私がVTuber、正式名称バーチャルY○uTuberという存在を知ったのは、ニ○ニコ動画の切り抜き転載であった。
アニメキャラクターのように軽やかに動くソレに魅了され、見たいというより、やってみたいという好奇心が勝る。だが、黎明期、知識の無い存在がVTuberになるというハードルは非常に高いものだった。
結論を先に言えば、私は諦めた。
諦めた心に彼らの輝きは眩しすぎる。多分、逃げた。逃げている。
時は流れ、私は一歩を踏み出す勇気が出てきた。
理由なんて些細なこと、ネットで知り合ったお兄さんが全員に語った言葉。
『人生はロールプレイング、魔王がいるわけじゃない、絶対悪がいるわけじゃない、だからこそ――挑戦するのもありなんじゃないか?』
私はその言葉に感銘を受けた。その場所にいた全員に向けられた言葉、それが自分だけに送られた言葉に感じられた。そして、自分の臆病さが少しだけ消える。
例えるならば、翼を与えられたように行動した。
最初にマイクを買った、
次にオーディオいんたー? なんたらを買った、
その次に動くイラスト、ライブ2Dとかいうのを買った、
だが、道具を取り揃えたと同時に躓いた。
「VTuberとは何をするのだろう?」
機材という機材は取り揃えたが、どうにも何をするのが正解なのかわからない。
Y○uTubeでVTuberの動画を見てみるが、雑談配信やゲーム実況、色々なことを放送している。そんな中で自分はどれをやればいいのかと頭を抱えてしまう。
すべてをやるという選択肢はあるのだが、今現在VTuberは二万人という人口がある。そんな中で一歩目で地雷を踏むことに恐怖が背筋を通る。
何をすればいいのか、何を成せばいいのか、自問自答、心だけがフリーズしてしまっている。
「いや、為せば成る。0より下の数字は存在しない……!」
この気持ちを手にれるまでに数日かかってしまった。
だが、地雷を踏む勇気を持ったのは確か、吹き飛ばされても足が無くなろうとも匍匐して進むのみ。
チャレンジャーになる。それだけ。
2
私が動画投稿をはじめて三日、お気に入り登録者数は未だに0、やはり絶対的母体数が多いこの業界では一芸に秀でてなければ見てもらえない。
特別焦りのようなものは存在しない、感じるのは0という数字に救われているという実感。これにマイナスが付けられてしまえば心が折れているだろう。だが、この動画配信サイトには-1という単位は存在しない。それが拠り所になってくれている。
話しを戻して、今やっているのは麻雀の実況動画、VTuberがよくやっている雀ノ魂というネット麻雀ゲームを軸に構え、ライブではなく実況動画という形式で着実に数字を伸ばそうと努力しているのだが、私という存在は失念していた――麻雀というジャンルには上には上がいるということに……。
VTuberとしての名前、西ノ風マカロニの雀ノ魂での実力は雀豪3、このゲームの中では上位10%に達する程の実力者なのだが、上にはこのゲームで一番の階級、魂天の称号を持つVTuberがいる。言ってしまえば中途半端に上手いからこそ、目新しさが存在しないのだ。
これが麻雀はじめたての存在なら育むという感情で接することができるだろう。だが、私はある程度の実力者、育む目も強さに惹かれる目も向けてもらえない。
シビアな世界、生半可な覚悟では足を踏み入れてはならない世界。
……でも、挑戦だけはやめてはならない。
すべては0からはじまる。
「うっすうっす……録画はじめるかー……」
私は動画を撮る時に三秒以上の沈黙をしないことを決めている。
もし、私の動画を見てくれる人がいるのなら退屈な時間を作ってはならない。こと麻雀というゲームは実況するなら沈黙が起こりにくいゲーム、リアルで打つのなら沈黙をキープする必要があるが、現状の手牌の解説、河の危険度、この牌が来れば流れが変わるような解説で三秒以上の沈黙をキャンセルすることができる。
身の上話や今日の食事、本当に些細なことすら拾ってトークを回す。苦手な一人ノリツッコミも頑張って挑戦。
「良い形だぁー美術館に飾れるかもね♪」
開幕二向聴、少し待てば三色も付きそうな配牌。普段なら無言で唸るだろう。だが、今は柄ではない発言もネタになるのなら積極的に取り入れていく。
大手のVTuber、それの動画を参考にしているが初期ならまだしも熟練度を増した二年目や三年目となればコメント欄に頼らないトーク力というのが見てくる。
表現するなら見てる側に一切の退屈を与えない配慮、それが自然な形で提供されている。会話の引き出しとでも言うのだろうか? そこには確かな実力が伴っている。
見様見真似、こればかりは勉強と学習では片付けられない。圧倒的な会話の引き出し、箸が転げた話しでも笑いに昇華する芸人力。動画を投稿して三日でそれを強く感じてしまう。
――だが、それでいい。
私はなんの後ろ盾もなくY○uTubeという大海に泳ぐ蛙。狭い世界で生きている井の中の蛙。だからこそ、波乱の中を泳ぐ理由がある。
自分には可能性があると言い聞かせ、そして前だけ見つめ歩けばいい。先人達が富士山の上にいるのなら、私という存在はエベレストに向かって歩けば良い。それだけ。
心が折れなければ、心という手足が動けば前に進める。まだ心はひび割れてない。綺麗なものだ。
「くぅ! 最後の立直がなぁー勝てたなぁー……次は絶対勝つから応援よろしくお願いします!! ではでは~」
研ぎ澄ます、自らの個性を研ぎ澄ます。
エンターテイメントを求める人間は常識人を欲しない、いつも狂人を見たくて映像を眺める。私は個性という武器を持ち、狂人の立ち振舞をするのが正解だと思っている。
もし、それが間違えだったとしても……違う正解を暗中模索で探すだけ……。
「……さて、動画を確認するか」
OBSというソフトは凄い、多機能なのにロイヤリティフリー、中学生時代はアマレなんとか? それくらいしか録画ソフトが存在しなかったが、今ではこのソフトで録画と配信ができてしまう。時代の変化というのは凄いものだ。
妙にテンションの高い声と動くイラスト、自分が動画を作っていることを感じる。こんなに面白みの無い男が面白いヤツを演じているのは……まあまあ滑稽ってものだ……。
最初の数分を見て音声が途切れていないかを確認するだけでもいい。でも、自分が演じるピエロがどれだけ動画投稿者、配信者の猿真似が出来ているかを確認するのが重要。私は元来面白くないタイプの人間なのだ。面白くない人間を出していないかを探るようにメディアプレイヤーを眺める。
「……本当に、ここで勝てないとなぁ」
綺麗に逆転勝利を許した瞬間、妙な酸っぱさを感じる。
持つものと持たざるもの、そんな線引は学生時代に重々しく理解している。だからこそ、生まれる素朴な疑問。その線引に足を踏み入れることが許されるのか、それとも――……踏み越えることがこの世界に経つ方法の一つなのか? 知的好奇心というのは尽きないものだ。
ペイントソフトを開き、事前に作っておいたサムネイル、動画冒頭だとか、閲覧する際に表示されるイラストに数字を付け足す。
「……第三話ってね」
やることは山のようにある。
時間の無駄かもしれない。
一時間は一日に二十四回しか存在しない。それを超えると明日という括りになる。
だからこそ、私は恋い焦がれたVTuberに時間を捧げたくなった。
無駄を楽しんでこそ人生、無駄こそが人生の本質。
底辺VTuberはY○uTubeという大海を夢見る。