャーレの先生?」

 

「………君は誰かな?」

 

「おや、ククッ……失礼失礼。自己紹介がまだだったようだ。ではでは改めまして、初めまして。今回の件の全ての黒幕(フィクサー)にして皆々方の敵対者、ウソーノ・ウラギール。どうぞ、よしなに」

 

其れは悠々と壇上でシルクハットを片手に持ち、優雅にお辞儀を披露する。

 

全員の敵、と断言しながらも余裕は崩れない。胡乱気にアリウスの生徒は銃口を向けるが、それすら眼中にはない。

シルクハットを頭に戻し、実験でもするかのようにステージ上から体育館全域を観察する仕草は以前、聖園ミカが対面した時と同様だった。

 

「ウソーノ……ウラギール…?」

 

「……ハナコ、もしかして知り合いかい?」

 

「あ、いえ……そうではなくて、名前……変じゃないですか?」

 

「は、ハナコ……空気読みなさいよ!それに、人の名前を変って言うのは…その、駄目なんだから!!」

 

「そうではなくて、嘘の裏切るって……あ、あまりにも………えっ、もしかして違和感を覚えたのって私だけですか…?………すみません、何でもありませんでした」

 

「…ククッ、続けても?」

 

「………………」

 

――この場の支配者は誰なのか。

 

きっと、先程までは聖園ミカだった。補習授業部と先生の心を掌握し、自分の行いを堂々と告白する様子は哀れな観衆への慈悲であり、暗に知られても問題は無いと告げていたのだ。

 

だが、今はこの場に支配者がいない。ウソーノ・ウラギールの登場により全てが掻き乱された。

真実は誰にも分からないが、それでも異様な雰囲気を纏う者は堂々と言い放つのだ。自分こそが全ての黒幕で、聖園ミカすら哀れな操り人形なのだと。

当然、ウソーノ・ウラギールの発言を鵜呑みにする者は居ない。身長から察するに小柄な子供であり、然し言葉の端々には外見不相応の貫禄が滲み出ている。

 

全員が困惑している。その事態を作り上げた本人は楽しそうに声を上げ、笑うばかりだ。

 

「さてさて、観客(オーディエンス)操り人形(マリオネット)の皆様。哀れな貴方達は思った事でしょう――お前は何者で、何処まで把握しているのか…と。ええ、ええ……ごもっともな疑問!未知に疑問符を唱えるのは神々であれども同様、故に我はこう答えよう……()()と」

 

「具体性に欠けてるんじゃない?自称黒幕さん」

 

「なら示そう、自称黒幕の聖園ミカ。()()アリウス自治区に辿り着き、()()百合園セイアと桐藤ナギサが目の届かない所で片付き、()()最大の障害物となるシャーレの先生が少ない生徒と敵対している現状。随分と()()()()じゃあないか、聖園ミカ」

 

「ッ……!……なにそれ、嫌味なの?」

 

「褒めてるんだよ。幸運の星の下にでも産まれたのかい?不幸な幸せ者め」

 

「……全て君が仕組んだと?ウソーノ・ウラギール」

 

「まるで自分は他人事じゃあないか、シャーレの先生。貴方も同じだろうに。()()不良生徒に襲われてる阿慈谷ヒフミを助けて恩を売り、()()アリウスの事情に詳しい白州アズサが味方になり、()()出来すぎてるこの舞台に立って全てを知ろうとしている。まるで主人公だと思わないかい、シャーレの先生よ」

 

「…………侮っていたつもりはないけど、少し君とは話さないとだね」

 

――知る人の限られた情報。ミカの軌跡然り、先生と生徒の繋がり然り。

 

出された情報の断片のみで、ウソーノ・ウラギールが全てを知っていると物語っている。只々、()()()()()()()――故に発言が現実味を帯びる。

何処まで見られていたのか。全員の背が冷える感覚に怖気すら覚えるが、その様子を黒幕(フィクサー)は嘲り見下ろす。

 

「…………キー……」

 

「……?えっと、アズサちゃん…今、何か言いましたか?」

 

「…いや、何でもない」

 

やがてウソーノ・ウラギールはステージ上から真っ直ぐと進み出し、当たり前のようにふわりと()()()()()

息を飲む先生とは逆に、ミカはつまらなそうに鼻を鳴らす。以前、ミカが彼岸キミの住む寮に訪れた帰りに見せたトリックと同じだ。

 

黒いワイヤーを足場にしているのだろう。薄暗い体育館にて、単純に見えるトリックもまた一つの掌握術なのだろう。余裕の演出か、将又格の違いを突き付けているだけなのか。

 

 

「――この場にいる愚者全員に、度し難くも易しい()()だ。只々、只管に()()。でなければ操り人形(貴様ら)の糸は花より容易く手折られるだろう……故に抗え、失望させてくれるなよ?」

 

「ッ!みんな、戦闘指揮を開始するよ!!」

 

「………はいはーい、アリウスの皆〜。ちょっと庇ってあげる余裕は無さそうだから、自由に動こうね」

 

小柄な影は空中で二度、三度と撓む鉄糸と戯れ――次の瞬間には姿()()()()()

 

◆◆◆

――バニたす、ヴぁにたートゥむ……くだラない。

◆◆◆

 

「……ッ!はや、過ぎる…!!」

 

最初、先生はシッテムの箱にて体育館の全体を俯瞰して全員を捉えていた。

 

シッテムの箱を介した視点は単なる俯瞰とは異なり、時には世界をスローモーションにする権能や生徒の強化、神秘の解放等。

先生の戦術的指揮の唯一性を象徴する為に必須の物だ。一瞬先の未来の弾道や爆発被害の計算すら可能とするシッテムの箱だが――ウソーノ・ウラギールを()()()()()()

 

「余所見なんて余裕だな」

 

「なっ!?う、後ろだと!?」

 

「残念、残像だよ。虚飾と踊るなんて君は器用だな、愚鈍なのに。ではでは…名も知らぬアリウスのお嬢さん、おやすみ」

 

「かっ、はっ…!」

 

「アハッ、アナタこそ余所見なんて余裕じゃん☆」

 

「余裕だとも、脳と頭がお留守番な聖園ミカ(お嬢さん)

 

「わっ、わわっ……きゃっ!?い、痛いなぁ!!」

 

ヒフミに指示を飛ばし、ペロロ人形のデコイを投げる刹那――スローモーションとなった世界で先生にだけ辛うじて見えた光景。

 

黒い影が悠々と体育館の真ん中で立ち――アリウスの生徒がそっと狙撃銃で狙い撃った瞬間、ウソーノ・ウラギールが十数Mは離れているその生徒の背後に現れ、鉄糸で身体を縛って頭から床に叩き付けた。

一人の生徒が意識を失って間も無くミカがウソーノ・ウラギールの後頭部に銃を突き付けて零距離射撃をするが、右手の甲で容易く弾かれて額を、体育館の壁が弾ける程の力で殴られた。

 

一瞬にも満たない戦闘。残像すら幻視する程のスピードのウソーノ・ウラギールに驚き、そんな逸脱した者の攻撃を正面から受けても涙目で『痛い』と叫ぶだけの余裕を残しているミカにも異様なまでに高い壁を感じる。

 

――だが。臆する生徒の前に立ち、先生はシッテムの箱を胸に当てて()()と話す。心強く、先生がキヴォトスに来てから今日に至るまで、ずっと支えてくれていたもう一人の相棒。

 

「………アロナ、様子見は止めだよ。本気で行こうか」

 

《はいっ!ダレカちゃんさんの時に、やり方は覚えました!!》

 

「後は私次第だね。さて……もう一頑張り、あの生意気な秘書に並び立ってみようか!!」

 

《スーパーアロナちゃん!全力全開のフルバーストです!!》

 

「――さあ」

 

《――私達で》

 

「《――運命(せかい)を書き換えよう!!》」

 

 

 

酷く曖昧に、世界が青く染まる。

 






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