シャーレ所属のダレカちゃん   作:ブラウンドック

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お姫様の執着

 

『もしもし、ダレカちゃん?』

 

「…あ、ご無沙汰しておりますッス、セリカさん。今って時間ダイジョブッスか?」

 

『別にいいけど…こんな時間に珍しいかも。最近って寝落ち通話?みたいな事しかしてなかったじゃん。で、何か用事?』

 

「……ちょいと今から、精神的にキツいアレをそーするから……癒して欲しくて。や、下手したら吐く」

 

『えっ、ちょっと何言ってるのか分からないんだけど。大丈夫なの?』

 

「あんま公言出来ないんすわ。でも愛妻なセリカさんに応援されたら頑張れるなーって。ぬへへ……はぁ…」

 

『誰が愛妻よ……ま、よく分かんないけど頑張ってね』

 

「応援が足りないぞ。気持ちを込めて込め込めて、抱き締めながら耳元で頼みます」

 

『いや、電話だから。通話先の相手を抱き締めるなんて無理だから…えっと…が、頑張って!』

 

「もうちょい!感情込めて、がんばれ♡がんばれ♡ってやって?」

 

『がんばれ♡がんばれ♡…………って何やらせんのよ!?』

 

「えっっっっっっ――リンギは学名をプレロータス・エリンギと言って由来はホスト植物であるEryngium campestreに因んだモノです。ちな花言葉は『宇宙』……宇宙服のダレカちゃんは、もしかしたらプレロータス・エリンギだったのかもしれないね」

 

『……切っていい?』

 

「世界の(ことわり)を?」

 

『通話を!!』

 

「うっす、お疲れ様でしたー。録音した応援ボイスはムフフと有効活用させてもらうね」

 

『は?え、ちょっ…消し――』

 

◆◆◆

 

牢屋、と言い表すには些か豪奢の過ぎる部屋。

 

そこに囚われた()()()は憂鬱げに物悲しい手元で化粧水の瓶を転がし、幾度と繰り返した溜息をまた吐き出す。

 

小型のランタンが淡く部屋を照らし身体を癒すが、然し胸に巣食う罪悪感は決して消えない。

聖園ミカは現状、ティーパーティーのセイアとナギサを害した加害者であると同時、酷く哀れな()()()と言われている。行動のみを見れば傍若無人な魔女、その実はトリニティにて指名手配されて記憶に新しい『ウソーノ・ウラギール』に()()()()()()被害者。

 

「被害者、かぁ……」

 

――罪悪感にも浸らせてくれない。

 

"被害者"という逃げ道を用意したのは、誰よりもミカを責めて罪悪感を際立たせたウソーノ・ウラギールからの皮肉なのだろう。

 

確かにミカを責める者はいた。パテル派がミカを擁護し、他派閥が責任を追求する。争いの種になりながらも共通の敵がいるのだから、ミカに対する責任追及も言い掛かりに過ぎない。

決して味方では無いが、ミカを嵌めたと言うにはあまりにも後が手厚い。ミカの所業を言い当てた故にウソーノ・ウラギールの言葉は嘘に塗れた戯言ではないのだろう。

 

「はぁ……ホント、意味わかんない」

 

溜息をこぼす。何度も、何度も、自分の考えが及ばない事に苛立ち。あれだけの葛藤と吹っ切れを経ての行動すらも無に等しく嘲笑われ。

 

ミカの心は完全に折れていた。

 

最初は只々、平等で平和な学園になって欲しかった。難しく乱雑な言葉で何を言っているのかが分からない友達、真面目で現実主義だが身内には年相応の表情を見せる幼馴染。

その二人に負けない"何か"が欲しくて、その矛先を向けてしまったのは大人に虐げられて酷く歪んだ幼子だった。

 

――彼岸キミが安心して生きられる世界。

 

それが実現出来れば、どんなに素晴らしいのだろうか。誰かに認められたい、可哀想なあの子を護りたい、誇れる何かが欲しい。

 

そんな()()すらいつの間にか本音になって。

 

純粋と言うには打算的で、それでも無垢なまでに悪意がない。偏に子供だったのだ、聖園ミカは。

欲張ってしまった。自分一人で全てを背負い、大義を成せると勘違いして欲張ってしまったのだ。全てはミカの傲りから始まり、それを打ち砕かれる形で終わりを告げた。

 

「んー、なーんか引っ掛かるんだよね…」

 

思い浮かべるのは能面に黒衣を纏い、自らを黒幕(フィクサー)と称した小柄な子供。

 

彼、もしくは彼女。それの行動には何処と無く()()()()が垣間見えていた。唐突に出てきて全ての罪を奪い、それを映したカメラすら証拠映像として置いて去った。

全てを見ていたと宣言した。先生の軌跡も、ミカの行動も。その断片を言葉にして明確に言い当て、それなのに今になって皆の前に出てきたのだ。

 

その気になればあの場の全員を殺せたであろう人物。それなのに先生の明確な弱点である先生自身を決して狙わず、理性的に形式に当てはめた行動のみで満足した謎の人物。

 

まるで実験や調査、確認を思わせる振る舞いに疑問符を生じたのはミカだけではないだろう。

 

 

自分で淹れた紅茶で唇を潤す。

 

温いそれはミカの形容し難い微妙な気持ちを代弁するように熱もなく、然し冷たくもない。熱くもなく冷たくもなく、微妙としか言い様がなかった。

こじつけなのだろうが、どっち付かずな有様が極めて今のミカに似ている。加害者と周知される事もなく、だが被害者なだけでもない。ミカの心が沈み続けているのは立場が決まっていない故の不安なのだろう。

 

空になったティーカップを備え付けの水道で軽く水に浸け、ベッドに腰をかける。

 

時計に目を向ければ短針が18時を差していた。そろそろ担当の生徒が夕餉を持ってくる時間帯だろう。

豪奢な牢屋に囚われてからは三食総じてロールケーキしか出されていないが、そろそろ幼馴染は冷静を取り戻して常識的な食事を用意してくれているだろうか。

 

時間通りに決まってガチャリと動くドアに冷めた視線を向けて――()()()()()

 

微かに見える姿は想像よりもずっと低く、そして見覚えがあった。その人影は不似合いなサングラスをかけ、軽いながらも重い、という矛盾した印象を抱かせる足取りでミカの前に姿を現した。

 

「…へいへーい、かのじょ…………きみ、かわうぃーねー………はい、うん……」

 

「……えっ?」

 

「…………へ、へいへーい……かのじょ……き――」

 

「いや、聞き取れなかったワケじゃなくてね?……キミ、こんなところで何してるの?」

 

其れは落ち込んだようにサングラスを適当に投げ捨て、陰鬱な感情をこれでもかと込めた溜息をついた。

 

雑に放置され伸び放題の純白の髪を輪ゴムでまとめ、肩幅から袖、裾までが明らかなオーバーサイズである特注のヴァルキューレの制服を着た小柄な生徒。

覇気がなくドンヨリと濁りきった真っ赤な瞳の下には隈が酷く、()()()()獣耳や鬼の角、羽根に龍尾はその生徒の異質性を物語っていた。

 

――久し振りで、見付けて捕まえたら沢山話したいと思っていた相手。

 

「………晩御飯、もってきた」

 

「あ、ありがとう…?」

 

「………………じゃ、おつかれ…した……」

 

「ま、待って!」

 

「……………」

 

鉄格子の間から腕を伸ばし、過剰な力を込めて彼岸キミの腕を掴む。ミシリと鳴る音は彼女の執着と必死さを物語る。

一般の生徒ならば悲鳴を上げるであろう行いにも、彼岸キミは無表情で見下ろす。何処か嘲笑うように、見下すように、無感情に俯瞰するように。

 

その気になれば掴み返して無理にでも離させる事も可能なのだろう。それをしないのは彼女への憐れみがあったからだ。

 

「その……い、今まで何処にいたの?」

 

「連邦生徒会、の……てつだい…」

 

「そっか。ま、普通に考えればそうだよね……うん、あの人に振り回されてたんだし、当然と言えば当然かぁ」

 

「……………それ、で…?」

 

「……私、結構キミに会いに行ったんだよ?」

 

「寮長、から…きいた」

 

「………逃げてたでしょ?」

 

「だって、めんどくさい…し」

 

「…ぷっ、あははは!面倒臭いって……あー、可笑しい!キミくらいだよ?私にそういう事を真っ正面から言ってくるのって」

 

ミカが彼岸キミを気に入っていたのは其れがつまらない嘘や、卑しく擦り寄って威光を乞う事をしないからだろう。

 

子供だから、とは思わない。

 

彼岸キミは口数こそ少なく言葉足らずだが、決して愚かな馬鹿ではない。今も昔も、察せられる境遇には不似合いな程までに媚びない在り方だった。

少女はそんな彼岸キミを気に入り、唯一性を尊び、独り占めしたかった。浅ましいと自負して、それでもミカは我儘だった。

 

迎えに来ない王子様を待つよりも、小さくも確かな唯一と過ごす日々を欲していた。

 

そんな中で彼岸キミがセイアに懐き、彼女もまた愛おしげに抱擁し返していたのだ。ミカの執着心が、感情が、ストレスが、解放する先を求めていたのは明白だ。

それだけが原因とも言えないが、然し此度の騒ぎの要因の一つとなっていたのも事実なのだろう。

 

「……あーあ、こんな形で再会したくなかったなー」

 

「檻、ゴリラ、つまり…動物園?……レジワロス」

 

「え、もしかして喧嘩売ってる?」

 

「……?……じじつの、陳列……」

 

「もう!無表情だから冗談が笑いづらいよ?」

 

「………てらわろす」

 

「また意味分かんない事言ってるし……ご飯を持って来たって事は、ナギちゃんから?」

 

「そ」

 

「……じゃあ、私のやった事も聞いたよね」

 

感情の見えない真っ赤な双眸が内面を覗くようにミカを見据える。

 

ミカが『前』に見たときよりも酷い表情だった。然しそれでも補習授業部の合宿中の気絶と、黒見セリカとの"寝落ちもちもち"によって随分と回復している。

痩せ細り、だがまるで性別の概念すら追い付かない程に中性的で美しい化け物は癖なのだろうか、歪にも片方だけ尖った耳を掻きながら変わらぬ表情で平然と告げる――

 

「そーゆーことも、ある」

 

「……………は?」

 

「しっぱい…なんて、幾らでもある。しゃーなし」

 

「……なに、言ってるの…?」

 

ミカは目を見開く。言葉は震え、現実逃避をするように彼岸キミの言葉の別解釈を探す。

 

――彼岸キミはミカに優しくない。

 

それはミカが彼岸キミを特別視し、執着していた理由でもある。

 

彼岸キミならば、ミカを責めてくれると思った。状況に左右されずに俯瞰した視点から淡々と、ミカの所業に針のような言葉を突き付けると信じていた。

偏にミカは責められたかったのだ。行き場のない罪悪感に現実的な言葉を持ってして、相応の罰を求めていた。ある種、ウソーノ・ウラギールによる皮肉への対抗でもあった。

 

だが――彼岸キミの言葉は決してミカの行動を責めない。慰めとも解釈出来る言葉は到底受け入れることは出来なかった。

 

「……私ね、セイアちゃんを傷付けたんだよ?」

 

「…………」

 

「邪魔なナギちゃんを拉致監禁しようともしてたし、トリニティとゲヘナの争いを助長しようとしていたんだよ?」

 

「………で?」

 

「で、って……だから、慰めるような事なんて言わないでよ。そういう(たち)でもないクセに」

 

いっそ嘲るように少女は宣う。それは挑発でもあり、威圧でもあった。只々、態々言う必要も無い己の所業を暴露して眼前の正直者に辛辣な言葉を求めた。

 

告げられる情報を聞き、だが彼岸キミの表情は変わらない。快不快を問われれば不快そうな表情だが、それもミカを加害者として見ている故のものではない。

 

「かんちがい、してる」

 

「勘違い?」

 

「失敗とか、成功とか……しごく()()()()()()。けっか、何もかわらない。セイアさんはしんでない、ナギサさんも…同じ。()()()()()()()、それが全て」

 

「………っ!……狂ってる」

 

「ぴえん」

 

――彼岸キミは誰よりも致命的な失敗を繰り返した。

 

故に思う。ミカの失敗は周りこそ巻き込みはしたが、最終的には誰も死んでいない。それどころかトリニティがアリウスを認識する切っ掛けになり、アズサはトリニティの一員となった。

()()()()()()()そうなのだが、然し彼岸キミにとっては()()()()()()()だ。

 

聖園ミカと彼岸キミの価値観はあまりにも異なる。同じ時間を、同じ世界を生きてはいない。故に本質的にベツモノだった。

 

「……慰める?そんなこと、するわけがない……■はミカさんの、浅慮がきらい。でも()()()()()()()し、慰めることもない。ただただ、()()()()()()()()

 

「…………あ、そっか……そうだ、そうだったね。キミはそういう人だった……アハッ、アハハ…!あー、久々に会ったから勘違いしてたじゃん」

 

「………?」

 

その瞳には執着の色が戻って――否、より深く色濃い執着が宿る。

 

()()()唯一である其れが、最後に会った際よりも尖って帰ってきた。ミカの求める在り方に揺れず、決してブレない。

芯があるのではなく、()()()()()のだ。学園を巻き込んだ騒動すら彼岸キミにとってはどうでも良くて、ミカの暴走すら『しゃーなし』の一言で片付けるのみ。

 

只人ならば憤りを覚え、気味が悪いと蔑み、本能的に恐怖する彼岸キミの潜在的性格。

それをミカは愛おしく、狂おしく想う。故に誰にも向けられる事の無い()()()()()()()を求めて鉄格子の間から手を伸ばし――

 

「ていっ」

 

「いてっ!?な、何で叩くの!?」

 

伸ばした腕は尋常ではない腕力で叩かれた。壁が揺れる程の衝撃だったが、ミカにとっては肌がほんのりと赤く染まる程度だろう。

 

「え……だって、へんな顔で腕を伸ばしてくるし……」

 

「変な顔!?」

 

「キモい」

 

「酷い!?」

 

そういう所に惚れ込んだのだが、然し辛辣の過ぎる言葉はミカの乙女としての部分を傷付けた。

叩かれた腕を摩りながら涙目で睨む彼女に、彼岸キミは訪れてから今に至るまでずっと変わらない冷めた視線を向けるのみ。

 

斯くしてナギサとの約束を果たした彼岸キミは帰ろうと、ミカに背を向ける。

 

「えー、もう帰っちゃうの?」

 

「………いそがしい、から」

 

「一緒に夜ご飯食べたかったのになぁ。ま、いっか。ナギちゃんにも話は通しておくけど、また遊びに来てね。来なかったらコッチから迎えに行くけど」

 

「……ゴリラ、脱走劇……ギガワロス」

 

「ウィットに富んだ冗談だろうけど、乙女をゴリラって言うのやめてね?泣くよ?ナギちゃんの胃が」

 

「あばれるなし……ちな、晩餐はロールケーキ」

 

「えぇ……最近、ロールケーキと紅茶だけで生きてる気がする……」

 

あからさまに落ち込むミカを背に、彼岸キミは心底深い溜息を零して場を去った。幾らセリカとの通話で体力が回復していても、お姫様の不平不満を聞くのはやはり疲れるのだろう。

 

この後の彼女の境遇を軽く出来るのであれば、行所のない罪悪感も彼岸キミは見て見ぬふりを続ける。きっと、これからも。

 

決して彼女には見せない情を飲み込み、やはり(ぬる)い息を吐き出した。

 






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