「……リュグナーが死んだわね」
「これで首切り役人は全滅だ。失敗したねアウラ」
街の郊外、荒野にて、フリーレンとアウラの二人は対峙していた。
既に二人の戦いは始まっていて、フリーレンの周りには力無く倒れた鎧がいくつも転がっていた。
それらに首は無く、生きてもいない。
アウラの魔法『
だからアウラは考えた、生きているから抗えてしまうのだと。
故に、支配に成功した相手は即座に首を切って自害させ、アンデッドの軍勢として活用していたのだ。
フリーレンの周りに倒れる鎧は全て、その軍勢の一部。
アウラの元には、まだまだ軍勢が残っていた。
何故かフリーレンは昔のように大規模な魔法で吹き飛ばすのではなく、わざわざ此方の魔法を解除し、死体を解放する手間をかけている。
ほぼ一瞬で自分の自慢の魔法を解除される事に思う所はあるが、それで勝手に弱ってくれてるのならば好都合。
もとより比べるべくも無く、自分のほうが魔力は上であるが、軍勢との戦いで消耗したフリーレンの魔力では、もう此方に抗う事も出来ないだろう。
「そうね、残念だわ……あの子達にもう会えないなんて。
けれど、あなたをここで仕留められるなら、あの子達も浮かばれるわ。
あなたは、この戦いで沢山の不死の軍勢を私の支配下から解放したわね。
この私の前で、そんなに多くの魔力を消費して大丈夫なのかしら?」
不敵に笑うアウラは、勝利を確信していた。
フリーレンは脅威だった。
確かに魔力は多く、魔法は強く、不死の軍勢を物ともせず、支配から解放する余裕すらある……。
けれど、自分より、魔力は下だ。
どれだけ生きてきたかは知らないが、アウラには500年を鍛練に費やしてきた自負がある。
当然、その魔力量も膨大であり、明らかににフリーレンより多い、そう感じていた。
「『
故に、これで終わりだと、天秤を掲げ、魔法を発動する。
互いの魔力を秤にかけ、天秤が傾いたほう、魔力の多い者が少ない者を支配する魔法。
自身とフリーレンの胸から炎のようなもの、魂が秤へと乗せられ、その魔力を比べ始める。
そして最後に残るのは、支配の完了したフリーレン。
後はどうにでもなる。
「嬉しそうだねアウラ、勝利を確信しているの?」
そう言って此方をじっと見つめるフリーレンに、アウラは微笑みを浮かべた。
「ええ、私の勝ちよ。後は……私が直々に首を落としてあげる」
天秤はまだ傾ききっていないが、時間の問題だ。
傍らにいる鎧から剣を受け取り、アウラはフリーレンへと歩み寄る。
これで、勇者一行との因縁も終わる。
グラナト領を今回攻め滅ぼす事は出来なかったけれど、私がいればまだ体勢はたて直せる。
フリーレンを殺せるなら、お釣りすら出る。
微笑みを浮かべたまま、アウラはまた一歩、フリーレンへと歩を進めた。
キィ……
「はっ、はっ……はっ……!」
褐色の肌の女魔族が、荒野を走る。
息を荒げて、目を見開いて。
その瞳からは涙が流れ、その手で拭っても拭っても溢れ続けていた。
「ドラくん……リーちゃん……リュー様……!」
この二十数年、共に過ごした者達の名を呟く。
もう、彼等は既におらず、そこにいたという証拠すら残っていない。
残っているのは記憶の中でだけ……何も残らない。
魔族に生まれた宿命ではあるが、レーベにとってはただただ残酷な現実であった。
分身が先程リュグナーを看取ったのを感じて、レーベの瞳から溢れる涙は止まる気配も見せない。
もっと、何か出来たかもしれない、そんな後悔がレーベの胸を穿っていた。
でも、仕方ない、リュグナーがタイトル回収した所までしか、レーベは覚えていないのだ。
主人公目線から見ていて、その時既に意識は朦朧としている中で、魔族達の名前なんて覚えていないし、内容もろくに覚えていない。
ただ、フリーレンという名前と、魔族は猛獣であり、駆除される対象だとという事、その辺りの事しか覚えていない。
故に、レーベは何もしなかった。
多少の変化はあれど、大筋を変える程の影響は及ぼせなかった。
それが、レーベの限界だった。
「はっ……はっ……アー、ちゃん……!」
だけど、けれどせめて残った一人は。
結末は見ていないし知らないけれど、きっとこのままでは最後の一人も殺されてしまう。
ならせめて、自分の妹分だけでも!
そう、レーベは心の中で叫び、走っていた。
――だが、そうするにはもう、遅過ぎた。
「"アウラ、自害しろ"」
「……ありえない……」
アウラは、自身の首に剣を当てる。
自慢の自分の魔法で、かけた相手に逆に支配されて。
フリーレンは視線すら向けない、もう終わったから。
「この、私が……」
ポロ、アウラの瞳から涙が溢れた。
その感情は、死への恐怖か、屈辱か……。
自身の首を切り裂く直前、その瞳が此方に向かって走るレーベを捉えた。
アウラは驚きに目を見開き……けれど刃が自分の首に食い込んだのを感じて、全てを諦めたように笑った。
「レーベ……お姉ちゃん……バイバイ」
それは在りし日の、アウラがレーベの力を勘違いしてた、ほんの短い間の呼び名。
アウラの脳裏にかつての記憶が蘇る。
自由な輩ばかりの魔王軍幹部が、この時ばかりは出席率が良かった。
レーベが定期的に開催するお茶会、円卓を囲むあの時間。
マハトがレーベに教わりながら茶を淹れて、グラオザームやソリテールはよく茶菓子を作るのを手伝っていた。
この時ばかりは弱音を吐くシュラハトを、クヴァールが諌めて、リヴァーレが笑い飛ばす。
ベーゼが、レヴォルテが、魔王軍の幹部それぞれに力量の差はあれど、この時だけは皆が純粋に楽しんでいた。
そして時たまに……魔王様すら参加していた。
(あの光景……もう一度見たかったわ)
そっと目を閉じたアウラの瞳から、もう一滴涙が流れた。
「アーちゃんっ!」
ザンッ
「……なんだ、もう一匹いたのか」
塵と化したアウラの死体の側で膝をつく魔族の姿に、フリーレンは静かに呟いた。
その魔族の手には塵が舞い、アウラの頭でも抱えていたのかもしれない。
魔族は俯いていて、その表情は見えない。
「確か、レーベと呼ばれていたね。クヴァールがお前には手を出すな、そう言っていたけど、理由に心当たりでもある?」
フリーレンは静かに問い掛ける。
だが、魔族は動きを見せない。
暫し待つも返答はなく、フリーレンは肩を竦めて杖を構えた。
「まぁ……いいけどね。やる事は変わらない」
フリーレンの構えた杖の先に魔法陣が現れる。
魔力が集い、光を放ち始めた。
そうして魔法を放とうとした時、目の前の魔族の口が微かに動いた。
「なんで……」
フリーレンは直ぐにでも魔法を放てるようにしつつも、言葉の続きを待った。
「なんで私から、何もかも、奪うの……」
レーベは、力無く地面に手をついた。
「私はただ……穏やかに、暮らしていたいだけなのに……」
ポロ、と大粒の涙が地面に落ちる。
「酷いよ……」
地面についた手を握りしめ、ポロポロと涙が溢れ続ける。
嗚咽を漏らすレーベの体は震え、その姿は悲しみに満ちていた。
そんな姿に、フリーレンは一瞬だけ面食らう。
けれど、即座に気を取り直す。
相手は、魔族だ。
言葉で人を欺く獣……そう自分に言い聞かせ、相手のそれを偽りだと切って捨てる。
……そのあまりにも真に迫った悲しみに暮れる姿に、かつての自分を幻視してしまったから。
先刻、アウラのせいでヒンメルの事を思い出していたせいもあるかもしれない。
だからこそ、フリーレンはその言葉を切って捨てる。
やる事は変わらない、変えてはいけないのだから。
「お前達が魔族である限り、私はお前達を殺し続ける。
……恨んでもいいよ、私がやる事は変わらない」
フリーレンはそう言い切って、魔法を放つ。
せめて苦しませないように、一撃で全て消し飛ばす。
「『
フリーレンの杖の先から、一条の光線が迸る。
その寸前に、目の前の魔族は顔を上げた。
涙と鼻水でグチャグチャの顔で、表情を恐怖に染め上げて、その魔族はフリーレンを見つめ返していた。
「……死にたくない……」
その呟きが、光線が当たる直前にフリーレンの耳に届いてしまった。
これは、暫く夢に見るかもしれない……。
胸の痛みを感じながら、フリーレンは顔をほんの少し歪め……。
ドンッ!
光線がレーベに炸裂した。
しゃく
誤字報告ありがとうございます!
修正しました。