部屋に朝日が射し込み、アウラは静かに目を覚ました。
ゆったりと体を起こし、ベッドから床へと降り立つ。
「んーっ」
ぐっと背筋を伸ばし、軽く首を振る。
そしてそのまま窓を開き、そこに広がる一面の畑を眺めた。
「……大きくなったものね」
様々な作物と、青々とした葉は朝露に濡れ、朝日を受けてキラキラと光っている。
離れた所では配下達の声が聞こえ、いつも通り早朝から畑仕事に精を出していたようだ。
「さて……ここからね」
拠点の兵糧はこれで充分、以前打ち立てた策も実を結んだ。
後はこのまま少しずつ、侵食していくだけ……。
これが魔族としての大々的な一歩、人間達への反撃の狼煙となるだろう。
「ふわぁ……楽しみだわ」
アウラは目の前の長閑な光景に欠伸をしながら、いずれ来るだろう魔族の時代……。
それを思い浮かべ、不敵な笑みを溢した。
今日は、あのグラナト領との和平交渉の日だ。
これで、過去に一つ区切りをつける事が出来る。
アウラは清々しい思いで、被っていたナイトキャップをベッドの上に放り投げたのだった。
ちなみに、この紫色のナイトキャップはその昔レーベからプレゼントされたものである。
朝の農作業を終えた『首切り役人』のリュグナー、リーニエ、ドラート、そして朝の支度を終えたアウラ。
4人はテーブルにつき、一点を見つめていた。
「はあい、今日も朝からお疲れ様でした、ごはんですよー」
4人のレーベがそれぞれお盆を持ち、朝食を運んできていた。
それをキラキラとした目で見つめるリーニエの手には待ちきれないとばかりに既にフォークが握られている。
ことり、ことり、とゆっくりとそれぞれの前にお盆が置かれていく。
メニューは皆同じであるが、飲み物が違っていたり、細部がそれぞれに合わせたメニューとなっていた。
「ありがとレーベ。さ、頂きましょうか」
アウラがフォークを手に取りそう言葉にしたのを皮切りに、それぞれが思い思いに朝食に手を伸ばし始めた。
まずど真ん中に置かれているのは、ふわふわのオムレツだ。
軽くふれるとポヨンとフォークを跳ね返し、裂くととろりと半熟の卵が顔を出す。
トマトケチャップがたっぷりとかけられているが、とれたて新鮮の濃厚な卵で作られたオムレツには、丁度良いくらいだった。
付け合わせにはほうれん草とベーコンのソテー。
頬張るとほんのりとバターの香りが鼻を抜け、シャキシャキとしたほうれん草の食感が口を楽しませる。
肉厚なベーコンは濃厚な肉の旨味を感じられ、リンゴの木でスモークしたからか微かな甘味が顔を出す。
そして最後に、胡椒がピリッとした刺激で味を引き締めていた。
青々としたレタスのサラダには、オリーブオイルたっぷりのドレッシングがかかり、プチトマト、コーン、ヤングコーン、胡瓜、更にはポテトサラダが乗せられている。
色とりどりで鮮やか、目にも楽しい。
歯応えも丁度よく、青臭さがなく、とても食べやすい。
口に入れれば、オリーブの薫りが鼻を擽った。
スープの具はクルトンしか入っていないが、オレンジ色の透き通ったコンソメスープには、様々な具材の旨味が染み出している。
口に入れた瞬間に炸裂するその旨味は、まさに爆弾。
その複雑で繊細な味わいは、口の中だけでなく、飲み込んでからも喉の奥で楽しませてくれる。
そしてメインは、さっくりと焼き上がった、焼きたてのクロワッサン。
表面はこんがりサクサクで、中はふんわり。
更には濃厚なバターがたっぷりと使われていて、頬張った瞬間バターの風味がガツン、と口一杯に広がる。
噛み締めるともちっとした感触の後に、小麦の風味と共に甘味が染みだし、バターの風味と合わさって素晴らしいハーモニーを奏でる。
アウラはミルクティーを、リュグナーはストレートの紅茶を。
リーニエはリンゴジュースを、ドラートはミルクを。
それぞれ口にしながら、静かに、ゆったりと。
けれどじっくりと味わい、充実感に溢れながら食事を進める。
そして、デザートは、濃厚な牛乳で作ったヨーグルトだ。
蜂蜜、メイプルシロップ、苺ジャム、林檎ジャムといった様々な味を楽しめるよう小瓶が置かれ、皆思い思いの味を楽しむ。
アウラは蜂蜜をたっぷりとかけ、豊かな甘さと酸味を楽しむ。
リュグナーはメイプルシロップを少量、ヨーグルト自体を味わい。
リーニエはリンゴジュースと合わせるのを嫌ったのか苺ジャムをたっぷりとかけ、それでも酸味が強かったのか顔をすぼめていた。
ドラートは林檎ジャムをかけ、そんなリーニエに苦笑いを浮かべていた。
その様子を、レーベはニコニコ、ニコニコと笑う。
自分の作った作物を、料理を、笑顔で嬉しそうに食べる皆を見て、心の底から嬉しそうに笑う。
レーベにとって求めて止まない、穏やかで幸せな光景が、そこにあった。
こんな家族が、欲しかったなぁ……。
「……?」
そんな声無き声が聞こえ、きょとんとした顔でレーベは辺りを見回すも、勿論他には誰もいない。
空耳?そう思って首を傾げるレーベだった。
「……さて、じゃあ頼んだわよ。この私、『断頭台のアウラ』が命じるわ。グラナト領へと赴き、和平交渉に臨みなさい。
そして、街を覆う防護結界を解除する術を見つけるのよ」
朝食を終え、暫しの食休みを挟んだ後、アウラ達は改めて向かい合っていた。
語るのはアウラの現在の目的……かつて果たせなかったグラナト領の侵攻。
その為に一番の障害である防護結界の解除の糸口を、和平交渉をしながら見つける。
それが見つからなければ、そのまま融和を進めていく事となるだろう。
「承りました」
「わかりました」
「お任せください」
三者三様の答えに、アウラは満足そうに頷く。
それぞれの顔には、自分への忠誠と、必ず果たすという気合いを感じられた。
彼等を心から頼もしく思いながら……アウラはふと、視線をズラす。
「皆さん頑張って下さいねぇ。ご馳走用意しなきゃ!」
そんな呑気な事を言うレーベに、アウラは顔を歪めた。
その顔には呆れが浮かび……けれどやっぱり、という諦観も滲んでいた。
以前一度説明していたのだが、やはりちゃんと聞いていなかったらしい。
「貴女も行くのよ。リュグナーの妻として」
「……へ?」
アウラの言葉に、レーベは呆けた言葉を漏らした。
パチパチと瞳を瞬かせ、自身を指差す。
それにアウラはこくこくと頷く。
「えぇええええ!私が行っても何も出来ませんよぉ!」
レーベはそう悲鳴じみた声をあげるも、アウラの返答は無慈悲だった。
「いいから。貴女も、グラナト領に一緒に行きなさい」
キィイイイン
「……わかりました」
アウラの魔法が発動し、レーベは大人しくその命令に従う。
ぼぅっとした顔で頷くレーベを見て、アウラは改めて自らの配下三人に告げる。
「レーベの事も頼んだわよ。
レーベの役割は変わらない。人間達の警戒心を解す為に活用しなさい。
ただし、死なせないように。まだまだレーベには頑張って貰うんだから」
「「「はい」」」
三人は同時に頷き、力強く返事を返した。
アウラは改めて三人を見回し、一度頷くと微笑みを浮かべた。
「貴方達なら、必ずやり遂げると信じてるわよ」
そのアウラの言葉に再度頷き、三人はそれぞれ準備を始める。
まずは、農作業用の野暮ったい服ではなく、ちゃんとした衣服にしなければならない。
まがりなりにも、一つの都市との和平交渉なのだから、しっかりとした服を着なければならないのだ。
まだぼうっとしたままのレーベを、リーニエが連れて去っていくのだった。
やがて三人と一人は立派な衣裳を身に付け、お土産の野菜を持ち、 グラナト領へと出発する事となる。
そこで待ち受ける運命、彼等にどんな出来事が待ち受けているのか。
レーベは、穏やかに生きる事が出来るのだろうか。
今はまだわからない。