君臨するは我にあり! ~菓子姫平定録~   作:ペンギンフレーム

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episode2-30 前座

 氷室が枡米との打ち合わせを終える頃にはすっかり日も傾き、窓から差し込む夕日が部室棟の中を茜色に染め上げていた。

 枡米との打ち合わせが終わったら帰宅する旨のメッセージを樹霧と古條に送っていた氷室だが、了解の意を示す返信以降は特段何の連絡もきていない。

 もう二人とも帰ったのか、それともまだ校内をうろついてるのか。そんなことをつらつらと考えながら部室棟の出口へと差し掛かる。

 

「フレームイン! 『北風と太陽』!」

「凍れ!」

「っ――」

 

 部室棟から外に出た瞬間、氷室を挟み込むように左右からそれぞれ異なる声が聞こえ、両側から強烈な冷気が放たれる。凍死するほどではないが、常人であれば手足がかじかんで運動に支障が出るレベルであり、異能戦闘においては致命的な隙となることは間違いない。

 

「あっけないですね~。期待してたんですけど、こんなものですか?」

 

 急激に空気が冷やされたことで水蒸気が凍結し、湯気のような白い靄によって氷室の姿が一時的に隠される。

 桜川はそれを、奇襲に全く対応できず寒さに震えて動けないのだと判断して、どこか落胆したようにも感じられる声をあげた。

 

「生徒会連の桜川か」

 

 しかし靄の中から聞こえる落ち着き払ったその声は、氷室凪の健在を示していた。

 

「佐藤さん、久毘さん」

「待ってました! 食らえ氷室凪! 飴あられ(キャンディー・ボム)!」

「ノームさん! 捕まえて!」

「クラッカーフィールド」

 

 もしも氷室凪が奇襲に対応できないようであれば、この二人の出番はない予定だった。

 桜川の目的はあくまでも氷室凪を支配下に置くことであり、命を奪うことではないからだ。

 しかし淡路と冷相の二人の冷気を浴びて声色一つ変えないとなれば、身体強化あるいは防御的な異能を持っていると推測でき、遠慮は必要なくなる。

 

 淡路と冷相が下がるのと同時に、佐藤が勢いよく投擲した小さな飴玉が靄の中にいる氷室凪に直撃して小さな爆発を起こす。

 味方に被害を出すほどではないが白い靄は爆風によって一掃され、中から腕組みをして平然と仁王立ちしている氷室が姿を現した。

 桜川の目には、琥珀色の蠢く何かが氷室の服の中に入っていくようにも見えたが、一瞬の出来事であり確信を得るまでには至らない。

 

 佐藤の攻撃に続いて間髪入れず発せられた久毘の指示に従って、大地の精霊が土で巨大な腕を形作るが、それが氷室を捉えるよりも周辺一帯の地面、そして地面から生えている巨腕までもがクラッカーへと変化する方が早かった。

 

「ノームさん!?」

「来い! エクレアドッグ×4(フォー)! 軽めにだ」

 

 大地の精霊がクラッカーを操れる道理はない。

 氷室凪の持つ異能の一つ、特権的我儘によって改変されたフィールドにおいて、久毘佐々良は戦闘能力を完全に喪失する。

 生徒会連の面々がそのことに気が付き次の行動に移るよりも早く、氷室凪の声に応えるように眩いエフェクトが煌めき、四体のエクレアドッグが召喚された。

 

「冷相!」

「わかっている!」

 

『『『『ガァゥッ!!』』』』

 

「ギャア゛ッ゛!?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

「……どうやって淡路くんたちの異能を凌いだんですか?」

 

 何か来ると察知して咄嗟に協力し薄い氷の壁を作り出した淡路と冷相、そしてその後ろに隠れていた桜川は無事だったが、佐藤と久毘の二人は諸にエレクトリック・バークを食らって悲鳴をあげながら倒れ伏した。

 二人は身体強化の異能を有していないため、全力のエレクトリック・バークを食らえば即死するが、生徒会連の異能をほぼ正確に把握している氷室は当然それを考慮して攻撃させた。だからこそ、頼りない氷の壁一枚でも何とか防ぎきることが出来たのだ。しかしその氷の壁はボロボロに砕け散ってしまった。このまま連発されれば防ぎ切ることは難しい。

 

 殺さないように手加減をしていたのは淡路たちも同じだが、氷室が冷気をどう凌いだのかわからない以上、出力を上げたとしても押し切れるかはわからない。桜川はそれを理解しているからこそ、勢いに任せて攻め続けるのではなく駄目元でも会話を選択した。

 異能戦闘を職業にするプロならばともかく、学生のホルダーは自己顕示欲や承認欲求を制御できていないことはままある。自慢げにペラペラと話してくれれば儲けものだ。

 

「お前らの次には生徒会が控えてるんでな。まだ秘密だ」

「……生徒会はあなたと揉めるつもりはないみたいですよ」

「マジか。生徒会連のトップ層まで独断で動いてるとか、ウチの生徒会人望なさすぎだろ」

「ホルダー狩りなんてし始めちゃう人たちですから。とにかくこれが最後の戦いになると思いますし、冥途の土産に教えて欲しいですね」

 

 桜川は氷室の隙を探りつつ、視線を向けずに淡路と冷相の背中に指で文字を書いて次の行動を指示する。

 クリオキネシスの超能力者である冷相には氷室凪本人への有効打はないが、淡路には高熱を操る力がある。冷相は護衛としてこの場に残し、淡路に特攻させる作戦だ。淡路はこの中で唯一身体強化を内包する異能の使い手であり、佐藤と久毘が行動不能になる程度の攻撃であれば強引に突破することも可能だと考えられる。

 桜川の精神支配が通じれば話は早いのだが、現状ではまだ条件を満たしていない。一番最初の奇襲の時点で一度支配を試みているため桜川もそれを理解している。

 

「心配すんなよ、これで終わりになんてさせねえさ」

「そうですか、残念です」

 

 今この場で氷室凪から情報を引き出すことは難しいと判断して、その言葉と同時に淡路へ作戦開始の合図を送る。

 

「冷相くん! 壁を!」

「任せろ!」

 

 さきほどは咄嗟に間に合わせるため淡路と協力する形になったが、準備時間さえあれば冷相単独でも氷の壁を作る程度のことは出来る。

 

『『バウッ!!』』

『『ガアアッ!』』

 

 四匹のエクレアドッグの内、半数が冷相へ、もう半数が一直線に氷室凪へ突っ込んでいく淡路に向かって吠える。

 しかし先ほどあっさりと破壊されたのは何かの間違いだったかのように、今度の壁はびくともしない。決して十分な準備時間とは言えなかったが、それでも先ほどよりは分厚い壁が作られていた。

 

 一方で淡路の方は、桜川の予想に反して吠え声を浴びた瞬間、身に着けていたフレームの右脚と左脚が木っ端みじんに破壊され、バランスを崩して尻もちを着いた。

 

「淡路がフレーム使いなのは知ってんだよ。フレームは命のストック。あと三回は殺しても大丈夫だな?」

 

 フレーム使いは致死のダメージを受けてもフレームがそれを肩代わりしてくれ、フレームの耐久を超えるほどのダメージを受けて初めて破壊される。まさしく氷室の言う通り、フレームの解放部位は命のストックと同義だ。

 淡路のフレームの解放部位は胴体、右腕、左腕、右脚、左脚の五か所。右脚と左脚のフレームはたった今失われたため、残りは三つ。

 

 一見すると常に保険をかけた状態で戦えるというのは魅力的にも見えるが、実のところこのシステムには致命的な欠陥がある。

 フレームは解放部位が増えるごとに異能の出力があがる。裏を返せば、解放部位が減ることで弱体化していくのだ。

 ただでさえ致命傷を与えてくるほどの敵と戦っている状況で、異能の出力が下がってしまえばジリ貧になっていくのは当然。確実な逃走手段を確保出来ていないのであれば、この命のストックに意味はない。

 

「さて、どうする桜川? まだやるか?」

「……いえ、ここまでですね」

 

 軽めに、という氷室の発言は桜川にも聞こえていた。自分たちが氷室凪を殺さないよう手加減しているのと同様に、氷室凪もまた手加減しているのだろうことは認識出来ていた。しかし、異能強度4の身体強化を持つ淡路がこうも一方的にやられるとまでは考えていなかった。端的に言えば、桜川は氷室の力を見誤ったのだ。

 

「これ以上は割に合いません。降参します」

「随分潔いじゃねーか」

「所詮は学生同士の喧嘩ですから」

 

 嘘だ。むしろダンジョンの外でもこれだけ戦える氷室の価値は更に高まった。桜川は戦力がまだ残っている内に、降参すると見せかけて氷室を騙し討ちする算段を立てた。どんな形であれ敗北に追い込みさえすればいい。そうすれば精神を支配して傀儡に出来る。

 

 もしも、仮にほんの少し違う運命を歩んでいたのなら、桜川の企みは成功したのか。

 それは誰にもわからない。唯一つ言えることがあるとすれば、今この瞬間、この場所で氷室に襲い掛かったのは大きな間違いだったということだろう。

 

「はいそれ嘘。あいつ全然諦めてないよ」

 

 突如氷室の背後、すなわち部室棟から姿を現したパステルパープルのロングヘアの女子生徒が桜川を指さしてそう言った。

 

「は?」

「枡米か。お前いつからいたんだよ」

「今来たばっかだって。にしても、随分派手にやってんねー。誰かと思えば生徒会連の上層部じゃん。五対一とか、卑怯過ぎて笑えるわ」

 

 枡米美海。一応は生徒会連に所属しているが、全てのメンバーに義務付けられている異能の披露会以外には一切関わりのない一般的メンバーの一人。にもかかわらず桜川が名前を知っているのは、悪い噂がしょっちゅう耳に入ってくる嫌われ者だからだ。そして何より重要なのが、嘘を見抜く異能を持つホルダーであるということ。

 

「嘘、とは?」

「それも嘘。ってことはあたしの異能も知ってんね。氷室あんた何したわけ? 騙し討ちされるくらい恨まれてんの?」

「知らねーよ。生徒会はまだ俺と揉めない方針らしいけどな」

「ふーん? まあ、詳しい話は本人に聞けばいっか。無力化よろ」

 

 桜川が口を挟む暇もなくあれよあれよと二人の話は進んでしまう。

 このまま黙って逆転の目を失うわけにはいかない桜川は、強引に二人の会話に割って入る。

 

「待ってください。彼女のことは氷室くんも知っているんですよね? あの枡米さんですよ? 彼女の言うことを鵜呑みにするんですか?」

「いきなり襲い掛かってきたアンタも大概だけどな」

「私が信用に値しないからと言って、枡米さんが信用に値するかは別の話だと思いますよ?」

「御尤もだけど、そもそも俺はどっちの方が信用できるかなんて基準で話を聞いちゃいないんでな」

 

 氷室の言葉に迷いは見受けられない。

 既にどちらの言い分が正しいのか確信している様子だった。

 

「こいつは確かに自己中だしクズだし偏向報道上等のクソ女だ」

「おい」

 

 立てた親指で後ろを指さした氷室が、枡米をボロクソに言い始める。

 

「だったら――」

「だが異能の結果にだけは嘘を吐かねえ」

「当たり前じゃ~ん。桜川先輩、そんなこともわかんないんですか~?」

 

 桜川の言葉を遮って断言した氷室に続いて、煽るように枡米がプークスクスと笑う。

 

「嘘を吐く嘘発見器に価値はないからな」

「ん? もしかしてあたしの価値は異能だけだって言ってる?」

「気のせいだろ」

 

 そこまで言われてようやく気が付く。

 普段の桜川であればそれくらいすぐにわかったはずだが、追い詰められたことで思考力が鈍っていたのか、それとも気づきたくなかったのか。

 

 噓発見器がその結果に嘘を吐くようであれば、誰もそれを信じない。信じて貰えなければ嘘を見抜いてもその情報を発信することなど出来ようはずもない。それは聞屋である枡米にとって致命的であり、だからこそ枡米は異能の結果に嘘を吐かない。

 もしも嘘発見器がこの世に唯一つなのであれば話は違ったかもしれないが、今の世界には他に何人も嘘看破の異能を持つホルダーが存在する。枡米が異能の結果に嘘をつけば、それはいずれ確実に暴かれる。

 

「……完敗ですね。どうぞ、一思いに」

「今度はほんと」

 

 奇襲をしかけたうえに五対一という圧倒的に有利な状況で負けた。さらに降参した振りをして不意打ちする作戦すらも見破られ、格付けは完全に済んでしまった。こうなっては、桜川の異能で氷室の精神を支配することは難しい。今この場においてのみではなく、これから先もこの格付けは尾を引くことだろう。

 

 桜川の異能の発動条件は、対象に決定的な敗北感を与えること。

 

 胡蝶の夢だった。

 結局のところ自分は器ではなっかったのだろうと思い知った。

 葵ならば、同じ状況でももっと違う結果を得られたのだろうか。

 電撃のショックで薄れゆく意識の中で、拭えない敗北感(・・・)がいつまでも桜川の脳裏にこびりついていた。

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