とはいえそう更新速度は速くはないですが……。
もう後は最終章だけなので、終わらせてしまおうかと。
お楽しみいただければ幸いです。
「ゼーリエ様!」
ゼーリエとフリーレン、二人が向かいあっていた部屋に、一人の男が飛び込んできた。
老人と言える年頃の男性の名は、レルネン。
一級魔法使いの中でも指折りの実力者であり、常に余裕の絶やさない弟子の珍しく狼狽える姿に、ゼーリエは顔をしかめた。
「どうした、何があった?」
先程の揺れと無関係ではないだろう、言外に問われた言葉に、レルネンは一度大きく息を吐いた。
自分自身の気を落ち着ける為に数度呼吸を繰り返し、その口を開いた。
「オイサースト郊外に突如……魔族の集団が現れました」
「……なんだと?」
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「はーい、到着! みなさーん、暫くはここで待機ですよー。さて、まずはキャンプの準備といきましょう! 楽しい楽しいキャンプですねぇ! 夜になったらキャンプファイアーでもやりましょうか! 楽しみですねぇ」
オイサースト郊外、そこでは無数の人影が忙しなく蠢いていた。
その中で一人、笑みを振り撒く女魔族が簡単な指揮をとっていた。
女魔族……レーベは麦わら帽子を被って目を細め、辺りを見回している。
「うーん……テントはあの辺りでー……キャンプファイアーはこの辺りに用意しましょう! 簡易キッチンはこっちで、あ、食糧はこのへんにお願いしまーす!」
ニコニコ、ニコニコと。
何が楽しいのか、面白いのか、ずっと笑っていた。
「さてさて、今日の晩御飯はどうしましょうか。やはりキャンプと言えばカレーでしょうか。おっきなお鍋を用意しなくちゃいけませんね! 美味しい美味しいカレーにしましょうねぇ」
掌を合わせて微笑んで、首を傾ける彼女は、傍目にはとても楽しそうに見えた。
「あ、そーだ」
不意に、レーベは手の平をポンと叩いた。
その声に簡易キッチンを設置中だったリーニエが、その手を放してクルリと振り返った。
「うがっ」
「どうしたのレーベ。忘れ物?」
共に巨大な鍋を運んでいたドラートが、突然増えた負荷にくぐもった悲鳴をあげていたが、二人がそれを気にする事はなかった。
「ちょっと昔の知り合いに挨拶しなきゃと思いまして。ちょっと行ってきますね! 設営はお願いしまーす!」
そう言うやいなや、レーベはひらりと身を翻した。
軽やかな足取りで、眼下に見える都市へと、駆けていく。
「そう……いってらっしゃい」
リーニエはそれをひらひらと手を振り、見送っていた。
「あっ」
ある程度進んだ所でレーベは突然立ち止まり、リーニエへと振り返った。
「そう言えばおやつ用意していたので、設営終わったらみんなで食べて良いですよ。今日のおやつはフレンチトーストです! ベーくんに頼んで保温して貰ってるので、きっとまだほかほかの筈です! おいしく食べててくださいねぇ!」
笑顔でブンブンと手を振るレーベへと、リーニエも手を振り返した。
心なしか、その手の振りは早くなっているようだった。
やがてレーベは満足したように踵を返し、また目の前の都市に向けて駆けていくのだった。
「……リーニエ……! 早く、戻ってきて……手伝えぇ……!」
「ドラート、だらしない。そのくらい一人で抱えてよ」
「一人で持つなら……最初からそれなりの抱えかたをするんだよ! これは、お前が突然手を放したからだろうが……!」
「……知ーらないっ」
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「止まれ」
都市の手前、水上にかけられた巨大な橋に辿り着いたレーベを制止する声が響いた。
その声のする方をキョトンとした顔で見返したレーベは、声の主を視界に入れた瞬間顔を綻ばせた。
「わぁっ、こんにちはゼーちゃん! お久し振りですね! 元気でしたか?」
レーベは手を合わせて嬉しそうに笑みを浮かべた。
ニコニコと擬音がつきそうな程の笑顔に対して、ゼーリエは苦々しい顔つきで睨み返す。
「ああ……」
「いやぁ、本当に久し振りです! かれこれ……えーっと……何年前でしたっけ……忘れました! でもお元気そうで何よりです!」
そんなしかめっ面のゼーリエを意に介した様子もなく、レーベはハキハキと嬉しそうに言葉を紡いでいた。
「……何をしに来た? 貴様は南の勇者との約定で人類に危害を加える事を禁じられていたんじゃなかったか?」
レーベは体を揺らし、頭を傾けた。
「そうみたいですね! でもそれは、『私が害されなければ』の話ですから! 私、攻撃されたんですよ、しかも家族同然に暮らしていたアーちゃん達も殺されてしまったんですよ。大事な、家族だったんです……だから」
そこで一度言葉を切ると、細めていた瞳を僅かに開いた。
「なんでしたっけ、下手人の……フリーレン? でしたっけ? ここにいるのはわかってるので、引き渡して貰えませんか? そうしたら、ここで楽しくキャンプした後、大人しく帰りますので!」
誰にも迷惑はかけません!
さも名案だと言うように、レーベは笑顔で言い切った。
その言葉に偽りはないのだろう、レーベにとっては。
人の住む街の直ぐそばに大勢の魔族がいるだけで、人々にとっては気が気ではないのだが……それはレーベにとってはどうでも良い事なのだろう。
だからきっと、人々の精神的苦痛を考慮しなければ、その言葉通りフリーレンを引き渡せば、大人しく帰るのだろう。
ゼーリエの感情を、何も考慮しなければ。
「断る」
「…………」
レーベが、笑顔のまま固まった。
手を合わせ、笑顔を浮かべて頭を傾げた形で、ピタッと。
「まず、私がお前にフリーレンを渡す義理がない。次に、魔族であるお前の言う通りにするのが癪だ。ついでに、私にお願いする態度が不愉快だ。そして何よりも……」
腕を組み、不愉快の色を隠しもせず、ゼーリエは言葉を並べる。
レーベを見下し、不敵な笑みを浮かべて。
「
「……………………」
「わかったら、さっさと失せろ。貴様に渡すものは何一つない。世界が終わるその時まで、延々と独りで農業でもしているが良い。貴様にはそれがお似合いだ」
フン、とゼーリエは鼻を鳴らした。
レーベは、口を閉ざしたまま、固まったままだったその笑顔を……僅かに歪ませた。
やがて弧を描いていた瞳が、ゆっくりと開かれていく。
同時に口元の笑みが消え、合わせていた手が、ブラリと垂れ下がった。
「どうして、そんなひどいこというの」
ズンッ
開いた瞳が、開いた口が、黒く染まる。
それはまるで、漆黒の穴のようだった。
同時に発せられる、ドロドロとした不愉快な気配と共に、レーベの足元の草が、異常な速度で成長を始める。
まるで出来の悪い早送りのように成長していく植物達は、レーベとゼーリエ……二人を遮る……街を守る障壁にその蔦を這わせていった。
「ふんっ……図星を突かれて本性を見せたか……貴様の底の浅さを表してるようだな」
ゼーリエはなおも煽るような言葉を口にするが、その内心は決して余裕ではない。
額には冷や汗が滲み、ねっとりとした気持ちの悪い気配は、そこにいるだけで膝を折りそうな程に気分が悪くなる。
それでも……。
「……どちらにせよ、フリーレンは、渡さん」
孫弟子を差し出す真似だけはしない。
孫弟子を深く傷付けた、こいつにだけは。
此方を見るゼーリエから何かを感じ取ったのか、レーベはガクン、と首を下ろし顔を俯かせた。
それと同時に植物の成長が止まる。
幅の広い橋を覆いそうな程に広がっていた植物達は、しゅるしゅると元に戻っていく。
「えへ、わかりましたぁ」
やがて顔をあげたレーベは、先刻の事がなかったかのように、元通りの笑顔を浮かべた。
雰囲気も元通り、先程一帯を包み込んだドロドロとした気持ちの悪い気配は鳴りを潜め、朗らかにすら感じるような、陽気を纏っていた。
だからこそ、気色悪い。
ゼーリエは内心でそう吐き捨てた。
「じゃあ、この街ごと、いただきますねぇ」
レーベは、なんてことないように、ただ日常を謳歌するような気軽さで口にした。
ニコニコ、ニコニコと擬音がつきそうな笑みを浮かべた表情で。
笑みの奥、瞳の奥……黒く染まった光のない瞳が、感情の感じられない目が、じっとゼーリエを見つめていた。
「じゃあ、そういう事で! ゼーちゃん、また明日!」
ポンッ
その瞬間、レーベの姿は白い煙となってかききえた。
残るのは、異常で歪な成長を強制され、歪んだ形に変えられたいくつかの植物達だけだった。
「明日、か。ふん、勝手な奴だ」
クルリ、踵を返したゼーリエは、ペタリペタリと音をたてて歩いていく。
「……全員召集、全員参加、強制だなこれは。渋る奴もいるだろうが……」
ピシッ
突如、ゼーリエの背後で空間に亀裂が走った。
「だがまぁ……これを見れば誰もが危機感を抱くだろうさ」
ビキビキビキビキッ!
その亀裂はみるみるうちに遥か上空まで広がり、やがて……。
「……本当に、不愉快な奴だ」
バキャァアアアアン!!!
ポンッ
オイサーストを守る障壁が、ゼーリエの作り出した結界が、砕け散った。
同時にゼーリエの姿も、白い煙となって消える。
後には、ただ無防備な都市が、魔法都市オイサーストが佇んでいた。
何処か、その街の雰囲気を暗いものにして。