シャーレ所属のダレカちゃん   作:ブラウンドック

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理想(ゆめ)

――いつも、隣りにはダレカちゃん(あの子)が居た。

 

初めてキヴォトスに来た日。シャーレの一室から、まるで冬眠から覚めたクマのように。暴動が落ち着いた後に第二休眠室からノソノソと出てきた宇宙服の生徒。

何処か機械的な、変声機に通した中性的な声。1.7M程度の高さと寸胴とも言える幅のある、シルエットだけなら某猫型ロボットを連想させる宇宙服。

 

ダレカちゃんと偽名を名乗る生徒だった。

 

初の邂逅から妙な感覚はあった。

 

初めてなのに親しみと信頼を感じた。この世界で私という先生(存在)はきっと異例で、殆ど全ての生徒も大人も、私を警戒していた。胡散臭いモノと捉えていた。

今となっては大分シャーレの噂も名前も広がって多少の信頼はされているけど、最初は連邦生徒会長が失踪し、入れ替わるように登場した私には全員が当然のように懐疑的だった。

 

それなのに、ダレカちゃんだけは違った。怖いくらい、私に親しかった。堪らなく嬉しいくらい、親しかったんだ。

あの頃からダレカちゃんは何も変わらない。みんなが私に対しての在り方を変化させ続ける中で、ダレカちゃんだけは最初からずっと変わらないで、定まっていた。

 

何故か信頼されている。なのに、期待だけはしてくれない。先を知っている物語を俯瞰しているように、行動に理解を示してくれるのに、例え100点の回答を出したとしても褒めたり驚いたりはしてくれない。

 

それは信頼でしかなかった。盲目的で、妄信的で、なのに期待はしないという矛盾。

 

最初の大きな依頼はアビドスからだった。アビドス高校に補給物資を届けて、ヘルメット団や便利屋を退けて、ゲヘナ風紀委員会の介入にも耐えて、カイザーからホシノを助けて。

でも、ダレカちゃんは最初から変わらない。私のやる事成す事全てを『当然』であるとしか思っていない。

 

ミレニアムではネルと戦闘になって、初めてダレカちゃんを指揮した。そして、無力を痛感した。私の戦闘指揮ではダレカちゃんの足枷にしかならない。

でも……()()()()()()()。してくれない。だから無力を痛感した。期待も落胆もなく、無情で虚しい信頼が痛かった。

 

 

………ダレカちゃんに明確な変化があったのは、つい先日。

 

ダレカちゃんに勝るとも劣らない謎の生徒――ウソーノ・ウラギールを退けた時からだ。

 

それは本当に小さくて、まだ芽も生えない程度のモノ。瞬きすると消えていそうな、()()だった。『ダレカちゃん』という存在、『ダレカちゃん』という仮面を被り続けていた生徒。

 

――空っぽの生徒に『期待』の種が植えられた。

 

 

 

………本当に、ズルい。

 

ダレカちゃんはズルい。ずっと期待なんてしてくれなかったのに……肯定も否定もしてくれなかったのに。

 

そんなの――応えたくなっちゃうじゃないか。いや、応えるしかなくなってしまった。もっと、もっと、私は理想を語りたい。夢物語みたいに語って、叶えたい。子供の幸せな顔を見たいし、この世界を――理想郷を観たい。

 

 

――()()()()叶える。

 

不思議と、そんな気持ちにさせられた。

 

だから私は我儘なんだ。我儘にさせられたんだ。ダレカちゃん――初めて自己紹介をしてくれた生徒、彼岸キミ。

 

キミには一番近くで見てもらいたい。私の理想を、私の歩みを、私が子供のために紡ぐ青い青春の日々(ブルーアーカイブ)を。

 

世界(キヴォトス)の未来、夢の果てが絶望であったとしても?因果を捻じ曲げ、自分の我儘に世界を付き合わせる覚悟はあるのかい?」

 

「理想がなければ理想郷は存在しない。だから、セイア。君にだってその権利はある。みんなが夢を持てる世界が、私の理想なのかもね」

 

「……斯くも、そう在りたいものだね」

 

夢が覚める刹那。金色の狐は複雑そうに笑う。ダレカちゃんも、セイアも、ミカやナギサも。難儀な子供が多い世界だ。

せめて、大人として前に立って風除けになろう。いつか彼女たちが大人になる頃、もっともっと未来。思い出を懐にしまって、夢を追えているように。

 

 

 

――長くて、短かった夢が覚める。

 

◆◆◆◆

 

「よっす、元気かい?セン公」

 

目が覚める。

 

ズキリと腹部が痛くて、呻きそうになる。年甲斐もなく泣きたくなったけど、耐えた。きっと情けなく泣いたら、ベッドの横にいる人物に動画を撮られてSNSに晒されるから。

 

薄暗い室内にはベッドに横たわる私と、相変わらず寸胴体型の宇宙服の生徒。不思議と久しく感じる感覚に浸りながら、口元を緩める。

 

「………やぁ、ダレカちゃん。サボりは終わったのかい?」

 

「サボりとは失敬な。アレだよ、なんか漠然と世界破滅を目論む悪いヤツ的なアレをアレしてたんやぞ。キキッ、なのですよ。にぱー。褒めてどーぞ」

 

「偉いねぇ〜」

 

「は?なんで黄猿のモノマネ?てかエセボルサリーノなら、もっとねっとり感を……こうだよ、えるぁいねぇぇ〜〜」

 

「待って待って。それは流石に誇張モノマネが過ぎるよ、ダレカちゃん。本家の声を聞いてみてって、意外とイケおじな感じだから!ん゛ん゛ん!エラいねェ〜〜……あ、結構似てるでしょ!!」

 

「うっへぇ、分かっとらんねぇ!そも、アクセントだけ寄せても雰囲気しか伝わらんのだぜ。ちょいまち、いまボイチェンの調節するから………あ、あ、あ〜…おっ、キタコレ!!怖いねぇ〜、ヤバいねェ〜、八尺瓊勾玉!」

 

「おおおぉ〜!!さすが私の秘書だ!秘書ボルサリーノだ!!キミが相棒で良かった!!」

 

「ぬっへっへ!………は?誰がボルサリーノやねん、歩く度に膝が自動膝カックンする身体に改造するぞコンニャロウ」

 

「ふっ……果たしてキミは、怪我人の私に暴力を――痛い!?ちょっ…痛い痛い!?形容し難いバールのようなものでお腹つつかないでよ!?」

 

私は泣いた。私がボルサリーノだったら耐えられたけど、紙一重でナミだったから泣いた。そして無事にSNSに泣き喚く先生として投稿されて、キヴォトスに来てからダレカちゃんに彫られまくってるデジタルタトゥーの一端となった。

途端に泣き崩れる私。ごめんね、もうお嫁にはいけない……SNSで生きている人間だっているんです。私はダレカちゃんを絶対に許さない。生涯付き(憑き)まとってやる……!

 

「この恨み、はらさでおくべきか……」

 

「おっと、カイテンジャーのプラモデルが懐から落ちちまったぜ」

 

「幾ら払えばいいかな?舐めるなら素足がいいかも」

 

「恨み辛みよりオタク趣味優先なセンセ、割りと好きだよ?だから後半は聞かなかったことにしてあげる」

 

「セリカと比べてどっちが好き?」

 

「あ?テメェごときがダレカちゃんの大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大好きしゅきアイラブユーなセリカさんと比べる価値があるとでも?その貧相な脳みそ絞りきって干からびてろや木っ端」

 

「酷い!?」

 

「酷いのはセンセの脳みそだよ?」

 

「ちなみに、パクチーと私ならどっちが好きだい?」

 

「センセだが?てかセンセなんだが?てかカメムシと比べるなよな」

 

「カメムシのことをパクチーって言うのやめようね?」

 

「逆ですよ?セン公」

 

 

鈍い頭痛も、ダレカちゃんと話していると落ち着いてきた。

 

ダレカちゃんの差し出す水を飲み、一息。改めて、記憶を遡って事態の把握に努める。

意識を失う前、最後の記憶は誰かからの電話だった。名前も声も、その正体の一端も解る。だから、それは()()()だ。

 

手元にシッテムの箱を引き寄せて、精神をあの青い教室に繋ぐ。今の私には情報が足りないから、アロナを頼る。アロナなら、トリニティの現状把握も可能だ。

 

あとは――私が動くしかない。

 

「ぐっ……行かないと、だね…」

 

「行けんの?」

 

「余裕だよ。私は『先生』だからね」

 

痛み()()、止まる理由にはならない。今も戦っている子供がいる。今も泣いている子供がいる。だから、立ち上がって走るのは大人の役割だ。

 

患者衣を脱ぎ、ダレカちゃんの差し出すシャーレの制服に着替える。

 

「んじゃ、支えんとね。『秘書』だから」

 

「頼らせてもらうよ、私の秘書―――さぁ、往こうか。連邦捜査部S.C.H.A.L.E、お仕事の時間だよ!」

 

「あいよ!全てを覆そうぜ!!」

 

雨が降っている。叩きつけるような豪雨じゃなくて、悲しく泣いているような細く拙い雨。

 

でも――空のずっと端っこ。遥か遠くなのに、走って追い付けそうな空の端。そこには確かに在った。辿り着く筈のゴール。彼女たちに届ける、青い日々の欠片。

まだ雨が降っている、けれども……いつか雨は上がる。雨だけで……涙だけで終わる物語なんて、私は認めない。

 

ならば、私は晴れるまで走ろう。雲の切れ目、青い空を見つけて、引っ張る。子供が笑える世界を目指して、雨だって止ませる。

 

 

――晴れは、すぐそこだ。

 





ダレカちゃんはアビドスから走ってトリニティに戻ってきました。その後に宇宙服に着替えました。
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