パチリ
ふっと夢が途切れて、目が覚めました。
体全体がじとりとした嫌な汗をかいている事に気付きますが……。
はて……どんな夢を見ていたのでしょうか?
懐かしいけど、あまり良くない夢だったような気もします。
何処かむず痒く、もぞり、もぞりと動いてしまいます。
「ん……どうしたレーベ」
ふと、隣からそんな声が聞こえます。
リュー様の、少し寝惚けたような声色です。
「あ……すみません、起こしちゃいましたか?
なんでもないんです、ちょっと……悪夢を見てた……んだと思います。多分」
「……そうか」
リュー様は目を開けず、隣で横になっている私の頭を掴み、自分のほうへと近付けました。
とさ、と胸に頭を押し付けられ、その温もりが伝わってきます……。
その優しく、暖かな手に、ドキリと胸が高鳴ります……。
「寝付くまでこうしていよう……」
「はい……ありがとうございます」
ぶっきらぼうな言い方の、その中にある優しさに、私は微笑みを浮かべます。
そして、その胸に私を身を任せて、もう一度眠りにつくのでした……。
「こんな感じでお願いします!こんな感じで!」
ふんすふんすと、鼻息荒く熱弁しますが、リュー様はなんとも言えない顔で、しらっとした態度で私を見ていました。
「……共に寝る事が本当に必要なのか?
人間共が繁殖する為に、番が同じ床に着く事は知っているが……私達は繁殖行為をする訳ではないだろう?」
繁殖行為!?なんて色気のない言い方でしょうか!
まったくときめきません!
「きゃあ、繁殖行為だなんて色気のない!
夫婦間ではえっちか、メイクラブ、またはプロレスごっこって言うんですよ!」
「えっち……?プロレ……なに……?」
困惑したリュー様のお顔も素敵です!
「きゃああああ!リュー様の高貴なお口からえっちだなんて!
なんて背徳的なんでしょう!たまりません!
えへ、えへへへ、リュー様、もっかい、もっかいお願いします!」
そこまで言うと、流石にリュー様もおかしいと気付いてしまったのか、迫る私を振り払ってきます。
ああん、いけずですぅ。
「ええいっ!貴様の態度からそろそろわかって来たぞ!
その状態の時、貴様の言うことは信用ならんと言う事がな!絶対に口にしない!」
断言したリュー様に、私は慌てて掴みかかります!
なんと言いますか、無知シチュと言うのでしょうか、意味がわかっていない相手にそういうワードを言わせるの、とても背徳感があって良かったですのに!
「えぇえええ!そんな殺生な!」
「ええい!知らん!離せ!」
私、豊穣のレーベ!リュー様ことリュグナー様と偽装夫婦となって二十数年!
円満な家庭を築いております!
「……リュグナー様、今更レーベに騙されてる事に気付いたのか」
「リュグナー様、変な所真面目だからね」
そんな私達を、籠いっぱいに作物を背負ったドラくんとリーちゃんが横目で見ながら通りすぎていきました。
その表情は呆れを多分に含んだ顔でした。
「こんにちはー!」
「おや、レーベちゃん、いらっしゃい」
私は今、今朝採れたばかりの新鮮な野菜を籠いっぱいに背負い、近くの人間の村へと来ています!
これは、アーちゃんの策の一つらしいです!
よくわかりませんが、兎に角野菜を売ればいいらしいです!
「今日も野菜を持ってきましたー!買い取ってくださーい!」
「はいはい、毎回大変だね。おや、今日は旦那さんもいるのかい」
そしてそう、今日はリュー様も一緒です!
私達は夫婦で農業を営んでいる魔族、という設定なのです!
……厳密には、農業をしている私を、リュー様が保護してる、という形ですね。
リュー様はニコリと柔らかく微笑んで、小さく会釈をします。
内心では魔族らしくなんとも思っていないらしいですが、尾首にも出しませんね……流石です。
「ええ、なので少し色をつけてもらえると嬉しいですね、お嬢さん」
「やだよお嬢さんなんて、こんなおばさん捕まえてー!
こんな美人な嫁さん持ちながら、口が上手いんだから!
2割増ししたげるよ!あんたらのとこの野菜は美味しいから、そのくらいでも全然儲けが出るのよ!」
「わぁ、ありがとうございます!」
からからと笑う八百屋のおばさまに、私も軽く会釈をします。
いやぁ、流石リュー様です。
その甘いマスクと声に、おばさまもイチコロですね!
「じゃあ、いつものとこに置いてきますね!さ、行きましょうリュー様!」
「こら、レーベ。様付けはやめるように言っただろう?」
と、そうでした。
他人行儀に聞こえるかもしれない、とアーちゃんから苦言を呈されていたのでした。
ならばと人目のある所での呼び名は、私の記憶を参考にしました。
「あ、はい!あなた!」
んふふ、なんだか本当に夫婦になったみたいで、心がポカポカしますね!
「今日もお熱いわねぇ……あたしももう少し若けりゃねぇ……」
私達はそんなおばさまの呟きを聞き流しながら、その八百屋の裏に野菜を置きに向かうのでした。
「ん、よいしょ。ん、よいしょ」
籠を地面に置き、一つ一つ丁寧に、用意された棚の上に置いていきます。
きゅうりにトマト、ナスにじゃがいも……沢山採れるものを中心に、キャベツやレタスも少し……と。
本当はもっといっぱいあるし、酪農も始まってるけど……このくらいでいいらしいです。
その辺りの塩梅はよくわからないですねぇ。
「あー!またきたな魔族!」
そんな時でした、そんな声が響いて、いくつかの、けれど軽い足音が此方に向かってくる音がしました。
顔を向ければ、頭一つ小さな2人の女の子を引き連れた、元気そうな男の子が此方を見ています。
勝ち気そうに笑い、私に向けて拳を構えていました。
「今日こそこの勇者タロンが、魔族を成敗してやるぞ!」
「やるぞ!」
「やるぞー」
「ふふふっ」
その様子につい笑いが漏れてしまいます。
微笑ましいですね……この男の子はここの八百屋の子供で、こうやって突っ掛かった後は、野菜を運ぶのを手伝ってくれるのです。
女の子達は双子で、男の子の妹達です。
兄妹仲良くて、なんとも羨ましいですね。
……?羨ましい……?そうですね、羨ましいです!
魔族は家族というコミュニティを作りませんからね!
兄弟どいう関係性は、それだけで羨ましいです!
「おっと、それならまずは私を倒してからにして貰いましょうか」
そんな男の子達に、リュー様が不敵な笑みを浮かべて立ちはだかります。
「増えた!でも勇者は負けない!おらー!」
「おらー!」
「らー」
子供達はきゃらきゃらと笑い、そのままリュー様へと飛び込んでいって……。
「おっと……いけない子達ですね。せいっ」
「わぁあっ!」
「きゃー!」
「きゃあ」
まとめて優しく転がされていきます。
それでもすぐに起き上がって、再度向かってくる子供達を、リュー様は笑いながらいなし続けました。
「あなた、ケガさせちゃダメですよ?」
「わかってるよ」
私は一応の念押しをしつつ、そんな微笑ましい光景を後目に作業を続けます。
……ふふ、平和ですねぇ。
子供達の笑い声を聞きながら、その穏やかな時間を噛み締めるのでした。