転生先で必死に生き残った結果、原作厨厄介オタク女が殺しにかかってくる 作:サノア
この世界はいわゆる異世界ファンタジーの類に漏れず、『中世欧州もどき』と言える世界観だ。水道が通っているのはごく一部だけだし、電気も普及していない、医学はいまだに民間医療に毛が生えたものがまかり通っている。
しかし、歴史としては前世のものよりも長かったりする。少なくともこの世界に文字が生まれ、有史と言える期間だけを比較しても二倍近い。にも、拘わらず文明レベルは中世というのはどういうわけか。
その理由はいくつかあるとは考えられるが、その一つが魔法だと考えられる。魔法が便利だから科学を発達させる必要性を人類があまり感じていない、というのもあるだろう。それに加えて、野蛮人の時代から現代火器に匹敵するレベルの破壊手段を人類が持ち合わせているため、戦争による荒廃と文明の停滞は前世の歴史の比ではないのではないか。俺はそう考えているが、ユーリに言わせれば「原作がそうだから」という言葉に尽きるのだろう。
この世界に生れ落ちて十数年、もはや前世と比べて不満に思うようなことは数えられる程度しかない。そして、そのうちの一つが馬車だった。舗装されていない道にサスペンションのない車体というのは最悪の組み合わせだ。音はうるさいし、振動はえげつない。自分で馬に乗った方がマシだ。
しかし、そんな俺は今まさにその苦手な馬車に揺られている。向かいには、馴染みのあるノルトの顔があった。自分と打って変わって、平気そうな顔をして座っている彼を内心腹立たしく思った。
「相変わらず馬車嫌いは治らないみたいだね」
呆れと揶揄いの混じった語調で口にするノルトに、わざとらしく顔を顰めてみせて返答する。
「そんな簡単に治るかよ」
「これでも、うちで一番まともなつくりの馬車なんだけどね」
ロッソメル家にて開いたパーティから数週間後、王都から俺宛に書簡が届いた。王女から持ち掛けられた新領の開発、その会談の日程と場所を伝えるものだった。そこにはなぜか、目の前にいるノルトが治めるエクレア領が記載されていた。
「……それならこの馬車で王女一行を迎えに行くべきだったんじゃないのか?」
「もちろん申し出たさ。丁重に断られたけどね」
「なら俺も断れば良かった。全く、いつから根回しされてたんだ?」
あの時、この会談は王都で行われるはずだとユーリは言っていた。それが見知った友人の治める土地で行われることに安堵すると同時に、いつの間にか場を提供することに同意していたノルトに思う所もあった。まさか彼まで抱き込まれているとは思ってもいなかった。
「そんなに邪険にするなよ。こっちとしても急な話で驚いてるんだから」
宥めるように笑いかけるノルトを一瞥して、車窓に再度視線を戻す。外の景色から、馬車はすでにエクリエ家の城がある街に入っていることが分かった。
「……それに王女一行と顔を合わせる前に、ルーツと話しておきたいこともあったんだ」
「なんだよ」
「……まさかとは思うんだが、あの総督殿を嫁にする気じゃないだろうな」
総督殿、という聞きなれない単語がユーリのことを指すことに気付くまでに数秒かかる。理解すると同時に急に真面目くさった顔をしながら、何を冗談染みたことを、と一蹴した。
「そんなわけないだろう」
「王家に近い貴族の中で噂になってるぞ。ロッソメル家の家紋が入った指輪を、あの総督殿が身に着けてた、って。言いたくはないけれど、妹も気にしていたからね」
「前に話しただろう? あれは毒殺から身を守るためのものだ。俺が何度も暗殺されかけて生き残った手段に興味を持ったみたいだからくれてやったんだ。深い意味はない」
「……それこそ、総督殿にする話じゃないだろうに。まさか、総督殿に王家を警戒させて取り込もうとしてるとか?」
「だから深い意味はないって言ってるだろう。指輪なんて欲しけりゃお前にもやるぞ」
まさか前世で同郷だったとも言えず、ごまかすために態と茶化した言い回しをする。軽く切り捨てられると思った提案に、ノルトは意外にも一瞬考え込み、口を開いた。
「別にいらない……と思ったけれど、もらっておいた方がいいかもしれないね」
「毒を盛られる予定でもあるのか?」
「まさか。ルーツじゃないんだから、そんな物騒なことあるわけないだろう。この指輪に君が深い意味を持たせなくても、周りは勝手に意味を見出すんだよ。これを付けていれば、ほかの貴族は僕のことを、君の派閥の人間だと思ってくれるだろう?」
「派閥ねぇ」
「あのパーティだって、嫁探しが目的だと知らなければ、派閥作りだと思われて当然なんだよ」
ユーリも似たようなことを言っていたと思い返す。田舎貴族、それもいまだ跡取りでしかない人間の派閥ができたとして、それに加わることが利益になるかは甚だ疑問だ。
「とにかく、あの総督殿とそういう関係じゃないというのなら、なおさら僕もこの指輪を貰っておくべきだろうね」
ノルトはそう言うと、俺の手から指輪を取る。
「なんでだよ」
「深い意味がないというのなら、派閥のシンボルとしての意味を持たせてしまった方が勘繰られずに済むというものだよ」
そういうものかと納得し、ノルトの顔をふと窺うと、いつも軽薄な態度でいる彼にしては珍しく、真面目くさった顔をしていた。
「それで、今回の会談というのは、具体的には何が議題になっているんだい?」
「聞かされてないのか?」
「場所を貸すように言われただけだよ。僕がいた方が君は警戒しないだろうから、と言われてね」
王都に呼ばれると聞いた際にした抗議が、まさか聞き入れられると思っていなかったが、ユーリは意外にも気を遣ってくれたようだ。
「まぁ、ある程度の推測はできるけどね。おそらく占領地のことだろう?」
「分かっているんじゃないか」
俺は誤魔化すこともなく認めた。どうせ当たりはつけられているのだろう。長年の付き合いで、俺はノルトに情報戦で勝ち目がないことは分かっている。彼は元々の後継者である兄を補佐するため、王都でコネ作りを目的に近衛騎士をやっていたような男だ。そんなやつに俺が情報元の伝手でも、情報を扱う経験でも敵うわけがない。
しかしそういった事情を彼から打ち明けられる程度には、お互いに信用しているということでもある。
「新領地の復興、治安維持を依頼された。野盗対策と帝国による再征服への警戒だ。王国領から総督殿の管轄地をつなぐ街道整備も視野に入れているらしい」
「ふうん、まぁそんなところだろうね……。それで君の見返りは?」
「ないね、そんなもの。王家に言われたら、報酬なんかなくても断れるわけがないだろう」
ユーリにわざわざ口止めされた再開発後の割譲については口外しなかった。
「……それはまた貧乏くじを引いたね。武勲を立てて覚えが良いというのも考え物だね」
ノルトは薄く口元に笑みを浮かべる。彼のことだ、もしかすると割譲のことまで耳に入っているのかも知れない。もしそうなら、俺が口止めされていることまで知っているはずだ。あえてこちらから口にする必要はないだろう。
「だから今回の話は具体的な警備兵の人員規模や駐屯するにあたっての指揮系統の擦り合わせだろう」
復興後は一部を割譲すると言われていようが、現時点での領主に当たるのはユーリだ。おそらく彼女の下に就く形にはなるだろうが、それでも非常時の独断専行は認めさせるつもりだ。野党や帝国兵に襲撃された際に、彼女の反応をいちいち窺って応戦できないなんてことになっては間抜けも良いところだ。
「今回、場の提供者ということもあり、僕も同席する形にはなっている。力及ぶか分からないが、君の味方をすることを約束するよ」
「それはありがたいな。それで?」
「……それで、というのは?」
とぼけるノルトを鼻で笑って答える。
「何か俺にも頼みたいことがあるんだろう。ただでそんな申し出をするような人間じゃない」
「話が早くて助かる。……君と違って当代領主だからね、実際に現地に行かされることはないはずだが、今回の話に首を突っ込む以上、恐らく物資の支援程度は求められるだろう。そこでいくつか、王女と総督殿に口添えしてほしいことがあるんだ」
実際、彼の受け継いだ領地は戦場に近いということもあり、被害がロッソメル領と比べても大きかった。よその復興の手伝いなんぞをしている場合ではない、というのが本音のはずだ。俺は黙って話の続きを待った。
「まずは、一つ目。新領までの街道を引くという話があったろう。あれを我がエクリエ領を経由させたいんだよ」
ノルトはそう言うと、俺に外を見るように促した。車窓から覗く街の景色に目をやると、活気がないのはすぐに分かった。遠目に見える市場でも、商人と思える人間は数えられる程度だった。そして彼らが扱う品物自体の数も少ない。戦場が近かったためだろうか、この街の商人のほとんどが拠点を別の領地に移したことが察せられる。
「街道さえ引けば、商人たちが戻ってくるってわけか」
「そうだとも。……もともとうちは帝国を見据えた軍事都市って面が大きかったからね、商人の数がそもそも多くなかったのに、その数少ない商人ですらよそへ逃げてしまった」
「……分かったよ」
「助かるよ。それで二つ目なんだが……。いや、もうすぐ着きそうだ、続きは中で話そうか」
彼の言う通り、エクリエ家の城に辿り着きそうだった。
やがて馬車は停まり、御者が扉を開けた。ノルトの後に続いて馬車を降りると、固まった身体を軽く伸ばす。ふと、背後から声がかかった。
「ごきげんよう。お待ちしていました」
振り返ると、にこやかに微笑む少女が立っていた。ノルトに似た、金色の癖毛が風に揺れている。先日の戦勝会でも姿だけは見ていたため、それがノルトの妹であるナウマ=エクリエだと分かるのに時間は掛からなかった。
「パーティの際にはご挨拶できませんでしたから、ずいぶんご無沙汰しておりますね」
「……こちらとしても挨拶したかったのだが、何分予想外に取り込んでしまった。申し訳ない」
「ルーツ様が謝ることではありませんよ。ヘルミナ王女とお話があったのだと、兄から聞き及んでいますから」
少女の表情はにこやかでありながらも、どこか圧を感じるものだった。口の中が乾くのを感じ、息を飲む。
「元、婚約者であるヘルミナ様とのお話ですもの、それは大事なお話だったのでしょう? それにあの時は近頃噂のユーリ様もいらっしゃったとか……仕方ありませんわ」
「ナウマ、あまりルーツ殿を困らせてはいけないよ。噂の指輪についても、お前が気にしているようなことではなかったようだよ。その証拠に、僕も先ほど頂いた」
見かねたのかノルトが助け舟を出してくれる。その手には、馬車の中で渡した銀の指輪が摘ままれている。それを見た少女は一瞬、呆気に取られたがすぐに笑みを張りなおした。
「そうでしたか、失礼しました。ルーツ様、改めて歓迎いたします。どうぞ客間へご案内いたします」
「あ、あぁ。ありがとう」
ほっと胸を撫でおろし、内心ノルトに感謝する。彼は妹を城の中へと促し、彼自身もそれに続いた。
「それでお兄様、お願いが一つあるのですが」
「あげないよ」
「まだ何も言っていませんが……」
「この指輪が欲しいんだろう? これ以上、彼に変な誤解が広まったらどうするんだ」
前を歩く兄妹の会話を聞こない振りをして、黙って彼らの後に続いた。