碧海のサルティーナ   作:あんさん

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第8話 見習い

「おいおい、フィン! 誰だよ、あれは! すげぇ美人じゃないか」

 

「うちの臨時雇いだよ。ちょっと縁があってな」

 

「フィンのところに女が!? 信じられねえ」

 

「おいフィン、その美人とどこで知り合ったんだ?」

 

「ただの知り合いだ。静かにしろ」

 

「ただの知り合いって、まさか…?」

 

「まさか、というのはどういう意味だ?」

 

 仕事を受けるためアリスを連れてギルドへと足を運ぶ。ギルドのドアを開けると、そこはいつもの賑やかな光景が広がっている。顔なじみのパイロットたちが、仕事を探しに集まっているのだ。そして案の定アリスを連れたフィンは大注目されてしまった。これもひとえにフィンの普段の行動から考えられない事だったからだった。

 遠巻きに見ている野次馬の会話はどんどん過激になっているようだ。フィンは辟易しながらも、皆の好奇心を煽るようなことは言わない。

 

「助手だよ。とにかく、仕事を探しに来たんだ。静かにしてくれよ」

 

「浮いた話のないフィンが、こんなところに美人連れてくるなんて、太陽が西から昇ったようなもんだ」

 

 何度目に声を掛けられたか判らず辟易していた所に、そう言って肩をたたいて気安く声を掛けて来たのはリチャードだった。

 

「お前だけはギルドに女連れで来ることは無いと思っていたのにな」

 

 もう一人の顔なじみのジョージからも声がかかる。取り巻いている連中は皆、フィンの傍らにいるアリスの美しさに目を奪われている。フィンはいつものように、面倒くさそうに皆の言葉をはねつける。

 

「成り行きで雇う事になった助手だよ。ルーカス絡みだから察しろ!」

 

 その一言でリチャードとジョージは顔を見合わせ、なんとなく詰まらなそうに納得する。

 

「そっか、そうか。そりゃ災難だったな。まぁ頑張ってくれや」

 

 二人が離れていき、まだ騒がしい雰囲気の中、フィンはギルドの受付へと向かう。二言三言会話し、少しばかりの航空運送の仕事を請け負ってきた。

 

「騒がしくてすまんな。依頼も受けたし事務所に戻ろう」

 

 そうアリスに声を掛けると、ギルドを出て事務所に向かって石畳の歩道を歩き出す。美少女と無言で歩くのはキツいので少し会話しておこうとフィンは声を掛ける。

 

「さてアリス。成り行きと言え一緒に働くことになったからには、お客さん扱いはしない。これから俺はフィンでいい」

 

「判りました。フィンさん…フィン」

 

 アリスは戸惑いながらも期待にあふれた顔でウキウキしているようだ。

 

「アリスもそんなに丁寧な言葉でなくてもいい。で、仕事と言っても荷物の積み下ろしとかの肉体労働は無理だから、やって貰う事は限られる」

 

「そんな…何でも頑張りますよ!」

 

 ちょっとしょんぼりしているのが判る。表情に出易いのはちょっと微笑ましいなと、思いながら会話を続ける。

 

「気持ちは嬉しいが、その華奢な体格じゃ無理だって…」

 

 小さい袋一つでも十キロ、大きなものは二百キロとかはある荷物だ。荷役作業員の様に鍛えてない者にはとてもこなせない。大物はフォークリフトや台車などの出番だ。とても年頃の少女の出番があるとは思えない。

 

「で、やって貰えそうなのは伝票の管理だ。読み書き計算は出来るだろ?」

 

「はい、それは勿論大丈夫です」

 

「OK、ならアリスの仕事は出先で受け取った伝票を整理して、マヌエラが帳簿につけやすいようにしてもらう事になる」

 

「頑張ります!」

 

 何がそこまで楽しいのか分からないが、熱意を感じる。

 

「なぁアリス。一つ聞いて良いか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「飛行機の何がそんなに気に入ったんだ? 振動は多くて乗り心地が良いわけでもないし、エンジン音やプロペラの音は喧しいだろ? 落ちたら怖いと思わなかったか?」

 

「そうですね……でも飛び立つときの浮遊感は得難い体験でした。方向を変えるときの感覚も楽しかったです。それに何よりも空から見る景色は素晴らしかったのです!」

 

「なるほどね、それが楽しかったクチかぁ」

 

 フィンはただただ操縦する事が楽しかった初心者のころを思い浮かべる。アリスの熱意が少し理解できた気がした。

 事務所に着くと扉は空いていたのでマヌエラは出勤しているようだ。今日はタイミング良いね。ドアを開けて挨拶する、

 

「マヌエラおはよう。色々あってこの娘…アリスをしばらく手伝いで受け入れて飛ぶことになった。こっちはマヌエラだ。わが社の事務を一手に握っている」

 

 フィンは、事務員であるマヌエラに、アリスを紹介した。マヌエラは、アリスの美しさに目を輝かせながら、快く引き受ける。

 

「ようこそ、アリスさん。女性が増えて嬉しいわ。これから一緒に働きましょうね」

 

「連れて飛ぶ約束なので、現場での伝票の書き方を教えてもらえるかい。悪いけど早速明日から連れて行くので、今日の午後に仕込んでくれると嬉しい」

 

「あら、半日とはずいぶんスパルタね。久しぶりにその顔を見たわよ」

 

 マヌエラはちょっとニヤッとした表情でフィンに返事する。

 

「そんなことないだろよ…何時も優しいだろうが」

 

「よろしくお願いします」

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、仕事はすぐに慣れるもの。それにしてもフィンが他人を、しかもこんな可愛い女の子を受け入れるとはね。明日は嵐かしら」

 

 マヌエラはフィンの行動が信じられないようで、くすくすと笑っている。フィンは頭を掻きながらヤレヤレと言う感じで答えた。

 

「嵐は勘弁だ。成り行きで断り切れなかったんだよ…それに休暇で(エレミーナ)に来ているらしいから、ここで働くのもそれほど長い期間じゃないさ」

 

「予定は判りませんが、しばらくお願いします」

 

 少し寂しそうな顔をするアリスをマヌエラに預けて明日の集合時間だけ指示する。こうして、アリスはガネット・エア・デリバリー・サービスの一員となったのだった。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 翌朝。

 

「あの、これで終わりですか?」

 

「ああ、伝票の管理なんてそんなもんだぞ」

 

 アリスは初仕事の緊張に包まれて港までやって来たのに、渡されたのは数枚の伝票だけ。しかももうフィンが荷物と照合して計算を終えていた。

 

「そもそも、そんなにやる事が一杯あるなら誰か雇っていると思わないか?」

 

 そう言われればそうだとアリスは納得するが、同時に仕事の緊張に眠れなかった昨夜のことを思い出しがっかりもする。それと同時に、簡単な仕事に理由をつけて受け入れてくれたフィンの優しさに気づき申し訳なくなる。

 

「配達先の島でもやる事はあるから、頼むぞ」

 

 そう言ってフィンは出発の準備を始めた。二度目の機上なので出発前のチェックや準備をじっくり眺める余裕があった。

 マヌエラの言う様に嵐にはならなかったので、その日のフライトは楽しく、素晴らしい景色だった。それに離水するときの浮揚感は、島に来るために初めて乗った時を強烈に思い出した。

 しかし幾つかの島を回ったがアリスのやる事は多くなく、簡単に終わる事だけだった。アリスは少し居心地悪く感じ、思い切ってフィンに声を掛ける。

 

「フィン、お願いがあるのですけど」

 

「何だ?」

 

「伝票の手伝いだけじゃなく他に何か出来ることは無いですか? さすがに簡単すぎて申し訳なくて…」

 

 量が多いわけではないが言うほど簡単な仕事じゃないのだけどなぁとフィンは思う。しかし確かに言われたことを完璧にこなしているのは間違いない。学校でもかなり優秀だったのだろう。

 

「うーん、伝票整理以外だと、一気に難易度上がるからなぁ」

 

「無理言って乗せて貰っているのですから頑張ります」

 

「そうか、なら折角だからコ・パイロットの勉強をするか?」

 

 





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