(なんだか……不思議だ。私はこの人を知ってる。なのに知らない)
フリーレンの放つ光線を、炎を、雷撃を……身を翻し、時に剣で反らし、あまつさえフリーレン自身に届くように剣を振るってくる、勇者ヒンメル。
その動きに既視感を覚えながらも、フリーレンも応じて、防ぎ、反らし、かわしていく。
(彼が勇者で、共に魔王を倒した記憶があるのに、彼の事が何もわからない……忘れた――なんて事はないとは言い切れないけど……それじゃあこの胸の痛みが説明つかない)
ギャリィイインッ
剣が振るわれる度に防護魔法が嫌な音をたてて削れていく。
いくらフリーレンとはいえ、その魔力消費量はバカにはならない。
(やっぱり、私が奪われたのは彼に関する事……か。勇者パーティ、戦士アイゼン、僧侶ハイター、勇者ヒンメル……うん、間違いない。私が失ったのは……彼との思い出……っ……!)
ヒュンッ!
自分の頭の僅か上を、刃が閃く。
いくつか切り裂かれた髪が落ちていくのを感じながら、人体に最も効果のある雷を放つ。
即座に離れて避けてしまう勇者に内心で呆れながら、フリーレンは動きを予測しながら攻撃の手を緩めない。
それでも全て対処されてしまうのだから、やっていられない。
(強い……覚えていないけど、魔王を共に倒しただけはある……元々戦士とこの距離で戦いなんてやってられないんだけど……ギリギリ戦えてるのは、私の体が彼の動きを覚えているから……なのかな。体が勝手に動く。それでも……)
目にも止まらぬ早さで一息に飛び込んできた勇者に合わせ、防護魔法を盾にした炎で対応する……想定通り剣圧で散らす事が出来なかった勇者は仕方無いとばかりに剣を三回振って炎を散らしてしまった。
フリーレンはその様子に自分の魔法に対する自信が少しずつ磨り減っていくのを感じていた。
(あまりにも不利。とはいえ、私の今の役目は護衛に代わり、この勇者からゼーリエを守る事。ゼーリエが、レーベを押さえるまで……。出来れば早くして欲しいけどっ……)
そこまで思考したタイミングで、ゼーリエのほうに動きがあった。
ゼーリエの魔力が高まった、そのタイミングでそれは起きた。
「『
レーベが突然、魔法を唱えた。
たったそれだけ……にも関わらず変化は劇的だった。
辺り一面に緑が広がった。
地面全てを埋め尽くす緑、緑緑緑。
蔦と葉が地面の全てを覆い尽くし、なおも広がり成長していく。
「これ、は……とんでもない魔力が、この戦場に広がっていってる……何が起き……」
ひたり
困惑するフリーレンの足に、何かが触れる。
成長した葉か蔦かと咄嗟に見下ろし……そして目を見開いた。
緑色が飛び込んでくる、そう思い込んでいたフリーレンの視界に映る色は、白と肌色……。
そこから伸びる白く細い腕が、フリーレンの足を掴んでいた。
思わず固まるフリーレンをよそに、地面を埋めるそれらは人の形を取り始めていく。
白を中心とした衣服を身に纏い、色素の薄い肌と髪を持ち……そして、左右に伸びた尖った特徴的な耳……。
それが無数に、フリーレンの足元で蠢いていた。
ぺた
ぺたぺた
ぺたっ
気付けばフリーレンの体に、いくつの手が触れていた。
絡むように、絡み付くように。
端正な顔立ちをフリーレンに向けて、微笑みを浮かべて。
ぞわっ
「っ……!」
背筋に走る悪寒、生理的嫌悪感。
自分の同族と同じ形をしたナニカ。
地面から人が芽生えるという、異常すぎる光景。
今すぐ叫び出したくなるような不快感の中、フリーレンは思わず杖を足元に向けた。
我慢出来なかった。
あまりにも冒涜的なそれらを、今すぐ消し去りたくて仕方なかった。
まるで、自分達の生そのものを、侮辱されているようで。
フリーレンの意識も武器も、全てが足元に蠢くエルフのようなナニカへと向いた。
向いてしまった。
シュッ
瞬間、フリーレンの眼前に銀色が閃いた。
「あ……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「『
「……ハッ……冗談キツイぜ……」
ヴィアベルは、目の前の光景を見て顔をひきつらせた。
何処からか魔法のような言葉が聞こえたと思えば、戦場はあっという間に一変してしまった。
幾人かの離脱者を出しつつも、魔族の掃討が見えてきた、そんなタイミングだった。
見渡す限りの全てが緑に覆われたと思えば、それらが全て一斉に魔族へと姿を変えたのだ。
前線を張っていた殆どの人員が、その混乱と困惑が冷めやらぬ状態で無数の魔族の波に呑まれた。
正気を取り戻した者達が攻撃を続けるも、多勢に無勢……。
更には疲労、魔力の消耗も重なり、一人、また一人と倒れていく。
……既に会戦から半数以上が、戦場から姿を消していた。
「くそがっ!」
悪態をつき、襲い掛かってきた魔族を撃ち抜く。
一人減ったが、そんなものは誤差でしかない。
じわじわと、ヴィアベルを明確な焦燥が苛み始めていた。
「ヴィ、ヴィアベル……」
「なんだっ!……よ…………」
そんな折、エーレの震えた声がヴィアベルの耳に入った。
苛立ち混じりに振り向き……目を見開いた。
エーレ、更にはシャルフも……胸元から灯火が飛び出し、宙を飛び去って行ってしまった。
それが意味するのは……。
「……すまん、ヴィアベル」
キィイイイン
「エーレ、シャルフ!」
此方を悲しげな顔で見つめていた二人の顔から、表情が抜け落ちた。
そのままその場で棒立ちになった二人へと、魔族が襲い掛かかり……そのまま魔族の群れは二人を呑み込んでしまった。
思わず伸ばしていたヴィアベルの手は、何も掴む事はなかった。
襲いくる魔族を撃ち抜きながら、顔を歪ませた。
「くそがっ……!」
辺りを見回し生き残りを探すも、少し離れた所で魔族を屠り続けている一級魔法使いのデンケンがいたくらいで、他には抗っている様子すら見えなかった。
ラントもやられたのか? それとも逃げたのか?
デンケンの爺さんと一緒に戦ってた二人は何処だ?
あんなにもいた二級や三級、冒険者達は何処に行ったんだ?
遠くで閃光が垣間見え、まだ抗う者の存在は感じられるが……絶望的な状況だった。
敵の数は減るどころか増え続け、味方は既に数える程しか感じられない。
ヴィアベル自身の魔力も……もうそう多くない。
「……こんな所で、やられてたまるかよ!」
それでも、ヴィアベルは諦めない。
自分に向けて襲い掛かる無数な魔族を睨み返し、無謀な戦いに身を投じるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「『
「……こりゃ、マズイね」
愛用の槍を構えて、ユーベルは彼女にしては珍しく、目に見えて焦燥を浮かべて呟いた。
三人の魔族と対峙していたフェルンとシュタルクに加勢する形で参戦したユーベルだったが、直前の戦況は悪くはないものだった。
最初こそ手の内を知らないドラートによって窮地に立たされたものの、途中参戦してきたユーベルにより窮地を脱し、五分へと状況を戻していた。
それはユーベルの魔法『
ドラートは愚か、リュグナーやリーニエですらドラートの魔法が切られた事に驚愕し、軽い手傷を負わせる事が出来ていた。
とはいえそのまま勝ちきれる程の優位でもなく、僅かに優位程度の状態で戦況は進んでいき……その全てを今、ひっくり返された。
辺りを覆い尽くした植物から、次々と魔族がその姿を現し始めたのだ。
更には、蔦や葉はリュグナー達の体にも纏わりついていく。
負傷箇所を覆い尽くした緑は、そのまま体に溶けるように消えていき、残るのは無傷のリュグナー、ドラート、リーニエの三人。
調子を確かめるように負傷していた箇所に触れるドラート、身を低くし構えるリーニエ、そして幾人もの魔族が周囲を囲い、無数の無機質な瞳がフェルン達を見つめていた。
「おいおいおい、どうなってんだ! 魔族ってのは地面から生えてくるのかよ!」
「魔族がどうやって増えるのかはちゃんとは解明されてないらしいけど……流石にこれは異常だと思うよ」
「恐らくは魔法によるものです……ですが、俄には信じられません……。これは……あまりにも異質過ぎます……」
三人の額に冷や汗が滲む。
先程まで負傷していた三人相手に五分だったのだ、万全になった三人に加えて辺りを囲う数えきれない程の無数の魔族……勝てると、生き残れると楽観出来なかった。
何よりもこの異常な状況を引き起こした下手人、このあまりにも異質な魔法の使い手が敵であるという恐ろしい事実が、三人を苛んでいた。
――こんな事態を引き起こすような化け物に勝てるのか?
それが、三人の頭に過った共通の疑問だった。
倒しにいったゼーリエは勿論、フリーレンも遥か格上の卓越した魔法使いだ。
だが、それで……それだけで本当に倒せるのだろうか?
フェルン達は、その身を蝕む底知れない恐怖に、身を震わせた。
「……ふむ、残念だったな、人間ども。よく戦ったが、ここまでだ。この状態になったという事は、どうやら遊びは終わりのようだ……」
リュグナーの掌の上に、深紅の液体が集っていく。
それを合図としてか、周囲の魔族達も魔力を滾らせ始める。
身構えるも、完全に取り囲まれていて逃げ場はない。
「終わりだ、人間ども」
幾重にも枝分かれした無数の深紅の棘と、無数の光弾が一斉にフェルン達へと放たれた。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。