戦いは何の前触れもなく始まった。
殺到する無数の魔族、魔力を隠蔽しようともしないその軍団は、ただ真っ直ぐオイサーストへと向かって進軍を開始していた。
それに対し、既にアウラによる先制攻撃を受けていた事から、魔法使い達は即座に反撃に移っていた。
飛び交う魔法……光線、炎、水、岩、氷、様々なものが魔族の集団へと放たれていく。
集まっていた事もあり、多少足掻く様子を見せているものの、次々の着弾し、その体を吹き飛ばされていた。
「おいおい、撃てば当たるじゃねえか、ヌルイな!」
一級魔法使いであるヴィアベルは、笑みを浮かべて魔族を撃ち抜く。
今も北部で魔族と戦い続けている北部魔法隊の隊長であり、経験豊富はヴィアベルは、簡単な指示を出しながら魔族を蹴散らして続けていた。
ただ……その口調は軽いが、内心は穏やかではなかった。
(こんだけの魔族が……何処に潜んでいやがった……? 雑多な、ろくに防げもしないようなのも混じってるのは幸いだ。二級、三級の奴等でも充分に打ち倒せている……が)
チラリと辺りの様子を確認すれば、エーレとシャルフ……一級魔法使い試験でも何かと縁のあった二人は意気揚々と魔法を放ち、次々と魔族を撃破している。
他も、戦い自体は順調だった。
相手の数は多いが、このままいけば全滅させる事も不可能ではないだろう。
「くっ……ヴィアベル! またやられた! あっちの二級魔法使いをサポートしてた子達が……!」
「あの位置は不味いな、シャルフ! 援護してやれ!」
「ああ!」
時折、灯火が空へと昇っていく光景が、あちこちで見られた。
それはここから離れた場所にある、巨大な天秤へと向かい、やがてその灯火の数だけ、行動不能にされる人間が増えていく一方だった。
これが相手の魔法によるものだとはわかっている。
だが、事前にゼーリエの指示があり、それらを解放する事は推奨されていなかった。
そして実際、進軍を続ける魔族達に手一杯で、解放するような時間も人員も、余裕はなかった。
巻き込まれないよう退避させる人員の捻出すら難しく、突如空いてしまう穴を塞ぐ為に尽力する事で精一杯。
「ッ!『
今もシャルフの魔法、花弁が姿を変えた鋼鉄が、棒立ちの人々を襲おうとした魔族達を撃ち抜いていく。
そのまま薙ぎ払うように動いていく鋼鉄の波をコントロールするシャルフの表情に、余裕は一切なかった。
「ラント!」
「わかってるよ」
そんな状況を支えているのは、ヴィアベルと同じく一級魔法使いになったばかりのラントだった。
分身魔法の使い手であり器用な彼は、援護に避難に穴埋めと八面六臂の活躍を見せていた。
そこで不意に、ヴィアベルの視界の端で上へと動く影があった。
「『
そこから放たれる無数の石礫は、幾人もの魔族を貫き、押し潰していく。
ところがヴィアベルは、それを成したエーレを見上げ、苦言を口にした。
「おいエーレ! 飛ぶんじゃねえって言ったろ!」
「でも、射線が……!」
「なら撃ったら速攻で降りてこい! 魔力は温存しとけ、少しでもな!」
……今は、どうにかなっている。
此方の戦力はまだ多く、戦えている。
相手もそう強い魔族は現れず、拮抗、いや、やや此方が押していると言って良い。
「だが、このままな訳ねぇよな……」
離脱者は時を追う毎に増えていく事だろう。
いつか手の届かない、対応出来ない時が来る。
そうなればいずれ、致命的な事態を引き起こす……ヴィアベルはそう思えてならなかった。
「……こりゃ、貧乏クジ引かされちまったかな」
それでもヴィアベルが諦める事はない。
北部魔法隊としての矜持が、魔族を憎む北部に住む住人としての憤りが、淀みない動きを産み出していた。
全体の状況を見ながら、簡単な指示を次々と出し、魔族を自ら屠り続けていた。
そんな最中、不意に気づく。
大事な戦力である、今回の試験で合格した同じ一級魔法使いであり、こういう場で最も張り切っていそうな奴の姿が見えない、と。
「……おい、ラント。ユーベルの奴は何処だ」
「なんで僕に聞くかな……さあね。ゼーリエ様達の後を追って、最初に敵陣に真っ直ぐ突っ込んで行ったのだけは見たよ。後は知らない」
「はぁ!? 俺達は防衛役だって言われてただろ!? 止めなかったのかよ!?」
「アレが言って止まると思う?」
「……………………」
なんとも言えない表情を浮かべつつも、近付いてくる魔族を撃ち抜く。
やがて諦めたように大きく息を吐いて、ヴィアベルはそれ以上何も言わず、防衛を続けるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ゼーリエは現在、フリーレンと護衛にゼンゼとファルシュを連れ、魔族の群れの真正面を突っ切っていた。
その際、最初に放たれたのはフリーレンの『
対魔族に特化させた光線は、魔族の群れに風穴を開けた。
そこを突っ切っていく形となっていた。
文字通り飛んでいく五人をサポートするのは、フェルン。
フリーレンの無事を祈りつつ、全力でフリーレン達に立ち塞がろうとする魔族達を瞬く間に撃ち落としていった。
バシュッ!
当然それに集中すれば自らの守りは疎かになる。
そんなフェルンを守るのは当然シュタルク。
斧を軽々と振り回し、魔族を次々と屠り続けていた。
ズバンッ!
二人はその様子に少しだけ、ほんの僅かに拍子抜けしていた。
二人が戦った魔族といえば、アウラ一派のリュグナーとリーニエの二人。
その二人を基準にして見ると、今それぞれが撃ち抜き、切り捨てた魔族はあまりにもお粗末だと言えた。
あの戦いは、どちらも向こうの油断をついた事による勝利であり、薄氷の上であった事を理解している二人にとって、今倒している魔族はまさに有象無象と言えた。
「…………」
だからこそ、フェルンは改めて警戒心を強めた。
こんな有象無象ではフリーレンは愚か、その遥か上を行くであろうゼーリエを止められる訳もない。
ならば必ず、何かがある。
何よりも、遠くに見える巨大な天秤。
アレを見たフリーレンが驚愕を露にし、改めてフェルンとシュタルクに気を付けるよう言い付けた時点で、油断なんてしていられない。
そう自分に言い聞かせ、杖を握る手を強めた。
ヒュンッ
「ッ!!!」
ガキィインッ!
そして、その警戒は正解だった。
微かな風切り音と共に、視界の端に赤が映ったその瞬間、感じるままに防御魔法を展開。
次の瞬間には防壁に衝突する赤の凄まじい衝撃に、フェルンは僅かに体を揺らした。
「今の……フェルン!」
キンッ、キィンッ!
その正体を見破る前に、魔族の群れの中からかフェルンへと放たれた何かを、シュタルクが叩き落とす。
砕け、落ちていくナイフのようなものは、地面に落ちきる前に宙に溶けるように消えていった。
「魔力で作られた武器……てことは」
「今のは……血の魔法……じゃあ、やっぱり」
鼻をつく、特徴的な鉄の臭いに、フェルンは想像が、フリーレンの予測が正しい事を察する。
同じく察したシュタルクの脳裏に浮かぶ、かつての敵……。
二人が改めて構え直すのと同じく、魔族の群れから三つの人影が……見覚えのある魔族が姿を現した。
「防いだか」
フェルンが倒した筈の、リュグナー。
「……」
シュタルクが倒した筈の、リーニエ。
「2人の攻撃を凌ぐとは、思ったよりやるな……」
そして、フリーレンが倒したと言っていた、ドラート。
あの時、グラナト伯爵領で戦った、アウラ一派の魔族達がそのままの姿でそこにあった。
感情も温度も感じられない三対の瞳に見つめられる二人の背筋に、寒気が走る。
二人は改めて身構えながら、この戦いが始まる直前、フリーレンから言われた言葉を思い出していた。
『これから戦う相手に……きっと常識は通用しない。何が起きても動揺しないで。……私でも俄には信じられない事が既に起きてる。だから、本当に気を付けて』
そして、最後にこう付け加えて、フリーレンは背を向けたままその場を後にした。
『……もしも、どうしようもなくなったら……私の事は忘れて逃げてね』
その言葉は、少しだけ震えていたように二人は感じていた。
「……シュタルク様」
「ああ、やるぞフェルン」
二人は得物を持つ手を強く、握り締めた。
一瞬だけ視線を交わした二人は、小さく頷きあった。
あんなフリーレンを見捨てて逃げるなんて出来ないと。
必ず生き残り、またあのくだらない旅を続けるのだと。
三人の魔族と向かい合い、二人はほぼ同時に動き出した。
「うぉおおおおおおおお!」
「ッ!」
雄叫びをあげ駆け出し、魔方陣を浮かび上がらせ……二人は戦いを始める。
勝ちの目の薄い……そんな戦いを。