「はい!リュー様あーんです!」
「むぅ……これは、必要なのか……?」
「勿論です!偽装とはいえ、ボロが出てはいけませんから!
人間の夫婦はいつもこんな感じですよ!
アーちゃんの目的の妨げになってはいけませんよね?
さあさ、お口をお開けくださいませ!」
「……わかった。あー……」
「はい!どうですか?美味しいですか?」
「……いつも通りだが」
「あー、リュー様違いますよ、そこはですね……。
『美味しいよマイハニー』ですよー!」
「ま、マイハ……何……?」
「あはは、リュグナーが滅茶苦茶困惑してる。端から見る分には面白いわね」
ケラケラと、楽しそうにアウラは笑う。
視線の先では、リュグナーが酷く困惑した様子でレーベに纏わり付かれている。
一方でレーベは非常に嬉しそうに、リュグナーにあることないこと吹き込んでいるようだ。
「……止めなくて良いんですか?本当に番になる訳でもあるまいし」
ドラートは呆れたように呟く。
そう、リュグナーとレーベが夫婦になるというのは、偽装。
というより、子育てをしない魔族にとって、夫婦とはなる意味がないのだ。
ならば何故そのような事をするのかと言えば、理由は二つある。
レーベという魔族を庇護する為と、人間達を油断させる為である。
「いいんじゃない?人間の常識は私達にはよくわからないわ。
レーベが言うならそうなんでしょ。
レーベは人間とも取引していたしね」
リュグナーは優秀な魔族だ。
レーベはそんな力ある魔族であるリュグナーの番であり、更には七崩賢アウラの庇護下にいる。
下手に手を出せば七崩賢が出てくるかもしれない為、レーベを知るもの、欲しがるものも下手に手を出す事が出来ない。
だが一方で、人柄は魔族にあるまじく朗らかで、以前の農場付近では人間とも取引があったという。
そんな魔族らしからぬ存在を妻にしている……つまり、人間に対して友好的であると勘違いさせる事が出来る。
そんな一石二鳥な策なのである。
リュグナーの苦労、苦悩は置いておくものとする。
「そういうものですか……。学ぶ事は多いですね」
ドラートは納得したように頷く。
そんなドラートの姿に、アウラは面白いものを見たとでも言うように、瞳が弧を描いた。
「ふぅん……嬉しそうね。農業はそんなに楽しいかしら?
配下の中じゃ一番意欲的に学んでるものね?」
その問いに、ドラートは少し言い辛そうにしつつも、自分の中の思いを言葉にする。
「そうですね……自分に出来る事を増やす事、悪くないと思います。
……僕は、リュグナー様は勿論、リーニエにも数歩劣っている自覚はありますから」
他者と比べ、劣ると認める事、それは魔族にとって、屈辱である。
とはいえ、圧倒的な実力差……例えばドラートとアウラでは過ごした年月、積み重ねた研鑽が、どうにもならない壁として立ちはだかる。
そんな大魔族相手であれば屈辱よりも尊敬や崇拝等が勝る事もある。
故にこうしてアウラの直属の配下として存在している事に、不満はない。
だが、リュグナーもリーニエも、同じアウラ直属の配下だ。
にも関わらず……二人とまともにやり合えば間違いなく自分が負けると、ドラートは気付いていた。
「……ふぅん……まぁ、適材適所よ。
シュラハトや魔王様も、戦場には正しい戦力を送る事が大事だとおっしゃっていたわ。
敵味方入り交じる乱戦に、ベーゼを投入してもまともに機能しないもの」
アウラはそんなドラートに感心して、微笑んだ。
かつての同僚、シュラハトがお茶会で思わず愚痴る様子を思い出す。
彼には見えてる最善手を、誰も理解が出来ないが故に上手くいかない事象。
上手くいかない、という未来まで見えてるからこそ、シュラハトはその全てを淡々とこなしていたものの……茶会の時はその心意気も多少弛んでいた。
それに対して朗らかな笑顔を浮かべた大魔族が慰めているのが、印象的だった。
……あの茶会はなんだかんだ楽しかった。
既に殆どが討ち取られ、数える程しか残っていないとしても……魔王様の宿願を果たした暁には、あの円卓で生き残った魔族達を集め、また茶会を開くのも悪くない。
そんな未来を思い描きながら、アウラは言葉を続けた。
「私としてはレーベ一人だけに生産を任せるのも不安だから、ありがたいわ。
あ、とはいえ戦力として期待してない訳でもないからね。
貴方の魔法は充分研ぎ澄まされてるわよ。
貴方のような配下がいて嬉しいわ」
そのアウラの言葉に、ドラートは一瞬面食らったような表情を浮かべた後、その頭を深々と下げた。
あえて言葉は返さず……アウラもそれを気にする事なく、ドラートを穏やかに眺めながら、紅茶のカップを口へと運んだ。
「レーベおかわり」
「あ、はいはーい、今持ってきますねぇ」
ちなみにその間、リーニエは黙々とアップルパイを貪っていた。
既にテーブルに残るアップルパイはアウラの皿の上の一切れ……。
「あむ」
「あ」
それすらもアウラの目を盗んだリーニエの口の中へと放り込まていった。
「リーニエ……?貴女ねぇ……!」
それに気付いたアウラは眦を吊り上げる。
自分の分どころか、一つを殆ど一人で食べていて、更に欲している癖に他の、しかも自分が従ってる魔族のものにすら手を出す……。
怒られて当然である。
「むー!むぐむぐむぐむぐ……ゴクンっ」
アウラに気付かれたリーニエは、アウラが手を伸ばすより早く、急いで咀嚼して音をたてて飲み込んだのだった。
「あーっ!もーっ!私まだ殆ど食べてないのにっ!」
アウラの悲鳴がこだまする。
それをレーベは苦笑いを浮かべてなだめた。
「ま、まぁまぁ……今焼き立て持ってきますから。
ほら、前みたいにあーんもしてあげますよぉ」
「……ん?前みたいに……?」
そこでドラートが口を挟む。
前みたいに……とは?
「ああ、アーちゃんと初めてお茶会した時、私がかなり重要な存在だー、なんてシュラくんが言ったものですから、アーちゃん緊張してしまったみたいで、それを解きほぐす為にあーんをしてあげたんですよぉ」
「ちょっ!」
「そしたらそれから誤解が解けた後、時々二人きりだったりしたらあーんして頂戴って甘えるように――」
「黙りなさい!黙れ!余計な事言うな!」
キィイイイイイン
「――わかりました。でもその時のアーちゃん可愛かったですよ!」
「それ貴女の中じゃ余計な事じゃないのね!
自分の魔法がここまで融通利かないものだと思わなかったわ!このバカッ!」
怒りのままにバシンッとレーベを叩くと、それは煙と共にかき消える。
どうやら分身だったようだ。
さっさとこうすれば良かった、とアウラが少し前の事を後悔するも少し遅く、ドラートは目を見開いてアウラを見つめていた。
「……言及したり言い触らしたりしたら殺す」
アウラは顔を真っ赤にして涙目でドラートを下から睨み付けた。
その姿こそ可愛らしいものの、ドラートを襲うのは自分と比べるまでもない圧倒的な魔力の奔流と圧力。
そして本気の殺気だった。
「何も言いませんし絶対に誰にも言いません」
テーブルに頭を擦り付けるようにして、ドラートはそう言うしかなかった。
流石にこんなくだらない事で死にたくない。
この話は死ぬまで決して口にしないと、そう心に決めたのだった。
「ふむ……アウラ様はレーベにあーんをして貰っていたと。
ではお二人は夫婦だったという事なのですか?
でしたら先達として教えて頂きたい事がいくつk」
ドゴンッ!
「リュグナー……一回目は腹パンで許してあげる。
次そんなくだらない事言ったら……容赦しないわ」
「ぐふっ……な……何故……?私は、至極真面目に……」
誤字報告ありがとうございます!
修正しました。