「え?」
その呟きは、誰から漏れた物だったのか、トートは一瞬わからなかった。
これで全てが終わると思って……レーベの望みが叶うのだと思って、目を伏せていたのに。
何が起きているのか、トートは知る必要があった。
ただ、まだ終わっていない、それだけは確かだった。
その事実にトートはひどく複雑な思いを抱えて、そっと目を開き、顔をあげるのだった。
何せ、先程の魔法は、レーベが唱えたものではなかったのだから。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
何が、起きました……?
私の背後に誰かが……背中に手を当てています。
そして目の前の、私が手を伸ばした筈のフリーレンが、今私が喰らい尽くす筈だったフリーレンが、いません。
目の前の幹には、空洞だけ。
先程までそこにいた筈のフリーレンは、忽然と姿を消しています。
白い煙を残して。
その正体に思い当たるより前に、答えは背後から聞こえた声からもたらされました。
「『
フリーレンの、この世界の主人公の声。
私の魔法を唱える声。
私の中から、実って、いく。
無くなっていく、私の中から、さっきまであったものが。
私の中にあったものが、奪われて、いく。
「え?」
私の魔法が、私の魔法で、私が、奪われていく。
また、奪われる。
私のものになったのに、奪われていく。
脱力感に、思わず膝をついた。
身体中が痛い、さっきまで全然気にならなかったのに、痛くて痛くて仕方ない。
背後にいる、フリーレンが、奪った。
私の魔法で、私の魔法を使って、私から、また奪った……。
カリッ
背後から、何かを咀嚼したような音がした。
フリーレンは、背後に立っているフリーレンは、さっきまでのガタガタだった様子が嘘みたいに……満ち足りた気配を発していた。
「……私の
痛む体で振り向けば、そこには涙を一筋流し、私を見下ろす
冷たい瞳で、私を冷徹に見下ろして……。
……まるで、私が無価値なものみたいに。
ああ……。
「レーベちゃ――」
あああああああ……!
「あぁあああああああああ!」
また奪う!
また私から奪うの!?
なんで!?
ムカつく、ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!
なんでも思い通りに出来るような顔して、その通りになって……!
意味がわからない、なんで私の魔法を使えるの!?
これが主人公なの!?
気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪いっ!
折角勇者を再現してあげたのに、容赦なく殺してるのも気持ち悪い!
私に泣いて感謝するべきなのに、歯向かって、私に、私の魔法を使うなんて信じられない!
それは、私の魔法、私の魔法だ!
私の魔法が、私から奪うなぁああああああああ!!!
あぁああああああああああああああああ!
「レーベちゃん! 落ち着いて!」
もう知らない、知らない知らない知らない!
ムカつく、気持ち悪い、ムカつくムカつく!
なんで!?ふざけてる!なんで私ばっかり!
ずっとずっと、奪われてばかり!
もう、これ以上私から奪うな……。
「私から奪うなぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「っ……!」
思い出を、記憶を取り戻して、心が満たされる感覚に現を抜かすんじゃなかった……!
それは、現状を見て率直に思った事だった。
さっさと全力で殺しにかかるべきだった……何せ相手は理外の化け物だったのだから……。
「……どうしたら、良い?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
唸る大地の上で、縦横無尽に暴れる樹の根、人々を巻き込んだままの樹は、その枝を更に伸ばし続けていく。
伸びていくにつれて大地はその姿を変えて、干からびた荒野へと変貌していった。
私は記憶を取り戻した後、少しだけ間をあけてしまった。
目の前の脅威を取り除くよりも、取り戻した記憶を噛みしめる事を優先してしまった。
幻でも分身でも変わらないヒンメルへの信頼を、想いを強めてしまって、直ぐに動けなかった。
その結果が、レーベが見境なく暴れ始めるという結果に繋がってしまった。
私は……吠えたレーベから噴き出したおぞましい魔力に、無意識で撤退を選択していた。
勝てないと本能的に思ってしまって……倒れたままのゼーリエを抱えて全力で逃げてしまった。
……私は……千載一遇のチャンスをふいにしてしまったのかもしれない。
ここから見える景色に、レーベの姿は見えない。
ゼーリエを倒したトートや他に魔族もいるのだろうけれど、そのどの存在も感じ取れない。
ただただおぞましく強大な魔力が充満していて……重圧と恐怖を感じ続けていた。
「こんなの……どうしたら……」
ゼーリエから反応はない。
ゼーリエという大魔法使いが少しずつ蝕まれていく様子が、見るに耐えなかった。
目の前の絶望的な光景に、膝をつきそうになる。
既に、戦える魔法使いはいない。
もう避難しているか、取り込まれているかだ。
そして避難していたとて、アレから逃げられるのかも定かじゃない。
街のほうを見れば、巨大な根や枝が突き出ていて……安全圏にはとても見えなかった。
後から後から、後悔がわきあがってくる。
この光景は……私のせいだ。
レーベが油断している間に、動揺している間に、隙をついて即座に殺すべきだった。
今までそうしてきたっていうのに……なんで、こんな時に限って……。
「……アイゼン、フェルン、シュタルク……」
置いてきたアイゼンは無事だろうか?
戦場にいた筈のフェルンとシュタルクは大丈夫だろうか?
そう頭に過るも、このままならどうせ全てあのおぞましい神樹とやらに取り込まれてしまうだろう。
早いか遅いかの違いでしかない……私にはもう、ここから引っくり返す術がない。
「……ハイター……ヒンメル……」
……それでも。
杖を強く、握り締めた。
その名前を呼んだら、取り戻した名前を呼んだら、少しだけ勇気が湧いてきた。
そう、そうだね、諦めるのはいつだって出来る……ここで膝を抱えて終わりを待つんじゃ、私は前と同じだ。
ベーゼの結界の前で膝を抱えた時の私じゃない。
膝を折るのは早すぎる。
考えろ、考えろ。
規模があまりにも規格外だけれど、あれらは全て同じ魔法、『
そこに、突破口を見出だすしかない。
レーベを始末しなければいけないけど、正直まだ私にはその方法は思い浮かばない……一応平行でその方法は模索していく。
ただ……ゼーリエなら何かレーベに対して致命的な手段を持っている可能性がある。
旧知の仲だったようだし、レーベの事を殆ど把握していなかった私と違って、ゼーリエはいずれこうなるとわかっていて戦いを挑んだ節がある。
……それなら何か勝算を持っていて然るべしだろう。
さっきの朧気に聞こえたやり取り、レーベは取り乱し、トートはそれを諌めようとしていたように思う……。
その隙をついてみるか。
この植物が荒ぶるおぞましい魔力の嵐の中で、トートに肉薄し『
……正気じゃない。
現実的じゃない。
あんな嵐の中に飛び込んで、無事でいられる訳がない。
けれど……。
「……よし」
他の方法は模索しつつも、今最も勝算の高い可能性に賭けるべきだ。
このまま滅ぼされるくらいなら、最後まで抵抗してみせる。
杖をレーベ達がいる筈の方向へと向けた。
存在感がありすぎてそちらにいることしかわからないし植物達が荒ぶって姿は見えないけれど……全力の魔力を込めてぶち抜いてみせる。
その空いた隙間を一気に飛び込んで、トートに肉薄、『
……魔法はイメージの世界。
出来ないと思ったものは決して出来ない。
こんなところで諦めてどうする。
ならば、出来ると思った事は必ず出来る。
私は、そう信じる。
そうする事を、私はヒンメルから教わったんだ。
「『
ゴオッ!
渾身の光線を放ち、思った。
(足りない……!)
何もかもが足りていない。
渾身の魔法だった、これ以上の威力は込められないくらいの。
恐らくは数本の根や枝を壊す程度にしかならないと、直感的にわかってしまった。
不甲斐なさに思わず顔をしかめた。
その瞬間だった。
「意外と良い根性してるじゃねぇか。上等だ、期待以上だぜフリーレン」
そんな声が聞こえて、杖を握る手に小さな手が添えられた。
何をと声が出るよりも早く……その手から一瞬で駆け巡った魔力による変化は劇的だった。
私の魔法陣が、私が完全にコントロールしている筈の魔法が書き換えれていく。
一瞬で、止める間も無く。
そして、見るだけで理解してしまう。
今この瞬間、目の前の障害を、この魔法は過不足なく
惚れ惚れする……見事な魔法だった。
他人の魔法に干渉し、ここまでの魔法を使う事が出来るのかと信じられない思いだった。
「『
スドォオオオオオッ!!!
横に立つ、私の手に手を重ねる小柄な姿は、そう呟いてギザギザした歯を見せてニヤリと笑った。