「……お前が私に会いたいだなんて、どういう風の吹きまわしだ?」
「そっちこそ。断られると思ってたのに」
一段高い玉座の上、膝を立てて座るゼーリエは、フリーレンを面白そうな表情で見下ろしていた。
「まあ、私もお前に用があったからな……」
「ゼーリエが、私に?」
それこそどういう風の吹きまわしだろうか、との言葉は飲み込んだ。
今のフリーレンにとって、最も大事な事は失った
その方法を、可能性をゼーリエならそれを知っているかもしれない。
そんな相手をわざわざ不愉快にさせる意味はない。
フリーレンの思いを知ってか知らずか、ゼーリエはニヤニヤとした笑みのまま口を開いた。
「ああ、だが先にお前の用件を聞こう。私は寛大だからな。言ってみろフリーレン」
本当に子供みたいな人だ、との言葉はまた飲み込んだ。
そんな事よりも、自分の胸にポッカリと開いた穴、その手掛かりを得る事が最も大事だからだ。
フリーレンは胸に手を当てて、ゼーリエを真っ直ぐ見据えた。
「レーベという魔族と、『
「ほう」
立てた膝に肘を乗せ、頬杖をつきながら、ゼーリエは声を漏らした。
素直に言葉にした事に感心しているのか、頼ってきて事に驚いているのか……彼女の内心を察する事は出来ない。
「……いいだろう。教えてやる。『
「……人類にはいなかった……?」
ゼーリエの言葉に聞き逃せない違和感を覚えたフリーレンは、思わず聞き返していた。
それも当然だろう、人類を救った魔法にも関わらず、人類の使う魔法ではないと言うのだから。
「ああ。『
「呼ばれた……? ……もしかして、同じ聖女を冠する大魔族、『終極の聖女トート』と、何か関係あるの?」
フリーレンの問いに、ゼーリエの頬がつり上がった。
「ほう、勘が良いな。かつて『豊穣の聖女』として祀りあげられていたレーベがとある国に裏切られた時、目覚めたのがトートだ。トートはその国を滅ぼし、その全てを緑で覆い尽くした。……トートはレーベであり、レーベはトートだ。壊れたレーベが生み出した別人格なのか、元々がトートだったのか、それはわからないが……『豊穣』を傷付ければ『終極』は目覚め、世界を滅ぼす……その言い伝えが『大魔族終極の聖女トート』として現代に伝わっている形だな」
「レーベ……『豊穣の聖女』という名前、私にも覚えがない。そんな話、聞いたこともない」
「当然だ。お前どころかお前の親でさえ産まれていない頃の話だ。レーベの名が伝わっていないのは……それだけトートを恐れたのだろうな。得体の知れない超常的な存在……何処に逆鱗があるかわかったものじゃない。故に『豊穣の聖女』は忘れ去られ、奴は何処とも知れぬ場所で人知れず朽ちていく……奴は活発ではあるが活動的ではなかったからな、安住の地があれば、日々の生活に困らないのであればそこを飛び出す事はない……私はそう思っていたし、そうなるのだと思っていた」
「……違ったの?」
「ああ……どうやら私が知らぬうちに、奴はかの魔王に接触されていたらしい。そして……配下として食糧の生産を担当していたんだろう。どう誘われたかはわからんが……どうせ甘い言葉で唆されたのだろうな。奴はお人好しの考えなし……ただ自分の作り出す作物が人の為になればなんて――」
「……レーベをよく知ってるような口調だ」
咄嗟に、ゼーリエは口元を掌で覆った。
半分開いた瞳が、僅かに揺れる。
「ゼーリエは……レーベを……いや、レーベと交流があったんだね?」
確信したようなフリーレンの言い方に一瞬顔を上げるも、ゼーリエは肩を落として僅かに頷いた。
失言だった、と言外に溢しながら言葉を紡ぐ。
「……私が、この私がまだ自分を若造だと思っていた時に……会ったことがある。自分を省みず他人を救う、私には理解の出来ないバカだったよ。……まあ昔の事は良い。お前が聞きたいのはそんな事じゃないだろう?」
『ゼーちゃん』
未だに耳に残る声を振り払うように、過去を誤魔化すように、ゼーリエは首を一度横に振った。
そうして向き直れば、フリーレンは胸に手を当てながら、真摯な表情でゼーリエを真っ直ぐ見つめていた。
「……私は『
言葉を紡ぎながら、フリーレンは顔を俯かせた。
ズキズキと、理由のわからない胸の痛みを感じて。
そんな孫弟子を、ゼーリエは一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情で見つめていた。
「……魔法はイメージの世界だ。本人がイメージ出来ない事は、けして出来ない。だが……逆説的に言えばイメージさえ出来ればなんでも出来るという事でもある。奴等の『
そんなバカなと、反射的に顔をあげたフリーレンだったが、ゼーリエの有無を言わさないとばかりの表情に、口を開きかけた閉じた。
「気持ちはわかる。そんなものは理論上の話だ。それどころか屁理屈の領域だ。現実は違う。普通は何処かで線引きしてしまう。『そんな事、出来るわけがない』と……」
ゼーリエはそこで一度言葉を切り、目を瞑った。
「だが、奴等は違う。奴等には常識がない。良くも、悪くもな。……『実らせる』という事象を拡大解釈し、寸分違わぬ分身を何処にでも『実らせる』事ができ、性質を把握していればどのような生物だろうと複製を『実らせる』事が出来たし、どんな不毛な大地も、例え岩山だろうと、海だろうと緑で覆い尽くす事が出来る……対象が、生物でも、だ」
ビクリ、フリーレンの肩が揺れる。
ゆっくりと頷いたゼーリエは、瞳を開いた。
「そして恐ろしい事に……記憶、経験、感情……それすらも1つの果実として奴等は『実らせる』事が出来た。当然実らされた者は全てを失う……。どんなイメージをすればそんな芸当が可能なのか、私にはわからなかったよ。……そもそも『
「……!」
最後の辺りは良く聞こえず、頭痛がフリーレンを苛んだが、それよりも気になったのはその前の言葉だ。
話の内容は恐るべきもの……フリーレンは勿論、滅茶苦茶な魔法の効果にその実を震わせていたが……そんな事よりも、とすがるようにゼーリエへと視線を向けた。
「解析……! それなら、ゼーリエが解析したのなら……ゼーリエ程の魔法使いが解析したのなら!」
私を、なんとかする方法が……!
奪われた
祈るように、すがるように、思わず一歩踏み出してしまう程に心揺さぶられている様子のフリーレンを見て、ゼーリエはその無表情のまま、ゆっくりと口を開いた。
「それは――――」
ズゥンッ……!
その瞬間、地響きと共に辺りがグラリと揺れた。