「ゼーちゃん、まだ諦めないの?」
しゃく
トートの問いへの返答は、燃え盛る業火だった
「……」
ゴオッ!
しゃく
けれどそれもトートの眼前で完全に消え失せてしまう。
既に幾度も起きた現象に顔を歪ませるゼーリエに対して、トートはニヤリと口元を吊り上げた。
「ほら、脇腹」
しゃく
瞬間、突如としてゼーリエの腹部が抉られ、血が噴き出した。
夥しい出血とともに、中身が溢れ落ちそうになる。
「ぐっ……! あぁああっ……!」
ジュワァッ!
ゼーリエは間髪入れずに手を当て、その傷口を一息に燃やした。
余程の高温で焼いたのか、煙がその身を包み込んでいった。
確かにそのまま放っておけば命に関わるだろうが、即座に行う胆力に、トートはふぅ、と呆れたように息を吐いた。
まだ、ゼーちゃんは諦めないんだね、と。
「足掻くね……でもそろそろ…………?」
半目で、足掻くゼーリエの姿を見ていたトートは、煙が妙に長く滞留している事に遅れて気付く。
そのせいでゼーリエの全身が見えていない……。
嫌な予感と共に、トートは即座に煙の浮いている空間を
しゃくっ!
そして、そこに何もない事……同時に辺りを囲う結界に亀裂が入った事に気が付く。
思わず振り返れば、身を潜めていた筈の鎧姿の魔族、『不死なるベーゼ』が、ゼーリエの魔法で貫かれている光景が目に入った。
「……ちょっと甘く見すぎてた、かな?」
後悔するように呟くトートに対し、ゼーリエはニヒルに笑みを返す。
「私を嘗めすぎたな、トート! 壊させて貰うぞ!」
そう言ってベーゼにトドメを刺したゼーリエは、意識を外へと向けた。
外で何が起きているのか、どんな状況なのか、知る術のないゼーリエは気が気ではなかった。
だから多少無理をしてでも……
そしてそれは身を結び、ゼーリエは見事結界を張っていたベーゼを見つけ、隙をついて倒し、遂に結界からの脱出に成功するのだった。
――そうして、砕け散った結界の向こうに広がった光景に、ゼーリエは――
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「あっ……かっ……」
胸の中央を貫いた黄金の刃を、足掻くように手が触れる。
頭一つ高い位置からマハトはそれを見下ろし、なんら躊躇なく、なんの感慨もなく、刃を捻った。
「ごぼっ……」
夥しい血が口から溢れ、身に付けていた服を汚す。
そして、それら全てが……マハトによって黄金に変えられようとしていた。
「思っていたよりも呆気なかったな。だが、それも当然か。お前の『
パキパキ
「ひゅー……ひゅー……ごふっ……」
触れた手が刃に食い込み、抜こうと足掻いているようだったが、マハトは僅かばかりも揺らぐ事はなかった。
……もう間も無く、その身は全て黄金と化す事だろう。
ポタポタと口から垂れる血も、黄金の地面に落ちて黄金の波紋として残るのみ。
マハトは、これで終わりだと確信していた。
パクパクと口を開閉する姿に、もう時間は残されていないように感じていた。
「……言い残す事でもあるのか?」
首を傾げて問い掛けて見れば、虚ろな瞳でゆっくりと見上げてきた。
明らかに致命傷を負った弱々しい姿に、マハトは特別何か感じる事はなかった。
人に紛れ、傍目には共存を果たしていたレーベを、魔王軍時代マハトはよく気に掛けていた。
お茶会には出来る限り参加したし、どんなくだらない話も熱心に聞いた。
まるで人のように振る舞うレーベを見ていれば、自分も人を理解出来る日が来るのではないかと、そう期待して。
『何故お前は人に受け入れられ、共存出来ていたんだ?』
『何故……と言われましても……私はただ農業していただけなんですが……』
『……俺は、人を知る為に村をいくつか滅ぼし、殺し方にも趣向を凝らしたが、結局はわからなかった。親しげな人間達に殺しあいをさせた時、生き残ったほうが俺に向ける感情に、悪意の切欠を感じたが……理解するまでには至らなかった。どうすれば理解出来る? 理解すれば、共存の道も拓けるだろう?』
『えぇ……』
けれど結局、その時は訪れなかった。
いくら話しても、言葉を交わしても、マハトがレーベを理解する事は出来ず、一方でレーベはマハトに対して……マハトの魔法に対しても忌避感を覚えていたようで、あまり話は弾まなくなり……。
そんな状況で相互理解など進む筈もなく、とある日のお茶会を最後に魔王は討たれ、魔王軍は実質の解散。
二人の交流は完全に途絶えていた。
しかし、燻った感情を抱えていた。
幾度かの交流を得て、珍しく、自分にとって受け入れられない存在であると胸に刻まれていたのだ。
――だから、いずれこうなるのは目に見えていたのかもしれない。
二人の視線が重なり……血だらけの口元がゆっくりと動き、そして……。
不気味に、弧を描いた。
「『楽園へと導く魔法』」
「マハト」
名を呼ばれ、意識が浮上する感覚を、マハトは覚えた。
眠っていた……?
不意に顔を上げればそこには、自分の主、グリュックが苦笑を浮かべていた。
ハリの残る肌、杖もなく背をピンと伸ばし立つ姿。
マハトが出会ったばかりの、まだ若かりし頃の姿が、そこにあった。
「グリュック……様」
いや、そもそもグリュックは、既に――。
おかしい
「マハト。今日も訓練を始めてくれ」
思考が止まる。
思わず振り返った先にいたのは、青年になりかけの少年……。
出会い、ある程度師事をこなした頃、そんな若い頃のデンケンの姿があった。
……今、彼がそんなに若い姿でいる筈がない。
あれから、幾年経ったと――。
おかしい
「マハト。お願いね」
少女の声が耳をうつ。
グリュックの娘、レクテューレが軽やかな足取りで駆けてくる。
その姿に思わず、手を差し伸べる。
彼女は体が弱い、激しく動いてしまっては……。
「ふふ、ありがとうマハト」
差し伸べられた手を握り、穏やかに微笑む姿は、端から見れば健康体で、顔色もよくて……。
……いや、違う、そうじゃない、そもそもレクテューレは既に――。
おかしい!
「行くぞマハト」
頭の中では警鐘が鳴らされている。
おかしい、おかしい、おかしいと、何度も何度も鳴り響いている。
けれど……。
「……? どうしたマハト。グリュック様がお呼びだ」
「行きましょう、マハト」
懐かしい背中、懐かしい雰囲気……空気……気付けばそこは、見慣れた景色だった。
穏やかな風が吹く開けた空間で、背を向けて歩くグリュック、先を歩き、振り向いた少年のデンケン、そして自分の手を引く少女のレクテューレ……。
「……はっ、グリュック様、デンケン様、レクテューレ様……失礼致しました。今参ります」
気付けばその手には茶会の為の用意……簡易のテーブルや茶器の一式を抱えていて……一礼した後に歩を早める。
そこにはかつて失くした筈の光景が――。
――いや、いつもの光景が広がっていた。
マハトは手早く茶会の用意を済ませ、恭しく頭を下げた。
この光景を、噛み締めるように……。
涙は出ない、心が揺れた訳ではないから。
それでも確かに……マハトは、充足を感じていた。
かつては……結局悪意を知れず、理解出来ず、虚無感に包まれた。
ならばもう一度、試してみても良い。
もしかしたら今回は、上手く行くかもしれない。
「そうすれば……今度こそ……」
「……? どうした、マハト?」
「……いえ、なんてもありません」
前は、グリュックの衰え……寿命という明確な終わりが見えたから……全てぶち壊そうと思った。
だが今は、グリュックはまだ若々しいのなら……まだ続けても良い。
目の前でしっかりと二本の足で立つ主を見て、そう思った。
「まあ、今日は良い。休日だからな。だが、明日は頼むぞ?」
「仰せのままに」
またその時が来たら、その時考えよう。
今はただ、あの頃のように。
不思議と充足していた……あの日々のように――。
「『
そして、闇に呑まれていった。