由良来祓魔譚   作:マキアン

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境界

 

 神祇部、境界対策課本部の一室で二人の女が対面していた。

 片や全身に痛々しくガーゼや包帯を巻いた白髪の少女、朝霞刀岐。

 そしてもう一人は、どこか捉えどころのない雰囲気を纏ったビジネススーツ姿の黒髪の女。

 重々しい空気が流れる中、先に口を開いたのは黒髪の女の方であった。

 

「なるほど。【アラハバキ】の本体に、在原由良来ね」

 

 女は興味深げに零すと手元のバインダーに留められた資料をめくって、刀岐に視線を投げた。

 

「報告書には目を通したけど、最強の祓魔師ともあろう君がこれはまた手酷くやられたみたいだね、朝霞君」

「……ん。中臣参事官補佐、ごめんなさい」

「いいや、詳細不明の五号級界異、しかもその本体が出てきたんだ。宝具もなければ限定解除もできなかったのに、君達はよくやったよ」

 

 中臣参事官補佐と呼ばれた女は本名を中臣千萱と言い、環境参事官付参事官補佐の役職に就く官僚である。

 彼女達は朝霞刀岐を班長とする実働班L63の有する一室で、昨夜の出来事について情報の共有を行なっていた。

 

「予定通り朝霞刀岐によって祓滅されたことになっている【アラハバキ】、アレの行方については吾の方で探しておく。君は少し休むといい」

 

 話は終わりだとばかりにソファーから立ち上がった中臣は、メモ帳を取り出して残る予定を確認すると部屋を後にしようとする。

 その背に刀岐は待ったをかけた。

 

「あの……」

「うん? どうかしたかい?」

 

 刀岐にとって、中臣という女は底の知れない相手であった。

 少なくとも戦闘能力においては自らに比肩し得る存在など世界中探してもそうは居ないと自覚しているが、こと政治的な面においてはからきしだ。

 中臣はそういった刀岐が苦手とする分野において、彼女が知る中で最も優れた存在の一人だった。

 だからこそ、刀岐がどうすれば良いのか迷った時にはこうして助言を求めるのだ。

 

「在原由良来は、どうなりますか?」

「あー。暫定的な【アラハバキ】の憑依者、半分界異人間、まあ要するに半界異として要監視対象になるかな。半界異のくくりに入るかどうかは吾には専門外で断言できないが、ともかく即応班か、忌み鬼達に任せるつもりだよ」

 

 嘘だ。

 中臣千萱という女が、獅子身中の虫を野放しにするはずがない。

 即応班は境界対策課きっての精鋭部隊、粛清任務なんていくらでも請け負う。忌み鬼、ティルフィングに至ってはもっと酷い。

 きっとあの少女の末路はろくでもないものとなるだろう。

 

「ふふ。君はつくづく義理堅くて善玉だね。前世がかの高名な源氏の武辺者だという突飛な話も、君を見れば頷けるよ」

「……どうすれば良いですか」

 

 御託は良い。今はあの少女の末路を少しでも良いものにしてみせる。

 そんな気概を感じさせる刀岐の様子に微笑むと、中臣はぴしっと指を一本立てて刀岐と目を合わせた。

 

「彼女の進退をより良いものとするために今の君ができること。それは簡単だ」

「……L63に配属させること、ですか?」

「ああ、その通り」

「……そういうことを言いたいのではありません」

 

 L63は朝霞刀岐を班長とする、特務実働班だ。要するに自分の手元に置けという意味にも取れる。

 しかし、それでは遅かれ早かれ死ぬことになる。

 実働班『Limit666』が人々の営みを守るために巧妙に作り出された、班員が計画的に殺害されるためだけの集団であるということを、中臣千萱が知らぬはずはない。

 例外はいるが、彼女たちは強く、生き延びる力があったからだ。

 

「まあまあ、落ち着いて。何も、()()()L63に所属させろというわけじゃない」

「意味がわかりません。L63は忌まれし集団です。人としての境界(リミット)を越えさせないために作られた部隊に所属させるということは、それ以外に末路はありません」

 

 それが間違いなんだよ。

 中臣はにたりと笑って、ホワイトボードにマーカーを走らせる。

 そこには、実働班『Limitless666』の文字。

 

「リミット、レス?」

「Limitless666。来月から新設される、ある程度の独立した権限を持った新しい部隊だ。君にはその班長になってもらう。人員は全て君が集め給え」

「どういう、ことですか?」

「吾と袴問神祇官の連名決議によって、Limit666は本日をもって解散。理由は朝霞刀岐を除いた班員の大半が殉職したため、存続が不可能となったから。来月一日以降、朝霞刀岐以下残存の班員はLimitless666に編入、朝霞刀岐を同班の班長に任命する。以上」

 

 話を打ち切って、中臣は今度こそ扉を開けて部屋を出ていく。

 その去り際に振り返って、未だ納得できていない様子の刀岐に微笑みかけた。

 

「境界を無くす、そんなことができる存在が現れたとしたら、君はどうする?」

「どうする? そんな存在がいるはず……」

「ふふ。まあ、自由にするといい。上の指示にはなるべく従ってもらうけど、ね」

「……わかりました」

 

 一人取り残された刀岐は、釈然としない心持ちのまま中臣を見送った。

 

 

 ◾️

 

 

「由良来ちゃん、身体の調子でも悪いんですか?」

「んぇ?」

 

 ぱちり。

 船を漕ぎかけていた由良来はその声に弾かれるように意識を覚醒させた。

 机を挟んだ目の前には黒髪の少女。歳の頃は由良来より一つ、二つ上に見える。

 

「あー、大丈夫ですよ、桃花さん」

「大丈夫そうには見えませんが……」

 

 少女の名前は山城桃花(やましろモモカ)。医霊部門に所属する祓魔師で、由良来の二つ上の先輩に当たる存在だ。

 気怠げにする由良来を見兼ねたのか、少女は身を乗り出して由良来の額に自らの額を重ねた。

 

「うお、でっか……」

「うーん、熱は無さそうですね」

「だ、だから大丈夫ですって」

「大丈夫の一点張りでは逆に怪しいです」

 

 その際にぶるるんと音を立てて揺れた桃花の在る箇所に目が釘付けになった由良来、それに気がつくことなく桃花は眉を歪めて問いただす。

 心配をかけさせまいと振る舞うも遂に観念した由良来は、寝不足気味なのだと打ち明けた。

 

「駄目ですよ、ちゃんと寝ないと」

「ごめんなさい。せっかく勉強手伝ってもらってるのに……」

「いえ、それは良いんです。私が好きでやってることですから。でも、由良来ちゃんが体調を崩してしまうことが一番心配です」

 

 場所は環境庁神祇部、境界対策課の本部内にある談話室。

 休憩時間中となる二人は、中卒に毛が生えた程度の学しかない由良来のために山城桃花を指導役としてこの場所で勉強会を開いていた。

 桃花は桃花で生来のお人好し気質ゆえに年下の訳アリ少女を放っておくことができず、由良来には百パーセント善意から来る桃花の提案を無下にできるはずもなく。こうして時間が空けば二人は勉強会を開く間柄であった。

 

「心配かけさせちゃってごめんなさい」

「そんなことで謝らないでください。それに、由良来ちゃんはもっとたくさん人に頼った方が良いです」

「う、善処します……」

「はい、そうしてくださいね!」

 

 由良来はそのことに確かに引け目があったものの、環境に恵まれず親しい人間付き合いも無い少女にとって山城桃花という人間は次第に姉のような存在となりつつあった。

 そんな彼女に心配をかけさせたくは無いと考えるのも、由良来の性格からすれば無理からぬことであったろう。

 

 しかし、この時だけは違った。

 

『(なあ、相棒)』

 

 由良来の頭の中に、唐突に声が響き渡る。それは男とも女とも取れないノイズ混じりの怪音声。

 対面する桃花には第三者の声に気が付いた様子はない。

 

『(なあなあ、念じりゃオレサマにだけ話しかけられんだ。相手してくれよ)』

 

 確かに由良来は寝不足であった。

 何せ昨日はいろいろなことがあり過ぎたのだ。純粋に睡眠時間も確保できていない。

 だが、一番の原因はしつこく話かけてくる頭の中の()()()

 

「(()()()()()、話かけないでください)」

『(あァ? オレサマ暇なんだよ、構ってくれるぐらいいいだろ)』

 

 五号級界異【アラハバキ】。

 昨日の夜、由良来に取り憑くことに失敗して由良来の身体に封じ込められた界異そのものである。

 一度は消えたと思ったものの、由良来が這う這うの体でやっと寮に帰り着いた時から由良来に話かけ続けてくるようになった、由良来からすればなんとも傍迷惑な存在。

 

 そんな存在のことを打ち明けられるものか。

 いや、打ち明けたとして彼女を自分の問題に巻き込むわけにはいかない。

 

「(うるさいです。黙っててください)」

『(冷てえなァ、一晩を過ごした仲だろう?)』

「(きっも。消えてください)」

 

 辛辣な由良来の態度にもめげずに話かけ続ける様にはなかなかの根性が見受けられるが、果たして界異にそんな感覚があるのかどうか。

 何にせよ、居心地の良い桃花との時間を邪魔され続けている由良来の機嫌はすこぶる悪かった。 

 

「あの、由良来ちゃん? やっぱり具合が悪いんじゃ」

「え、あー、あはは。そうかもしれないですね……」

 

 黙りこくる由良来のことが本格的に気になったのだろう。桃花の赤い眼が気遣わしげに歪む。

 

「やっぱり、今日のところはここまででお願いします。桃花さんの言う通り、少し休むことにします、ね……?」

 

 このままではいたずらに桃花の時間を奪うだけとなってしまう。それは嫌だ。

 そう考えた由良来は今日はここでお開きにしようと口にしかけて、目の前で固まる桃花に気が付いた。

 その視線を辿れば、そこには一人の女。それも由良来と桃花が使う机の隣に物も言わずに立っているではないか。

 由良来はその見覚えがあり過ぎる顔を見て、頬をひくつかせた。

 

「在原由良来、貴方に話がある」

「……ひぇっ」

 

 紫の視線と、青い視線がかち合って青い目が気まずそうに逸らされた。

 紫の視線の持ち主、朝霞刀岐は有無を言わせない雰囲気で由良来を見下ろしていた。




 スペシャルサンクス
 浜地さん(中臣千萱さん)
 魔剤海豹さん(山城桃花さん)
 グレン亜種さん(ティルフィング)
 Ⅵ号鷲型さん(即応班)
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