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「……おやすみ、レーベちゃん」
バーベキューを終え、幸せそうな様子で眠りにつくレーベちゃん。
そんなレーベちゃんを私は膝枕をしてあげていた。
優しく、起こさないように慎重に頭を撫でる。
すぅすぅと安らかな寝息をたてるレーベちゃんに笑みが溢れた。
そこでふと、私は顔をあげた。
「……そういえば掲示板のほうは、どうなってるかな……」
そう呟いて、転生者掲示板に意識を向けようとした、その時だった。
音も無く、前触れも無く、突如として目の前に
オーロラはゆらりと大きく揺れるとまた同じように跡形もなく消えていく。
一つの人影を残して。
『蒸血』
【mist……much】
ブシュー!
瞬間、その場に満ちる白い煙。
この世界では聞く筈のない機械音を響かせ、それは現れた。
【cobra……co、cobra……fire!】
バシューン!
パンパンパン!
弾ける火花が白い煙に包まれた人影を照らしだす。
そこに立っていたのは全身赤色の怪人だった。
この世界に似つかわしくない機械的な姿に、思わず私の瞳が鋭く細まる。
『んんっ……よぉーイッチ。遊びに来たぜ』
黒い小銃をクルリとその手の中で回し、仰々しく両手を広げた怪人は芝居がかった様子でそう話しかけてきた。
緑のバイザーの奥で、蛇のような瞳がギラリと光った。
……この姿は、確か……。
「ブラッドスターク……」
『おお! 知っていたか! 光栄だねぇ。如何にも! 俺は【仮面ライダービルド】に登場する序盤敵幹部ポジションの【ブラッドスターク】! またの名を……』
くるりとその場で回った怪人は、仰々しい態度のまま、まるで舞台にいるかのように優雅に一礼する。
『地球外生命体エボルト……ま、お前達に分かりやすく言うなればコテハン【星食みの蛇】がこの俺だ。以後、お見知りおきを』
その名前は覚えがある。
クヴァ君がみだりに情報流出し始めたから咎めた、転生者掲示板、その参加者に繋がりを通じて『
要警戒存在の一人。
『……って、イッチの奴寝てるじゃねぇか。かーっ、呑気な奴だぜまったく。これから世界を滅ぼす存在とは思えねえアホ面して眠りこけやがって……ま、俺にとってはどうでも良いがな』
確かこいつは此方に介入する気を見せていた筈……となるとここでわざわざ姿を見せた理由は何?
こんなに堂々と……介入する気というのも消極的な反応だった筈なのに……奴の狙いが読めない。
『そうそう、本来俺はまだまだ干渉する気はなかったんだが……神様どもの本命が来ると俺の出番は来そうになかったからなぁ……折角だからイッチの顔だけでも見るかとわざわざ会いに来たのさ』
「……それは、私達がもう詰んでいる、とでも言ってるのか」
自分でも驚く程に冷たい声が出た。
レーベちゃんの悲願が達成される間近で、神や転生者の横槍で全てが台無しにされるなんて、そんなくだらない結末にさせるつもりはない。
……世界間の防壁をもっと強固に、複雑にしておくべきか。
見ての通り目の前の怪人もすり抜けてこの世界に足を踏み入れているのだから。
『さぁてね、邪推するのは勝手だぜ? っと、それともう一つだ、個人的な興味と好奇心から、アンタにも会っておきたかったんだよ』
「私に?」
思わず目元がピクリと震えた。
私に会いたい、そう語る意図が読めない。
『星を喰らう化け物の先輩として、色々聞いてみたかったんだよ。絶望と怨嗟の声をBGMに、星の生命を喰らい尽くす日々は楽しかったか?』
シャクッ!
ブクブクブク
グニョーン
ズリュンッ!
『ッブハァ! おいおい、いきなり
「ちっ」
上半身を
口の中に広がる味と感触は明らかに人の身ではなく、血肉の味も脳漿の味も感じられない。
ボリボリと口に残った固い感触を咀嚼して、目の前の怪人を睨み付けた。
『やれやれ、おじさんも嫌われたもんだ。初対面だぜ? 仲良くしようぜ先輩。星ごと全てを喰らうバケモノ同士、さ。なあ?』
「……」
『【トリコ】世界のラスボス、底無しの食欲と悪意の化身【ネオ】さんよぉ?』
……こいつは。
「何が目的?」
『あん?』
こいつは明らかなイレギュラーだ。
今この大事な時に、まともに相手していたくない。
けれど……敵意も感じられない。
私達をどうこうしようとする気はない……?
それにしては私の神経を逆撫でするような言動で……。
……目的が読めない。
「邪魔をするつもりなら本気で排除する。ただ、今は無駄な争いはしたくない……大人しくこの世界から出ていくなら何もしない」
『……クハッ! これはこれはなんて慈悲深い提案だ。お言葉に甘えて……少しだけお話をさせて貰えれば、この世界からはお暇させて貰うとするさ』
話、か。
この調子だと私の神経は苛立つだろうけれど、此方に直接的な害はない。
ここで敵対するリスクを負うよりは……。
「……仕方ない」
許容しよう。
肩を落としながら、ため息を吐いた。
『クククッ……どうやら相当イッチにお熱のようだ。だが、そこが一番俺にとっては解せなくてな? 【ネオ】が潜んでいるわりにはこの世界は未だにでかい爪痕もなく平穏無事……かは諸説あるか。だが確かなのは、今のこの世界の現状が【ネオ】のイメージとはどうしてもズレる事……』
わざとらしく足音を立てながらフラフラと歩きながら、ブラッドスタークは言葉を紡ぐ。
『何故そうもイッチに執着する? 宇宙を喰らい尽くすまで止まらないバケモノが、人の……魔族のか。そんな体で大人しくしている。力を封じられている訳でもないのにも拘わらず、だ。……何故だ? 【ネオ】が存在した世界なんざ全て喰われて虚無になるのが当然の帰結だ。ちっぽけな女一人に従ってる意図がわからん』
バイザーの向こう、碧の眼光が私の膝に頭を乗せて眠るレーベちゃんを貫いた。
その視線から思わず庇うように動けば、よりブラッドスタークは面白そうに、興味深そうに肩を揺らす。
『クハハッ、相当入れ込んでるな。イッチを想う気持ちは本物らしい……ククククッ、あの【ネオ】がねぇ……だからこそ気になる。何故そうもイッチに肩入れする? 世界に絶望した小娘一人……むしろお前の大好物だろう? 何故喰わずに、まるで対等かのように振舞い、隣に並び立ち、この世界を歪ませようとする? 全てにおいて中途半端だ……お前の狙いは、なんなんだ?』
「…………」
本当は、こんな奴にわざわざ言う事じゃない。
言う事じゃないけれど……。
「私は……」
永い時の中で、少しだけ……ほんの少しだけ辟易していたんだと思う。
「私はただ、レーベちゃんが……可哀想で仕方なくて……生前の最期が、あんまりにもあんまりで……グルメ時代程じゃないけれど、現代日本で餓死するなんて……あんまりにも残酷で可哀想だったから、ここでは幸せになって貰いたかった、それだけ。……それだけ、だったのに」
もう後戻り出来なくなった現実に、それでもレーベちゃんの為にと足掻かなければいけない日々に。
もう、こんな事をする気はなかったのに、この世界を壊してしまうであろう未来に。
結局の所私は……
絶望しか作れない、人を絶望させる事しか出来ない。
分け与える事の尊さをアレだけ教えて貰ったのに、
ただ奪われるだけの生を送ったレーベちゃんを……幸せに出来なかった。
「……でももう、手遅れ。もうとっくに……最初から限界だった所に向けられた悪意と失意、そして絶望……傍にいて庇うのも間に合わなかった。……これ以上
一緒の食卓を囲んで共にいて、分け与えて、それだけで良いとアカシアもトリコも教えてくれた。
でもそれだけじゃぁ、とっくに壊れかけだったレーベちゃんを救う事は出来なかった……。
『…………へぇ、成程なァ……先輩は【トリコのラスボスネオ】ではなく、【トリコのラスボス
……いや、そもそも
転生を果たした彼女は、自分の恩人とも呼べる天使を喰らい尽くした事を理解し、絶望し、その場で命を絶ってもおかしくない精神状態だった。
だから、
全てを忘れれば、幸せになれるだろうと思って。
……甘い、甘すぎる考えだったけれど。
「……聞きたい事はそれだけ? それならさっさといなくなって。私達は明日、全てを終わらせる。誰にも、邪魔はさせない……」
まっさらになった彼女は、何かに導かれるように農業に精を出して、当然のように人に分け与えて、そして……裏切られた。
食べて、壊れて、歪んだ彼女の記憶と性格はグチャグチャだ。
それでも根の部分では他者の幸せを願っている……だからこそひどく歪で救いようがない。
だからこそそんなレーベちゃんを、
『クハハハハッ! 傑作だ! 底無しの悪意がたかが人間の悪意に屈したか! いや、あの世界を救った英雄達と関わった事で甘くなったからか? まぁいい……クククッ……』
体を震わせて笑う怪人が、忌々しい。
全てを嘲笑われているようで、ひどく不快だった。
ブラッドスタークは一頻り笑うと、突然此方に銃口を向けてきた。
持ち手の手前に、何かを装填しながら。
シャコンッ
【fullbottel!】
途端に機械音声が鳴り響き、なんらかのエネルギーが銃に溜まっていくのが感じられる……。
……今更敵対するつもり……?
驚きながらも、レーベちゃんを膝枕している今、避ける事は出来ない。
『これは、長々と話して貰った礼……御近づきのしるしって奴だ』
【steem break! cobra!】
ドォッ!
やがて銃に集ったエネルギーはエネルギー弾として此方へと放たれた。
生半可な存在では食らったらひとたまりもないような、エネルギー。
けれど、私達にとっては大したものじゃない……。
そんな事、目の前の怪人もわかっているだろうに。
とはいえ。
「……レーベちゃんを起こす訳にもいかない、か。あー」
ここで炸裂させて安らかに寝息をたてるレーベちゃんの睡眠を邪魔するのもしのびない。
ここはいつも通り、しゃくしゃくさせて貰おう。
シャクッ
その瞬間、
「あ……♡」
『……フッハハハハハハハハハ! 食の好みは変えられても、味の好みはなかなか変えられないものだよなぁ? 絶望の味、変わらず大好きだろう? その絶望は俺がかつて喰らった星の生物の絶望を凝縮したものさ。よっぽど気に入ったようだな? ククククク……どれだけ取り繕おうと、本質は絶望を啜るバケモノなんだよお前は』
「っ……!」
反論、したいのに……身体中の細胞が歓喜し過ぎてて、言う事をきかない……!
頭のてっぺんから爪先まで痺れるような感覚を覚えながら、ただ睨み付ける事しか出来なかった。
『豊潤な絶望の味は刺激的過ぎたか? 脳髄まで蕩けるような甘美な快楽だろう? ククク……さあて、自分の事が自覚が出来たようだから……次はお前の
…………罪……?
『お前、この事態を引き起こした当事者の癖に、どっか他人事だよな? 今この世界が滅びかけてるのはイッチの選択で、まるで自分は関係ない、けれどイッチの事を見捨てられないから手助けを……みたいな事、考えてんだろう?』
「……それは」
図星だった。
だって
こうなったのは、彼女が幾度も裏切られたから……。
『目を逸らしてんじゃねぇよ先輩』
『一度壊れた奴の記憶を消したからと主導権を渡し、どうにもならなくなってから飛び出して力ずくで解決……成程確かに筋は通っているような気がするな?』
『だがここには致命的に欠けた視点がある……そうだろ? 自分でもわかってんだろ? 本当に、どうにもならなかったのか? どのタイミングで介入しても、こうなったと言い切れんのかよ?』
『宿主の自由意思に任せる……お題目だけはご立派だがなぁ、壊れちまった宿主に対して掲げるには……ちとお綺麗過ぎたんじゃあねえのか? なあおい』
…………。
『もっと言ってやろうか。お前、イッチを絶望させた相手を絶望させて喰らっただろう』
「ッ……!」
『趣味と実益を兼ねて、か? クハハッ! なんとも効率的だな! 味を占めて何度もやったか! ああ、ああ、そうだろうなぁ! 物語を終えたトリコの世界じゃ、絶望の味なんざ味わえなかっただろうからな! それはそれは甘美だった事だろうさ!』
何も言えない。
だって、その通りだから。
それでも。
「だ、だったらなんだって……!」
同類のこいつには、そんな事言われたくは……!
『おいおい』
トン
その瞬間、赤い残像を残し、気付けば目の前にそいつはいた。
人差し指で、
『論点をすり替えるなよ。今はお前の話をしている。俺がどうなのかは、どーでも良い話だ』
そうだろ?と言って肩を震わせる怪人に、
『お前は確かにイッチを救おうとしたのかもしれない。だがやり方を致命的に間違えた。もっと近くで寄り添い、支える必要があった……そして、ついでに自分の嗜好を満たそうとした……それがこのザマだ。あと一歩でこの世界は実質的な滅びを迎える事だろうさ。それも全て、お前のせいだ。お前がちゃんとしてれば、こんな事にはならなかった!』
ゆらりと体を起こしたブラッドスタークは、一歩距離をとるとゆったりとした動きで此方に左手の人差し指を向けた。
その向けた姿はまるで、銃のようで……まるで、
『さあ、お前の罪を数えろ……ってな。ククククク……フッハハハハハハハハハハ!』
ブゥンッ!
芝居がかった仕草の直後、
『さて、そろそろお暇させて貰うぜ。楽しい時間だったなぁ、イッチに先輩。
オーロラに飲み込まれた怪人は緑のバイザーと青の眼光を光らせて、ヒラヒラと手を振っていた。
高笑いを残し、宙に溶けるように消えていく姿を、
結局奴は、ただ私の心をざわつかせただけで去っていった。
胸に手を当てて、大きく息を吐き出す。
吸い込んだ空気は妙に冷たくて、芯から体が冷えていくような気がした。
全て、私のせい、か、
……私はこれまで、何をしてたんだろう、なぁ。
「…………私は……
……それでも、彼女を……レーベちゃんを……。
私は……。
……。
『星食みの蛇』
仮面ライダービルドのラスボス、地球外生命体エボルトに転生した転生者。
ディケイドのオーロラを操る力を持ち、自由自在にあらゆる世界、時空、時間に干渉する事が出来る。
どうやら自分の世界、仮面ライダービルドの世界は既に食い尽くしたようだ。