「待て。行かせんぞ。人間どもも、そこの……ソリテールといったか、貴様もだ」
リュグナーの操る血液が、大きく脈動する。
それは一気に膨れ上がり、無数に枝分かれしていく。
「アウラ様の事は気掛かりだが、あちらには七崩賢がいる……私達ごときが気を向ける事すら烏滸がましい。それよりもだ、リーニエ、ドラート、私達は私達の役目を果たさねばならん」
淡々と告げるリュグナーに、リーニエとドラートも頷いた。
「まずは人間どもの退路を断つ。ソリテールは捕らえろ。仲間はいるのか? 何処にいる? 天秤を壊したのも仲間の仕業なのか? ……貴様には、聞かねばならんことがごまんとある」
周囲の魔族達も魔力を滾らせ、ソリテールや逃げていくフェルン達へと狙いをつける。
多少傷つこうと構わないと、リュグナーの指示に従いそれぞれが攻撃準備に移った。
にも拘わらず、ソリテールはフェルン達を見送ったまま、リュグナー達を見ようともしなかった。
迫りくるドラートも、リーニエも、リュグナーの硬化させた血液も、気にする様子すらなかった。
「こいつ……!」
「嘗めないで」
それぞれ得物を構えた二人は苛立ちからか多少顔を歪め、それぞれ挟み込むように接近し……リュグナーはそれに合わせ撹乱するように更に近付いていく血液を枝分かれさせていく。
「……こうまで私を無視するとは……良い度胸だ。その愚かさの代償、払って貰おう! 徹底的に痛め付け、全て話して貰うぞ! ソリテール!」
まだ背を向け続けていたソリテールへと、無数の攻撃が放たれる。。
おどりかかるリーニエとドラート、幾つもの光弾、血液の棘。
背を向けたまま、無防備にひらひらと手を振ったままのソリテールへと殺到した。
その次の瞬間。
グルン、と音がするような勢いで振り返ったソリテールと、リュグナーの目が合った。
先程まで朗らかに笑っていたとは思えない、無の表情で見返していた。
光のない、魔族らしい瞳でリュグナーを見つめ、リーニエの攻撃が迫る中、ゆっくりと口が開いた。
「私は」
次の瞬間、ソリテールの姿はリュグナーの目の前にあった。
殆どの者が反応すら出来ない……リーニエのみが目でのみ追えたくらいの……目にも止まらぬ速さだった。
「な――」
ドンッ!
ソリテールがいた地面には抉れた地面だけが残り、遅れて破裂音が鳴り響いた。
驚愕に目を見開くリュグナーの視界が、肌色に覆われる。
リュグナーへと向けられたソリテールの掌には、凄まじい魔力が渦巻いていた。
「
ドォンッ!
轟音。
ソリテールの放った何らかの魔法は、リュグナーの上半身を一瞬で吹き飛ばした。
ドシャリと力なく地面に倒れる下半身を見て、呆気に取られていたリーニエとドラートが真っ先に正気を取り戻す。
「リュグナーさ――」
「なっ、貴――」
ザンッ!
が、それも既に遅かった。
死角から飛来した剣が、大きな隙を晒した二人の首を切り落とした。
それは二人だけではなく、その場にいる魔族全てが、ソリテールの操る剣によって首を落とされていた。
バタバタと倒れ付していく魔族を横目で確認しつつ、ソリテールはそっと両の手を合わせた。
「……はい、おしまい」
何の感慨も抱いていない様子で、ソリテールは小さく呟いた。
それと同時に剣が閃光を放つ。
自爆した剣は魔族達を粉々に吹き飛ばしていた。
ソリテールの周囲に動くものはなく、魔族達は誰一人として生き残っていない。
僅かに残った死体が、塵となり始めていた。
チラリと視線を背後に向ければ、先程逃がした人間達の姿はもう見えなくなっていた。
一先ず第一段階の役目は無事に果たせたようだと、心の中で安堵のため息をついた。
「さて、みんなも上手くやってると良いのだけど……とはいえ、これで終わらないわよ、ね」
全てが塵となり、白い煙が充満する中、ソリテールの目はその中で流動する緑を捉えていた。
そこかしこから発生する緑……地面から葉や蔦が、早回しのように成長していき、次々と何かを象っていく。
「彼女の『
人を象った植物は、それぞれが先程までいた魔族達の姿と変わっていく。
それは、リュグナー、リーニエ、ドラート、三人の首切り役人達も同じだった。
「
先程と何一つ変わらず、傷一つなく、魔力を滾らせ、リュグナー達は戦闘態勢に移っていた。
何もなかったかのように。
「ああ、なんて魔法なのかしら」
ただ唯一、彼らの瞳は……魔族のソリテールから見ても、ひどく空虚だった。
「強大で、卑屈で、美しく、醜く、慈悲に溢れ、自分勝手で、優しく、残酷で、完璧で、欠陥だらけ……心から称賛出来るわ、反吐が出る程に……」
ソリテールは手を合わせ、そっと目を閉じた。
殺到する魔法の数々を感じながら、両の手に魔力を滾らせる。
「本当に、
目をゆっくりと開き、静かに微笑みを浮かべ、そう呟いた。
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ズンッ
「ふむ……懐かしい顔触れだ!」
角の生えた長髪の偉丈夫、魔王軍の生き残り、大魔族『血塗られし戦神リヴァーレ』は巨大な斧を地面に突き刺し、歯を見せて笑った。
相対するは七崩賢『断頭台のアウラ』。
先程リヴァーレが破壊した天秤の残骸の中で、ゆらりと体を起こした。
「……何のつもり、リヴァーレ? 何故私達の邪魔をするの……?」
鋭く細められた瞳がリヴァーレを貫くが、何処吹く風。
本人はいっそ穏やかで、顎を撫でながらアウラの回りを固める魔族達を順に見下ろしていた。
その余裕綽々と言いたげな態度が、よりアウラを苛立たせた。
「何、戦場の気配がしたのでな。出遅れながらも馳せ参じたという訳だ。それと俺が此方にいるのは……お前達ならわかる筈なのだがなぁ」
「……はぁ?」
アウラも、回りを固める魔族……かつての七崩賢の三人も首を傾げた。
その言葉が心底理解出来ないと言わんばかりの態度に、リヴァーレの眉が下がった。
「……やれやれ、誰も奴の言葉を覚えていないのか、忘れているのか、はたまた……奴が浮かばれんな。いや、だからこそ今俺がここに立っているのか……それが俺の役目という事だな?」
顔を押さえ、俯きつつ、リヴァーレは言葉を紡ぐ。
反応を期待してはいないのだろう、つらつらと吐き出しながら、ゆっくりと大斧に手を伸ばした。
「お前達は既に俺達の、魔族の未来の敵となった。ならばせめて、この俺の手で引導を渡してやるとしよう」
大斧を大きく振りかぶり、真っ直ぐアウラ達を見つめる。
「所詮貴様らはレーベのつくり出した過去の影法師よ。この世に歪んだ形で甦った貴様らに同情はすれど、容赦はしない」
リヴァーレは歯を見せて獰猛に笑った。
「さあ、お前達の相手はこの、『血塗られし戦神リヴァーレ』だ。思うがままに全力で、この
そう言って駆け出すリヴァーレに、アウラは顔を歪ませたまま、その手に持っていた天秤の破片を投げ捨てた。
腰に帯びた剣をすらりと抜き取り、リヴァーレへと改めて向き合った。
「もう、意味わからない事をごちゃごちゃと! いいわ、貴方も私が服従させてあげる! 後で後悔しないでね!」
啖呵をきり、それぞれ構え、リヴァーレを迎え撃つ。
それを認識したリヴァーレは、内心で深く頷いていた。
(……よし、これで俺の役目は半ば果たせる。後は甦った七崩賢を出来る限り俺が押さえ込めればよし、それに……)
――本命は、俺ではないのだからな。
リヴァーレの視界の端、戦端の開かれていた別の場所で、目映い光が煌めいた。