七崩賢『断頭台のアウラ』
500年を生きる魔族であり、その時間を鍛練にあてた事で莫大な魔力を手に入れ、魔力を比べて少ない方を従える魔法、『
現在彼女は、当時魔王が存命だった頃、勇者パーティに阻まれた北側諸国グラナト領侵攻を果たすべく、暗躍していた。
とはいえ派手な動きはしていない。
魔王が討たれた後、生き残った魔族の殆どはその身を隠した。
それは単に勇者ヒンメルを脅威と考えた事、また絶対実力主義である魔族において魔王という最強の存在、それを討ち取った勇者への賛辞でもあった。
だが、アウラはもろに前者であった。
一度相対し、自信満々に魔法を使った所、効果が発揮される前に一瞬で肉薄され肩を切り裂かれた。
それによって配下を全て喪い、命からがら抜け出し、その後は身を潜める事しか出来なかった。
元来プライドが高い魔族に、しかも自他共に認める大魔族にとって、たかが100年も生きられない人間に怯えて隠れる日々は耐え難い屈辱であった。
だが、それでもアウラは待った。
待って、待って、待ちに待った。
そうして漸く、勇者ヒンメルの訃報が届いたのだった。
アウラは、身を潜めながらも配下を増やしていて、その配下や自らの魔法によって戦力を増やし、勇者への報復も兼ねて一度は阻まれたグラナト領侵攻を実行するつもりだった。
だが、ここで少し問題が起きた。
「アウラ様……お腹空いた」
くい、と自分の服を引っ張る桃色の髪の魔族。
アウラ直属の自慢の配下の一人、リーニエだが……その顔色は悪かった。
「リーニエ、もう少し我慢しなさい。アウラ様も同じなのだ」
そんなリーニエを咎める金髪の魔族、リュグナー。
彼も傍目には平然としているが、無意識に腹を押さえており、空腹を堪えているようだった。
「……こんな所にアウラ様の目的の魔族がいるのだろうか?」
緑髪の魔族、ドラートは辺りを注意深く見回し、小さく呟いた。
アウラ含めた四人の魔族は、その身を隠しながら、人里離れた……とは言えない森の中を進んでいた。
「もう少しの筈よ、我慢して」
アウラ一派は今、食糧難に陥っていた。
勇者ヒンメルが死んだ今、いざ動きだそうとした時、その事態に直面してしまったのだ。
まだ立て直しきったとは言えない状態で、あまり派手な動きをしたくなかったアウラは、空腹に喘ぐ可愛い配下達を見て悩んだ。
そして思い出したのだ、魔王軍の食糧供給担当を。
いつもニコニコとした笑みを浮かべた、変わり者の魔族を。
「この辺りに『豊穣のレーベ』はいるわ」
辿り着いた場所は、見事な農場であった。
畑には様々な作物が実り、青々とした葉が揺れる。
果樹園もあり、牛、羊、鶏といった家畜までおり、元気に鳴いていた。
そんな長閑な農場をたった一人でやりくりしている魔族がいた。
小麦色の肌に麦わら帽子、帽子を貫通する頭の横から生えた角。
白い薄手のシャツを着て布を首にかけ、にこやかにトマトを収穫する、女の魔族。
背は普通の成人女性と同じくらいで、全体的に細身である。
「レーベ、久し振りじゃない?」
その魔族こそが、『豊穣のレーベ』魔王軍食糧供給担当だった魔族。
レーベは短く切り揃えられた白髪を揺らし、アウラへと振り向いた。
途端に驚いたように目を見開いた後、トマトをいくつも籠に抱えたまま、アウラのほうへと駆け足で近付いてきたのだった。
「わぁ、アーちゃん?久し振りですね!元気でしたか?
皆突然見なくなっちゃって、心配してたんですよー?」
魔族らしからぬフレンドリーな様子に、面識のない三人は面食らい、アウラはわかっていたように肩を竦めた。
「魔王様が倒されてから色々大変だったからね。
貴女は変わりないようで。まったく……安心したわ」
色んな苦労があった……にも関わらずこの魔族はきっとただ農業をして過ごしていたのだろう。
嫉妬交じりに皮肉ってみたものの、レーベには伝わっていないようだった。
「そうだったんですね、やはり魔王様は……。
他の皆は?皆やられちゃったんですか?」
「私も含めて何人か生き残りはいるけど、大分数を減らされたわね」
「そう……なんですね……悲しいですね。同族が減っていくのは……」
痛ましげに俯くレーベを、アウラは気にする事なく言葉を紡ぐ。
「それで、今日貴女に会いにきたのは単純な話よ、レーベ、私の配下になりなさい。
魔王様と同じく、貴方の無事を保証してあげる代わりに、食糧を供給して欲しいのよ。
どう?昔と変わらない、貴女はただ好きに食糧を作ってくれるだけで……」
「あ、あの!貴方はお名前なんて言うんですか!?」
アウラが得意気に語っていると、アウラの後ろに並んでいた三人の元に、レーベは歩み寄っていた。
いや、リュグナーにすり寄っていた。
突如身を寄せられ、リュグナーは困惑の表情を浮かべていた。
その隣にいるリーニエは籠に盛られたトマトをジッと見つめ、ドラートは怪訝な表情でレーベを見つめていた。
「リュグナー……と言います」
リュグナーから見て、目の前の女魔族は大したものではない。
魔力量はこの中で最も少なく、どんな魔法を使えるかはわからないが、研鑽の痕も感じられない。
だが、生きた時間だけは自らの主であるアウラより長い、そう聞いていたリュグナーは最低限の礼を尽くすのだった。
「リュグナー……リュー様と呼んでも!?」
鼻息荒く頬を染め、リュグナーを見上げるレーベ。
そんな彼女に内心引きながらも、リュグナーは小さく頷く。
「ありがとうございます!」
喜色満面の笑みを浮かべる、とんでもなく変わり者な女に、リュグナーは気付かれないようにタメ息を吐いた。
あまりにも変な女……それがリュグナーの懐いた、レーベという魔族への印象であった。