カキィイインッ!
フリーレンの目の前で、火花が散った。
鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が鳴る中で、目の前に滑り込んできた自分より小さな人影に目を見開く。
「アイゼン……!」
そこにいたのはかつての仲間、勇者ヒンメル一行の戦士、ドワーフのアイゼンだった。
手斧を片手にヒンメルの刃を受け止めていたアイゼンは、一瞬だけフリーレンに視線を向けた。
「久し振りだな、フリーレン……そしてっ……ぬんっ!」
声をあげて力を込めたアイゼンが、刃を押し返す。
たまらず下がったヒンメルの姿に、アイゼンは目を細めた。
「ヒンメル……だと? 一体何の冗談だ? 何故ヒンメルが若い姿で、しかもフリーレンに斬りかかっている?」
そして、アイゼンは酷く戸惑っていた。
かつての旅仲間の危機と飛び込んだは良いが、下手人もまさかのかつての旅仲間。
しかも本来なら既に死んでいる仲間の全盛期の姿なのだ。
更に言えば、それが本人であるならば決してしないような行動をしているのだから、頭が痛い。
「……アイゼン、
「何を言って……!」
思わず振り返ったアイゼンは、フリーレンの瞳を見て愕然とした。
その瞳に宿るのは、虚無。
かつての魔王討伐の旅、それを始める前に出会った時フリーレンの瞳に宿っていたものとほぼ同じ。
少なくとも、
アイゼンが目を見開く様子を見たフリーレンは、納得していた。
成程やっぱり、と、心の中で強く頷いていた。
端から見ても今の私はおかしく、そして……目の前の勇者はそれだけ自分にとって大事なものだったのだろうと。
この胸の原因不明の痛みは、やはり、そういう事なのだろうと。
「……多分……
淀み虚無を映したその瞳の奥に、微かな渇望が見えて……アイゼンは呆れとも安堵ともつかない息を吐いた。
言いたい事も聞きたい事もある。
これまでの旅路のことも、自分の弟子の事も。
だが今はそれを全て捨て置き……目の前の事に対処するのみ。
「……取り戻す目処は、たっているのだろう?」
視界の端で僅かにフリーレンが頷いたのを見て、アイゼンは安堵を覚えながら改めて目の前の相手に向き直った。
「…………」
目の前には在りし日の勇者ヒンメルの姿。
若く、力に溢れた、まさに全盛期。
一方で自分は老い衰えた。
武器も、かつての愛斧ではなく単なる手斧。
心許ない、内心で呟くも、ここから逃げる気にだけは僅かにもならなかった。
腕は震えている、心底怯えている。
可能ならば逃げ出したい程に、戦力差は圧倒的だ。
だがそれでも、これだけはあってはならない。
フリーレンをヒンメルが傷付けるなんて事だけは。
「援護は任せたぞ、フリーレン」
手斧を握りなおし、アイゼンは勇者と対峙する。
背後の魔法使いと共に、戦士として戦う。
フリーレンが頷いたのを感じとり、アイゼンは地面を蹴った。
果たして、今の自分がどれだけ全盛期のヒンメルに抗えるのか?
吐き出しそうな弱音を飲み込み……この戦場に飛び込む前に言われた言葉を思い出した。
『お前達が場をかき乱した後、レーベに対しての切り札……今回の決戦の
リヴァーレに誘われ、ついていった先で会った、自分をクヴァールだと名乗る少年の姿をした魔族。
困惑しているうちに言われたのは、自分達は露払いであると。
それまで死なないように立ち回れ、とそう言われていたのだ。
それが本当なのか、
アイゼンにはわからないが……自信に溢れたクヴァールの言を、僅かばかり信じ、それをフリーレンにも伝えるのだった。
「もうすぐ
「……は?」
呆けた声を漏らしたフリーレンに構う事なく、アイゼンはヒンメルと再び刃を打ち付けあった。
フリーレンは呆気に取られつつも、まずは援護と思考を切り換えていく。
それでも頭の片隅ではその謎の
そしてその答えは……突然戦場を蹂躙した
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……これは」
ニコニコと笑顔すら浮かべて、事態の推移を見守っていたのだが、その顔色が突然曇った。
何かを感じ取り、とある方向へと目を向ける。
今回の目的であるフリーレンでもなく、閉じ込める事に成功した旧知のゼーリエでもなく、少し離れたところで発生した、嫌な感覚……。
瞬間、その方向が
「そんな、彼は結界に閉じ込められて封印されていた筈……あの結界はそう簡単解除出来るような代物じゃ……」
ブツブツと言葉を紡ぐ脳裏に、一人の存在が思い浮かぶ。
レーベと明確に敵対すると宣言した存在。
裏でコソコソと動いていることは察していた。
現に今も何人かの戦力をこの戦場に送り出したであろう、張本人。
「クヴァ……君」
少年の姿をした魔族の姿を思い描きながら、目を細めて黄金と化した光景を眺めた。
恐らくは彼が、クヴァールがあの魔族を解き放ったのだろう。
忌々しい、そう唱えながら、小さく溢した。
「……相性、最悪なんですよね」
大結界より解き放たれた魔族の扱う魔法は、レーベの魔法『
此方へと侵食してくる黄金に対抗し、植物が生い茂り抵抗を始める。
しかし、少しずつ、少しずつその葉も、茎も、蔦も、黄金と化していく。
コツコツと音をたてて、黄金と化した地面を歩いてくる存在を睨み返し、忌々しいという感情を隠さず、口を開いた。
「……久し振りですね」
「ああ、久しいなレーベ」
現れたのは整った外見の、長身の男。
額を露出させ、他と比べても一際大きな角を生やした魔族は。
「貴様を殺しにきた」
温度のない、冷徹な瞳でそう告げた。
「
「勘違いするな」
冷や汗を垂らし吐き捨てたの対して、マハトは眉一つ動かさず淡々と言葉を紡ぐ。
その間も植物達と黄金のせめぎあいは続き……やはり僅かにも黄金が優勢のようだった。
眉がしかめられる。
「クヴァールに言われ、乞われたのは確かだが……俺がお前を殺しにきたのは、俺自身の意志だ。俺の目的……人との共存の為には……」
マハトの手にはいつの間にか、黄金で出来た刃が握られていた。
それを真っ直ぐ前に向け、マハトは口を開いた。
「貴様が邪魔だ。『豊穣のレーベ』。故に、ここで確実に息の根を止めてやろう」
その言葉と共に体を震わせるのを、マハトは変わらぬ無表情でじっと見つめていた。
マハトの周りには無数の刃となった黄金が宙を舞い、今か今かと解き放たれる時を待っている。
「くっ……! 『
言葉と共に、周囲の植物が異常な成長を見せる。
それでも黄金の侵食を止める事で精一杯……だが、停滞した瞬間に、それらの植物から姿を変えた無数の魔族がその場に現れる。
それぞれが武器を手に、鎧を身に付けたその魔族達は、かつて魔王軍において将軍と呼ばれた者達。
マハトはその姿に懐かしさを覚えつつも、僅かな動揺も逡巡もなく、黄金の刃を向けた。
「七崩賢、『黄金郷のマハト』参る」
不変の黄金が、牙を剥いた。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。