ラーニングした不屈は根幹か、或いは呪いか。
――コミカルな電子音が響く。
着信音だ。
その音は叫びと悲鳴、そして
「っ!……先生の端末、ですか…」
腹部を赤く染める大人。その傍らから鳴り響く音はあまりにも場違いで、氷室セナを苛立たせる。誰よりも冷静を演じるのに、その手に先生の命が託されているのだから情緒が乱されるのも仕方がないのだろう。
先生の呼吸は荒く、そして少しづつ小さくなる。その様子がまるで命を消費して、消えてしまうように思えて。セナの手が震える。
だが車両の端で蹲り絶望と後悔に打ちひしがれている空崎ヒナが視界の端り、目尻に溜まる涙を乱雑に拭う。震えるのも泣くのも、今ではない。何処までも現実的に、自分のやるべき事を俯瞰して徹底する。
何重にもガーゼを重ねて圧迫止血をして、その刹那――薄く先生の瞳が開く。
「…………う゛…せ、な……?」
「先生…!意識が――」
先生がアリウスの生徒に撃たれ、半刻程。意識は既に消えていた筈なのに、まるで起こされたかのように大人は目を覚ました。
そして身を捩り体を動かし、経験の無い程の激痛に喘ぎ、それでも冷たい眠気に抗う。
「ごめ、ん………手が…動かない、や……通話…を、繋げて……くれる、かい…?」
「な、何を言ってるんですか!?先生は重傷……いえ、瀕死の状態です…!無闇に喋る体力すら惜しいんですよ!?」
「――頼むよ」
「ですが――!!」
現状、セナの両手はガーゼを挟んで先生の腹部に当てられている。神秘の込められた銃弾は削ぐように先生の腹部から脇腹に至るまでを抉り、容易くその命を危機に晒していた。
流れる血の量が先生の残された時間を物語る。セナが手を緩めた数秒、先生の残り時間が消費される。
故に例え一瞬だろうと、セナは手を離すつもりはない。例えそれが先生の最期の願いだったとしても、後で死にたくなるような後悔をするとしても、自分の役割は決して履き違えない。
そう、言葉にしようとして。
「先生、どうすればいい」
「ヒナ委員長…?」
「シッテムの箱を、持って……わたしの、代わりに……わたしの手を、動かして欲しい、かな……」
「わかったわ」
端で身体を小さくしていたヒナが気が付けば先生の傍らに居た。先程までの儚さを覆い隠し、先生に安心感を与える表情で端末を視界に映す。
小さく冷たい手で先生の腕を持ち上げ、先生にしか扱えないオーパーツと先生を"繋げる"。
「もしもし」
通話の先。ノイズの多い音に対して先生は話し掛ける。そこに誰かが居て、自分を求めているのだと理解して。
『………せん、せ…』
「キミは…?」
初めて聞く、とても聴き慣れた声。中性的なソプラノボイスはまるで幼子だ。
記憶にはない声なのに、強い既視感に襲われる。知らないのに、魂が何かを訴えかけてくる。その理由も分からずに先生は会話に応じる。
『いきて、る…?』
「元気いっぱいだよ。ゲボッ…!……い、今にも…走り出したい、くらい…さ…!!か、軽く腹筋でも…」
「絶対にやめてください。怒りますよ」
「ごめんなさい」
『……うわぁ………また…しにかけ、てる……』
怒気を滲ませるセナの声に怯え、電話先の"誰か"にも呆れられ。先生は重傷とは別の意味で泣きたくなった。
何故か、電話先の子供に対しては過剰にも強がりたくなる。その意味も朦朧とする意識では理解出来ない。
『センセ……わすれ、ないで』
「……何をかな?」
『■の、なまえ………意味なんて、なくてもいい。だから……この欠片、を…忘れないで』
「聞かせて欲しいな。キミの名前を」
きっと、数秒後にはまた意識を失っている。暗く遠く、冷たい沼に落ちる感覚。抗えないソレに浸りながら先生は目を瞑り、心に刻む為の一言を待つ。
『――彼岸キミ』
淡くシッテムの箱が光る。
其の神名文字が刻まれる。
彼岸キミ、と心の中で呟きながら先生の意識はまた失われた。決して忘れる事のない名前。意味のない文字列に意味を見出し、先生は再び眠りにつく。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
実にクソッタレな気分だ。
「――nemo」
二つの銃から無色透明の衝撃を放ち、ダレカちゃんとホシノさんを包んでいた領域を破壊する。即ち世界線を維持したままに現実を書き換えたってコト。
けっ!なーにが『さいしゅうかい : ぜつぼう』だよ。糞の仕方すら知らなそうな頭悪ぃタイトル付けやがってよォ。打ち切りエンドにゃあまだ早いだろ。
世界観もジャンルも違うのに、自分に合わせたテクスチャなんて貼るなよ気持ち悪ぃ。てか押し付けんな。剥がすの簡単なんだよ、クソッタレめ。
「う、え………?」
「いつまで寝てるんだよ?ホシノさん。どした、打ち切りバッドエンドな夢でも見たんか?」
「………わたし、何やってたんだっけ…?何か嫌なモノを……変な光景を見ていた気が――」
「
「え?」
「見てないよ。だって、
当たり前な事だ。誰も観測してない事は存在しないに等しい。後は誰かが断言すれば結果しか残らないって感じのズルさ。
ダレカちゃんが言うのはコレだけ。存在しない、だって
チッ。ただでさえ先生が死にかけてて機嫌悪いのに。こんなゴミみたいな小細工でダレカちゃんの物語が終わるとでも思ってるのかよ。
アズサさんからの不屈の呪いが、この程度の納得できない『終わり』を認めないぞって言いやがる。だから、ダレカちゃんは………彼岸キミは進む事しか出来ないんだよ。おかしー病みィ感謝感謝。
「……ここは?」
「最深部手前。寝ぼけてんなら、ついでに辺りも見てみなよ」
「………ッ!……なにこれ、地獄ってやつ?」
「化け物の巣じゃね?」
はーい、右手に見えるのは嘗ては彼岸キミだった成れ果ての無貌の巨人です。そして左手に見えますのも、無貌の巨人でーす。
ついでについでに、前と後ろにも………や、つーか全方向に何百もの彼岸キミ*テラーが居るよ。今か今かと襲い掛かろうとしてるよ。nemoで何体かは消し飛ばしたから、警戒してるけどね。
あっ、ちな全部ニセモノだよ?
見た目だけの雑魚、生徒とかオートマタとか電車とかをコネコネして形を整えただけの雑魚雑魚貧弱ナメクジ。さっきまで『彼岸キミが死んだ世界』が顕現されてたから、その影響だろうね。深く考えるな、感じろ。思慮深い程までに。
「……嫌に落ち着いてるね」
「にはは、ダレカちゃん強いんで!」
「そっか。じゃあ全部倒してくれてもいいんだよ〜?なんちゃって」
「いいよ?
「はい?」
思えば、この世界で『ダレカちゃん』としての本気はそこそこに出してるけど、『彼岸キミ』としての本気は出てなかった……や、違うね。正確には
生徒が強くなるのに手っ取り早いのは、先生の指揮を受けること。つまりはシッテムの箱の恩恵を受けることですね。
そして。シッテムの箱の恩恵は先生の戦術的指揮だけじゃないってハナシ。その為に、この世界においてゴミにも満たないダレカちゃんのポリシーをひん曲げて一つの枷を投げ捨てたんだ。
センセ、もう忘れないよな。
■の名前。神名文字。
「――
幾度と解放していて、でも世界が一新される度に封じられる神秘。センセとシッテムの箱が居て。
そしてダレカちゃんでも戸久銘ムメイでも忍者ペロロでもごりらワッフルでもウソーノ・ウラギールでもなくて。
――彼岸キミに許された彼岸キミだけの神秘。根源の発露が成される。
「
肉銃の黒い瞬きが凡てを呑み込む。純粋な憤怒、そして殺意。地面に対して放ったソレはまるでカメラのフラッシュのように、黒い閃光が一瞬で何十もの異形を灰に還す。
とりまここら一帯の異形は片付きましたとさ。あとは本体ね。はよ片付けてセンセのトコに戻ろっと。
「ん〜、気分最悪。吐き気がするし思考が回らない。つまり絶好調!!」
「疲労困憊に見えるよ?」
「は?元気いっぱいなんだが?むしろ今から筋トレしたくて堪らないんだが??っはぁー、体力有り余ってるわぁ〜!!」
「売り言葉に買い言葉で適当な事ばかり言ってるよね、キミ。脳みそ空っぽ?」
「は?常にホシノさんのぷにぷになお腹について考えてるんだが?舐めて頬擦りしたい、切実に」
「変態」
「ありがとございますっ!!」
「……昔は可愛かったのになぁ」
「今は可愛くない、みたいな言い方しないで?ちゃんと可愛いしかっこいいしキュートでクールで無敵なダレカちゃんだから。ちな金木犀の花言葉は『初恋』だぜドヤァ!」
「そっか、それで?」
「高橋ゴンジャレス症候群かなって」
「そっか、それで?」
「カタパルトに冷やし中華を配信するアイロンはゴボウの持論よなって。轟くランナウェイにランウェイは過剰、でも図った眼鏡のカタルシスは一考の剣玉大王症候群的大草原不可避って話しだよ?」
「そっか、それで?」
「ちぇるーん♪ちぇるちぇる、ちぇちぇるぱ、ちぇるぽぱぴ?ちぇる、ちぇるーるんるる、ちぇるるん♪ちぇるぅ……ちぇるっ、ちぇるるぽぱ!ちぇるっ!ちぇるっ!!チェストぉおおぉ!!」
「そっか、それで?」
「このまえセリカさんとキスしたよ」
「そっか、それ…………は?」
「嘘ですごめんなさい」
「あまりセクハラしたらダメだよ?悪ガキめ」
「ひぃん」
仲良く話しながら歩くこと300年、そこから299年と364日と23時間40分ほど遡り。つまり20分くらい。
相変わらず灰色の肉が視界全てを覆うのに、砂の匂いしかしない気味の悪い場所。ただのアビドス砂漠地下ってだけじゃなくて、固有の領域的なヤツで拡張されてるから想像よりも広い。
それなのに丁寧に
「じゃ、ホシノさん。作戦の最終確認よろし?」
「いいよ」
「この先に、キヴォトス崩壊を目論む地底人がいます」
「少し前は宇宙人って言ってたクセに」
「どっちでも良いやろがい!……ま、変なのが居ますと。ソイツをぶち殺す――のは無理でして」
「だから地上に引きずり出して、社長ちゃんに任せるって作戦だよね」
「そ。で、普通に戦ったら死にます」
「死ぬの?」
「死ぬの。だから歩く攻略本と名高いダレカちゃんが、勇者の盾ことホシノさんを上手く使って面白可笑しく魔王をボコボコにしてやろーって算段さ」
「はいはい、死ぬまで隣で守ってあげるよ」
「重っ」
「でも好きでしょ、そーゆーの」
「好きだが?セリカさんに言われたら即堕ちするけどね。ハッハッハ!もう堕ちてるっつーの!!にっへっへっへ」
「セリカちゃん、可哀想に…」
「ホシノさん実はダレカちゃんのこと嫌い?」
「普通」
「やったぜ」
普通らしいです。嫌われてなくてよかった。
ちょっとだけ気が楽になりました。嫌われるのは構わないけど、嫌われたいワケではないからね。あーバニバニ。
さて。
聳え立つ巨大な扉。
まるで解りやすくボス部屋とでも言いたげな造りは、妙に腹立たしい限り。大きく深呼吸して、別に躊躇う必要もないのでホシノさんと片扉づつ蹴飛ばして最深部に突入する。
「――よォ…決着つけようや、腐れ野郎」
「………まって、た……彼岸キミ……ホシノ…」
長身から見下ろす灰色の巨人――決着は近い。
◆◆◆おまけ◆◆◆
技解説的な何か
《カルペ・ディエム》
使用武器 : メメント・モリ
・シンプルな神秘砲。灰色。挨拶気分で気軽に使用可能。相手は消し飛ぶ。神秘属性。
《nemo》
使用武器 : メメント・モリ&ヴァニタス(両方必須)
・
《Dogma》
使用武器 : ヴァニタス
・範囲技。黒色。呑まれれば灰になって崩れる。振動属性。
――彼岸キミ☆1から彼岸キミ☆2になりました。
――パッシブスキルが解放されました。
Dogma。Iを加えて反転すると I am GOD。