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ピシッ……ピシッ
グラナト伯爵の屋敷の地下牢で、街の外の森で、外壁で、郊外の荒野で、何か割れるような音が響く。
地面を、床を割って、そこから何かが這い出てきた。
ピョコッ
飛び出してきたのは、青々とした植物の芽だった。
シュル……シュルルルルッ
それは顔を出した瞬間、直ぐに凄まじい速度で成長を始める。
あっという間にそれは、成人くらいの大きさの若木へと姿を変えてしまった。
そして……その中心、枝の一つが蕾をつける。
それはやがて花を咲かせ、実をつけ……それぞれ立派な果実を実らせた。
地下牢では緑色の、森の中では桃色の、外壁では赤色の、荒野では紫色の、リンゴのような果実。
ピカ、と人知れず輝いたそれらは、突然ぷつりと枝から外れ落下を始める。
果実が床、或いは床にぶつかった瞬間、その果実はまるで溶けるようにそのまま消えた。
それと同時に、若木は役目を終えたように急速に枯れていく。
やがてそれは塵と化し、その場から跡形もなく消え去った。
まるで何か掘り起こしたような、そんな跡が残るだけで、何もなかったかのように姿を消したのだった。
薄暗い、朝日が射し込む少し前の出来事だった。
「……リ……レ…………」
「……フ……さ…………」
「……フリー……ま……」
「フリーレン様!」
パチッ
フリーレンは、その声に引っ張られるように、目を覚ました。
何度か瞬きをして上体を起こし、キョロ、と辺りを見回す。
「あれ……私……」
「フリーレン様……地べたで寝るのはお止めください」
辺りを見れば既に朝日に照らされていて、フェルンとシュタルクが自分を覗き込んでいた。
近くには馬車があり、グラナト伯爵始め、数人の姿があった。
彼等は辺りに散乱する、首のない死体を確認しているようだった。
「……どうやら、寝ちゃってたみたいだね。おはよう」
「おはようございます。……アウラは倒したんですね」
アウラ、倒した、そこまで言われて、フリーレンは漸く意識を失う前の事を思い出す。
ペタペタと自分の体を触るも、硬い地面で寝ていたせいで少し固まってこそいるものの、痛みもなく五体満足。
辺りを改めて見回しても魔族の姿はない。
何故自分は生きているのか……釈然としない思いを抱えながらも、フリーレンはよろよろと起き上がった。
「うん……自分で思ってたより疲れてたみたい」
そして、二人と向き合った。
二人とも血を流し、怪我をしていて、ボロボロだった。
それでも、その表情にはやり遂げたという思いが滲んでいて、フリーレンはそんな二人が誇らしく、微笑みを浮かべた。
「フェルン、シュタルク。
よくリュグナー達を倒した。偉いぞ」
「……」
「へへっ」
フリーレンに褒められ、二人も嬉しそうに笑った。
そんな三人に、タイミングを見計らっていたのか、グラナト伯爵が声をかける。
「今、良いだろうか?」
そこでフリーレンは脱走してきた事を思い出したのだろう、少し身を固くした。
思えば朝には戻ると言っていたのに、呑気に寝こけてしまった……面倒な事になるかもしれない。
「あ、伯爵は全部不問にするってよ」
けれどシュタルクにそう言われ、その緊張をほどいて肩を下ろし、安心したように息を吐いた。
「アウラに操られていた英傑達……確認したがどれも大きな損傷はない。
激しい戦いだっただろうに、彼等に敬意を払ってくれたのだな?感謝する」
グラナト伯爵はそう言って、顎を小さく引いた。
そして礼もそこそこに、そのまま数人の部下と共に、死体の確認作業を再開させた。
長年の戦いによってアウラに全てを奪われた者達……それらの確認の為にまだまだ時間が必要なのだろう。
そんな様子を、フリーレンは少し不思議そうに眺めていた。
馬車で休むようにと言われたフリーレン達は、座りながらその様子を眺めていた。
「前はもっと派手にやっていたんだけどね、怒られたんだよね」
そう語るフリーレンに、シュタルクは当然と言った顔で返した。
「そりゃあそうだろうな。怒られて当然だ。俺だって怒る」
「ヒンメル様にですか?ヒンメル様はフリーレン様の躾がお上手ですね」
「……?」
その言葉にフリーレンは小首を傾げた。
「?どうしました?」
その様子にフェルンも首を傾げてフリーレンへと問い掛けた。
けれどフリーレンはその問いには答えなかった。
「いや、それにしても二人ともボロボロだね。
ボロボロじゃなければもっと格好良かったのにね」
「このくらい、戦士なら普通だぜ」
「普通ってなんだろう……」
そこでフリーレンは会話を終わらせ、二人から視線を反らして、そこら中に散乱する死体を眺めた。
結果的に上手くいったけれど、危ない賭けだった。
アウラの軍勢は実際の所脅威であったし、ああやって死体に気を使ったまま、戦い続けていればいずれ力尽きるのは自分だった。
なのに何故こんな回りくどい事をしたんだっけか。
「ヒンメル、ねぇ」
誰にも聞こえないような声で呟く。
「もうヒンメルはいないじゃん」
その声にも、その瞳にも、その表情にも、何一つ感情は浮かんでいなかった。
そんな冷たい瞳で、死体を丁重に扱うグラナト伯爵達を眺め続けていた。
フリーレンの胸の奥でほんの少しだけ、何かが疼いた。
「レーベちゃん」
トートは腕の中で未だに泣きじゃくるレーベに、優しく声をかけた。
レーベはそれに反応して、ゆっくりとその顔を上げた。
涙でぐずぐずのその顔は、同じ顔と思えない程に歪んでいた。
「ぐすっ……みんな、死んじゃいました……」
二人は抱き合いながら、至近距離で見つめあっていた。
「もう……だから言ったでしょ。外は辛い事ばっかりだって」
「でも……」
じわ、とまた涙を浮かべるレーベの頭を、トートは優しく撫でる。
「よしよし、可哀想にね……でも私が側にいれば大丈夫。
これからはアーちゃんなんかじゃなく、私が守ってあげる」
うるうるとした瞳で見上げるレーベは、不安げに首を傾げた。
「……本当、ですか……?」
「勿論、もうレーベちゃんが悲しむ事のない、そんな世界にしてあげる」
ニコリ、笑みを浮かべたトートは力いっぱいレーベの華奢な体を抱き締める。
その温もりと笑顔に、レーベも釣られて小さく笑みを浮かべた。
ポロリ、残った雫が瞳から流れ落ちてレーベの頬を伝う。
その笑みは、何処か疲れたような笑みだった。
「だから、お休みなさい」
それを知ってか知らずか、トートはそう言ってレーベを、強く、強く抱き締める。
二十数年、共に生きた仲間をいきなり全員喪ったレーベは、もう限界だった。
レーベの瞼はゆっくりと下がっていき、トートにその身を任せた。
「…………すー……」
やがて、レーベは安らかな寝息をたて始めた。
それを確認したトートは、起こさないように気を張りつつ、ゆっくりとその身を横たえさせ、自分の膝の上にレーベの頭を乗せた。
「いっぱい頑張ったね、レーベちゃん。……なのに
トートはレーベの頭を撫でて、悲しげに顔を歪めた。
「でも大丈夫。もう誰にもレーベちゃんを苛めさせない。
アーちゃん達も……ほら、ずっと一緒だからね」
そうトートが呟いた瞬間、目の前には4つのリンゴのような果実が宙に現れる。
緑色、桃色、赤色、紫色のリンゴはキラリと輝き、トートの手にそのうちの一つ、紫色のリンゴが収まった。
「残念なのは、アーちゃんをフリーレンが倒しちゃったから、
トートはゆっくりと辺りを見回す。
辺り一面、見渡す限り緑色に包まれた空間。
真っ直ぐに整形された形跡のある木や石を覆い尽くす、緑が溢れる空間。
少しずつ、森に飲まれていく、かつて拓けていた空間。
「いつかこの村みたいに、この星を緑で覆い尽くそうね、レーベちゃん」
そう朗らかに笑うトートの周りには、いくつもの若木が乱立している。
青々とした葉をつけた木は、静かにその葉を揺らす。
安らかに寝息をたてるレーベの側で、二回り小さな三本の若木が揺れていた。
「さて……と。それじゃいただきまーす」
若木に囲まれながら、トートは紫色のリンゴを掲げる。
日に照らされたリンゴは、キラキラと光を反射していた。
そのリンゴに、トートは静かに齧りついた。
しゃく
「うんうん……フリーレンは食べ損ねちゃったけど、全然美味しい」
しゃく
「強い、後悔と絶望の味……」
しゃく
「ああ……最高……♡」