ACE COMBAT 7 The after skies   作:MOMIZI1942

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プロローグ 帰郷(RTB)

――2020年、ベルカ公国、ディンズマルク

 

「君がいなくなると、少し寂しくなる」

 

 白い髭を蓄えた空軍士官は、空港の搭乗ゲートでそう呟いた。今までそんなそぶりも見せた事も無いのに、別れ際になっていう物だから、此方まで感傷的になってきてしまう。

 

 胸に輝くウィングマークが彼が戦闘機乗りである事を示しているのは、この業界に居る人間ならば誰でも知っている事だ。しかしそれとは別に、彼の胸元には鈍い黄金の輝きを放つ紋章があった。

 

 騎士の紋章。それはかつて栄華を誇ったベルカ騎士団の物であり、幾多の敗戦を重ね、屈辱と恥辱に塗れてなお、彼がベルカ人のパイロットとして誇りを失っていない証拠であった。これをオーシアやユークトバニアの人間が見れば、古い栄光に惨めにも縋りつく老骨という風に映るのだろうが、少なくとも、共に飛び、彼の教えを請うた私からしてみれば、その騎士の証が嘘偽りなどでは無いという事は骨身に染みて分かっていた。

 

「昨日は早く帰れと仰ってましたよね」

 

「うるさい、精々自分で操縦桿を握らない空の旅を楽しむと良い」

 

 空の旅を楽しめと彼は言うが、正直な所、彼にそう言われて自分で操縦桿を握らないという事が、段々と不安に思えてきた。この一年間、自分で航空機を意のままに操る訓練を積み、他人の操縦で空を飛ぶ日など無かったのだから、無理からぬ話ではある。とはいえ、機長から操縦桿を奪い取る訳にも行かないだろうし、なによりジャンボジェットの操縦訓練は受けていない。おとなしくコーヒーでも啜りながら、すっかり小国に成り下がったベルカよりも小さい母国への旅を楽しむより他に無いだろう。

 

 ふと駐機場に目をやれば、鈍色の空からやや早めの雪がちらちらと降りだし、やけに冷え込んだ今日の気温を天気予報の嘘などでは無いと裏付けていた。こんな空の下では飛びたくない。気流は乱れ、低い雲が大きな障害物となる。視界だけではなく、雲の中を飛べば機体に着氷したり、最悪雷にやられてしまう。

 

 見送りの士官は、空を見上げる私が何を考えていたか見透かしていた。空軍パイロットが、空を見上げる時というのは、大体同じような事を考える物だ。自分がどうと部下、機体のコンディションはどうか、天候が与える影響は――考えればきりがない。

 

《―――行き、18時40分発、エア・イクシオン702便は出発いたします。ご利用のお客様はお乗り遅れございませんよう、8番搭乗口よりご搭乗ください》

 

 チャイムと共に私が乗る便の最終搭乗案内が聞こえてくる。もう行かなければ。

 

「じゃ、行きます。お世話になりました」

 

「達者でな。君なら上手くやれる。私が保証する」

 

 「私が保証する」などと、生半可な人間が言えば無責任にも程がある言葉だが、彼が言うなら間違いないだろう。すっかり白くなった髭や髪に加え、深く刻まれた顔の皺が、既にパイロットとして適齢期を過ぎている事を示しているが、それでもベルカ戦争を駆け抜けたトップエースの風格と腕前は健在であり、軍内部では半ば生ける伝説と化している「灰色の雀蜂」の言葉ならば誰も疑う事が無いだろう。

 

 

 

 誘導路から滑走路へと移り、ゆっくりと加速を始める旅客機は、当たり前だが戦闘機のそれよりずっと乗り心地が良い。だが、その心地よさは何処か物足りなさを感じさせる。窮屈で、身動ぎするのも一苦労な戦闘機のコクピットの方が私にとっては収まりが良かった。しかし同時に、それは単なる戦闘機に乗り過ぎたパイロットの錯覚に過ぎ無いだろうとも思ってしまう。飛んで、地上に降りてくる頃にはヘトヘトになっているシートより、何時間も飛んでいた後にほんの少し腰が痛い程度で済むシートとでは雲泥の差である。第一、戦闘機のコクピットでは機内サービスのワインが供される事が無い時点で、旅客機の方が良いに決まっているのだ。

 

 機が大空へ舞い上がり、シートベルトのサインが消える頃には、機外は夜の闇に包まれ、遥か地平の向こう側にうっすらと太陽の残滓が残っているに過ぎなかった。

 

 イヤホン越しに聞こえるニュース番組では、南オーシア大陸で始まった戦争を報じていた。つい一年ほど前にユージア大陸で戦争が終わったばかりだというのに、人間という物はよく飽きもせずに戦争をやれるものだと、少しばかり感心してしまった。

 

 正確に言えば、ユージア大陸での戦争は終わってなどはいない。『第二次大陸戦争』『灯台戦争』などと名付けられた戦争は、エルジア穏健派とオーシアによってエキスポシティで開かれた和平会談とノースポイントでの不可侵条約調印を以って公式には終結した。だが、あくまでエルジア穏健派とオーシアの戦争が終結しただけに過ぎず、戦争末期に発生した同時多発的な独立運動や、終戦に反対するエルジア急進派や離反したオーシア軍などの残存勢力は未だに大陸各地で燻っており、未だに戦いの炎が消える事は無い。

 

 エルジアの若き王女の呼びかけにより、世界中から救援物資や人員が大陸に入り、復興支援を行っているニュースが日夜報じられるが、未だ紛争が続いている事はあまり報じられていない。戦争に疲れた者達は、若き王女の平和への呼びかけと言う、目に優しく耳に心地よい物だけを享受したがっているのだ。

 

 機内サービスのベルカワインで程よく酔いが回り、要らぬ考えがグルグルと脳内を駆け巡る。アンファング産の葡萄で造られたワインは絶品で、これを味わうのも恐らくは最後だろう。小国も良い所の祖国では、このような高級品は政府や軍高官の物と相場が決まっており、まして薄給の身では自分で買おうにもおいそれとは手が出せない。

 

 これから帰る祖国での生活を思うと、つい数時間前まで足を付けていたベルカの地が酷く懐かしく感じた。ベルカの空軍アカデミーでの生活は厳しくも楽しい物だった。訓練は厳しく、小国の田舎空軍出身の私はついて行くのも精一杯であったが、それでも教官たちは見捨てる事はせず、常に真摯であったし、休日となれば気の良い者ばかりであった。与えられた居室も、祖国の物に比べれば遥かに上質であり、正直に言うと私は帰りたくなかった。

 

 とはいえ、そこで駄々を捏ねる訳にもいかないのは重々承知していた。唯でさえユージア大陸での戦争の影響で帰国時期が伸びていたのだ、私を送り出した祖国の高官たちも、ようやくで帰国させられた物だと胸を撫で下ろしている事に違いない。佐官や将官など、事務仕事が主任務となる様な位まで昇進する気も無い私にとってみれば、彼らの気苦労など知った事ではない話だが、祖国にとっては一人のパイロットでさえ貴重な戦力なのだから、早く帰ってきて貰いたいというのも、一応理解はできる。

 何しろ、本来は一年と言う期間だったはずが、戦争が始まって航空便のやりくりや国境周辺のゴタゴタで帰国の目途が立たず、やっとで調整が出来たのも束の間、今度は通信、航法、その他諸々の衛星ネットワークが駄目になってしまい、ユージア方面で安全な飛行が不可能になってしまい、また帰国が先延ばしになってしまった。更に悪い事に、その際はユージア大陸全土との通信が不通になってしまい、互いの状況を知らせる事すら出来なくなってしまっていた。

 

 それでも、ベルカは私を快く置いてくれた。帰国できずに居る間も嫌な顔一つ見せずに、訓練に掛かる諸経費もあるだろうに、それを気にせず自国の軍人と同等に扱い、余分に訓練を付けてくれた。お陰で、今となってはベルカ空軍のエリートと並び立つ腕前にまでなったのは、私にとっては非常に嬉しい出来事だった。

 とは言った物の、これから帰る祖国ではその腕を活かす機会など巡ってくるのだろうか。実戦を経験したい訳では無いが、唯の訓練飛行であっても、ベルカ空軍アカデミーのように常に空に居る様な飛行時間の期待をする事は出来ないだろう。退屈な日々の中でベルカの空の記憶は薄れ、私の腕は錆びて行くのだろうか。そう思うと、私の心に在った僅かばかりの望郷の念は。より大きなベルカの空を懐かしく思う心に押し潰されていくようだった。

 

 

 

 サンサルバシオンはサンプロフェッタ空港を経由し、ユージア大陸をさらに東へ。眼下に見える大小様々なクレーターを見れば、ユージア大陸に帰って来たのだという実感が湧く。だが、私は感慨にふける余裕は無く、長時間・長距離の飛行と、一年半もの間ベルカで過ごし、すっかりオーシア大陸の環境に適応した私の身体は時差ボケで悲鳴を上げていた。

 

 のんびりと飛んでいるこの空も凡そ15年前は壮絶な空中戦が繰り広げられていたのかと思うと、どうにも不思議な気分になって来る。いや、空中戦はつい一年前にも起きていたし、現在も地域紛争が各地で相次いで空中戦は小規模ながら生起しているのだったと、コーヒーを啜りつつ思い起こす。

 私にとって、二度の大陸戦争は子供の頃にテレビで見たエルジアとISAFの戦争の方が鮮明に記憶されており、必死に訓練に励んでいた時分に起きていたエルジアとオーシアの戦争の方は、全くと言って良い程印象に残っていなかった。精々開戦初期にオーシアの軍港が精密爆撃を受けた事や、エルジアの若き王女様の演説程度の物で、それ以降は訓練に忙殺されていたし、なにより後半は衛星の破壊による通信断絶で情報など全くと言って良いほど入ってこなかったからだ。

 

 祖国に帰った後はその点も含め、様々な事が分かってくるだろう。もしかしたら、祖国も大きく変化があったりするのかもしれないだろう。まぁ、戦争の影響など受けようも無い小国だ、案外出発した時と何も変わっていないかもしれない。

 

 やがて見えてくる眼下の祖国は、出発した時と変わらずその国境に築かれた高い壁で囲われ、周囲の国家群との共生を拒絶するように佇んでいた。望まれぬ独立を果たしたその国の名前はボルゴデレスト。私の故郷であり、空へと羽搏く以前は私を縛り付けていた広大な牢獄の様な国だ。

 空から見れば外と内を隔てる壁のせいで、かつて暮らした長閑な田舎も剣呑な雰囲気に包まれているように思えてくる。しかし、一度地に足を付ければ、そこには子供の頃と大差ない、静かで、虫や家畜の声が聞こえてくる懐かしい故郷が戻ってくるのだ。

 

 

 

 何も変わっていない祖国、訪れる退屈な日々。その考えは到着早々否定される事となった。

 

「長旅ご苦労様でした中尉殿。お迎えに上がりました」

 

 伍長の階級を付けた若い兵士が空港の到着ゲートで私を待っていた。わざわざ私の名前を記したカードまで持って見せてだ。サンプロフェッタやアピート国際空港のように利用者数の多い空港ならばまだしも、首都とは言え利用者数のさほど多くないこの空港でやる事では無いだろう。それほどまでに私の帰国を待ち望んでいたのだろうか。

 

「出迎えご苦労。態々迎えなど。勝手知ったる故郷の街だ、自宅までの道に迷いはしない。一年其処らで街の様子が変わる訳でも無いだろう?」

 

「いえ、お疲れのところ申し訳ありませんが、中尉殿にはこのまま基地の方まで出頭して頂きます」

 

「何があった」

 

 これは只事ではない。帰国早々空軍基地に出頭しろとのお達しは、私の胸中に些か不安の種をばら撒いた。いくらこの国は国力に乏しく、空軍パイロットの慢性的な不足に悩まされていたとしても、長旅から帰った人間に一日ぐらい休み遅れても良い筈だ。であるのに、出頭命令が出るという事は、もしや戦争でも始まったのか。

 

「詳細は移動しながら。どうぞこちらへ」

 

 若い伍長に連れられ外へと出た私を、秋口の冷たさと温かさの混じった風が撫でつけた。

 

 

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