何がとは言いませんが、人生初のアイドルプロデュースをしていました。世界一可愛いアイドルとガガンボをプロデュースしているので仕方あるまい。ままならない、ね。
「あのさぁ、ダレカちゃんはただセリカさんと幸せな結婚生活を送りたいだけなんだ。つまり告白さ、世紀の大挑戦なのさ。それを邪魔するなんて、センセに何の権利があるわけ?何の権限があるわけ?それってセンセはダレカちゃんの権利を侵害してるんじゃないかなぁ!ありもしない権限を行使しようとしているんじゃないかなぁ!?つまり人としてあるまじき行為を平然としてしまっているんだ!非道だ、最低だ!許されざる行為だ!!無欲で謙虚なダレカちゃんの言ってること、そんなに難しいかい?ちっぽけな脳みそじゃあ理解出来ないのかい?いや理解出来る。理解出来るべきだ!理解しろ、歩み寄って理解を示す必要があるだろう!?確かに百歩譲ってダレカちゃんは調印式に出席するべきだ。シャーレの秘書として、調印式を見届ける役割を担っているセンセの隣りに控えるべきだという意見も理解出来る。貧困な思考回路しか持たないセンセと違って相手に理解を示せるさ!でもね、だからこそセンセだって理解しろよ。ダレカちゃんは、セリカさんに求婚するんだ。今日も明日も明後日も明明後日も、焦がれ続けるんだ!別にセンセごときに手伝えって言ってる訳じゃない、ただただ邪魔をしないでくれと願ってるんだ!懇願しているんだ!それが強欲なのかい!?この愛は罪に問われるのかい!?そんなわけがないッ!!」
「端的に換言して?」
「調印式に出ません。忙しいので」
◆◆◆
「ってことで、うちの秘書はサボりました」
「そうですか……いえ、構いませんよ。ふふっ、あの子も遊びたい盛りなのでしょう」
「ナギサが聖母みたいな顔してる…」
「母ですが?」
「え?」
「え?………ああ、いえ。すみません、いずれはそうなるように法律を変えるので、今暫くお待ちください」
「そっかぁ…」
ジリジリと夏の熱風が頬を撫でる朝。
未だアリウス分校の脅威が残るトリニティを気にかけて、或いは指名手配されているウソーノ・ウラギールからの接触を思っての事か。トリニティとゲヘナの平等性を重視される日である今日、先生は敢えてトリニティに顔を出していた。
先日の騒動以来、どこかナギサとミカの様子もおかしい。ナギサは先程の通りで、ミカも以前に増して何かへの執着を見せている。
偏にトリニティは
先生には、それが危うく感じてしまうのだ。最初に訪れたのがアビドスだったから、団結の薄いトリニティに思うところがあるのも理由の一つだろう。
いっそゲヘナやレッドウィンターくらい振り切れていれば校風とも思うのだろう。だがトリニティで陥れられ、今も牢獄に囚われている生徒がいる。傷を負い、それでも生徒会長として前に立ち続けている生徒がいる。
「先生、無理をしてまで此方に顔を出さなくてもよろしいのですよ?貴女は連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの"先生"、中立であり対等な存在。ですのでお気持ちは嬉しいのですが、トリニティにばかり顔を出すのも不平等であると思われるでしょう」
「真の平等というのは残酷なものなんだ。私が掲げるのはもっとシンプルで、簡単で、青いモノさ。
「……今のは聞かなかった事にしましょう」
「あ、別に公言しても問題ないよ。ダレカちゃんのせいで私の評価は地に落ちてるからね!」
「…その、えっと……?」
「あんまりだよね。私がゲヘナ風紀委員の子の足を舐めたとか、混浴したとか、リードを付けてお散歩したとか……そんなデマがSNSに拡散されてるんだ。悲しいけど、それがSNSの怖いところさ」
「成程、ネットリテラシーの教育にも力を入れなればいけませんね………教員の方にも提案しておきます。…………一応確認しておきますが、デマゴギーなのですよね……?」
「勿論さ。私の目を見て欲しい、この嘘偽りのない瞳を」
「物凄く濁ってますね。ドス黒いです、あの子と同じくらい。寝不足ですか?」
「一徹は甘え、二徹は関門、三徹鬼門の四徹ヒャッハァ!………カフェインに生かされてるんだ、大人は。立場があるし下手にニコチンとかアルコールには頼れないから、カフェイン様は正義。カフェイン様の加護がないと頭が痛くなるんだ。人類の神秘だね」
「カフェイン中毒です。ご自愛くださいますよう」
「ハッハッハ!」
軽快に笑う大人。悲しい存在を目の前に、ナギサは俗に言う深夜テンションという状態を思い出した。
哀れな存在にノンカフェインの紅茶を差し出す。この大人が大切な
確かに恩はある。幼馴染を遠ざけ友を疑い、唯一信用して大切にしていた筈の幼子すら利用した。そんな少女に在るべき姿を一貫して見せ続けたのが先生だ。
信頼の出来る大人だ。
自分よりも
確実に痩せ細り、以前よりも失望と絶望を瞳に宿した彼岸キミ。その原因をナギサは知らない。知る権利すらない。
だからこそ、願わくば――
「先生」
「どうしたんだい、ナギサ」
「まだ通功の古聖堂へ向かうまでは時間はありますよね。少し、話しましょう……私の大切な、
「……誰の事かは分からないけど、ナギサが望むなら」
◆◆◆◆
ミレニアム郊外、人影のない小屋の外。
「ど、どうしてこんな目に……」
荒い息に湿る森林や土壌のにおいが混じる。薄く汚れた服は幾度も困難に振り回された証拠だった。
栄えている中央から外れた郊外には草木が生い茂り、同じミレニアムでありながら別地域に見えるだろう。
本来は誰も寄り付かない場所。小屋も数日前に二人の小柄な生徒が造ったばかりであり、それ以外に人が近付いた形跡もない。
そんな僻地に、アタッシュケースを片手に持った陸八魔アルが居た。
「うぅ……なんなのよ、もうっ。私個人あての依頼があるからって、こんな場所まで来させといて……」
「グオォォォォォッ!!」
「ひぃっ!?ま、またクマぁ!?」
改めてアルは心の中で叫ぶ――どうしてこんな目に、と。
――時は数日前に遡る。
百鬼夜行自治区、転々としてきた仮事務所の中でも特に狭く、テント暮しの時よりは幾分かマシではあるが古アパートの一室にも等しい部屋。
無理に持ち込んだ事務デスクに両肘を置き、アルは指を組む。固められた表情とは裏腹に内心では焦りがあり、汗が頬を伝う。
「…………」
「…社長、何してんの?」
「そろそろ新しい依頼を受けないといけないわね…」
「あー、成程ね」
便利屋68は金欠に陥っていた。
金欠、つまりは貯金が尽きかけている現状。まったく依頼が無いわけはないが、定期的に暴走する仲間やアル自身のポンコツにより毎回成功しているとも言い難い。
それに加え所属校のゲヘナから指名手配され、捕まらないように事務所を転々としている結果が手痛い出費となっているのだ。
「アルちゃんお腹すいた〜。あっ、そうだ!私ね、満漢全席っての食べてみたい!」
「ムツキ、我儘言わないで。カップラーメンなら戸棚に残ってるでしょ」
「でもでもカヨコちゃん、それ朝も昼も食べたよ?三食カップラーメンは流石に飽きるなぁ。アルちゃんも苦い顔で食べてたじゃん」
「依頼料で二年分貰ったから、食べないと無くならないのよ……他に食べるものもないのだけれどもね」
「あっ、あのっ!!私が近くのコンビニを――」
「却下。ハルカ、社長の胃に負担掛かるから止めときなって」
「あ、うぅ……」
肩に担いだ銃の行き先を失い、ハルカは静かに座った。崇拝しているアルに迷惑がかかるのはハルカの望むところではない。
一応はまだ余裕があるぶん、便利屋68の面々にも十分な理性は残っていた。
そも、食べようと思えば食べる物はある。カップラーメン三桁個に他調味料、保存食が少々。
しかし端的に言って
「今週は差し入れもないしね〜」
「……そもそも、アレって誰からなのかしら」
「きっとアル様のファンです!!」
「毎回事務所を突き止めてくるヤツは不審者とかストーカーだよ。社長、やっぱ先生に相談だけでもしない?あの人ならどうにかしてくれるでしょ……や、あんまり迷惑は掛けたくないけどさ」
「くふふ、意外と先生が犯人だったりして♪」
「せ、先生なら…その……隠れて置いていく理由が、ないのでは…?」
カヨコの淹れた紅茶を嗜み、アルは浅く溜息をつく。貧困な生活、楽しくないとは思わない。仲間と手探りで歩き、時には失敗する日々も他には変えられないくらい充実している。
だが、それでもアルの憧れるアウトローとはかけ離れていた。謎の組織の重鎮から秘密裏に何かを依頼される日々を夢見た。スタイリッシュに依頼をこなし、だが依頼主の悪党に向けて『こんな汚い端金は要らないわ』と見下して投げ返す活躍を妄想した。
いっそ皆に隠れてアルバイトでもしようか。アウトローに似つかわしくない真っ当な金策を思い描いていた刹那――
「ん?」
――ジリリリ、と固定電話が鳴り響く。
それが
◆◆◆
「はぁ、はぁ……!どうして、こんな目に……」
野生の熊との戦いに勝利した少女は何度も鈍器として酷使した愛銃に破損がないことを確認しつつ、嘆く。
あの日、数日前に受けた
加工された中性的な音声から告げられた仕事は
依頼主はウソーノ・ウラギール。カヨコが調べた限り、内情こそ隠されてはいるがトリニティで指名手配されている名だ。無論アル達もゲヘナから指名手配されている為、多少の警戒はするが、便利屋に依頼を持ち込む者には裏社会で複数の学園から指名手配されている生徒やオートマタ等もいる為、特段として物珍しさも無かった。
「……ふぅ、
今朝にアビドス砂漠から回収したアタッシュケース。熊や不良生徒から襲われるというアクシデントはあったが傷一つない。
後は現在地、ミレニアム郊外の小屋にて依頼人に手渡すのみ。途中で電車に轢かれたりビルから落下したり銃弾なしで熊と激闘を繰り広げたり等はあったが、終われば不思議と達成感すら湧いてくるモノだ。
「やあ、陸八魔アル」
「こんにちは〜、社長ちゃん」
「ピィっ!?い、えっ…………ごほん。誰かしら?」
「急に冷静になるじゃないか。ククッ、さて。例のブツはあるかい?」
――唐突に背後に現れた二人。
片方は黒いシルクハットに黒髪、黒い能面、極限まで肌の露出を減らした『黒』。もう一人は対になるように白いシルクハットとニコちゃんマークの描かれた白い能面、同様に肌の露出はないが帽子の隙間から零れる髪は不思議と既視感のある桃色だ。
小さな二つの影。だが小柄であっても侮れないのは、ゲヘナ風紀委員長で思い知っている。異様な雰囲気、肌が粟立つ強者の貫禄。
自然と硬くなる声質でアルは尋ねる。
「…渡す前に、依頼主かの確認は出来るかしら」
「おぉ〜、なんかそれっぽいね。おじさん、こーゆーのワクワクしちゃうなぁ。どうする?自己紹介とかしたら良いのかな?」
「………我はウソーノ・ウラギール。そこのはク・ズィーラァ伯爵だ。依頼内容は運び屋、通話履歴ならこの端末に残ってるので好きに見れば良い。必要ならばアタッシュケースの中身も言い立てても良い。他に確認したいことは?」
「……いえ、報酬さえ支払われれば後は問題ないわ」
「え、ク・ズィーラァ伯爵って私?なにそれ初耳なんだけど…」
「クジラさんシャラップ!……ククッ、ククク!では陸八魔アル、そのアタッシュケースを開けたまえ。
「っ!………現金、ね……何のつもり?」
「報酬だよ〜。契約通り、それ以上でもそれ以下でもないね。数えてもいいよ」
「そうじゃないわ。依頼に対する報酬は受け取る。でも、目的が分からない。運ばせた現金をそのままプレゼント?益のないお遊びのつもりなの?……私を、私達を馬鹿にしているなら相手になるわ。便利屋68を舐めないでちょうだい」
「ククッ、ククク……!!」
――薄汚い乞食に成り下がった覚えはない。
言外に告げられた怒りに、ウソーノ・ウラギールは意味の悪い笑い声で返す。
「さて、陸八魔アルさん。アナタに決して拒めない提案を一つ……ククッ、聞いて頂けますか?」
「うへぇ……嫌なモノマネするね、キミ」
「…………き、聞きましょう」
プライドを持って仕事に臨む社長へ、過大な報酬の意味を問うているのだ。
斯くしてアルはウソーノ・ウラギールとク・ズィーラァ伯爵の提案を聞く事となる。それが罠だと知り、甘い蜜だと理解し、奈落に続く糸であると教えられながら。
災難はもう少し続きそうだと、アウトローに憧れる少女は溜息を吐いた。
「では――世界を救いに、一狩り行こうか」
ナギサ「語らねばなるまい……」
陸八魔アルさん(じゅうろくさい)「どうしてこんな目に……」
ちくわ大明神「ちくわ大明神」