フリ魔転生!~穏やかに暮らしたい~   作:如月SQ

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始め

 翌日早朝、オイサースト郊外。

 それは、音もなく突然現れた。

 

 朝日に照らされたそれは、紛れもなく、双方の皿に乗せた重さを比べる、誰でも知っているような一般的な道具だった。

 

「……なんだありゃ……天秤……?」

 

「デカ過ぎるでしょ……あんなもの、いつの間に……?」

 

 郊外に突如現れた魔族勢力。

 野営……いや、キャンプをしている彼等を監視する任に就いていた二人の男女は、明朝に突然現れたそれを呆然と見上げていた。

 

 つい先程まで何もなかった場所に、気付けば聳えたっていた謎の天秤。

 あまりにも巨大な天秤の左右の皿は、人が百人はゆうに乗れるくらいの大きさだった。

 いつ、誰が、どうやって作り出したのか、皆目検討もつかない。

 当然、それが何の為に作り出されたのか、二人は知るよしもない。

 

 警戒心を滲ませながら、取り敢えず報告をと女が踵を返そうとした瞬間、天秤のすぐそばから凄まじい魔力が立ち昇った。

 二人はその凄まじい魔力に反射的に身を固く……その場で硬直した。

 してしまった。

 それが、運命を分けた。

 

「『服従させる魔法(アゼリューゼ)』」

 

 二人の胸から灯火が……魂がふわりと飛び出し、目にも止まらぬスピードで片方の天秤へと吸い込まれていった。

 直ぐに見えなくなってしまった二つの魂と、その反対側の皿に腰掛け、此方を見下ろす人影……。

 それを見て、男のほうが、あ、と声を漏らした。

 その姿に、唱えられた魔法に覚えがあったからだ。

 だが、同時にそれは有り得ない事でもあった。

 アレは、あの魔族は既に、倒された筈なのに、と。

 比較的小柄な体型に桃色の髪、魔族の特徴である大きな角……そんな女が、足をプラつかせて不敵な笑みを浮かべて見下ろしていた。

 

「『断頭台』のアウラ……何故……! 奴が……!」

 

 男が目を見開き悲鳴のような声を漏らした瞬間、もう全ては終わっていた。

 

ガシャンッ!

 

キィイイイイイイインッ

 

 天秤がアウラの座る皿の方へと音を立てて傾き、同時に、二人の意識は圧倒的な力に呑まれ、闇に包まれていった。

 

 ただ立ち尽くしている様子の男女を、アウラは満足そうに眺めた。

 戦争、レーベはそう言ったが、自分にかかれば戦争の体にすらならないだろう。

 残念ながら害する行為が禁じられている為に、いつものようにアンデッドには出来ないし、戦力として使う事も出来ないが……服従させる魔法(アゼリューゼ)で支配した相手を棒立ちさせておくくらいは容易い。

 

「さ、こんなくだらないお遊びは、さっさと終わらせましょう」

 

 巨大な天秤の皿の縁で足を組み、アウラは笑みを深めた。

 後はただ無造作に、木偶の坊を増やしていくだけ。

 それだけで後は消化試合……仮に足掻こうとも、戦い続ければ消耗し、消耗すればするだけ服従させる魔法(アゼリューゼ)に抗えなくなる……。

 抗う者すらいなくなれば、目的を果たすのも容易となるだろう。

 

「『服従させる魔法(アゼリューゼ)』」

 

 本命にだけ使わなければ良い……それ以外の全てを服従させてそれでおしまい。

 もう片方の天秤の皿に街の方から飛んできた灯火が次々と乗せられていくのを、アウラは微笑みながら頬杖をついて眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「っ……! やってくれたな!」

 

 早朝から突如始まった、あまりにも効果的な先制攻撃にゼーリエの表情が歪んだ。

 

「このままただやられる訳にもいかん……すぐに全員叩き起こせ! 即座に出るぞ!」

 

 身支度すらしていない、所々に寝癖のついた髪を梳かす時間も惜しいとばかりに、ゼーリエは早歩きで廊下を闊歩していく。

 

「既に服従の魔法を受けてしまった彼等はどうしましょうか? 解放出来なくはありませんが……」

 

 その言葉にゼーリエは暫し逡巡した。

 服従させる魔法(アゼリューゼ)は非常に強力な魔法であるが、いくつか弱点とも言える、つけいる隙が存在する。

 

 意志が強い者が服従させられた場合、術者の命令にある程度抵抗する事が出来る。

 それで魔法が解ける訳ではないが、術者の思い通りに扱う事は出来ないだろう。

 また、服従させる魔法(アゼリューゼ)からの解放も可能だ。

 現に先日フリーレンがアウラと相対した時は、アウラが操っていた兵隊を幾人も解放していた。

 ただし、それ相応の時間と、魔力が必要であるが……。

 

 問い掛けてきたゼンゼの、服従させられた者達を案ずる様子を伺い、首を横に振った。

 

「……いや、放っておけ。時間と魔力が惜しい」

 

「……わかりました」

 

(すまないな)

 

 残念そうに僅かに俯くゼンゼに、ゼーリエは心の中で詫びる。

 優しい子であるゼンゼにこの決定は酷である自覚はありつつ、そこに配慮する余裕は既になかった。

 

 少しでも万全な状態で奴の所へ行き、致命的な事態になる前に倒す。

 それしかない。

 そうしなければ、本当に全てが滅んでしまう。

 

「……いや、滅ぶ、は正確ではないか。まぁ、ただ滅ぶよりも、救いようのない結末を迎えるだけだが……」

 

 慌ただしく目の前に置かれたパンを見つめ、ゼーリエは小さく呟いた。

 苦笑しつつ、いつもより少し焦げ目の多くついたパンを咥え、動き出す。

 悠長に座って食う時間も惜しい……食べながらも彼女が動きを止める事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やれやれ……これが最後の飯になるかもしれんとは、なんとも味気のないものだな。あの子達は最期の飯をどういう気持ちで食べていたのだろうな……?)

 

 淀みなく指示を続けるゼーリエの脳裏に過るのはそんな疑問。

 かつての弟子達がその生を終える時、どのような思いを抱いていたのだろうかという素朴な疑問だった。

 

 その疑問の答えは、出ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「フリーレン様!」

 

「フリーレン!」

 

 フェルンとシュタルクの二人は、丸一日姿を見せなかった旅仲間であるフリーレンの姿を見て声をあげた。

 時刻は夜が明けて間も無く……普段のフリーレンならば起きてすらいない時刻だ。

 そんな時刻に漸く帰って来たフリーレンに、二人は即座に駆け寄る。

 部屋の中で完全に身支度を終えている二人に、フリーレンは僅かに目を見開いた。

 

「驚いた。もう準備終わってたんだ」

 

「ああ……フェルンから今日戦争だって聞いて、早く起きちまったから、日が昇る前にはな」

 

「そうしたら朝からなんだか騒がしいですし、一体何が起きてるんですか? 今日の戦争と、何か……」

 

 フリーレンは不安に顔を歪める二人の顔を見回し、小さく頷いた。

 

「うん、どうやら魔族の先制攻撃らしい」

 

 そう言ってフリーレンが指し示した先にいたのは、宿屋の主人。

 一般人は避難をするように言われていたが、直前まで残るつもりだった人々の一人である。

 そんな彼は廊下でただぼうと立ち尽くしていた。

 

「この街のあちこちでああなってる。時間が経つだけで私達の負けになる。だから此方からうって出る。行くよ」

 

 簡潔に告げたフリーレンは、くるりと踵を返した。

 そのまま早足で歩き始めたフリーレンの後を、二人は慌てて追い掛けた。

 

「私はゼーリエと一緒に行く。二人は露払いをお願い。相手は熟練の魔族だろうだから、無茶はしないようにね」

 

「ちょっ! も、もう少し丁寧に説明してくれよ! あの人どうなってんだ!? どうなっちゃってるんだ!?」

 

 怯えの色を浮かべ、立ったまま微動だにしない宿屋の主人を何度も振り返るシュタルクに、フェルンも言葉を重ねた。

 

「明らかに魔法の支配下にあります……どうにか解除出来なくもないですが……」

 

「シュタルクごめん、時間が惜しい。フェルンなら出来ると思うけど、やめておいた方が良いよ。ここで魔力を消費する余裕はない」

 

 そんな二人の言葉を切って捨て、フリーレンは歩みを止めず振り返る事もなかった。

 ただその背中からは、焦燥感が滲み出していた。

 フリーレンらしくないそんな姿に、殆ど見る事のないフリーレンの本気で焦っている後ろ姿に……フェルンは思わず手を伸ばしていた。

 

「っ……!」

 

ぱしっ

 

「…………何?」

 

 手首を強引フェルンにとられ、フリーレンは漸くその足を止めた。

 けれど、振り返る事はなかった。

 そんな師の背中に、その声色に拒絶の色を感じて、フェルンは一度開きかけた口を閉じた。

 

 それでも、胸の奥から沸き上がる強い不安がフェルンをその場に押し留めていた。

 まるでそのまま消えてなくなりそうなフリーレンの背中を見て、フェルンは意を決しゆっくりとその口を開いた。

 

「……フリーレン様、戦争が終わったら……ゼーリエ様から頂いた特権の魔法……お見せしますから、楽しみにしていてくださいね」

 

「それは……そうだね。フェルンが何を貰ったのか気にはなって――」

 

「だから」

 

 フリーレンの言葉を遮り、フェルンはすがるように、言葉を続けた。

 

「だから、必ず無事に帰って来てください」

 

 フリーレンは思わず、と言った様子でフェルンに振り返っていた。

 そうして視界に映るのは、眉をハの字にし、心底心配そうに此方を伺う子供達の姿。

 その体は、手は僅かに震えていて……その震えが此方にも伝わってきていた。

 

「…………うん、必ず戻ってくるよ」

 

 フリーレンは、自分の手首を握るフェルンの手を取り、その手を重ねた。

 もう片方の手をシュタルクへと伸ばし、応じてくれたシュタルクとも手を重ねた。

 三人は自然とその身を寄せ合い、手を互いに握りあった。

 

「フェルンも、シュタルクも、頑張って。絶対に死なないように。まだまだ旅の途中なんだから……終わったら今まで通り気楽な旅を続けよう」

 

「おう」

 

「……はい」

 

 三人はその温もりを互いに確認しあい……決意を新たに戦いの場に向かうのだった。

 

「……じゃあ、行こう。私達の旅を取り戻そう」

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