騎士さんと忌み子くん   作:ニエ

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宜しくお願い致します。


1話 好きなモノ

 

「貴方は、好きなモノとかないのですか?」

 

 いつも通りのお昼下がり。村里から少し離れた場所にある、草木を結んだりして作られた小さなボロボロの小屋で、僕はそう騎士さんに問い掛けられた。

 

「騎士さん? どうしたの、急に」 

 

 何の脈絡もなく問われた言葉に疑問を感じ、僕は首を傾げる。

 真面目で、こっちから話し掛けないとずっと無言でいる騎士さんが、何故そのようなことを急に訊いてきたのかが解らない。話しかけてくれたのは凄く嬉しいが、謎もその分深まった。

 

 僕の困惑した様子に、騎士さんは僅かに視線を横に逸らす。

 

「別に、ただの雑談です」

 

「えー。いっつも僕が話し掛けないと喋ってくれないのに」

 

「態々貴方に話しかけるほどのことがなかっただけだ」

 

「ふーん、ほんと?」

 

「……いいから、早く答えてください」

 

 どうやら、あんまり踏み込むのは良くないみたいだ。ちょっと機嫌の悪くなってきた騎士さんに肩を竦め、僕は騎士さんの問いに対して思考を巡らせる。

 この人からは、そういう類のことを一生訊かれることはないだろうなと思っていた。

 

 好きなモノ……か。………。

 

 僕はチラリと、隣で美しい金色の髪を揺らす、騎士さんに視線を移した。

  

「……なんですか?」  

 

「うんん、なにも」

 

 訝しげに僕を見据える騎士さんに、頬が緩む。

 そうしたら、僕を見つめる騎士さんの目が、更に怪しいモノを見る目つきに変わった。

 騎士さんは基本無表情だけれど、長い間一緒にいるお陰か、何となーく騎士さんの抱く感情が読めるようになってきた気がする。声色とか目付きに感情が表れていて、慣れると結構、この人はわかりやすい。

 

「……呉れ呉れも、怪しい真似はしないでほしい。相応の処置をしなければならなくなる」

 

「しないよ。もう、騎士さんは僕をなんだと思ってるのさ」  

 

「未来の大罪人です」

 

「! ふふっ」

 

 きっぱりと、なのに悪意を灯らせず真っ直ぐ言い切った騎士さんに可笑しくなって、我慢しきれず僕はクスリと笑みが溢れた。こういうところだよね。

 

「……なにが可怪しいのですか」

 

「あははっ、気に障ったのならごめんね。けれど、騎士さんのことを馬鹿にするつもりなんて全然ないんだよ」

 

「では、なぜ?」

 

 ジロリと、綺麗な蒼氷色の瞳を細める騎士さん。その姿にニコニコと笑みを返し、僕は本心の想いを綴った。

 

「改めて思ったんだ、騎士さんと話すのって……やっぱりすっごい楽しいなあって。だから、つい笑っちゃった……ほんとにごめんね?」

 

「────なっ」

 

 僕が微笑みながらそう言うと、騎士さんは目を見開いた。

 口を薄く開き、僕のことを呆然とその瞳に映している。騎士さんの顔に表れた大袈裟な反応が、また楽しくて堪らない。

 

「なにを……なにを可怪しなことを言っているんだ、貴方はっ」

 

「思っていることを言っただけだよ。僕にとって騎士さんと一緒に居るのは……とても楽しいことなんだ」

 

 締まりの無い笑顔で僕は断言する。例え可怪しくても、騎士さんと居るのは楽しい。楽しくて、仕方がないことだ。

 

 僕が抱く嘘偽りのない本音。

 

 騎士さんにちょっとでもそれが伝わってくれると嬉しい。だが、恐らく。

  

「……あまり、わかりやすい嘘はつかない方がいい。信用をなくしますよ」

 

 騎士さんが、先程の動揺を完全に消し去り、スッと表情を冷たくする。

 予想通りの反応に、僕は曖昧に笑った。

 

 やっぱり信じてはくれないか。まあ、騎士さんの立場と、僕の立場を考えれば悲しいけれどしょうがない。

 いや、立場を除いても嫌われ者である僕のことを信じるなんて難しいだろう。分かりきっていたことだ。騎士さんは真面目だしね。

 

 僕は頭を下げて、騎士さんに謝罪する。

 

「ごめん、騎士さん」

 

「!」

 

「ごめんね」

 

 誠意を示すべく、額を地面に摩りつける。

 古びた腐りかけの木材と、僅かな藁を敷き詰めて作られた床なので、ちょっとの衝撃でもギシィッと、辺りに響く大きな音が鳴った。

 

「……なぜ、貴方が謝るのですか?」

 

「騎士さんを困らせちゃったから」

 

「────」

 

「だから、ごめんなさい」

 

 額を地面に摩りつけ、騎士さんに何度も謝る。因みにこの謝り方は、集落の人達に大変好評な謝罪方法だ。

 痛いことも、苦しいことも、これを行っている最中は比較的優しめになり、溜飲も下げてくれるという、物凄く有効な謝罪なのである。

 

 きっと、騎士さんにも有効なはずだ。

 

「お願いします。どうか、頭を上げてほしい」

 

「ッ!」

 

 しかし予想外。上から、騎士さんの底冷えするような声が耳に届き、僕はビクリと震えてしまった。

 ゆっくりと顔を上げ、騎士さんの方へと目を向けると、騎士さんはさっきよりも恐ろしく冷えた表情で、僕のことをジッと鋭い目線で射抜いていた。

 

 ……あ、あれ、おかしいな。集落の人達はもっと楽しそうに笑ってくれるのに。一体何がダメなのかが解らない。

 騎士さんに、謝りたい気持ちは嘘じゃないし、本心だ。けれど騎士さんの雰囲気は険しくなる一方で、僕はこれ以上の謝罪方法を知らない。

 

 集落の人達の反応を鑑みても、謝罪方法は間違っていないはず。ならば、誠意が足りなかったのではないか。

 僕は騎士さんに謝罪は嘘じゃないと分かってもらうため、今度はもっと勢いよく額を地面に叩きつけようと、身体を動かした。

   

「ほ、ほんとにごめんなさ──!?」 

 

 けれど、額を叩きつける前に、僕は動きを読まれたのか騎士さんに肩をガシリと掴まれた。

 

「私は、頭を上げてほしいとお願いしたはずだ。一体、なにをしているのですかッ」

 

「ぇ……あっ」

 

 僕の肩を掴んだ騎士さんと、至近距離で視線が交わる。

 僕と一緒に居てくれるようになってから、ここまで騎士さんが距離を詰めてきたことは一度たりともなかったので、色々感情がこんがらがって頭がプシューッと湯気を出した。

 

「! む、これは熱があるのでは」

 

「え!? あ、いや……だ、大丈夫! 大丈夫だから!」

 

「……今度は(・・・)嘘のようですね。信用できません」

 

「……えぇー」

 

 険しさから一転。気遣わしげな雰囲気で、僕の額に騎士さんのひんやりとした手が押し当てられた。

 言うこと全てが信用されてないのは、語るまでもない。

 

「……やはり、大分熱い。それに、さっき床にぶつけた時のダメージが残っているようですね。赤くなっています」

 

「………」

 

 スッと優しく額を撫でられ、僕は息が詰まる。

 近くで見る騎士さんは、僕にはちょっぴり刺激が強すぎて、上手く言葉と思考が回らなくなった。

 

「夕飯の時間まで眠っていてください。あなたの側で私も待機します」

 

「あ、えっと……熱は本当にないから大丈夫だよ、眠らなくても。ごめんね、誤解させちゃって」

 

「………」

 

「う、嘘じゃないよ。目で訴えかけないでっ」

 

 無言の圧を放つ騎士さんに負けないよう、僕も精一杯騎士さんの顔を見つめ返した。

 

 そして、一分程度見つめ合ったあと、騎士さんは一回大きく息を吐き、静かに瞳を閉じる。

 

「わかりました、納得はしましょう」

 

 沈黙を終わらせるその言葉に、僕は意味もなくホっと表情を弛めた。

 僕の体調事情なんて大したことない些末な内容なのに、この謎の緊張感はほんとになんだったのだろうか。 

 

「あ、はは、ありがとう。……で、あの、騎士さんに一つ確認したいんだけどね」

 

「? はい」

 

「騎士さんは……その、怒ってないの?」

 

「怒る? なぜ?」  

 

 騎士さんは、意味が解らないといった感じで首を傾げた。 

 

 その様子に「えぇ?」と言ってしまいそうになるのを抑える。

 逸れてはいたものの僕が謝った時の、騎士さんの凍えきった氷の表情を思い出し、震える拳をギュッと握った。

 

「だ、だってさっき僕が謝ったとき、すっごい目つきで睨んでたから」

 

「睨む? ……あぁ」

 

 少し思案して、理解できたのか騎士さんは言う。

 

「こちらも誤解を与えていたようですね、申し訳ありません。少し考え事をしていただけで、怒ってなどいませんよ」

 

「え? ほ、本当に?」

 

「はい、少し憤懣を覚えはしましたが」

 

「怒ってるじゃん!」

 

 安堵するのも束の間、続く騎士さんの発言にツッコミを入れた。

 やっぱり誠意が不足していたのだろうかと、僕は慌てて今一度謝ろうとするも、またしても騎士さんに阻まれる。

 

「また、性懲りも無く同じ真似を……」

 

「だ、だって騎士さんがッ」

 

「貴方には怒っていないので、落ち着いてください」

 

 息を溢し、僕を落ち着かせるように騎士さんは訥々と言う。騎士さんのことを煩わせたくなくて、僕はグッと感情を堪えた。  

 

「落ち着いたようですね」

 

「うん、ごめん……なさいッ」

 

「いえ、謝る必要などありません。───ですが」

 

 僕の表情を確かめた騎士さんは、何を思ったのだろう、心の逃げ道を塞ぐように僕の頬を包んだ。

 騎士さんと強制的に視線を合わせられた僕は、その騎士さんの行動と面貌に、急激に身体中に熱が灯る。……熱を測るときといい、もう色々辛いんですけどッ。

 

「あのような謝り方は、あまりするべきではない。……貴方は、特に」

 

「え? で、でも集落の皆は──」

 

「……しようとしたら、今度こそ怒ります」

 

「……は、はい」

 

 グイッと顔を近づけて、騎士さんが放つ反論不可の有無を言わせぬ威圧感に、僕はコクリと頷いた。

 どういう意図かなんて想像もつかないけれど、僕が騎士さんに抵抗なんて出来るわけない。

 

 ほんとに、一体全体なんなのさ……。

 

 赤くなった僕の頬を放して、騎士さんは冷えた表情をほんの僅かに弛めた。

 

「宜しい、約束してくださいね」

 

「……うん」

 

 大人しく肯定する僕に、「ああ、そういえば」と騎士さんが思い出したように言葉を続ける。  

 

「話が逸れてしまいましたが、結局好きなモノはあるのですか?」

 

 ……あ、すっかり忘れていた。元はといえば、最初はそういう話だったね。いつの間にか違う方向に話が脱線していたようだ。

 

 ……好きなモノか。

 

 僕はさっきまで騎士さんが触れていて熱くなった頬に、ソッと手を添える。とんでもない熱さに、思わず唇が震えた。

 

「……在るよ」

 

「! ほう、それはなんでしょうか?」

 

 興味津々に訊いてくる騎士さんの『いつもらしさ』に、可笑しくて温かくなる。

 沢山揺さぶられたが、さきほどの行動や言動を含めて、やっぱりそういうところだ。

 

 積もりに積もった温かい感情の赴くまま、僕はニッコリと笑顔を見せた。

 

「……ふふッ、内緒!」

 

「!」

 

 雰囲気で、僕が教えないというのが伝わったのか、騎士さんは動揺しつつもそれ以上追求してくることはなかった。

 

 こういう場面では、騎士さんはとても察しが良い。

 しかし少しだけ見える騎士さんの瞳からは、『興味』の感情が全く消え失せておらず、大分気にはなっているみたいだ。……ほんとに珍しいこともあるものだね。

 

 ……それでも、申し訳ないけれど騎士さんには多分一生教えることはないだろう。

 

 僕みたいなどうしようもないモノの想いは、このまま蓋をして、誰にも気が付かれずに終わらせるのが一番だ。

 

 もう、今以上に騎士さんを困らせたり、迷惑を掛けたりしたくないもの。

 

 だからこの決断には、微塵の後悔もない。

 

 

 

 

「───だって、騎士さんには誰よりも幸せになってほしいから」

 

 僕が居なくなった世界を、目一杯。

 

 想いを込めて、小さく呟いたその言葉は、騎士さんに届くことなく消え去った。

 

 

 

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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