君臨するは我にあり! ~菓子姫平定録~   作:ペンギンフレーム

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episode2-36 カドレヴ・ネツァク:レプリカ(VS朱鷺戸書記①)

 舞締生徒会長の意向に従い、甘んじて古條の転移を受け入れた朱鷺戸が飛ばされたのは学校の上空だった。

 眼下には校舎の屋上が見え、猛烈な勢いで距離が近づいており、要するに空中から落下していた。

 そして更に言えば、聖剣が朱鷺戸の手元にない。聖剣使いが異能を行使できるのは聖剣を身につけている時のみで、たとえ所有者であっても手ぶらでは無能力者(ノーマル)と変わらない。

 

 つまりこのまま落ちれば朱鷺戸は死ぬ。

 

「うあああぁぁぁ!?」

 

 予想していなかった状況に半狂乱になりながらも、朱鷺戸は無我夢中で聖剣を手元に呼び戻す。

 聖剣、そしてそれに対をなす魔剣は、求めに応じて所有者の元へ転移する能力を漏れなく有している。

 そのため通常、聖剣使いや魔剣使いに対して剣を奪うという作戦は有効になり得ない。不殺で戦闘力を喪失させるには、剣を破壊するか所有権を奪う必要がある。

 

「はあっ、はあっ、死ぬかと思った……」

「人聞き悪いですね。テンパってたら助けるつもりでしたよ」

 

 刀身を革製の鞘に収められ、黄金色の柄だけが見える模造聖剣。

 その聖剣によって強化された身体能力で強引に着地態勢をとり、衝撃を緩和する異能で落下ダメージを軽減した朱鷺戸が冷や汗を流しながら絞り出すように呟いた。

 そんな朱鷺戸に、屋上で落下してくる様子を見ていた古條が心外だと小言を漏らす。

 

「朱鷺戸先輩の異能は模造聖剣。内包する能力は、『身体強化』と『衝撃緩和』、それから『痛覚遮断』ですよね?」

 

 聖剣と魔剣は異能を内包する武器で、大変革以降、いつの間にか存在し出回っていたされており出自が判明していない。

 しかし強力な異能を有するがゆえに悪意ある所有者によってかなりの騒ぎを引き起こしたことがあり、その性質や特性は広く知れ渡っている。

 

 一つ、聖剣と魔剣はそれぞれ一振りにつき一つの美徳、または悪徳を司る。

 二つ、司る美徳または悪徳を強く宿した者を所有者として選び、力を与える。

 三つ、聖剣と魔剣は破壊されてもなお力を有し、その欠片を混ぜ込んで製造した模造品(レプリカ)にも劣化した力が宿る。

 

 以上が大まかな性質であり、より細かい話をしていけば所有者の手元に戻る転移能力や、所有者よりも強い美徳や悪徳を示すことで所有権を奪うことができたり、混ぜ込まれた欠片の大きさによって1~3までのグレードが存在し数字が小さいほど本来の剣の性能に近いなど、他の異能には見られない独特な特性を有している。

 

「死なないってわかってるから空に飛ばしたんですよ?」

 

 朱鷺戸の聖剣が司る美徳は、正義。

 正義の聖剣が持つ能力は『勝利の運命をたぐり寄せる力』、『正義を執行する力』、『高速回復』、『衝撃緩和』、『痛覚遮断』、『身体強化』。

 そのうちグレード2で再現出来ているのは『衝撃緩和』、『痛覚遮断』、『身体強化』の三つだけであり、性能もオリジナルには大きく劣る。

 

 とはいえ、身体強化は異能強度4相当であり古條と同等。

 加えて衝撃緩和は落下や打撃系のダメージを大幅に抑える効果を持つ。

 この二つを組み合わせれば、よほど高所からの落下でなければ致命的なダメージを受けることはない。

 

「随分詳しいな」

「凪様が相性悪めだからって丁寧に教えてくれたので」

 

 古條の基本的な戦闘スタイルは格闘だ。

 短距離転移を用いたフェイントや死角からの不意打ちなど小回りは効くが、攻撃方法が打撃主体であることに変わりは無く、真っ向勝負で戦うとすれば朱鷺戸とはかなり相性が悪い。

 身体強化だけでも同等の出力だというのに、衝撃緩和により打撃は軽減され、痛覚遮断によって痛みによるパフォーマンスの低下も期待できない。

 

 しかし、それはあくまで真正面から戦った場合の話。異能と格闘能力を組み合わせ十分に力を発揮することが出来れば、むしろ古條にとっては相性の良い敵であると氷室は判断した。

 だから氷室は事前に聖剣の特性や対策を徹底的に古條へと叩き込み朱鷺戸の相手を任せた。

 

「凪様ね……。今更話し合いがどうこうなんて言う気はない。俺はお前を倒して、氷室も倒す」

「それはこっちの台詞です! イケメン相手に容赦はしません!」

 

 私怨がこもった言葉と共に古條が朱鷺戸に向かって走り出す。

 それに対し朱鷺戸は聖剣の切っ先を後方に下げ、半身となる脇構えで迎え撃つ姿勢だ。

 正眼に構えればリーチの差によって安全に攻撃できるが、朱鷺戸はあえてその優位性を捨てることで古條への対応力をあげることを選んだ。

 

「ちっ! 流石にやりますね!」

「瞬間移動持ちは死角を取りたがるからな」

 

 あと2、3歩程度で拳が届くところまで近づいた古條がその場から消え去り、朱鷺戸の背後に現れて構えた拳を思い切り突き出した。

 しかしその一撃が届くよりも、素早く反転した朱鷺戸が鞘に入ったままの聖剣を叩き付ける方が早かった。

 脇構えは刀身を自らの半身に隠すことでリーチを悟らせない効果があるのと同時に、振り向くことで背面の敵に対し下段の構えへと移行することが出来る。

 朱鷺戸はこれによって聖剣の正確な長さを悟らせず、早い段階で転移を誘発させ背後からの攻撃に対応したのだ。

 

「今ので無傷か」

「そっちが抜かなくても手加減はしません!」

 

 鞘に収めている状態では当然刃物としては機能しないが、それでも強固な鈍器として扱うことは出来る。

 力量差によっては拳が砕けるなり潰れるなりしてもおかしくはないのだが、古條にはかすり傷一つつくこともなく、硬い物同士がぶつかり合ったような音を響かせて聖剣の鞘が弾かれる。

 古條は、『強化』と『短距離転移』の他に『硬化』と呼ばれる技を修得している。これは体外にオーラの膜を張り、それを硬質化させることで攻防一体の鎧を纏う技術だ。

 この鎧によって保護されている古條は、鈍器はもちろん刃物を相手にも真正面から打ち合うことが出来る。

 

「霊気空手、百裂白虎! 遅すぎてあくびが出ちゃいますよ!」

「ぐっ、この、調子に、乗るな!」

 

 背後からの一撃こそ防がれたものの、間合いを詰めることには成功した古條が距離を取られないようにぴたりと張り付きながら拳撃のラッシュを繰り出す。

 間合いが長いというのは裏を返せば小回りが効かないということでもあり、古條の連打を完全に聖剣で受け止めることは出来ず、クリーンヒットと呼べる一撃が幾度も朱鷺戸を捉えた。

 しかし衝撃緩和を持つ朱鷺戸には有効打には至らず、隙を晒しながらの渾身の大ぶりによって力任せに弾き飛ばされ強制的に距離を取らされた。

 

「麟蹄落とし!」

 

 その直後に再度古條が転移し、今度は背後ではなく頭上からの踵落としをお見舞いする。

 古條を完全に見失った朱鷺戸は強烈な一撃を脳天にお見舞いされるが、その一撃を終えて隙だらけの古條の足を掴み、床に叩き付け更に上段からの振り下ろしを連続で繰り出す。

 

 足を掴まれて脱出出来ない古條は、5秒のインターバルの間幾度となく振り下ろされる聖剣を両腕を前に構えて『硬化』を集中することでやり過ごし、インターバルが終わった瞬間、朱鷺戸を再度空中に転移させ、素早く起き上がってサッカーボールよろしく思い切り蹴り飛ばした。

 吹っ飛ばされた朱鷺戸は屋上の床をゴロゴロと転がり、その勢いを利用して立ち上がる。

 

「聞いてはいましたけど、タフですね」

「それはこっちの台詞だ。っていうか、さっきから何叫んでるんだ?」

「技を出す時は技名を叫ぶのが霊気空手の教えです!」

「変な流派だな……」

 

 異能強度4の身体強化ともなれば、大量の人間を簡単に薙ぎ払うことができ、自動車をぶん投げることも建造物を倒壊させることも難しくないほどの力を持つ。

 一見して地味な攻防にも見えるが、実際にはスポーツカーが最高速度で突っ込むほどの衝撃が何度も生じている。

 だからこそ、朱鷺戸も古條も相手の頑丈さが想定以上に厄介だと思い至る。そのレベルの攻撃をまともに食らってお互いにほとんど無傷。それは互いの防御性能が攻撃性能よりも大幅に優れていることを如実に示している。

 

「このままやり合っても勝負はつかない。降参しろ、古條」

「お断りです! そういうことは、本気を出してから言ってください!」

 

 朱鷺戸はまだ、聖剣を抜いていない。全力を出していない。

 対して古條には作戦こそあるものの、切り札と呼べるような奥の手はない。

 合理的に考えるのなら、抜かせるべきではない。だが、氷室の目標は生徒会への完全な勝利。余力を残した相手に勝ったとして、それは氷室の求める勝利ではない。

 

「俺は抜かない。こんなところで人死にを出す気はない」

「だったら根比べですね!」

「……君ほどの武術家が、どうして氷室に従うんだ? この数合でも、君が降ってわいた異能に頼るだけのホルダーじゃないことはわかった。古條、君の正義は何だ? 何のために戦う?」

「愚問ですね朱鷺戸先輩! 可愛いは正義! つまり凪様が正義です! 私は凪様に勝利を捧げるのみです!」

 

 それが全てというわけではないが、古條のその言葉に嘘はない。

 

「何を言ってるかはさっぱりわからないけど、引く気がないのはわかった。なら足止めに徹することにするよ。会長は必ず勝つからな」

「どうしても抜かない気ですか! それなら力尽くです!」

 

 朱鷺戸が会長を信じているのと同様に、古條も氷室の勝利を信じている。

 だからこそ長引かせるわけにはいかない。先に大将同士の決着がついて、この戦いが有耶無耶に終わってしまうことは絶対に避けなければならない。

 

 なぜなら、

 

「恨まないでくださいよ朱鷺戸先輩! 凪様とのデートのためです!」

 

 一人一殺

 

 これを達成できなければご褒美がもらえないのだから。

 

「そんな下らない正義で! 俺の大義を倒せると思うな!」

 

 最初の攻防の焼き直しのように、駆け出す古條と脇構えを取る朱鷺戸。

 後2、3歩まで近づいたところで、古條は――転移しない。

 それどころか更に強く踏み込んで加速し、真正面から朱鷺戸へと突っ込んでいく。

 

 朱鷺戸は古條が加速したのを認識した瞬間、転移を囮に真っすぐ向かって来るつもりであることを理解し、後方に下げていた切っ先をすくい上げるように引き寄せて逆袈裟斬りを繰り出す。下げていた剣を戻す分単純な振り下ろしや切り上げよりは僅かに遅れが生じるが、古條の一撃を防ぐ分には十分間に合うタイミングだ。

 だが、古條の狙いは正にその下から迫りくる切っ先にあった。手の届く距離にまで接近した古條は拳を突き出すのではなく、足を大きく一歩前に踏み出し、加速しきる前の切っ先を踏み止めた。

 

「それが――」

 

 聖剣のガードを邪魔して直接急所に正拳突きを食らわせる腹積もりなのだろうと判断した朱鷺戸が聖剣を引き戻そうとした瞬間、手の中から重みが消える。

 

 霊気空手、青龍突き

 

「――どうぅぉばぁっ!?」

 

 それがどうしたと、最後まで言い切ることは出来なかった。

 聖剣という障害が消え去り力強く踏み込んだ古條の正拳突きを食らって吹き飛ばされ、そのまま意識を喪失したからだ。

 

「あ、技名言うの忘れました……」

 

 古條の転移能力の対象が、古條自身または接触している物ということは朱鷺戸も察しがついていた。だから聖剣を古條の拳にぶつける時には細心の注意を払い、いつ転移させられても即座に呼び戻せるように意識していた。見誤ったのは、どこまでが触れている(・・・・・)と判定されるのか。

 例えば朱鷺戸自身も古條の異能によって屋上へ転移させられたわけだが、直接触れていない衣類もまとめて転移している。つまり、直接触れていない物でもある程度の範囲であれば転移の対象に取ることは出来るということ。

 古條は聖剣による防御や攻撃を妨害するために聖剣を踏んだのではなく、足で接触することで転移の対象に取るために踏んだのだ。

 

 聖剣の強化を受けていなければ、聖剣使いと言えどもただの人。オーラユーザーの一撃を受けて無事でいられるはずもない。

 

 聖剣使いに対して剣を奪うのが有効になり得ないというのは長期的な戦闘能力についての話であり、聖剣を手放したほんの一瞬を突けるようなホルダーであるならば、聖剣を奪うという作戦は十分有効打になり得る。古條はそれを、見事に自身の手で証明してみせたのだった。

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