君臨するは我にあり! ~菓子姫平定録~   作:ペンギンフレーム

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episode2-閑 比島飼育委員長

 都内某所、高層ビル群に存在するタワーマンションの最上階。その一室にて、ゆったりとした白いバスローブに身を包んだ少女が、四つん這いの女の背中(座り心地の悪い椅子)に腰掛けて、催促するように空のワイングラスを揺らしていた。

 

 少女の視線の先には、床から天井まで続く大きなガラス窓があり、さらにその先には壮大な夜景が広がっている。

 眼下には無数の光が瞬く街並みが広がり、車のライトが細い川のように流れていく。立ち並ぶ高層ビル群の窓から漏れ出る光は、淡い輝きを夜空に放つ。

 

「失礼します」

 

 上質なデザインと機能性を兼ね備えた大理石のカウンターが輝くキッチンから、一人のメイドが言葉少なに姿を現す。年のころはバスローブの少女と同程度だろうか。身を包む黒と白のクラシックなメイド服は落ち着いた空間に相応しい優雅さを添え、しかしながらワインボトルを抱えて歩くその足取りはどこか頼りなく、もしもその姿を見る第三者がいればチグハグな印象を与えたことだろう。

 

 一流の衣装に三流の所作という奇妙な少女メイドは、バスローブの少女のもとにたどり着くと空のワイングラスに並々とワインを注いだ。

 それが間違った楽しみ方だとこの場で知っているのは本来の持ち主のみであり、ゆえに指摘する者はおらず、バスローブの少女は碌に香りを楽しむこともなくジュースでも煽るかのように大きくグラスを傾け――

 

「ぶふぅぅーー!? ゲホッゲホッ!!」

 

 むせるようにせき込みながら、口に含んだものを勢いよく噴き出した。

 

「な、なんだこれっ!? ぜんっぜん美味しくない!! 大人は何がよくてこんなの飲んでるんだ!?」

 

 さきほどまでの余裕たっぷりな態度はどこへやら、吐きだしたワインによってバスローブを赤く染めた少女は怒りと驚愕を滲ませた声で非難するようにそんな文句をこぼした。

 

「琴音様、大丈夫ですか? すぐにお水をお持ちします」

「そうしてくれ……。うー、なんだよ、君が美味しいって言うから期待してたのに騙された」

「うぅ、ごめんなさい……。でも僕は未成年飲酒は止めた方が良いって言ったのに……。僕のワイン……」

 

 バスローブの少女、比島琴音(ひとうことね)に責めるような言葉を投げかけられた椅子の女は、若干苦しそうにしつつも自分は悪くないというような言い訳と、無駄になってしまったワインを惜しむような声を漏らす。

 

「椅子は喋らないよね。でも、そんなにこれが欲しいなら返してあげるよ」

「あ゛ー゛! 勿体ない! ワインがも゛った゛い゛な゛い゛!!」

 

 機嫌を損ねたらしい比島は、椅子女の頭の上でグラスをひっくり返し、まだ半分ほど残っていたワインを本来の持ち主に返してやる。すると比島の尻敷きにされている女は目に涙を浮かべて心底無念そうな叫びをあげた。

 

「悔しいかい? 尊厳を踏みにじられて、大切な物を奪われて、屈服させられて。逃げ出したいかな? それとも警察に相談する? 私はどちらでも構わないけれど」

「惚れた弱みにつけこんでぇ……!」

「ふふっ、大人しくしていればまたご褒美をあげるよ」

 

 口では反抗的なことを言っているが、従順に比島を背に乗せていることから逆らうつもりなどないことがわかる。

 

「私は飼育委員長だからね。お利口なペットには甘いんだ」

 

 愛玩動物を慈しむように椅子女の頭を撫でて、比島は優しい声で囁いた。

 

「お待たせしました琴音様。お水をどうぞ」

「あぁ、ありがとうね」

 

 よく冷えたミネラルウォーターで口直しをした比島が、徐に立ち上がり窓に映り込んだ自分の姿を見つめる。

 肩までのゆるいウェーブがかかったシルバーブロンドの髪に、淡いゴールドの瞳。バスローブの下には背から生えた大きな白い翼があり、頭の上には光輪(ヘイロー)が小さく輝いている。比島は、いわゆる天使と呼ばれる存在に酷似した外見をしていた。

 

 自身の整ったかんばせ、たわわに稔った胸部、そしてバスローブに覆い隠された股座と、順番に視線を巡らせ比島はうんうんと何やら頷いている。

 

「やっぱり、大人の遊びならお酒よりこっちだね。私も相手も気持ち良いし、WINーWINというやつだよこれは」

「偏食をやめていただければ同意できるのですけど」

「そればっかりはしょうがない。牙の折れたペットばかりじゃあ味気ないからね」

「……直にわかることですから先に伝えておきます。高校の方で少々騒ぎがありました」

 

 比島の言葉を受けて少し悩む素振りを見せた後、メイドが懐からスマートホンを取り出しとあるネットニュースの記事を開いて見せる。

 記事の内容は咲良第二高校で起こったダンジョンアサルトについてであり、巻き込まれた生徒によって即日の内に踏破されたというようなことが書かれている。

 

「私の停学中にこんな事件があったんだ。興味なさすぎて知らなかったよ。それで、これがどうかしたのかな?」

「特異変性でATSとなった男子生徒がいます」

「……へぇ」

 

 ピクリと、比島の眉と身体の一部が反応を示す。

 

「さらに先日、校内でこのATSによる下克上が起きました」

「下克上? 緑ちゃんにでも喧嘩を売ったのかな? ……ん、いやでも、特異変性でATSになった男子ってことは冒険者のはず」

 

 樹霧緑が真価を発揮するのは何らかの条件を満たした特定のタイミングのみというところまでは知っている比島だが、その詳細は知らない。

 だから通常時の樹霧相手であれば、まぐれで勝てることもあるだろうと考えた。だがすぐにそれはおかしいと気が付く。ダンジョン外であることは前提として、どんな馬鹿げた状況なら冒険者が異能強度5のホルダーに勝てるというのか。

 

「負けたのは生徒会です」

「……いや、冗談だろう? 舞締が冒険者に負けるなんて、それこそあり得ない」

 

 咲良第二高校の三強などと呼ばれて同列に扱われている比島と舞締だが、比島は戦う相手によって強さが変動するタイプのホルダーであり、特定の条件を満たした相手であれば舞締以上の強さを発揮するが、舞締と正面からぶつかれば間違いなく負ける。比島自身そのことはよく理解しており、舞締の強さには一目置いている。だからこそ冒険者がその舞締に勝ったというのは冗談としか思えなかった。

 

「彼はダンジョンの外でもスキルを使える冒険者のようです」

「それは、聞いたことないけど最近はそういうタイプも普通なのかい?」

「私が調べた限りでは前例はありません。彼、氷室凪がイレギュラーなのだと思います。」

「ふぅん……。知らない間に、随分面白いことになってるね。氷室凪、か」

 

 喜悦の滲む呟きと共に、窓ガラスに映る比島の股間部分がグググと少しずつ盛りあがり始める。

 

「下克上、なんていうくらいだから負けん気の強い子なんだろうねぇ」

「クラスメイト曰く、俺は誰の下にもつかない、がモットーだそうです。実際、生徒会との一件では自分で集団を率いていましたよ」

「素晴らしいっ! まさかそんな好みドンピシャの子が身近で見つかるとはね!」

 

 天使を模したかのような比島の肉体の中で、最も特徴的な点は性別にあると言えるだろう。

 完全に起立しバスローブのテントを形作っているソレは、男の象徴。すなわち、比島琴音は両性具有である。

 

「自分が狙われる側だって知ったら、どんな顔を見せてくれるかな?」

 

 比島琴音は異常性癖持ちである。

 自分を未だに男だと思っているATS被害者に女として近づき、夜を共にする間柄にまで親交を深め、そして正体を明かし初めてを喰らうことをライフワークとしている。

 

 ベッドに入るまではそう難しくはない。ATSの中には女になったことを利用して女に近づこうとする者もいるし、恋愛対象は元のままというタイプも少なくないからだ。その先、比島の求める行為には流石に抵抗感のある者がほとんどだが、磨き上げたテクニックによって骨抜きにし要求を通す。それが比島の常套手段。先ほどまで椅子として利用されていた女も、メイド姿の少女も、比島の毒牙にかかった元男性のATSというわけだ。

 

 ただし比島にとって重要なのは手段ではなく結果。

 自分の方が上だと思っている跳ねっ返りを服従させ、お前は下だとわからせること。

 正攻法で口説き落とすこともあれば、決闘紛いの異能バトルで屈服させたこともある。

 下克上を起こしたというくらいなのだから、氷室凪という生徒は好戦的なのだろうと予想して比島は益々興奮を高める。 

 

「んふふ、氷室凪くんか。学校に戻るのが一段と楽しみになってしまったよ」

 

 次の標的を見つけた比島は、舌なめずりをしながら厭らしい笑みを浮かべるのだった。

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