「凄い、倒してきたんですね!」
レーベは驚きと笑みを浮かべて、フリーレンを見つめた。
わざとらしいその態度に、眉間に皺が寄る。
「彼はすっごく強かった筈でしたのに、倒されるとは思ってもみませんでした! 流石は『葬送のフリーレン』ですね!」
なんとも空虚な言葉だった。
傍目には朗らかに見える。
笑みも柔らかく、他の魔族のように嘘にも見えない。
けれど、何処かズレを感じる。
決定的に、何かを間違っているような、そんな感覚だった。
他の魔族とは確かに違う。
この魔族にはちゃんと心があるように思う。
けれど同時に、どうしようもなくズレている。
人とも魔族とも噛み合わない、異質さを感じていた。
何よりも周囲で起きている惨状、生き残っていた人達が蔦や木の幹に捕らわれていく光景の中で、身体中から血を噴き出して、それでも朗らかに笑う精神性は、フリーレンには……人には理解しがたいものがあった。
あまりにも滅茶苦茶、世界を覆い尽くしている程の魔力を持ちながら、いたぶるように戦い、捕らえ、見たところ命を奪う様子もない。
目的が、見えてこなかった。
だからか、フリーレンは思わずそれを口にした。
「お前は、何をしたいの?」
もう既に勝った気でいるのだろう、終わった気でいるのだろう。
レーベは面白そうに笑みを浮かべたまま、フリーレンを見つめていた。
現状既に戦場に立つ人影は少なく、立ってる人影にも角が生えているものばかり……。
既に状況は絶望的、ここから逃げる事さえ難しいだろう。
それでもフリーレンは聞いてみたかった。
あの時、アウラを自害させた直後に現れたレーベの嘆きと涙には、嘘がないように感じていたから。
ズキンッ
……頭が、痛い。
それでも真っ直ぐ、フリーレンは血塗れのレーベを見つめていた。
レーベは嗤う。
朗らかに、壊れたように。
その瞳の奥に秘めた感情は、フリーレンには見通せなかった。
パンッ
レーベは唐突に両の手をうちならした。
そして笑みを深め、ゆっくりと口を開いた。
「そうですね! 折角なのでお教えしましょう! 私が望むのはただ一つ!」
目を開いて、真っ直ぐにフリーレンを見返して、レーベは言葉を紡いだ。
「私はただ、穏やかに暮らしたいんです」
その瞳は、他の魔族同様空虚だった。
フリーレンの片眉がピクリと震えた。
言葉の意味はわかるのに、理解出来なくて、困惑を隠せなかった。
「……意味がわからない。それならずっと何処かで引きこもっていれば良い。穏やかに過ごせる秘境なんて、いくらでも……」
「引きこもってましたよ? 人里離れた場所で農業していた私の居場所に現れて、私を営みに組み込んだのは貴方達人間です。そして、私から奪うんです、容赦なく、際限なく」
口元の笑みが消える。
「貴方達人間の欲望は限りないですね! 私が与えたそれを当然と思い込み、気付けば私の作るものは全て奪い、それが当たり前のように振る舞うんですよ!」
その様子に、フリーレンは二の句を継げなかった。
一方で行動の理由の片鱗も理解してしまって、思わず顔をしかめた。
施しを当然と、与えられた日常を当たり前に思い込む事には、自分にも覚えがあるから。
「……まあ、別に良いんですけどね、なれてるので」
けろりと、微かに溢れでていた狂気が唐突に霧散する。
目を細め、頬を吊り上げ、笑みを作った。
「ただ、私の作物が争いの種になるのは嫌でした! 私はただ穏やかに暮らしたいだけなのに、周りの人にもそう過ごして貰いたいだけなのに、もっと栄えたい、もっと富みたい、豊かになりたいって、争いの火種を作り出していくんです! それが、どうしても許せなくて……だから……」
レーベは語りながら、ゆっくりと目を見開いていく。
笑みを浮かべたまま、首を傾げて、フリーレンを真っ直ぐ見つめて……。
見開かれたレーベな瞳は、何も映していなかった。
「人の、人としての営みを終わらせようと、思ったんです」
「……はぁ……? 何を――」
フリーレンが呆けた声を洩らした瞬間、すぐそばの結界……不死なるベーゼの結界が砕け散った。
かつてフリーレンが数日がかりで仲間と共に打ち破った結界……思い出せばノイズが走り、何故あの結界を解除する事が出来たのかは思い出せないが、今の自分でも容易くはないのは確かだ。
そんな結界を打ち砕き現れたゼーリエに感嘆の思いを抱くが……その姿に目を見開いた。
「ゼーリエ……!?」
おびただしい出血の跡に、喪われている左腕、顔色は悪く、その表情には焦燥が滲んでいる。
フリーレンが魔力の揺らぎが見える程に、ゼーリエに余裕はなかった。
そんな初めて見る姿に思わず声を漏らした。
「っ……フリーレンか……レーベは――」
フリーレンと視線を交わしたゼーリエは僅かに安堵の色を浮かべたが、即座に周囲に向けた。
ゼーリエは理解していた、既に自分に余裕がない事に。
手早く、全ての元凶を叩き潰さねばならない、と。
そしてその目が、レーベを捉えた。
ゼーリエの瞳が険しく細められたその瞬間……凄まじい魔力が地面から、周辺一帯の地面から迸った。
「なっ……」
「くっ……!?」
咄嗟に身構える二人を置き去りに、事態は推移していく。
地面が割れ、そこから無数の太い木の根のようなものがのたうち始めた。
その全てがおぞましい程の魔力を秘めており、のたうつ度にビリビリと空気が震えた。
「あは、丁度良いです。
やがてそれらは互いに絡み合いながら一つの大きな、大きすぎる幹となり、天へと枝を伸ばしていく。
それは、巨大な樹だった。
戦場となっていたこの場ではいつしか……いつからか、戦いの音は響いていなかった。
そんな静寂の中現れた巨大な樹木に、誰一人言葉を発する事はなかった。
それに一番最初に気付いたのは、その樹を見上げていたゼーリエだった。
唐突に現れたその迫力に圧され、内包する魔力に驚愕し……そこに
「っ……! お前達っ……!」
そこには無数の顔……目を瞑り、意識のない様子の人の顔がいくつも浮かび上がっていた。
その中にはフリーレンの見知った顔もいくつか存在していた。
そしてそこには当然……ゼーリエの元に集っていた魔法使い達も含まれていた。
「貴様ァッ! レーベェ!」
憤怒に顔を歪めたゼーリエが、魔力を滾らせた。
フリーレンをしてまだまだ届かないと思わせる魔法の高み、収束の速さ威力ともに最高峰であり、食らえば塵も残らないであろう、見たこともない魔法。
「とある二人の男が夢見た計画を参考にした、世界を平和に導く計画です。人々はこの植物……世界中に
意に介した様子もなく、レーベはつらつらと言葉を紡いでいた。
それを見てゼーリエは決意する。
正直に言えば僅かな情がレーベに対して存在していた。
魔族にも関わらず心を持ち、善性を持った……自分も慕っていた時期があった相手。
だが、その在り方は既に歪みきっていた。
情状酌量の余地はない、このまま放っておく選択肢はない。
わかっていた事だが、ここで塵も残さず消し去るしかない!
歯を食い縛り、ゼーリエは全身全霊をもって、魔法を放とうとした。
「『
「あ……」
気付けば、ゼーリエの背後には褐色肌のドレス姿の魔族……トートの姿があった。
ゼーリエの背中に手を伸ばしていたトートのその手には、ゼーリエから実った、黄金の果実。
ゼーリエの瞳から、怒りが、悲しみが、理性が、消えていく。
爆発寸前だった魔力が霧散し、そこにはただ一人、エルフが立っているだけだった。
しゃく
「……深い、絶望の味……。ダメよ、ゼーちゃん……油断しちゃ」
しゃく
「貴女は別に、私を出し抜いただけで勝った訳ではないのだから……」
しゃく
「……甘いのね、本当に……」
ペロリ
トートが黄金の果実を食べきり、唇を舐めると同時に、ゼーリエは崩れ落ちた。
フリーレンは、ただその様子を眺める事しか出来なかった。
ゼーリエを今すぐにでも助け起こしたい、いや、トートが現れた瞬間にゼーリエを助けに行きたかった。
けれど、今目の前で、自分を真っ直ぐ見つめるレーベから目を離すなと、本能が告げていた。
決して目を逸らすな、と。
そして、レーベは何も起きていないかのように言葉を続ける。
崩れ落ちたゼーリエなどいないかのように、朗らかな声色で。
「人間達は理想の世界で生き続けます。そこはその人それぞれの閉じた世界。誰からも奪う事なく、誰からも奪われる事なく、平等で、平和で、平穏で、穏やかで温かい日々だけが続く、理想の世界……喪われたモノすら、私の創る世界ではいくらでも
レーベは満面の笑みを浮かべて、謳うように言葉を紡いでいく。
そこにはただ、彼女の想いがあった。
全てが幸せになって欲しいと。
もう奪われないようにと。
「これが、私達の計画、『神樹計画』です。如何ですか? 素晴らしいでしょう? 全てが幸せになる、完璧な計画です!」
両の手を広げ、天を仰ぐレーベの体からは、絶え間無く血が噴き出していた。
それでもレーベは心底幸せそうだった。
今の自分の状態など見えていないかのように。
「貴女は、私を否定しますか? ねぇ、『葬送のフリーレン』」