不穏な気配を出していきます!
――勇者ヒンメル、かつて人の生存圏を1/3にまで減らしたという魔王、それを討伐したと言われる伝説の勇者。
そんな勇者ヒンメルの死から、27年後……。
ガサッザッザッガサッ
長い銀髪を頭の上で二つに結んだ、耳の長い少女が森を歩く。
その後ろには紫紺の長髪の少女が後を追う。
銀髪の少女、種族がエルフ、名をフリーレンという。
フリーレンはかつて勇者ヒンメルと共に旅をし、魔王を討伐した勇者パーティの魔法使いである。
彼女は現在、中央諸国グレース森林を、弟子であるフェルンと共に歩いていた。
目的は、80年前、かつて勇者パーティとしてやり損ねた一つの仕事、とある魔族の討伐である。
ザッ、ザッ……
やがて森が終わり、開けた崖のような場所で、フリーレンとフェルンは足を止めた。
その先には常人の数倍はあろうかという大柄な異形……お世辞にも人には見えない、そんな存在が片膝をついて佇んでいた。
表面は石のようになっており、動く気配もないが……それを成したフリーレンにはわかっていた。
もう少し放置すれば、彼の者は自由に動き出すと。
「……それじゃ、封印を解くよ、油断しないようにね」
フリーレンは杖を構えながら、目の前の石像を油断なく見つめる。
フェルンも言われた通りにその存在をしっかりと見据えて杖を構え、コクリと頷いた。
そして、その石像は光に包まれていく……。
彼の石像は、かつてこの地で悪逆限りを尽くしたという、魔族『腐敗の賢老クヴァール』を封印したもの。
80年前、あまりの強さに相対した勇者ヒンメル達は、封印という手を取る事しか出来なかった。
フリーレンからすれば、敗北した苦い記憶。
だが今なら、80年の時を過ごした今ならば……。
知らず、フリーレンの杖を握る手に力がこもる。
だが、それを噯にも出さず、フリーレンは静かに佇む。
例えかつて敗北した相手と言えど、80年前で時が止まった相手……奴の魔法の強さは解析済みであり、恐れる事はない。
何より……。
「…………」
後ろには弟子のフェルンがいる。
弟子にカッコ悪い所を見せられないと、フリーレンはその静謐な雰囲気の中に小さな闘志を灯した。
……既に旅をする中で、何度も情けない所を見せているので今更な話ではあるが。
やがて光は収まり、クヴァールの体は色を取り戻す。
くすんだ茶褐色の肌に、剥き出しの鋭い歯、継ぎ接ぎだらけで、その頭に生える角はヤギのようで、人というよりは獣のようであった。
クヴァールは色を取り戻した瞬間何事もなかったかのようにすくりと立ち上がり、首に手を当てて左右に曲げた。
コキッ、コキッ
まるで眠りから覚めた人間のような仕草だった。
「……ふむ、久しいのうフリーレン。何年経った?」
「80年」
その言葉に、クヴァールは、再度首を曲げた。
コキッ
「80年程度だったか。もっと眠っていたような気もするのう」
「私達からすればあっという間だからね」
そこでクヴァールは、フリーレンへと真っ直ぐ顔を向けた。
首から手を離し、その小さなエルフへと、静かに問いかける。
「……魔王様は?」
「殺した」
フリーレンの返答に、クヴァールは手のひらで自らの顔を覆った。
まるで悲しむかのような、そんな人間のように仕草にフリーレンの眉が少しだけひそめられる。
「そうか、魔王様は逝ったか……流れは、変わらぬものなのだな」
「流れ……?」
聞き捨てならない言葉にフリーレンの瞳が細められる。
まるで魔王が死に、こうして相対する事を知っていたかのような口振りに、フリーレンは怪訝な思いを抱く。
「如何ともし難いものだな……やはり流れを変える力は、儂にはないのだのぅ……」
「……流れ……変える……?まさか、『全知のシュラハト』?奴の策がまだ残っているとでも?」
「お主にはわからんよ。言っても理解出来ん。
儂にはやる事がある。大人しく去れ。そうすれば見逃してやろう」
「……大人しくはこっちの台詞だ。
大人しくしてれば、楽に殺してやる」
そんなフリーレンの言葉に、クヴァールは肩を震わせた。
その顔から手をゆっくりと離し、可笑しそうに笑う。
「ククッ……そうか……では、仇討ちといこう」
無造作に突き出されたクヴァールの左手。
その宙に六芒星の魔法陣が描かれたかと思えば、そこから即座に一条の光線が発生する。
「『
その光線を容易く防ぎ、動きの止まったクヴァールに対し、フリーレンは静かに語りかける。
「クヴァール、お前の魔法は強すぎたんだ」
「お前が封印されてから大陸中の魔法使いが
「僅か数年で
「装備による魔法耐性も格段に上昇し、
「今では一般攻撃魔法と呼ばれているよ」
「80年は、人間にとって相当長い時間らしい」
「……もう一度言う、大人しくしていれば楽に殺してやる」
そう宣言するフリーレンには驕りはない。
かつての強敵の魔法、防御不可能の貫通魔法、それの現状を丁寧に説明し、既に時代遅れであると突き付けた。
防ぐ方法は確立されていると、目の前で防ぐ事によって証明し……フリーレンはクヴァールを静かに見据えた。
短い時の中であれだけ恐ろしかった魔法を、一般攻撃魔法にまで落とし込んだ人間の研鑽の成果を噛み締めながら。
「なるほど……なるほどのぅ……」
そんなフリーレンを、クヴァールは顎に手を当てて静かに見下ろした。
「……
「!?」
再びのまるで未来を見通していたかのような言葉に、フリーレンは目を見開いた。
自分の魔法を解析された事で取り乱す……等と思っていた訳ではない。
クヴァールの事だ、直ぐに適応してしまうだろう。
それでも、その適応するまでの間に決着をつける、そう思っていた。
だがどうだ、クヴァールは全て知っていたかのように落ち着き払い、ただただ静かに此方を見据えている。
いっそ……此方を憐れんでいるような……。
理由のわからない苛立ちが募り、フリーレンはその眉をしかめた。
「フリーレンよ、儂の魔法を解析した褒美に、一つ忠告しておいてやろう」
「……忠告……?魔族のお前が、私に?」
フリーレンは今度こそ困惑の色を浮かべた。
クヴァールが、と言うより、魔族が忠告?
有り得ない、意味のわからない、意図も図れない。
その気持ち悪さが、思わず表情に浮かんでしまっていた。
「レーベという魔族に会ったならば、手を出さぬ事だ」
だがそれも、そのクヴァールの言葉に、表情を嘲笑へと変えるまでの間であった。
「……何を言うかと思えば。聞いたことないけど、何?お前の知り合い?
まさかクヴァールから、同胞を傷付けるな……とお願いされるとはね」
呆れたように言うフリーレンに対し、クヴァールは気にした様子もなく、ゆっくりと踵を返していく。
もう戦闘をする気もないのだろう。
そもそも、戦闘と言ってもただクヴァールが放った一つの魔法を、フリーレンが防いだだけ……。
とても戦闘と呼べるやり取りではない。
だが、それでもクヴァールはフリーレンに背を向ける。
もう知りたい事は知れたと言いたげに。
「……忠告はしたぞ。ではなフリーレン、縁があればまた会おう」
「っ……!行かせるか!」
そんなクヴァールに対して、フリーレンが選んだのは、即時殲滅であった。
奴を生かしてここから行かせれば、どんな事をするかわからない。
故に、最大出力で、自分が改良した、対魔族に合わせた魔法、『
瞬時に花のような魔法陣が形成され、そこから太い光線が放たれる。
その光線は瞬時にクヴァールへと到達し、その体を消し飛ばし……。
ボンッ
破裂音とともに白い煙と化して消えてしまった。
「な……」
魔族が死ぬ時、少しずつ黒いチリとなって消えていく。
これは魔族という種族の特徴であり、変わる事はない。
今のは明らかにそれとは違っていた。
「フ、フリーレン様……」
隣に立つフェルンが、フリーレンに恐る恐る話し掛けてくる。
フリーレンは杖を構えたまま、目の前で起きた事に暫し呆然としていたものの、その声に意識を呼び戻された。
そして、今の状況を認識して肩を落とし、大きくため息を吐いた。
「……逃がした……ね」
最後の光線が抉った地面のみが残る崖の上で、フリーレンは静かに呟いた。
魔力探知でも、クヴァールの魔力は一切感じられず、影も形もない。
クヴァールがまともな戦闘もせずに逃げの一手をうった時点で予想外なのに、更にはどうやって逃げたのか、皆目検討もつかなかった。
過去のやり残してしまった事、一つの因縁に終止符をうつと意気込んでいたというのに、それは空振りに終わってしまった。
「はぁ……」
フリーレンは、再度ため息を吐いた。
クヴァールが生きて自由である事、今後どのような影響を与えるのか……。
それを思うと気が重い。
「それにしても、レーベ……ねぇ」
その名前にはやはり心当たりはない。
名を知られてる様子もない。
ならば相対した相手を殺し尽くすような、危険度の高い大魔族の可能性もある。
最大限警戒し続けるに越した事はない。
「……やれやれ、ただやり残しを遂げに来だけなのにね」
シュンッ
手の中の杖を消して、フリーレンはそうぼやく。
今回はただの無駄骨……人類への脅威を解き放ってしまう結果となってしまった。
だが、その汚名はいずれ灌ぐ、とフリーレンは内心で強く思うのだった。
そして、フリーレンがその魔族と接触する時……。
その時は、間近に差し迫っている。
誤字報告ありがとうございます!
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