ACE COMBAT 7 The after skies 作:MOMIZI1942
―――ボルゴデレスト南部、サヴェト空軍基地
私は帰国早々で首都の空軍基地に出頭の後、直ぐにボルゴデレスト南部の基地へと発っていた。私の本来の所属基地は北部だったが、出頭した基地で異動やら帰国手続きやらの事務処理の後に、腰を落ち着ける間もなく輸送機に詰め込まれて今はサヴェト基地のブリーフィングルームの固い椅子の上と来ている。これではゆっくり眠る事もできなければ、疲れも取れそうにない。
尤も、疲れを癒す暇を要求するなど、状況が許してはくれなかった。基地へと向かう車内で迎えの伍長が話す事には、つい先日隣国と小競り合いがあったという。その関係で現在ボルゴデレストは準戦時体制に入っており、こうして私も帰国早々お呼びが掛かったという訳だ。
「揃ったな、ではブリーフィングを始める。…あぁ、その前に。この中に、つい半日前にベルカから帰国した者が居るな。帰国早々疲れているだろうが、状況はひっ迫している。ベルカで鍛えた君の力を軍は必要としている。理解してほしい」
一々言われずとも、軍人となったからには休み抜きでこき使われる事ぐらい覚悟の上ではあった。空戦技術のみならず常にスクランブルで飛べるような、体力面での錬成にベルカで励んでいた事がこうもすぐに役立つ時が来るとは思ってもみなかったが。
作戦士官はキーボードを操作し、スクリーンにボルゴデレスト南部国境地帯やこのサヴェト空軍基地周辺の地図を映し出す。基地から南に凡そ20キロで隣国との国境線があり、更に国境の向こう側十数キロの地点に複数のマーカーが示してあった。
現在ボルゴデレストが置かれている状況と、これまでの経緯を整理しよう。二日前、ボルゴデレスト南部国境付近の空域において
防空司令部は直ちに警告を発したが、自由エルジア機も隣国空軍機もこちら側の警告を意に介さず、地上からの対空砲火と地対空ミサイルが打ち上げられる中で空中戦が再開されてしまったのだ。
結論から言えば防空部隊はやむを得ず双方共撃墜した。領空侵犯だけでなく戦闘行動までやってのけたのだから、これは国際的に見れば充分自衛行動の範囲内であるのだが、どうもこれが良くなかったらしい。隣国は非常に強い言葉でボルゴデレストの対応を非難すると同時に、防空部隊の地対空ミサイル陣地に報復として榴弾砲による砲撃までしてきたのである。
被害は負傷者5人、ホーク地対空ミサイルシステム一基。死者が出なかったのが幸いだが、それでも攻撃された事実は変わらず、また、オーシアがユージア大陸から手を引きつつある中で貴重な防空システムを失う事は、孤立を深めるボルゴデレストにとっては大きな痛手であった。
さて、そこで今回の作戦、我々ボルゴデレスト空軍戦闘機部隊の出番と相成ったのである。任務内容はいたって簡潔、地対空ミサイル陣地を砲撃してきた榴弾砲部隊の陣地への報復爆撃である。射点は既に割り出し済み、さっと飛んで、爆弾をばら撒いて帰るだけだ。しかし、政治的に見れば非常にグレー、ブラックと言っても良い作戦である。
「奴さん方の長距離砲は撤収しちまってるんじゃないですかね。我々が空爆したって、なんの効果も無いのでは」
ブリーフィングに参加していたパイロットの一人が意見を述べる。砲撃から既に一日が経過している。自走榴弾砲でなく、牽引式の榴弾砲であっても30分以内には撤収できるご時世に、態々その位置に居続ける訳など無いだろう。まして、対砲兵射撃が簡単に降ってくる時代の砲兵は、射撃後は即離脱するのが常識なのだから猶更である。
作戦士官の答えは意外な物だった。「寧ろそうでなくては困る」との事だ。なるほど、ボルゴデレスト政府も随分な綱渡りをする物だ。つまり、この作戦ではハナから敵に打撃を与える事など企図していないのだ。この作戦の目的は、我々が報復攻撃を迷わず実行する意思表示であり、空軍機を使って行うのは、いつでもどこでも飛んで行って爆弾を投下して去って行く、空軍の技術を見せつける示威行動に他ならないのだ。
「なるほど、空の陣地だか原っぱに爆弾ばら撒いて撤収するだけの作戦って訳だ。これで墜ちたら笑い話にもならんな」
隣国も馬鹿ではない。我々ボルゴデレスト空軍も航空機を配備している以上、国境の空を対空砲や地対空ミサイルが睨んでいるのは当然である。国境から南へ10㎞其処らの地点に空爆しに行くとしても、隣国の空域に居る間は敵の対空砲火を浴び放題になるという訳だ。
聞けば聞く程、単純な任務の割には危険な作戦だった。生半可な腕前では撃墜され、敵地に落下しようものなら大事である。それは絶対に避けねばならないが、撃墜の危険性は非常に高い。それでも作戦にGOサインを出した司令部や政府は随分と自信があるようだ。はた迷惑な話である。我々戦闘機乗りも撃墜は御免被りたいし、されぬよう訓練に励んではいる。だがそれはそれとして危険地帯に放り込まれれば何が起こるか分かった物では無いのだ。
ふと、私の背筋に嫌な感覚が走った。こんな作戦は生半可なパイロットでは務まらない。優秀なパイロットが必要だ。私は自分自身を優秀なパイロット等と自負して言いふらす程自信過剰では無いが、私がベルカに行っている間に、ボルゴデレスト空軍のパイロットが特別訓練なんかで技術が飛躍的に向上でもしていない限り、この中で最も技量があるのは私であるのは容易に想像できた。
「それで、誰が飛ぶんです?」
作戦自体は大規模な物ではない。精々2機程度、多くても4機での空爆任務だ。このブリーフィングルームに居る全員が出撃する訳では無い。ブリーフィングルーム内に居る凡そ14名のパイロットの中から僅か数名が、敵地上空を飛ぶ貧乏くじを引く事となる。のだが―――
「ベルカ帰り――」
作戦士官の口からその文言が出た瞬間、全員の視線が私の方へと集中する。そらきた、そんな事だろうとは思った。全く。その後の私にできるのは溜息をつく事ぐらいであった。
「運が無かったな、ベルカ帰り」
ブリーフィング中、度々言葉を挟んでいたパイロットが私の肩を叩く。彼は今回の作戦で私の
「帰国早々にこっちへ飛ばされた時点である程度は覚悟していたさ」
私はこれからしばらく世話になる機体を撫でる。ミラージュF1、現代基準で言えば第一線の機体とは言えないが、未だにMiG-21やF-4などの機体が飛び続けている世界では、まだまだ現役の機体と言って良い物だった。
私はベルカでの訓練中は専らMiG-29に乗っていたのだが、度々単発の軽戦闘機に乗り換え、機動の違いなどを学んでいた。その際に乗っていたのがこの機体で、私にとっては馴染みのある機体である。
コクピット内の計器配置や機体の操縦特性なども全く違う代物であるが、ベルカという国は本当に上手い事をやった物だと改めて感心する。かつて世界一と謳われた空軍を保持していたベルカ空軍と南ベルカ国営兵器産業廠は、その訓練やパイロット育成の為に戦闘機の操縦システムを統一し、多少なりとも機体毎の違いはあれど基本的な操縦技術さえ持っていれば、複雑な機種転換訓練を受ける事なく複数の機体を乗り換える事が出来るシステムを確立していた。
このシステムによってベルカ空軍は複数の機種を運用していながらに混乱などが起きる事も無く、また、特定機種のパイロットを違う機種の予備機体に宛がう事も出来、空軍の継戦能力の向上にも重要な役割を果たした。
ベルカ戦争後、南ベルカ国営兵器産業廠はオーシアに吸収され、ノース・オーシア・グランダーI.G.と名前を変えた彼らはそれらの技術をオーシア軍に提供、そのシステムは瞬く間に普及していった。そして、彼らベルカ人は裏でオーシアのみならずユークトバニアやエルジア等と言った国家にも技術を提供し、国際政治や軍事など、世界中にその影響力の触手を伸ばしていき、その結果……
とにかく、そうして普及した技術によって戦闘機乗りは腕の差こそあれ、純粋な制空戦闘機から対地攻撃機まで乗りこなす事の出来るオールラウンダーとなっていた。
「ベルカでは墜落の訓練は受けたのかい」
「いいや、そういうのはやってない。だが気を付けてくれ、後ろから撃つ訓練は受けているかも知れないからね」
「勘弁してくれよ」
私の冗談に彼は笑う。だが後々に、この冗談はあまり冗談として機能する物で無かったという事を知った。私はユージア大陸を長く離れすぎ、ベルカの中に居過ぎたのだ。
機付き長から機体の状況説明を受け、各種チェックリストを確認、一度周囲を外部から確認して完全に異常が無いかを確認、その後にコクピットへと乗り込む。狭苦しいコクピットだが、私にとってはやはり此方の方が居心地が良い。
スタビレーター、ラダー、フラップの順に作動させ、自分でも目視確認できる範囲で見つつ、機外に居る整備員に確認してもらう。これも異常は無し。整備員はしっかり自分の仕事を熟しているようだ。
これで主な確認作業は完了だ。後は外に居る整備員に両手を機外に出して合図をし、車輪止めを外してもらう。既に機外との通信は切断されており、こうして身振りで合図を出す他にない。また、こうしてコクピットの外に腕を出しておくのは、彼ら整備員が私の機体の下で作業している最中に誤操作などをしない様にする他、その意思表示の為でもあった。
車輪止めが外れると、いよいよ離陸だ。私は無線機の周波数を管制塔に合わせるのをすっかり失念しており、慌ててダイヤルを弄って管制塔との交信を確保する。
「
《ツーリスト1‐1、こちらサヴェト・タワー。タキシングを許可する。ランウェイ11へ向かえ》
私の前方を、先にタキシングの許可を得ていた調子の僚機が横切っていく。それに続いて、私も機体をゆっくりと前進させ誘導路へと侵入、僚機の後を追う。
《ツーリスト1‐1、こちらサヴェト・タワー。編成の変更を行う。貴機はレッカー2‐1のパッケージに入れ。貴機のコールサインはレッカー2‐2となる》
ここに来てコールサインの変更か。そういう事なら、編成が確定しているブリーフィング時にでもできただろうに、これでは呼ばれても気付かないかもしれないぞ。などと口に出して言うつもりは無いが、私は若干の不満を覚えつつも承諾し、滑走路の端へと機体を運んだ。
僚機、レッカー2‐1と私の前方に、もう2機の機体が並んで停まっている。彼らは爆装はしておらず、通常の哨戒飛行と同様の編成、兵装であった。
我々は彼ら通常の哨戒飛行を行う航空隊と同時に離陸し、哨戒部隊はそのまま高度を上げるが攻撃隊である私達は低空を維持したまま南へと向かうのだ。そもそも低空を維持したままにすればレーダーに捉えられる心配は無く、こうして同時に離陸する必要は無いのだが、問題は「音」にあった。
このサヴェト空軍基地は国境から多少離れているとはいえ、その地形的条件から南側に航空機の発着音がよく届くらしく、戦闘機の轟音が聞こえているのにレーダーに何の反応も無いとなると、隣国に警戒心を与えるとの事で、欺瞞の為にこんな手の込んだ離陸方法を実行するのだ。
「サヴェト・タワー、こちらレッカー2‐2、
《レッカー2‐2、こちらサヴェト・タワー。ランウェイ11より
管制塔が離陸の許可を出すと同時にスロットルを押し込んで最大出力で滑走を開始、哨戒部隊は僅かに先行しており、私と同時に
キャノピー越しに聞こえるジェットの轟音、身体をシートに押し付けるGが。再び空へと舞い上がる私の心を昂らせた。政治も、任務も結局は動機付けに過ぎない。私はこの狭苦しいシートに収まり、空を飛べさえすればその他の事などどうでも良いのだ。
やがて機体は地を離れ、私の身体を独特の浮遊感が包み込む。なんにせよ、私は再び空へと戻ってきたのであった。