君臨するは我にあり! ~菓子姫平定録~   作:ペンギンフレーム

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episode2-9 用心棒

「――っていう感じで逃げられました。すいません」

 

 結局あの後マオは帰ってこないまま夕方を迎え、仕事を切り上げて帰って来たショウさんに詳しい事情を説明する羽目になった。

 とは言っても大して説明できることもない。なんせマオの奴が逃げたのはショウさんたちが出て行ってからほんの数分後だからな。

 

「急な話でしたから、臍を曲げてしまったのかもしれませんね」

「うっ、まあ、急なのはほんとに悪いと思ってますよ……」

「ああいえ、氷室くんを責めているわけではありませんよ? 君が夢に向かって頑張っていたのはよく知っていますから、ようやく平定者への一歩を踏み出せたことは私にとっても喜ばしいことです」

「ありがとうございます」

 

 平定者になるのを諦めていないってことまでは話してないんだが、もう一年の付き合いになるし俺の性格はわかってるか。

 

「マオへの折檻と指導は後で私の方で対処しておきます。それはそうと、何かご相談があるという話でしたね? イブとライナーはもう少しかかるみたいですから宜しければ今伺いますよ?」

「そうですね……」

 

 正面のソファに腰掛けているショウさんから視線をずらして、俺の隣にちょこんと座りながらゲームをしているレツを見る。

 

「ああ、レツは外した方が良いですか?」

「……いえ、大丈夫です」

 

 こう見えてレツは非常に強力な異能を有するホルダーだ。具体的な異能強度までは知らないが、俺の見立てでは少なくとも6以上はある。

 そしてそれはレツに限った話ではなく、この事務所に所属している俺以外の全員に当てはまる。

 だから俺の希望通りに話が進んだ場合、誰の世話になってもおかしくない。

 

「単刀直入に言います。株式会社湯上警備で、俺とその親しい人物の護衛をしてくれませんか?」

「それは依頼と受け取っても?」

 

 ショウさんは少し身を乗り出して両肘をテーブルにつき、指を絡めるように手を組んで口元を隠す。

 

「はい。そのつもりです」

 

 以前桜ノ宮に伝えた用心棒の伝手というのはこれのことだ。

 湯上探偵事務所は(株)湯上警備という会社が運営している探偵事務所であり、同時に護衛やボディガードと言った防衛的な武力行使を行う業務の窓口にもなっている。

 とはいえ、その辺の話はHPにもチラシにも載っておらず、知る人ぞ知る、どころか過去の依頼人ぐらいしか知らないことだ。

 そもそも基本的に警備の方の依頼は受け付けておらず、社長が気に入った仕事しか受けない方針らしいからな。

 

「氷室くんも知っての通り、通常うちは護衛業務の依頼を受け付けていません。例外があるとすれば社長が気紛れでクライアントを連れてくるか、従業員の過半数が賛成した場合のみ」

 

 今回の場合で言えば従業員の過半数、4人以上の賛成票が必要なわけだ。

 

「いくら氷室くんの頼みと言えど、ここは特別扱いできません。それはわかってくれますね?」

「もちろんです」

 

 そもそも普通なら、このレベルのホルダー相手に護衛依頼を持ちかけることすら難しい。

 偶然とはいえこんな相談を持ちかけることが出来る時点で俺は恵まれている。

 

「では私、レツ、マオ、イブ、ライナー、クラゲの6人の内、4人から賛成を得る必要があるわけですが、恐らくマオとライナーは反対するでしょうね」

 

 マオはあの調子だし、ライナーさんは怒りっぽいからなぁ。

 多分俺が急に辞めるっていうことについても怒ってるだろうし、ほとぼりが冷めるまで賛成は得られないだろう。

 

「でもショウさんは賛成してくれますよね?」

「はい――」

 

 ここまでは想定内。イブさんも嫌とは言わないだろうし、レツも俺の味方をしてくれるだろう。後は滅多に顔を出さないクラゲだけだが、前に話した感じお人好しっぽい感じがしたし、事情を説明すれば首を縦に振ってくれるような気はする。

 

「――と言いたいところですが、少し揺らいでいる自分がいるのも本音です」

「え? なんでですか?」

 

 ショウさんは意地の悪い冗談を言うタイプじゃない。だからその揺らいでいるという発言は、言葉通り本心だということ。

 

「私は君を評価しているんです、氷室くん。だから意地悪で言っているのではなく、少し魔が差してしまったと言いますか」

「すいません、話が見えないんですが……?」

「ではこちらも単刀直入に言いましょう。うちを辞めるのを止めませんか?」

 

 ……なるほど、そういう理屈か。

 マオとライナーさんが反対濃厚である以上、残り4人には全員賛成して貰う必要がある。

 ショウさんはその賛成票の交換条件として、俺にバイトを辞めるなと言ってるわけだ。

 

「正直に言いますと氷室くんの存在には本当に助けられてるんです。人手だけではなくマオやレツの情操教育という点でもですし、それに私個人としても君のことは好ましいと思っています」

 

 それだけ評価して貰えてたってのは嬉しい部分もあるが、こういうやり口は好きじゃない。

 ここを辞める辞めないとかじゃなく、こんなやり方で従わされるのが何よりも気に食わない。

 

「……すみません、さきほどの発言は取り消します。本当に魔が差しました。揺れているのは事実ですが、無理に続けて貰っても雰囲気が悪くなるだけでしたね。もちろん賛成しますよ。私は君の夢を応援していますから」

 

 俺はポーカーフェイスという奴が得意ではないため、恐らく不愉快だという感情が表情にも出てしまっていたのだろう。

 俺の顔を見てハッとした表情をしたショウさんが、組んだ手を崩してわちゃわちゃと動かし、慌てて弁明するようにそう言った。

 

 ショウさんでもこんな風に慌てたりするんだな。

 

「ぼ、僕も! 僕も賛成! でも凪くん、ほんとに辞めちゃうの……?」

 

 ずっと黙ってるからゲームに集中してるのかと思ってたが、どうやらレツもしっかり話は聞いていたらしい。

 勢いよく手を上げて賛成の意を示したかと思えば、寂しそうな表情でそんなことを言ってきた。

 

「……ったく、そんな顔するなよ」

「わっ、ちょ、やめてよ凪くんっ」

 

 何となく気恥ずかしくて顔を逸らし、わしゃわしゃとレツの頭を乱暴に撫でる。

 

 そんな条件つけてくるならこっちから願い下げだ、なんてついさっきまで思ってたのに、今はもう少し続けても良いかもな、なんて思ってしまっている。

 普段は飄々としているショウさんが腹の内を明かしてくれたことも、レツが純粋に俺がいなくなることを悲しんでくれていることも、嬉しいと思ってしまっている自分がいる。

 

 もしかして俺って意外とチョロいっつーか、絆されやすいのか?

 

「続けるとしても、今までほどの頻度は無理ですよ。週1とか、最大でもそれが限界です」

「! 全然構いませんよ。ですが、良いんですか?」

「まあ、このまま辞めたらマオが何しでかすかわかったもんじゃないですしね」

 

 それに、強度の高いホルダーとの繋がりというやつは望んで作れるもんでもない。こうして知り合い親しくなったのも何かの縁だし、コネを維持しておくのも平定者を目指すうえで何かの助けになる、かもしれない。

 

「ただし、俺の依頼を受けてくれるのが条件です」

「もちろん、そういうことであれば喜んで。君が辞めないとわかればマオも機嫌を直すでしょう。クラゲは私とレツの説得には応じるでしょうから、賛成4票は問題ありません」

 

 結局ショウさんが出した条件そのままのような気もするが、相手に強制されるのと自分から提案するのでは心持ちが全く違う。

 ショウさんが発言を取り消すと言い出さなければ、この話はご破算になっていたことだろう。

 

「それでは少し気が早いかもしれませんが、護衛依頼の具体的な内容を伺いましょうか。なぜ、何に、誰が、どこで、どうやって、狙わているのか。お聞かせいただけますか?」

「具体的にって言っても、明確な敵が定まってるわけじゃないんですけど――」

 

 様々な情報にアンテナを張っているショウさんならば先日のダンジョンアサルトの件はもう知っているかもしれないが、念のため一から順序だてて説明する。

 咲良第二高校がダンジョンアサルトに巻き込まれたこと。そこで俺が冒険者になりユニーククラス菓子姫を得たこと。桜ノ宮葵という生徒と協力して二人でダンジョンを踏破したこと。ダンジョンの所有権は現在俺が持っており、その関係で不特定の勢力に狙われる可能性があること。そしてそれがいつどこで、どの範囲に及ぶかまではわからないこと。

 

「ふむふむ、桜ノ宮というとあの桜ノ宮グループの関係者ということですか?」

「ええ、親族らしいです」

「だとすればそちらから護衛を出して貰うことも出来たのではないですか?」

「何もかもおんぶに抱っこってわけにはいきませんよ。それに、見ず知らずのホルダーよりショウさんたちの方がよっぽど信頼出来るし心強いですから」

「ふふふ、嬉しいことを言ってくれますね」

 

 お世辞やおべっかではなく事実だ。

 一人一人が今の俺では到底敵わない強さを持っている。

 

「ですが少し意外ですね。君は負けず嫌いで頑固者ですから、護衛なんていらないと言うタイプだと思っていましたよ」

「それとこれとは別の話ですよ。確かに俺は平定者を目指してるし諦めるつもりは微塵もありませんけど、現時点で絶対に敵わない相手がいることくらいわかってます」

 

 にもかかわらず俺は誰にも負けねえなんて考えて対策の一つも取らないのは、負けず嫌いじゃなくて現実が見えてないただの馬鹿だ。

 人事を尽くしたうえで一か八かの賭けになるんだったらそれも一興だが、初めから全てを運否天賦に任せるつもりなど毛頭ない。

 

「事情はわかりました。護衛の範囲は氷室くん自身とその親しい相手……、家族や友人ということで間違いないですね?」

「可能ならそれでお願いしたいですけど、人手は足りますか?」

「ええ、護衛対象が多い依頼も実績がありますから。細かい部分はこちらに任せてくれて構いません。ただ問題は、護衛の期間ですね」

 

 そこなんだよな。

 実際のところ本当に襲われるかどうかもわからないし、狙われるとしていつまでそれを警戒すれば良いのか。

 俺が平定者になれさえすれば護衛なんて必要なくなるし、そこまでではなくても異能強度7、8あたりになれば外部の戦力に頼る必要はなくなるだろう。

 

 この菓子姫の力で成り上がるのに、どれだけの時間がかかるのか。

 

「とりあえず暫定で一年、とかですかね」

「氷室くん、うちの護衛は結構高くつくのは知ってますよね?」

「ええ、まあ」

 

 盛況とは言えない探偵事務所がこれだけ従業員を抱えてもやっていけてるのは、主に護衛業務の方の収入頼りだからな。事務仕事を教えられる過程で、(株)湯上警備の収支についても多少は把握している。

 

「もちろん助けてあげたい気持ちはありますが、お友達価格というのは社長が許さないでしょう。年単位の依頼は前例がないのでざっくりとした試算になりますが最低でも、…………10億はくだらないかと」

 

 金額を口に出すのに長い間があったのは、試算のためだったのか、それとも言い難かったからか。

 そりゃあ毎日バイトに明け暮れてるような学生に払えるような金額じゃないからな。

 

 命がけのボディガードとはいえ、大変革前ならぼったくりと言われてもしょうがない価格設定だが、異能という力が存在する今、高強度のホルダーへ支払う金額としては法外と言うほどでもない。

 いやむしろ、異能強度7以上ともなれば金を積むだけでは動いてくれないことすら珍しくないのだから、逆に破格と言えるかもしれない。

 

 もっとも、破格であったとしても普通に生きている限りは払えるような金額じゃない。

 

 だが、

 

「払えます。それがダンジョンを踏破するってことです」

 

 俺はもう普通の学生じゃないからな。

 

「なるほど、それなら確かに狙われるというのも頷けますね。では詳細はまた後日詰めましょう。一応多数決をとらなければいけませんし、社長にも話を通す必要がありますから」

「わかりました。俺の方もまだダンジョンの資源を金に換える準備が終わってないんで、支払い出来るのは一月くらい先になると思います」

 

 会社を作って、ダンジョンの所有権をそっちに移して、そのうえで桜ノ宮のとこの会社と契約して、という感じでややこしいからな。

 

「では一先ずこの話はここまでにして、氷室くんの生還祝いの準備をするとしましょうか」

「送別会じゃなかったでしたっけ?」

「ははは、辞めない人の送別会なんておかしいじゃないですか。だから氷室くんが無事帰って来れて、そして今後も働いてくれることへのお祝いに変更です」

 

 ……一理ある気もするが、何かと理由を付けて騒ぎたいだけなんじゃないのか? ま、悪い気はしないけどな。

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