まぁ、仕方ないですねぇ……。自覚はあるので。
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一級魔法使い試験。
それを終えたフリーレン一行は、合格したフェルンの特権の授与を控えてはいるものの特に用事はない為、自由な時間を過ごそうとしていた。
フリーレンは折角魔法都市に来たのだから、と魔導書を見繕いに行くとの事で、フェルンとシュタルクとは別行動を取るつもりだった。
「……大丈夫なのですか?フリーレン様」
「何が?」
フェルンは心配そうに顔を歪めて問い掛けるものの、フリーレンはその意図が読めず、首を傾げた。
「最近……なんだか調子が悪そうです。ゼーリエ様との面接の時も倒れていましたし……」
「大丈夫だよ。ゼーリエも大袈裟なんだよ。念の為にとか言われてしっかり調べて貰ったけど、なんともなかったんだから」
フリーレンは呆気からんとした様子で返すも、フェルンの眉は下がったままだ。
「ですが……」
「なんだかんだ試験は大変だったし、二人で息抜きしてきなよ。私も好きにさせて貰うから」
話は終わったとばかりに視線を切り、フリーレンは歩き出してしまう。
その有無を言わさない態度に、フェルンは手を伸ばすも、声をかける事までは出来なかった。
パタン
扉が音を立てて閉じて、フリーレンの姿は見えなくなってしまう。
悲しげに閉じた扉を見つめるフェルンを見て、シュタルクもまた眉を寄せていた。
「どうしたんだろうな、フリーレンの奴。本当に最近変だよな?……まぁ、フェルン程付き合い長くねえから、勘違いかもしれないけどよ」
「いえ、私もそう思います。明らかにフリーレン様の様子はおかしいです……」
フェルンはフリーレンのここ最近の態度に、どうにも違和感が拭えなかった。
元々感情豊かではなかったにしても、あまり笑う事がなくなったし、何処か空虚な雰囲気を感じていた。
「まるで、フリーレン様の心にポッカリと穴が空いてしまったような……。私達との旅なんてなかったかのような……、なんだか、とても寂しいです」
胸に手を当て、フェルンは悲しげに呟く。
シュタルクはそんなフェルンの肩を叩き、小さく笑みを浮かべた。
「……きっと大丈夫だ。直ぐに元のフリーレンに戻ってくれるさ」
「シュタルク様……」
優しげにフェルンを見つめるシュタルクの瞳にも、隠しきれない寂しさが浮かんでいた。
それでも、自分を慰めようとしてくれるその優しさに、フェルンは少しだけ救われる気分だった。
肩に乗せられた手に自らの手を重ね、小さな微笑みを返した。
「とりあえず甘いもんでも食いにいこうぜ」
「はい」
二人は微笑みを浮かべたまま、ゆったりとした空気で街に繰り出すのだった。
魔導書をいくつも購入したフリーレンは、街中の適当な場所で座り込み、早速読もうと本を広げていた。
そんなフリーレンの目と鼻の先で、老婆が籠のリンゴを地面へと落としてしまっていた。
ちら、とその光景に視線を向けたフリーレンだったが、直ぐに興味を無くしたように魔導書に視線を向け……。
そして、それすらもパタリと閉じてしまった。
魔導書を読む時はいつもワクワクとしていたし、これらもそうなるだろうと思って購入した筈だった。
けれど、何故か……どうにも心が動かなかった。
これなら、あの老婆を助けたほうがいい気分になったかもしれないけれど……それすらもフリーレンにはどうでも良いと感じていた。
山と積まれた魔導書の横に座りながら、なんだか酷く空虚な気持ちでフリーレンは天を仰いだ。
その隣に、ファーコートを羽織った白髪の男性が無遠慮に座った。
「あれを無視はねぇだろ」
男性の名はヴィアベル、フリーレン達と共に、今回一級魔法使い試験を受けた受験者であり、フェルンと同じ合格者である。
ヴィアベルは老婆が落としたリンゴを籠へと戻した後、フリーレンへと苦言を呈しにきていた。
「私だって、少しは悩んだよ」
フリーレンは視線を向ける事もせず、ぼうと空を見上げていた。
「少しだけかよ。何もしてねえのに」
呆れた、と言外に言い放ち、ヴィアベルは言葉を続ける。
「意外なもんだな。勇者ヒンメルの仲間ならもっと、気軽に誰でも助けてそうなもんだけどな」
「……?」
ヴィアベルのその言葉はフリーレンの耳に正しく届かない。
フリーレンは首を傾げ、思わずヴィアベルを見返した。
「……よく、わからないけど、むしろ私の方が意外だったかな。第一次試験でフェルン達の事殺そうとしてたんでしょ?人助けするようなイメージはなかったんだけど。フェルン言ってたよ、犬とか蹴っ飛ばしてそうだ、って」
不思議な違和感を抱えながらも、フリーレンは話を少し変える。
面と向かってあまりにも失礼な事を言い放つフリーレンだが、ヴィアベルは気にした様子も見せなかった。
「まぁ、よく言われる。だがまぁ……それは単なる脅しだよ。一人……殺してたほうが後の世の為になりそうな奴はいたけどな」
ヴィアベルは語る。
自分は故郷の村を守る為ならなんでもすると。
一級魔法使いになろうと思ったのもその一環、特権で貰える魔法で魔族を更に殺す為。
強い魔法があればもっと魔族を殺せるから、と。
でもな、と少しだけ表情を緩めて、ヴィアベルは言葉を紡ぐ。
「それと関係ない場所でも、困ってる奴がいたらなるべく手を差し伸べるようにしているぜ」
「それは……どうして?」
ヴィアベルはその問いに少しだけ呆気にとられた。
不思議そうに首を傾げるフリーレンは、その情動がわからなかった。
「おいおい……あの勇者ヒンメルのパーティだったくせに、そんな事聞くのかよ」
少し困ったように、けれどうっすらと笑みを浮かべてヴィアベルは言葉を続ける。
ヴィアベルは語る、始まりは勇者の輝かしい冒険譚に憧れたからだと。
千鏡の塔の攻略、七崩賢不死なるベーゼ、皇獄竜との戦い。
けれど、北の辺境にある自分の生まれた村の老人達が語る話は、そんな栄光とは程遠い話。
村を襲った魔物を倒し、商人の護衛をし、果ては荷物持ちなんていう、誰でも出来る、てんで大した事のないつまらない話。
「けどな、そんなくだらない冒険譚がなけりゃ、世界は平和になっても俺の村はとっくに無くて、俺もここにはいなかったんだろうぜ」
「……そう……結局、何が言いたいの?」
そのフリーレンの言葉は、微かに震えていた。
「俺をここまで連れてきたのは、勇者ヒンメルのくだらない冒険譚だ」
何処か誇らしく告げるヴィアベルの表情は満足気だった。
フリーレンはそれに対して、理解出来ない言葉を理解しようとして。
何故か酷く疼く胸に手を添えた。
「俺が言いたいのはそれだけだ。……少し、長話になっちまったな」
ふと前を見れば、家と家の間から二人の男女が顔を覗かせていた。
女性はエーレ、男性はシャルフ、二人も今回一級魔法使い試験を受け……けれどフリーレンと同様に三次試験で不合格となった魔法使いだ。
一次試験、二次試験共にヴィアベルと行動を共にしていた二人だったが、終わってもこの三人の交流は続くらしい。
「結局、あいつらと一緒に帰る事になっちまった。フリーレン、出会いは大切にしろよ?今生の別れってのは何も死別だけじゃ――」
そう言って最後に会話を締めるつもりだったヴィアベルは、フリーレンの方を振り向いて、ギョッと目を見開いた。
ぽろ、ぽろ……
フリーレンの瞳から、大粒の涙が溢れていたからだ。
「お、おい!?どうした!?どっか痛むのか?」
ヴィアベルは慌ててフリーレンの前に跪いた。
手を右往左往させ、体を動かし、フリーレンの体に異常がないか覗き込む。
やがてエーレとシャルフも異常に気付き、此方に駆け寄ってきていた。
「ヴィアベル、どうしたの?アンタがこんな小さな子泣かせる趣味があるとは思えないけど……」
「わかんねぇ、突然泣き出したんだ。エーレ、わりいけど、教会まで運んでくれねぇか?こういうのは専門家に任せるに限る」
「同感だ。俺達が担ぐ訳にもいかないからな……」
「仕方ないわね……フリーレン、私におぶさって……」
その三人のやり取りを、涙を流しながらフリーレンは呆然と眺めていた。
互いに気の知れた、自然なやり取り。
そして三人とも善良で、優しく手を差し伸べようとしている……。
フリーレンの記憶が刺激される。
『ヒンメル、俺達は一刻も早く魔王を倒さねばならん。こんな小さな人助けになんの意味がある?』
掠れた記憶の底から、アイゼンの言葉が甦る。
それに対して返答したのは……。
『確かに小さな人助けだ。きっとこんな事をしたって世界は変わらない……。でも僕は目の前で困ってる人を見捨てる気はないよ』
誰?
ダッ!
「あっ、おい!フリーレン!」
フリーレンは訳も分からず、その場から逃げ出した。
隣に積んであった魔導書が音をたてて崩れ、エーレとシャルフは思わずそれに手を伸ばして受け止めていた。
そして、ヴィアベルの制止の声も聞く事なく、フリーレンはその場から一心不乱に逃げ出したのだった。
何故か痛む胸に顔を歪め、止まらない涙に困惑し、思い出せない焦燥感に焦れて。
何か、何かとても大事な何かを忘れている。
それが何かわからなくて、それでも自分の心の中で何かが、それは必要なものなんだと叫んでいて。
ぎゅう、と痛む胸の前で手を握り締めても、胸の奥から轟く痛みは無くならない。
「はっ……はっ……はっ……はっ……」
荒く息を吐いたフリーレンは、気付けば人気のない場所で膝に手をついていた。
ただがむしゃらに走ったせいで、ここが何処かはわからない。
いや、そんな事よりも。
「はっ……魔導、書……はっ……」
折角購入したのに、と置いてきてしまった魔導書に少し思いを馳せるも……その執着心も直ぐに霧散してしまった。
今、フリーレンの胸に残るのは、今のままではいけないという、漠然とした焦燥と不安だけ。
理由も理屈もわからない、原因もわからない、記憶にもない。
その思いに苛まれ続け、答えの出ない自問を続けていたフリーレンは、壁に力なくもたれかかった。
「はぁあああぁぁぁ…………」
意識して深く息を吐き出してから、ゆっくりと、たっぷりと息を吸う。
そうして、少しずつ息を整えたフリーレンは、壁に背を預けて、空を見上げた。
いつの間にか一部が朱く染まり始めた空を見上げて、フリーレンは未だに溢れてくる涙を手で拭う。
自分の感情が自分で制御も理解も出来ない。
ただただ流れる涙を拭い続けるしか出来なかった。
「私……どうしちゃったんだろう……」
まるで、何かが抜け落ちたかのように胸にポッカリと穴が空いてしまったようだった。
自分の記憶すら信用出来ない。
私は、何を忘れているのだろうか……?
ずりずりと力なくその場に座り込んで、朱く染まる空をただただ見上げて。
それで答えなど出る筈もないのに。
空虚な思いを抱えたまま、フリーレンは空を見上げ続けていた。
「教えてあげましょうか?」