レーベと相対したフリーレンが思い浮かべるのは、つい先程の事。
アイゼンと共にヒンメルと戦い続けていた折に、マハトが崩れ落ちた事で出来た隙を突かれた時の事。
アイゼン曰く、クヴァールの作戦の一つだという、相性の完全に有利なマハトを可能な限り温存し、レーベにぶつける、というもの。
成功率としてそこまで低くないと見込んでいたようだが、マハトの天敵であったグラオザームが成り代わっていた事に気付かず、結果マハトは敗北。
アイゼンはその事実を認識し驚愕した僅かな隙をつかれ、ヒンメルに弾かれ、吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ、うっ……!」
「アイゼン!」
立ち直りが遅い……それがフリーレンが率直に感じた事だった。
旅をしていた時のアイゼンならば、呻くより先に既に身構えていた筈なのにと頭に過り……記憶の片隅に残る青い残滓に頭痛がした。
「くっ……!」
追撃をかけようとするヒンメルの行く手を遮るように魔法を展開しながら、アイゼンの立ち直る時間を稼ぐ。
軽やかなステップで余裕そうに魔法を回避しアイゼンから離れていく姿を見て、安堵のため息を吐いた。
フリーレンは、このままではマズイと感じ始めていた。
アイゼンが衰えている事は知っていた。
それでも、当時との感覚のあまりの違いに戸惑ってしまう。
愛用の斧も持たず、動きも鈍いアイゼンに時の流れの無情さを感じてしまう。
一方で相対する勇者ヒンメルに動きは冴え渡っている。
当たるイメージが湧かない……それは致命的だった。
このままでは遠からず、勇者ヒンメルの猛攻をDMC事ができなくなる。
そんな光景がありありと頭に浮かんでいた。
刃を振り上げる、勇者ヒンメルに、切り捨てられる光景が。
ズキンッ!
「ッ……!」
その時、一際強い頭痛がフリーレンを苛んだ。
思わず、目を瞑ってしまうくらいに。
そしてそれは、明確な隙を産み出してしまった。
ザッ
「あっ……」
気付けば目の前には勇者ヒンメルが剣を振りかぶっていた。
既に避けようのないタイミング、絶死の瞬間。
アイゼンとは距離が離れてしまっていて、間に合わない。
引き伸ばされた時間の中、アイゼンの目が見開かれていくのが、フリーレンの目に映った。
これは避けられないな、そう判断したフリーレンは杖を前に向けた。
どうせ死ぬならば、目の前の脅威と相討ちに持ち込むべきだと判断を下して。
そうして改めて魔力を滾らせながら目の前の存在を見て……気付けば腕が上がっていなかった。
「(あれ……おかしいな)」
自分に振り抜かれようとする刃を何処か他人事のように眺めながら、フリーレンは自分の行動に困惑していた。
相討ちに持ち込むべきだと、それが合理的な判断だと訴えているのに、体は言うことを聞いてくれない。
今更死に怯えるような殊勝な性質だったのだろうか?
死の間際に初めて知る自分の一面に戸惑う。
「……ごめん」
誰への謝罪だろうか、誰に謝っているのだろうか、自分でもわからないまま口から出た言葉。
「私はヒンメルをもう一度殺せなかった」
自然と口に出た言葉は、頭では理解出来なかった。
けれど、それは胸にストンと落ちた。
心が納得してしまった。
勇者ヒンメルを殺す事を、躊躇っていた自分に気付いてしまった。
いよいよもって刃が自分を捉えた時、自分のあまりの間抜けさに笑いが漏れてしまう。
この極限の戦場で殺したくないだなんて、甘えた事を自分が想っていた事に、笑うしかなかった。
やがてその刃が、フリーレンの首に到達し――
――薄皮一枚を切り裂き、そこで、止まった。
つう、と首に液体が、自分の血が流れるのを感じて、フリーレンは今生きている事に疑問を覚える。
何故……そう口にする前に眼前の人物はずっと引き結んでいた口をゆっくりと開いた。
「はぁっ、やっと話せるよ」
フリーレンの耳には届かなかったが、軽やかな声なのだろうと思えた。
何故か胸が締め付けられる思いだった。
勇者ヒンメルはそのまま、微笑みを浮かべたまま、動きを止めている。
「アイゼン、フリーレン、会えて嬉しいよ」
「ヒンメル……! お前……!」
アイゼンと、此方を見て言葉を紡ぐも、その音をフリーレンは理解出来ない。
出来ないのに、何故か目尻が熱くなっていた。
口を開いても、声は出なかった。
そんなフリーレンの視線に、勇者ヒンメルの眼光が交わった。
「何をしているんだ、撃て、フリーレン」
微塵の躊躇もなく紡がれた言葉は、フリーレンには理解出来なかった。
出来なかったのに、その手は、体は、反射的に杖を構え魔力を滾らせていた。
なんでと思うよりも早く、フリーレンは理解した。
頭ではなく、心で。
ゴォオッ!
勇者ヒンメルに向けられた杖から、ゼロ距離で極太の光線が放たれる。
強大な光線はその体を飲み込み、消滅させ得るだけの威力が込められていた。
それを勇者ヒンメルは避ける素振りも見せず、微笑みを浮かべたまま、ただ真っ直ぐフリーレンを見つめていた。
光線に全てが飲み込まれる、その直前まで。
「…………そっか、そうなんだね」
杖を下ろし、フリーレンは静かに呟いた。
「勇者ヒンメルなら……そう言ったんだ……」
フリーレンは頬を濡らしながら、僅かに俯いた。
その目の前には抉れた地面があるだけで、何も残っていなかった。
覚えてはいないけれど、2回目であろう別れを経て、フリーレンはただ涙する。
胸の痛みに、悲しみに、苦しみに、それを正しく理解出来ない苛立ちに涙を流した。
……けれど、戦いは終わっていない。
強引に涙を拭い、此方を見つめるアイゼンに休んでいるように告げて、フリーレンは駆け出す。
目標は、レーベ。
この馬鹿げた騒ぎを引き起こした元凶。
自分の大事な何かを奪い取った張本人。
戦意を滾らせて、戦場を駆け抜けた。