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「一度だけチャンスをやる、好きな魔法を言ってみろ」
一級魔法使い、第三試験……。
大陸魔法協会を設立した、大魔法使いゼーリエ。
そのゼーリエその人との面接。
それが試験内容だった。
そして、今面接しているのはフリーレン、ゼーリエの人となりを知っているフリーレンはどうせ不合格になると諦めていた。
ゼーリエもそれを否定せず……けれど最後のチャンスとばかりにそう言い放っていた。
そんなゼーリエに対して、フリーレンは静かに返した。
「『花畑を出す魔法』」
「フランメから教わった魔法か。実にくだらんな。不合格だ」
「……そう」
フリーレンは特に何か言い返す事も無く、ゼーリエに背を向ける。
そんなフリーレンの姿に呆れたように言葉を紡ごうとした時、ゼーリエは違和感に気付いた。
「愚弄されたのに引き下がりも……いや、待てフリーレン」
「……なに」
フリーレンは足を止め、目だけを向け、ゼーリエを見返していた。
その瞳には感情は一切乗っておらず、ただただ静かだった。
「……お前、
「……?言ってる事の意味がわからないよ」
きょとんとした顔のフリーレンに、ゼーリエの目が細められる。
「自分で気付かないのか?お前……なんでその魔法が好きなんだ、言ってみろ」
「なんで……?」
フリーレンは首を傾げる。
何故そんな事を聞くのかわからなかったから、じゃない。
好きな、理由?
それが、わからなかったから。
『――君は僕に花畑を出す魔法を見せてくれた』
顔が塗り潰された誰かが言う。
名前は?声は?何故こんな事を思い出した?
「っ……」
フリーレンは思わず頭に手を当てる。
何?なんで私は花畑を出す魔法が好きなんだ?
フランメが好きだった魔法、だけど、でも、絶対にそれだけじゃない。
何かが、思い出せない。
ひどく胸が痛む。その理由もわからない。
『――生まれて初めて、魔法が綺麗だと思った』
姿の見えない誰かが言う。
その表情も、どんな姿してるのかも思い出せない。
男か女かすら、人かどうかすら。
川辺でハイターとアイゼンと休んでいた時の記憶、の筈だ。
でも二人の発言じゃない、二人はこんな事を言っていない。
「ちっ」
ゼーリエの舌打ちが小さく響く。
「な、な、なん……なん、で……?」
壊れたように呟くフリーレンの体がガタガタと震え出す。
額からは冷や汗が流れ、息が速くなる。
胸が、頭が、ズキズキ、ズキズキと痛んだ。
「わ、わたし、は……あなた、は」
『フリーレン』
「っ……!!!」
誰かが真正面から自分を呼んだ。
笑ってる?それもわからない。
その声に応えられない。
「……だ、れ……?」
絞り出すようにそう呟き……フリーレンの意識は薄れ、前のめりに倒れた。
……花の香りと柔らかなものに包まれる感触、それが意識を完全に失う直前に感じたものだった。
目を固く閉じた孫弟子であるフリーレンを、ゼーリエは静かに見下ろしていた。
先程の狼狽ようを思い出し、ゼーリエの眉間に皺が寄る。
自身の胸の中で気絶している同族は、ひどく苦しんでいたように見えた。
「精神魔法でも受けたか……?いや、こいつの防護魔法を今の魔法使いが抜けれるものか」
考えを纏める為に呟くも、すぐに否定する。
自分の好みではない上に、年齢にしては技術が甘い。
だが、積み重ねた年数は嘘をつかない。
フリーレンの防護を抜けれるような精神魔法を、今の魔法使いや身を隠し続けるような魔族が使えるとは思えなかった。
「呪いか……?だがそんな魔族がここより南で息を潜めているとは……」
思えんが、そう続けようとしたゼーリエの言葉を、何者かが遮った。
「教えてあげましょうか?」
ゼーリエは声のした方に視線を向ける。
ずっといた訳ではない、今この瞬間に現れた。
そいつは、花畑の真ん中で、静かに佇んでいた。
朗らかな笑顔を浮かべ、胸の前で手を組んだ女……。
白い鍔の広い帽子を被って隠してはいるが、ゼーリエにはそれが何者なのか一目でわかった。
「……わざわざ私の前に出てくるとはな、いい度胸だ」
フリーレンを抱く腕に力を込め、もう一つの腕をその魔族へと向ける。
「『
「あら、怖い。なら消される前にお話、せめて自己紹介でもしましょうか」
その女は、帽子を取るとそれを投げ捨て、ニコリと笑みを浮かべた。
肩まで伸びた水色の髪が舞い、その額には小さな角が生えていた。
ふわりと浮かんだ帽子は、小さく白い煙をあげて消えていった。
「私はソリテール、大陸魔法協会の設立者、大魔法使いゼーリエ様にお会い出来て光栄です」
ソリテールはスカートの裾を掴み、小さく礼をした。
その仕草に、ゼーリエは面白くないものを見たとでも言いたげに舌打ちを鳴らした。
「その動作は殺した人間から学んだのか?お前達の表面だけ取り繕った敬意には吐き気がする。話は終わりか?ならば、さっさと消えろ。私は今忙しいんだ」
ゼーリエの手に魔力が集う。
だがそれを見ても、ソリテールはなんら焦る事はなく、五指を口の前で合わせ、笑みを深めた。
「では消される前に。私の敬愛する、『腐敗の賢老クヴァール』から伝言です」
ピクリ
「なに……?」
ゼーリエの眉が跳ねた。
「『終極が目覚めた』『運命の岐路だ』『責任を果たせ』」
その言葉に、よりゼーリエの瞳が鋭くなる。
そして再度舌打ちが鳴らされた。
「ちっ……お前、意味がわかって言ってるのか?」
「いいえ、私は言われた言葉を伝えただけ。
クヴァール師匠の真意は私なんかには知らされてない。
こう言えばゼーリエは動かざるを得ない、とだけ。
意味を知りたくはあるけど、まだ死にたくはないもの」
賢明だ、ゼーリエは小さく呟く。
けれど、その手に集った魔力はそのまま、いざとなれば即座に目の前の魔族を消し飛ばせるようにしながら、ゼーリエは鼻を鳴らした。
「……そうか、なら話はそれで終わりか?」
「いいえもう一つ、フリーレンの事。それの説明……ついでに貴女に戦う理由を与えてあげる」
グシャ、グシャ
花畑の中心に突如として現れていたソリテールは、ゼーリエへと近付いていく。
その間にある色とりどりの花を踏み潰しながら。
「…………貴様」
ゼーリエが不愉快そうに顔を歪ませるも、ソリテールは気にした様子もなく言葉を紡ぐ。
「フリーレンは、『断頭台のアウラ』との戦いに勝ち、『豊穣のレーベ』に手を出し、『終極の聖女トート』を呼び覚ました……。
そこで
何かおかしかったのなら、きっとそのせいね。
でも感謝して欲しいわ、クヴァール師匠が止めなければ、きっと全て食べられていたわよ?」
その言葉に、ゼーリエは目を見開く。
手に集っていた魔力が霧散し、ゼーリエは慌てた様子でフリーレンの胸に手を当てた。
そして、何かに気付いたのか天を仰ぎ……苦虫を噛み潰したような顔で、再度舌打ちを鳴らした。
「ちっ……奴め、まだ生きていたのか……」
「どう?人には戦う理由が必要でしょ?フリーレンの異変は貴女の戦う理由になったかしら?」
ぐしゃ
また一つソリテールによって花が踏まれ、ゼーリエの目が一気に鋭くなる。
そして……その次の瞬間、音も無くソリテールの胸に穴が空いた。
「あら。流石ね、何もわからなかった」
胸の中心を大きく抉られたそれはどう見ても致命傷、けれど所詮は分身であるソリテールは、より笑みを深めるだけだった。
「いいだろう、口車に乗ってやる。だが、その後はお前達も始末してやる。覚悟しておけ」
「ええ、ええ。クヴァール師匠に良い報告が出来そうだわ。今度は落ち着いてお話したいわね。そうだ、長生きの秘訣なんかを教えて貰えると嬉――」
その言葉を言い終える前にソリテールの頭が吹き飛ばされ、その体は白い煙となって消えていった。
フリーレンを抱えたままのゼーリエは、続いて踏み荒らされた花畑へと手を向ける。
即座にそれは元の美しい花畑へと姿を戻し、ゼーリエはそれを見て満足そうに笑った。
そして小さく息を吐くと、幾分か険しさを失ったフリーレンの寝顔を眺めた。
そのままその場に胡座をかいて、フリーレンをそっと寝かせると、その頭を抱え込んだ。
「……バカな奴め。いや、運がない奴め、か……。
フリーレン……お前は、奴に何を奪われたんだ……?」
その顔にかかる髪を手で払ってやれば、少しむず痒そうに身動ぎをした。
「ヒン、メル……」
その呟いた言葉は、ゼーリエの耳にも届かなかった。
なお、その後第三試験は少し時間を置いて再開された。
その際、眼鏡をかけた受験者の分身の一つが、ゼーリエの八つ当たりで跡形もなく消し飛ばされるというハプニングがあったそうな。