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「よいっしょ、よいっしょ」
小麦色の肌の女性が、足元へと鍬を振り下ろしていた。
薄手のシャツに長ズボン、手拭いを首に巻いたラフな格好で、一振り毎に声を出す。
頭には麦わら帽子を被り、それを突き破って立派な角が顔を覗かせていた。
「ふぅー……」
やがて一段落ついたのか手を止め、首に巻いた手拭いで、額に額に滲んだ汗を拭う。
その表情は晴れやかで、微笑みを浮かべながらゆっくりと振り向く。
「よし、この辺にしておきますかぁ」
耕し終えた土地が予定よりも広くなってしまったが、誤差……でいいかと内心呟いた。
草木が僅かしか生えてない荒れ果てた土地を眺め、その光景に目を細める。
そして鍬をその場に立てて手を放すと、その身をしゃがみ込ませた。
「ん~~~~!」
手の平を合わせて目を瞑り、力を込める。
変な仕草を始める女性……魔族、レーベは、やがてその力を解き放った。
「ばっ!」
そんな気合いの声とともに、折り曲げていた膝を一気に伸ばし、合わせた手を天に向けて突き出す。
ポコポコポコッ
それに合わせて、荒れ果てていた地面から、青々とした新芽がいくつも顔を出す。
常識ではあり得ないその現象を見て……レーベは笑みを溢し、再度その身をしゃがみ込ませた。
「ん~~~~~~!」
同様に手の平を合わせて力を込め、唸り声をあげ。
「ぶあっ!」
再度解き放った。
ポコポコポコッ
シュルシュルシュルシュル
同様に新芽が顔を出し、それらが蔦となり、早送りを見ているかのような急成長を始める。
レーベはそれらを繰り返しながら歩き続ける。
荒れ果てていた筈の土地はみるみるうちに緑に包まれていき、様々な植物がその姿を現していく。
最初にレーベがいた場所では既に果実すら実り始めていた。
レーベはその様子をくるくると周りながら、笑みを浮かべて眺めていた。
植物がうねうねと大きくなっていく様子を、嬉しそうに笑って。
「ふふふん♪ふふふん♪ふふふん♪ふふふん♪」
鼻唄すら歌い始めるレーベが歩む度に、そこに植物が生い茂っていく。
それは……あまりにも異様な光景だった。
「ふふふん♪ふふふふふふふん♪ふふふん♪」
それでもレーベは高らかに歌う。
記憶の片隅に残っていた、前世の透き通るような歌を。
楽しくて仕方ないとばかりに、緑化した荒野だった場所を見渡し。
「『風の通り道』、か。懐かしいな」
ポツンと、小さな人影が立っている事に気付いた。
黒い衣に身を包んだその小さな影は、白い髪に山羊のような角を生やした、小柄な少年の姿をしていた。
「やや、クヴァくん!先日ぶりですね!」
クヴァくんと呼ばれた彼は、ある魔族の擬態である。
本来の『腐敗の賢老クヴァール』の一目で人外とわかる姿とは似ても似つかない、可愛らしい姿である。
「よぉ」
ギザギザの歯を見せてニヤリと笑うクヴァールに、レーベも嬉しそうに笑った。
ボサボサの短髪で、目付きは悪く、モデルとなった人物の名残か、何処か他人を見下している雰囲気を感じる。
「いや、その姿も懐かしいですね!確か……『めだかナントカ』の『雲仙ナントカ』くん!可愛いですねぇ!」
「めだかボックスの雲仙冥利だ。お前好きだったろ?」
目を細めて笑うクヴァールに、レーベもその笑みを深めた。
「そうでしたそうでした!はい!カッコ可愛いですよね!あれ、でも金髪じゃありませんでした?」
「アニメとマンガで何故か髪色違うんだよ」
吐き捨てるように言うクヴァールに、その話題にもさして興味があった訳でもないレーベは、話を変える。
「そうなんですねー。それで、どうしたんですか今日は?
そろそろご飯の時間ですし、食べていきますか?」
「いや、魅力的な提案だが遠慮しとくぜ」
「そうですか……残念ですねぇ」
それでもレーベはニコニコと笑う。
旧知の存在との会話、それだけで嬉しくて堪らなくて。
「トートはどうした?」
「ん?トートちゃんは今お休み中ですよぉ。
本格的に動くのが20年後になっちゃったので、ゆっくりしているらしいです!」
まぁ、あっという間ですね!と朗らかにレーベは答える。
寿命の長い魔族にとって数十年はあっという間だ。
更に言えばレーベは、
農業をしていればあっという間だ、とのほほんと笑みを浮かべていた。
そのレーベの様子を見て、クヴァールは俯き、小さく歯を食い縛った。
「……それ、止めないのか」
絞り出すようにかけられた言葉を、レーベはきょとんとした顔で切って捨てる。
「止めませんよ。これは私とトートちゃん、二人の悲願ですから。
奪われる事のない世界……理想的な世界。この世界は残酷です、人にも魔族にも。
だからこそトートちゃんと一緒に、穏やかに暮らせる日々を送れるように!」
両手を広げて、高らかに、レーベは言葉を紡ぐ。
笑顔のまま、心から嬉しそうに。
「全て、ぶち壊すってのか」
クヴァールの言葉に首を横に振る。
そんな事はしない、と。
「いいえ、いいえ!壊すなんて野蛮な。
別に世界を滅ぼす訳でもないですのに、大袈裟ですよぉ」
レーベはそう言って穏やかな雰囲気のまま、手の平を合わせた。
それに対して今度はクヴァールが首を横に振った。
「大袈裟なもんかよ、お前達がしようとしてる事は、この世界の根幹を変えちまうもんだぞ?
俺はそれを素直に享受出来るような、殊勝な性格はしてねぇんだよ」
クヴァールは呆れたように肩を竦めた。
レーベはその言葉に悲しげに眉を下げた。
旧知の仲である彼が自分を理解してくれない事が悲しくて、しょんぼりと肩を落とす。
「クヴァくんはわかってくれてると思いました……。
……まぁ、でも大丈夫!クヴァくんもずーっと一緒ですから!
その時が来るのを、楽しみにしてますね!」
けれど、とレーベは気を取り直し、クヴァールへとからりとした笑みを向けた。
「……そうかよ」
話は終わった、とでも言いたげにレーベは踵を返す。
旧知の仲であるクヴァールと険悪になりたい訳ではない。
後で頭が冷えて冷静になれば、また楽しい時間を過ごせるだろう。
そう思ってレーベはのほほんと、無防備に背中を見せた。
クヴァールはそれを見送る。
レーベは憑依転生者であるクヴァールにとって非常に貴重な存在だ。
前世での話題が話せる、唯一の存在、出来ればこのままぬるま湯のような関係を続けていきたかった。
レーベとトートが作り上げる世界は、実際に魔族にとってそこまで都合の悪い世界ではない。
大人しくしていればきっと、心の底から穏やかに日々を過ごせるのだろう。
永遠に。
「……ダメだな」
頭を振り、クヴァールはその手をレーベの背中へと向けた。
もう既に運命は転生者の手によって壊された。
ならばその運命を元に戻すのも、同郷の者としての役目だろう。
このままではこの物語は致命的な欠落が起きる。
それを見過ごした時……何が起きるか、見当もつかないのだ。
「レーベ、俺はお前達を止めるぜ」
クヴァールの手には魔力が集い、漆黒の魔力が空間を軋ませ音をたてる。
その言葉が聞こえたのか、レーベは足を止め、けれど振り向く事はなかった。
ただ、静かに、心底悲しげに一言だけ、静かに呟かれた。
「……残念です……」
ザンッ
「な、に……?」
その次の瞬間、クヴァールの体は何者かに切り裂かれていた。
分身であるクヴァールにとってそれは問題ではない。
だが、それを成した人物が問題であった。
「こいつは……」
その人物を視認したクヴァールは不愉快げに、けれど納得したように鋭い視線を向け……。
やがてバラバラにされた分身は解除され、白い煙と化したのだった。
それを見届けたその人物は手に持っていた剣を、ゆっくりと腰に納めた。
淡い青色の短髪が、静かに揺れた。
「……あいつ、やりやがったな……」
瞳を開き、現状を認識したクヴァールの本体は、ポツリと呟く。
目の前には凄まじい光景が広がっているが……最早躊躇っている時間もなかった。
「……シュラハト、これも全てお前には見えていたのか?南の勇者、全てお前の想定通りなのか?」
既にいない二人の見ていた未来は、誰も知らない。
果たして本当に上手く行くのか?彼等の見た未来へと辿り着いているのか?そしてそこに辿り着けるのか?
何度も何度も自問するも、答えは出なかった。
「やれるだけの事を、やるしかねぇ、か」
クヴァールは改めてそう心に決める。
既にレーベとは袂を別った。
かつての穏やかな時間を惜しみながらも、クヴァールは止まらない。
「ったく……とんだ貧乏くじだぜ」
今の自分の現状に自嘲してしまう。
封印から解放されたばかりなのに、まったく忙しない。
老骨には骨が折れるわい、と内心でぼやきながら、眼前に迫りくる脅威に対して、静かに身構えるのだった。