ガールズ&パンツァー〜大洗女子学園のデストロイヤー〜 作:ReA-che 名義
爆音で目が覚めた。
夜明けというにはまだ早い時刻で、辺りは薄暗いが静寂を引き裂くような爆音が聞こえてくる。
既に整備課の者たちは今日の仕事にかかっているのだ。
私はベッドの中でその爆音に耳を澄ませながら、身体中に力強く湧き上がるものを感じていた。
杉野直緒戦闘手記冒頭部より抜粋
直緒の戦車道は地元宮城県枝野へ戻ってきてから本格的に展開される事となった、戦闘機乗りとしての最低条件を満たすため
それまでの期間に体を鈍らせない事を理由に始めたのがきっかけとはなったが、既に戦車スクールへ所属し早2年
この間結局身体的な不適合がクリアできず遂に学部を修了してしまったということが大きな理由である
とは言え、直緒の選んだ士官候補生コースは学部を修了してようやくスタートラインであり
既に10歳となりここからようやく戦車に乗れる直緒は正直他の戦車を専門でやるつもりだった選手の卵達から見れば少々遅咲きのデビューであると言わざるを得なかった
其々異なる役職で選び抜かれた搭乗員達と共に教官が乗り込み、細かく指導します。
時には後ろの教官が席から乗りだし後ろからポカリとやられます
訓練は実に真剣そのもので、一瞬一瞬がこれ全て戦闘であり戦車との取っ組み合いです
とにかく普通では経験し得ない緊張の連続で、一日に乗る時間は大したものではありませんが走行終わりに部屋に帰ると顔中が火照って眠くなってしまいます
誰でもそうなんですが、まだ慣れないせいもあって、たいして疲れていないつもりでもつい眠くなってしまうのです
戦車乗りの腹の減ることおびただしいもので、学部時代にかえって大飯食いをしています】
上記は直緒の1期下にあたる71期の士官候補生が家族に宛てた手紙の一文である、地元から程近い場所にスクールがあるものはそこへ配属となるがそうでないものは学部時代と同じようにスクールにて寝泊まりをする日々を送っていた
この各分所に役割毎に別れ、最初の数ヶ月は実戦前の最終段階と言うことで各々自身の身体の限界から担当役割について日々すり合わせ訓練を行う
その為このわずかな期間で各搭乗員達は士官候補生から名称が変わり操縦手以外の者は【
これは分所の建てられた年数によって期の数字が異なり
例えば同じ70期であっても戦練30期の者もいれば戦練80期の者などがおり、分かりやすく区別するために後々頭にこの訓練期間中に所属になっていた分所の名称を加えることとなった
ちなみに直緒の場合は【戦練38期】、分所名も含めた正式名称なら【仙台-戦練38期】といった具合で、余談だが上記の手紙の差出人はその1期あとの為【戦練39期】であり
このすり合わせ期間中にその他の予科練や通常入門で入ってきた生徒達とも合流となる
この数ヶ月の最終調整期間中の直緒は実際には実戦部隊も仙台所属となるのだがまだ異動の可能性も少なからずあったことから特定の誰かとつるむような事はせずに訓練以外の時間は単独行動を取ることが多かったとされている
とは、仙台に戻ってからも一緒だった元士官候補70期、戦練38期の小川と菱谷の証言である
直緒を含めた仙台-戦練38期は士官候補、予科練、通常と3つの生徒合わせて40名おり、その中でもこれまた直緒と同じく車長専攻科目の者は直緒を入れて8名在籍していた
目立たないという点では私の同期の林重子に似ていた】
こちらは当時の直緒を含めた戦練38期の教官で直緒が士官候補の2号生徒時代に同分隊の1号生徒で伍長だった岩下
林重子はこの岩下と同じ69期の士官候補でこの後に全国から選りすぐりの戦車乗りを集めて発足した日本最強の戦車チームと呼び名高い松山第343戦車隊で68期の赤淵桜、70期の杉野直緒と共に戦闘戦車隊の隊長をつとめ
初代三大将の中では一番最初に事故死して離脱となるが、あまり闘志を表に出さず穏やかな少女だったと言われている
その林と同じに見えたと言うことから少なくとも直緒は岩下の前では猫を被っていたわけだ
ちなみに他二人より先に学部を修了した赤淵は実戦経験が皆無にも関わらず優秀さを買われて実戦に出るまでの間は大分の支部にて教官をやっており、岩下はその時の赤淵から実車訓練を受けた
そして岩下の戦練としての教程が修了したのと時を同じくして実戦部隊に転出したので今度は岩下がその後任として教官となり直緒のいた仙台支部へと配属となる
この事から直緒は赤淵の孫弟子に当たるがこの弟子の取る戦術たるや二人の師とは正反対の荒っぽさで士官候補生時代のおとなしいという印象を覆すに充分なものであった
仙台支部の戦練・操練が期間中に乗れる練習用戦車は基本的には日本製である九五式軽戦車や九八式軽戦車、二式軽戦車、三式軽戦車、そして四式軽戦車、五式軽戦車等で
たまに第二次世界大戦時代の同盟国であったドイツのⅠ号戦車やⅡ号戦車に乗ることもあった
これらに最初は教官同乗の元、発進・停車に始まり慣れてくると練習生のみの単独での走行訓練になるが
何と言っても車輌の限界点を探るための特殊走行訓練や一対一のドッグファイト形式の模擬格闘戦等が最大のハイライトである
そしてこの模擬格闘戦にて岩下教官はそれまで抱いていた士官候補生時代の直緒とは全く違う直緒の一面を発見することになった
「本日は特別教官として陸上自衛隊の戦車教導隊より蝶野教官にお越しいただいた、みな拍手」
「蝶野亜美です、本日はみんなよろしくね」
その日は初の実戦形式の訓練を行う日であり、いつもの如く江田島戦車スクールの宮城分所である仙台支部へ訓練に赴いた直緒を含めた戦練38期と操練38期は特別教官として当時戦車教導隊にて一番の若手であった蝶野を講師に迎えて訓練をスタートした
当時戦車教導隊一の若手であった蝶野は防衛大を出てすぐのイケイケで知られており大変なスパルタ気質であった
その為実戦演習は初っ端から蝶野とその他教官達の乗った戦車と学生のみで構成された戦車による一対一の格闘戦により行われ
一切手加減なしの試合で多少操縦が出来るようになって伸びた戦練達の鼻っ柱を片っ端から折って回った
(…気に入らねぇな、あの教官に目にもの見せるにはどうしてやるべきか)
直緒のこの日の出番はかなり後ろの方だったが試合に熟知した教官達を相手にただの訓練生達はなす術もなく試合開始まもなく撃破されていく
そうして意地悪く高笑いする蝶野に対し直緒が反骨心を抱くのはある意味必然であると言えた
「次ッ…ええっと杉野さんだっけ?準備してくれる?」
「……」
出番がきて名を呼ばれると直緒は閉じていた瞳を開けて思考の海から現実世界へと意識を戻し、ジッと睨み付けるように蝶野へと視線を送った
(教本通りのやり方で皆やられてる以上、勝ちに行くなら──あるじゃねぇか
技量の劣る俺でも教官の度肝を抜いてられるやり方が)
目が合い蝶野の視線も訝しむような鋭いものへと変わる、頭の中で試合中の大方の流れを決め
賭けるならこれしかないと踏んだ直緒は目線は蝶野から話さず口火を切った
「──初心者いじめて遊んでるアンタのやり方、スゲェムカつく」
「…なんですって?」
「気に入らねぇっつったんだよ」
戦車に乗り込むために視線をすぐに切った直緒だが、この短いやり取りで互いの火を灯すのに充分であった
そして奇しくも、今後長きに渡って互いの親交が続くきっかけとなったエピソードである
…この頃は後々に仲良くなることなど想像は出来ていなかっただろうが
「な、なぁ杉野、教官相手にあんな喧嘩腰で良いのか?」
「──ハッ、気に入らねぇやつに下げれるほど俺の頭は軽くねぇんだよ
…それに手がねぇわけじゃねぇしな」
練習車輌である朱色がかった明るいオレンジ色の95式軽戦車に乗り込み心配そうに聞いてくる操縦手と砲手の少女に不敵な笑みを浮かべたまま直緒は答えた
◆
模擬戦が始まってすぐ、蝶野は格闘戦中の相手車輌
すなわち直緒が指揮を取る95式軽戦車の動きに強い違和感を覚えた
車輌は訓練生側も教官側も同じ95式軽戦車、当然車輌に性能差がない以上完全に技量での勝負になるわけだが
(な───近ッ!!?)
戦車から上半身を乗り出してこちらを注意深く観察しているまでは良かった、戦車道は実際の戦車戦と異なり随伴歩兵がつかない為戦略幅を広げるためにむしろ推奨している所もあるくらいだ
感じた違和感は砲撃戦や攻防の最中、相手車輌がやけに近い事である
(バカじゃないの!?なに考えてるのよッ!)
蝶野は自身の背に冷たいものが流れていくのを感じる
考えた末に直緒の選んだ戦法は、何がなんでも蝶野車に食らいついて離れないようにするといったもの
もっと単純に言ってしまえば蝶野教官の指揮する戦車に自身の指揮する戦車をぶつけるように持っていく危険極まりない方法だった
従来一対一での模擬戦は互いに遠ざかってから見張り員の指示を待ち、開始の合図と同時に反転して互いに向かい合ったところから始まる
普通は対向したところでリスクが大きすぎることからある程度の距離を保って互いに反対方向へ切り返しながら砲戦へ移るのだが、そういった教科書通りの戦いで誰一人として良い勝負まで縺れた者がいないと見て感じていた直緒は正面から来る蝶野車を避ける気配も見せずに突っ込んだのだ
時折失速寸前になってふらつきながらもギリギリまで食らいついてくるから、私は前にいて本当に危険を感じた】
上記は当日の模擬戦を振り返った蝶野の証言で、当時は相応に驚いたようだがこう語る彼女はどこか朗らかな様であった
この日の模擬戦は数度に渡りギリギリまで車体を突っ込ませてくる直緒をなんとかいなした蝶野が回避動作を取ったわずかな隙に後ろへ回り込んで砲撃に入った直緒の指揮する95式軽戦車が蝶野の車輌を撃破して終わった
「勝った勝った」と飛び上がって喜ぶ直緒を尻目に蝶野は突発的なことに対処できなかった自身へ対する不甲斐なさと他の訓練生の戦い方を見て自分なりに考えた戦法をぶっつけ本番で使ってくる杉野直緒という少女の視野の広さと大胆不敵さ
そして自身の見ていた世界の狭さを思い知ったのだと言う
ちなみに持ち場に戻って戦車を降りてから、教官車で操縦手を勤めた岩下教官からは「あれは一体なんだ、もうお前とは二度と模擬戦はやらん」と厳しくカミナリを落とされた直緒であったが
蝶野曰くそのまま立ち去る岩下の後ろ姿を眺めながら直緒は終始ニヤニヤしていたらしい
そのやり方がいかにも乱暴に見えて、その時の印象が強かったせいか、私には、何だかひどく乱暴な女のように思えましたね】
上記の証言通り、この日以降岩下教官の直緒に対する印象は激変し、それまで抱いていた無口で目立たず大人しいと言う印象とは真逆な【乱暴者】と言うイメージに変わったと語っている
余談ではあるが翌日以降の模擬戦は全て蝶野が勝った、最早意地ではあったが自身の負けに思うところがあったようでこの日以降蝶野の尖った性格は少しずつ鳴りを潜めていったようだ
戦練過程を修了し、何名かは別の支部へと異動となったが直緒を初めとする多くは仙台の支部へ残り
後は実戦を待つだけとなる
この頃スクール生の間ではカメラと将棋が流行っており、初期の戦練時代は抜け落ちているものの実戦部隊としての直緒の写真が多く残されているのはそれが理由の一つでもあった
直緒自身はカメラではなく将棋派でよく同期と休み時間中は将棋を囲んでいたのだという
ちなみに勝率は綺麗に5分でツボにハマると強いが調子が出ないときはあっさりと負けていたらしい
皆覚えたてのドングリの背比べで、大勝ち大負けを繰り返しては楽しんでいたものです
杉野なんかはたまたま急所に打たれると「嫌なヤツに会っちゃったなァ…」と言い、その軽妙な文句に皆でドッと笑いました
この彼女の名セリフは他のスクール生達全員にウケて大流行し、将棋に限らず何かにつけて使われては余暇を楽しくしてくれました
とにかく、杉野の周囲は常に明るい笑いがあり、その中心にいつも彼女がいたという感じでした】
後に松山の
光本の体験ではこんなこともあった
ある日、直緒と光本の二人でスクール上層部より新しく導入する戦車を取りに行くように指示された
当時江田島の戦車スクールで東北地域で使う戦車は程近い群馬県の太田にあった中島車輌架装か小泉製作所のどちらかにて戦車道用に手を加えたものを扱っていたがこれらを取りに行くのもスクール生達の立派な仕事である
出来たばかりの戦車に試乗して不具合をチェックし、それを現地で直して持って帰るのが任務であったが初めての経験で意外と手間取った為に帰りの時間が遅くなり2輌の新造戦車は帰路を急ぐべくスピードを上げた
その他の学生達はすでに夕食を済ませていたと思いますが、その食堂に残っておられた山本支部長と司令に不動の姿勢で帰投報告を済ませたところ
すかさず「どこが悪かったのか」と聞かれました
何から言おうかと私が戸惑っていると、杉野がスラスラと不良箇所を列挙したので帰りが遅くなった事を気にしていた司令も了解されましたが
その対応の鮮やかさには感心させられました】
光本の回想からしても、戦車戦に要求される瞬間的な判断や即応力は直緒の特質であり日常的なものであったと言えるのかも知れない
また蝶野教官との模擬戦を終えて戦練及び操練課程を修了した38期出のスクール生は実戦参加まで秒読み状態ということもあり来るべきその日の為に猛訓練を積み
たまの休日には多くの車輌を保有し、敷地の広い霞ヶ浦の支部や木更津の支部まで赴くこともしばしばあったが
この実戦部隊に配属され、土日は他支部での遠征訓練を積んでいた頃の直緒にある日横須賀支部から速達にて手紙が届く
差出人は士官候補時代の友人だった武藤敏子であり、武藤は海外への選抜チームの一員として士官候補を修了してからアラスカへ遠征中であったが【一時休暇により帰投し、今横須賀にいるから是非会いたい】と言うのが手紙の内容である
翌週末の日曜日に霞ヶ浦にて訓練予定のあった直緒は早速次の土曜日に会おうと約束を取り付け、当日は武藤と二人で横須賀の町を一緒に歩いてつもる話にしばし時間を忘れるように過ごした
その途中に直緒がふと思いついたように「写真を撮ろう」と言い出したが、余所行きに整えた服装の直緒と違い、またすぐに現地のチームへ戻る為に武藤の服装はお世辞にも写真映えするようなものではない
せっかくだがと武藤が断ると「それならば服は買ってやるからお揃いを買いに行こう」と言ってそれぞれの服を購入してから写真館へと向かった
二人お揃いの私服姿の写真であり、残された写真には堂々とした様子で映る直緒の左隣で少々ぎこちない表情を浮かべた武藤が映っている
そして戦車道漬けの日々で疲れた心が、あの4号時代の入門直後の厳冬訓練が終わったとき初めて病室で会った8歳当時のさわやかな杉野ちゃんの面影を求めたのだと思う
そして彼女は少しも変わっていなかった】
この時の事を振り返る武藤はそう語るが、直緒のさわやかさはその先も一生涯変わることはなかったようである
直緒はこの他支部にて訓練を積んでいる期間中にある出来事を仕出かしている
これは木更津支部に遠征したある日の出来事であるが、その日は昼食後の午後13時~17時の間は基地内であれば自由に戦車を動かせる日であり
燃料の続く限りの訓練が出来る日でもあったのだが───
こなせることは大いに越したことはないので、車長やら砲手やらたまに立ち位置を入れ換えて訓練することもありました
で、訓練が始まってすぐ彼女が「村上、ちょっと東京方面までドライブでも行こうじゃないか」と言い出して私も砲手の子もギョッとした
訓練で乗れる場所はスクールの敷地内のみでそれより外に出てはいけないことになってるが、それを出ていったわけです
訓練の時はまだ乗り初めて日が浅いこともあり巡航速度しか出さないのを彼女はエンジンを全開にして車輌を全速で走らせ時間内までに戻ってくるというのをやった
それで本人は「戦車というのは最大限まで性能を活用しなければならんのだ」と言ってケロッとしてる
大胆不敵な奴だなぁと思いました】
同じ宮城出身の村上の思い出であるが、この直緒の言う「戦車の性能を最大限まで活用する」という考えは後に彼女が実戦で遺憾なく発揮して多くの敵車輌を撃破するもととなった
それにしてもまだ戦練を修了したばかりの腕も未熟な身で、しかも見つかったら大目玉は免れない重大な規則違反を平然とやってのける放胆さは誰であろうが驚かされるものだろう
時期は立春の頃、遂に38期出のスクール生達の初陣が決まったが
当該の試合に直緒は参加しておらず、補欠としてそこから当面の間は二軍の予備選手として試合の見学のみ許されていた
協調性に欠けることと普段から牛乳を飲んでは体操に勤しむ変人として教官達に思われていたのが起因する
この事について直緒は後に自身の戦闘手記にてこの時の事を【ウザい上司が偏屈者の自分を厄介払いするために取った処置】だの【試合で我が戦車隊が出撃していく排気音を聞くと拳を耳に詰め込みたくなる、同期は実戦で伝説を作っているのだと思うと私は悔しさに大いに泣いた】と書き記しており
後に直緒は実戦に出るようになってから剣部隊配属の途中まで休暇を取るように命令しようが搭乗割から外そうがそれらを無視して勝手に出撃していく事を繰り返すようになるが、これはこの時の出来事がよほど直緒の中でトラウマと化していたからだと考えられており
剣部隊配属中には試合中に大ケガを負いリタイヤやむ無しとなっても麻酔無しの治療にて無理やり戦闘を続行してみたり、提出書類を偽造して出撃するという荒業を見せている
ちなみに無断出撃については当初、直緒は完璧にバレないようにと試合中にカメラの位置を気にして画角外のみでの移動や戦闘行動を取る等の工夫をしていたのだが致命的なミスによって早々にバレる事となる
それは誰が撃破したかわからない敵戦車があまりにも多すぎるというもの
従来戦車道ではモニター画面のスコアボードにて参加チームの車輌や残存兵力がリアルタイムで映されているが、多くの敵戦車が画面外で撃破されている事や試合に参加した搭乗員達の戦果報告と実際の撃破数が大きく食い違うことから該当する日に休暇を与えられており
尚且つそれをやってのけそうな人物と言うことで早々に直緒に疑惑の目が向けられることとなった
当然本人は認めなかったがスクール上層部では直緒のやったことであると意見が合致、戦果を上げて帰ってくることから強く文句を言えるわけもなく常に出撃枠を1輌分多く取って見て見ぬふりをしたとされている
一度試合に望めば多数の敵戦車を単騎で撃滅しむる勝負強さを持つ傍ら、直緒はこのスクール所属時や後の剣部隊配属時に幾度となく搭乗戦車を無茶な指示により破壊している
特に江田島戦車スクールでは実戦からわずか一年半程度の短い活動期間で20輌~30輌程、搭乗戦車を壊して内6~7輌が修理不能で廃車となっている
他にも三式やⅣ号、チハも廃車にしてたと思う
いずれも試合終了直後で、自軍の優劣に関わる試合中の事故だけは起こさなかった所がなんとも杉野らしい】
というのが当時の同期の一人である香取
本来であればあまりの強さから敵につけられそうなものを、直緒は味方から自分の戦車を壊しすぎだと言う意味でつけられていた
それにしてもこれだけ戦車を壊していても進学の直前までは直緒をクビにしなかった江田島戦車スクールも随分とおおらかなものである
時は流れ直緒がスクールをクビになる直前の翌々年、徳島の支部にあった戦車基地にて搭乗員育成の教官をしていた香取はちょうど車輌受領に立ち寄った直緒と再開を果たしている
この頃には士官候補、又は予科練などを出たスクール生達は進学先が日帝学園へとほぼ決まっていたのだが
その日帝学園は保有戦車を日本軍戦車に拘っており、他校の戦車道チームはより強力な中・重戦車を取り入れ始めた事から徐々に戦果も振るわなくなってきていた
「香取よ、なぁ
敵の重戦車はよう撃破出来んよ、よほど考えなけりゃいかんな」
「──で、
この日香取は重戦車を相手にする際の攻撃方について二人で話し合った、旧日本軍製の中戦車等で他国の重戦車を相手取る場合
まず日帝学園やその系列の戦車道チームにおいてそれまでは後方からつけ狙い1000m程間を開けて砲撃を加えるのが一般的な攻撃方であった
しかしいかに技術の進歩でカタログ通りのスペックが出せると言えど旧日本軍戦車よりも他国の重戦車の砲撃の方が初速や砲弾の直進性に優れておりまともに戦ったらまず先に撃破されてしまう
だからといって攻撃に及び腰ではまともな戦果も上がらず、搭乗員達の士気は目に見えて低下していた
そこで直緒の編み出した戦法を香取は聞かされたのだという
「──オイ、杉野お前、そんなこと言って本当に出来るのか?」
「出来る──いや、絶対にこれをやらなきゃダメなんだ」
その戦法とは距離を1000m程開けるというのはそのままであるが、同航又は反航の状態から敵編隊と横並びになり
大体45度斜め後ろに見たところで反転をかけ
そのまま敵編隊の中に真横から垂直に突っ込むという恐怖の攻撃方であった
これなら敵車輌の進行方向に対して真横からの攻撃となるため、敵の移動範囲が大きく照準が合わせにくいが編隊後部の敵戦車の照準には必ず前方車輌が入り込むため同士討ちを恐れて反撃が目に見えて少なくなる
しかしそれだけで留めていては敵もすぐに対抗策を考え出した
最初期のこの攻撃方では、攻撃を加えた後に衝突を避けるため攻撃目標である敵戦車のすぐ後ろを通り抜けていたがそこに狙いをつけて通り抜けの瞬間に弾幕を張られるようになってしまい
その中を抜けるのでは早々に撃破されてしまう
そこでまた、新たに直緒は考えた
敵戦車の後ろを通るのでは自分が大丈夫でも後続の僚機の被害が大きくなることを学んだ直緒は、今度は狙う目標を敵編隊の先頭車輌のみに的を絞り
その目標の前方、それも一秒タイミングがズレれば衝突必至な敵車輌の砲身の下を潜り抜けるようにした
これによりほとんど反撃を受けることなく一方的な攻撃を加えることに成功するわけだが、その代わり戦闘起動中で全開走行の戦車同士で衝突する可能性が格段に上がってしまった
まともに扱うには車長のみならず搭乗員全員が高い反射神経と恐怖に打ち勝つ強靭な精神力を必要としていたのだ
その為あまりに危険な方法な事から驚き聞き返す香取に直緒は強くそう答えた
この少し前に直緒は海外遠征チーム選抜選手、その中でも分隊長として活動をしていたがこの方法で彼女のチームが活動拠点にしていたヤップ島での試合では度に多くの重戦車を撃破し有用性を実証していた*1
さらにその後には重戦車相手ではなくその他の戦車にも同じような攻撃方を取り、相手チームを恐怖のどん底に陥れることとなるがこれは別の話である
香取が直緒と再会を果たした同月、今度は厚木の支部で訓練に励んでいた戦練同期の森岡も直緒の訪問を受けた
この森岡は士官候補と戦練を出たあと、日帝学園の中等部へ進み
機甲整備科──つまり戦車道で使う車輌を整備する科目へ転科していたのだが
搭乗員の減少により再度戦車乗りとして機甲科に転科していた為、勘を取り戻すべく厚木にて慣熟訓練を行っていたところに飄々とした様子の直緒が現れた
「──良く来たな、杉野貴様ヤップ島に行っていたんじゃなかったのか?
あっちの噂はこっちにもだいぶ届いたぞ」
「上からの命令で帰国したんだ、いまは各地の戦車の余ってる支部から車輌受領を頼まれてる
──ところで、
何でここで戦車に乗ってるんだ??」
「戦車乗りが不足しているというんで転科した、それで今は他校の重戦車への邀撃訓練をやっている」
「…なるほど、そういうことなら俺はヤップで他国のさまざまな選抜チームや中・重戦車と何度も対戦して俺なりの戦法を編み出したんだ
せっかくだからそれを教えてやろう」
そうして語る直緒の衝撃的な内容に思わず森岡は自身の耳を疑いたくなった
「うちらの戦車は旧日本軍製の物が多くを占めている
これでは他所のチームが使っている硬く火力もある中戦車や重戦車を相手取る場合、セオリー通り後方からちまちま撃ってたんじゃ埒があかないし、事を焦ればこっちが逆にやられてしまう
だから俺は砲撃を加えながら敵さんの前方、それも砲身の真下を横っ面から垂直に掠めるんだ
下手をすればぶつかるから怖いが向こうはもっと怖いはずだ
それで慌てて回避しようとした敵の編隊が僚機と接触して、そこに砲弾をぶちこんで一撃で2輌撃破したこともある」
その自信に満ち溢れた説明に感心させられる一方で、しかしまだ半信半疑の眼差しを向ける森岡に直緒は続ける
「──まぁ口で説明しても伝わらんだろうな
よし、今から俺が実際にやって見せるから戦車を1輌貸りるぞ」
手短にそれだけ言うと直緒はここ最近で徐々に配備が進んできていた
互いに攻守のタイミングが整うまで速力を上げていく、公式戦基準内と言えどこの一型チハは速力が従来のチハの倍近く出る為その高速性から小さなミス一つで重大事故に繋がりかねない危険性を秘めた戦車である
(来た───ッ)
距離は目測で恐らく1500前後、一度互いに別方向へ切り返して開戦の合図へ
そこから反転し互いに接近していく、そして森岡が視界の左斜め前に直緒の操るであろう戦車と思われる豆粒大の小さなつぶてのようなものを視認した瞬間、まもなくこちらへ全速力で突っ込んでくる
──800m───500m─────300m、みるみる近くなる直緒の操る一型チハが次第に森岡の視界いっぱいに広がった
(危ないッぶつかる!!?)
恐怖にすくんで固まる森岡の目の前を直緒の一型チハが閃光のように駆け抜けていった、やがて格納庫に戻った森岡は降りて早々に車輌の前部装甲に訓練前にはなかった塗料の擦れた後を見つける
砲身の下を潜り抜けるで飽きたらず、ご丁寧に文字通り車輌先端を掠めていった直緒は士官候補時代と何も変わらない人懐っこい笑みを森岡へ向けた
「ま、元気でやれよ」
そして肩を叩いてから来たときと同じように飄々とした様子で帰っていった
彼女の教えてくれたこの攻撃方は私達──戦302でも訓練を重ね、その後他校の戦車道チームと試合がある度に威力を発揮することになった】
森岡の証言は上記の口述へと続くが、実はこの時期に直緒は友人の一人である武藤敏子からの訪問を受けていた
各地を転々としていた直緒だがちょうどこの時期は中島車輌架装と小泉製作所にて新造した戦車を引き取りその合間に各地に受領にいくのも兼ねていたので、群馬県の太田近辺にいることが多く
武藤はその情報を頼りに太田へと訪れたが肝心の直緒は別件の用があり席を外していた、その為武藤は当時の直緒の右腕的な存在であった菅田翔希に出迎えられた
この菅田は当時からさらに二年ほど前の4月18日海外選抜チームの視察に来ていた日帝学園戦車道部門の最高責任者を勤める教員の山本が事故に見せかけた襲撃を受け死亡した際に対峙した護衛6輌のうちの1輌にて車長を勤めており人一倍責任を感じていた
その後現地の安全性の基準の緩さも相まってこの時の車長6人は菅田を残して全員
しかし反面気性が荒く使いにくいとしてあらゆる戦車チームを転々とするも他の隊長からは敬遠されてしまう
そんな気性が激しい菅田が直緒には心酔していた、直緒が彼女の隊長となってからはこの隊長の悪口を聞き付けると即座に殴りかかり相手が立てなくなるまでフルボッコにするくらいの入れ込み具合だったようである
不在の直緒に変わって菅田が武藤に色々と話をしてくれたようだが───
【とにかく、勇敢というか無茶というか…アタシもびっくりしてるんです
何しろ敵の戦車に体当たりして行くんですから───】
勇敢で鳴らした菅田でさえ直緒には驚かされると武藤に語った事から、直緒の獰猛さというか好戦的な戦いぶりは推して知るべしだが
武藤は結局、この時直緒に会うことは叶わず一晩泊まって帰っていった
他の同期が次々に実戦を経験していく中、ずっと補欠扱いだった直緒にもついに出撃の日が訪れた
それは年度も変わった4月末のこと、他の搭乗員達と比べて遅れに遅れて初陣を飾ることとなった
戦練過程を修了してから軽戦車以外も訓練が解禁され、当日の試合で直緒が乗っていたのは旧日本軍の三式中戦車で該当日の詳細は彼女の日記帳ではなく別冊の戦闘手記の方に鮮明に書き残されている
その戦闘手記の書き始めが冒頭に引用した【爆音で目が覚めた】に始まる文章であり
待ちに待った出撃の日ということもあり余程気が昂っていたようで、短いながらもその文章からは早く戦地にて訓練ではなく実際の敵と相まみえたいという先走った気持ちが滲み出ていた
結果からいえば敵チームの凡そ半数以上の数、総数14輌を初陣にて単独撃破という前代未聞の快挙を成し遂げた直緒は早くも撃破王の仲間入りを果たし
江田島戦車スクールの上層より直々に感状が授与されたが、同時に搭乗していた三式中戦車を試合終了直後に無茶な指示からの操縦ミスにより事故を起こして廃車にした
硬く重厚な戦車と言えどほぼトップスピードで側面から障害物に突き刺さり車体が完全にくの字に折れ曲がり修理が困難を極めたことに起因する
これが原因で車輌がない以上はやむ無しと2回戦目は直緒とその他搭乗員達はリタイヤ扱いで搭乗割りから外された
後に全国へとその悪名を轟かせる事となる【杉野デストロイヤー】が誕生した瞬間だった
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「──本日は貴重なお話をありがとうございました」
「いえいえ、昔を思い出してなんだかんだ懐かしく感じます
良い機会でした───」
予定していた全ての取材を終え、ペコリと頭を下げる女性インタビュアーへにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべた元江田島70期士官候補生こと武藤敏子は少しバタバタと慌てた様子で取材に使っていた道具やメモ帳等を片付けていく目の前の女性をジッと見つめ
その女性越しにどこか遠くの誰かを思い浮かべるようにスッと目を細めた
(見た目も性格もまるで違う──だけどどこか、
しばらくそうしていると目の前の女性が視線に気づいたのか少し不思議そうに小首をかしげた、ちなみにインタビュアーと前述はしたが武藤の目の前に座る目の前の彼女は別に記者と言うわけではなく
思い出を語ってほしいと頼まれただけで本業は自分たちと何一つ変わらない戦車乗りだ
…まぁ尤も、目の前のこの選手は年齢もあって先日第一線を退いたばかりではあるが
それでも身に纏う雰囲気はどこか幼い頃の大切な思い出の人物である
「あ、あの…?」
「…あぁ、失礼少し不躾でしたね
いやはやどこかあの子に似ていると思ってしまって」
次第に困惑したような声を挙げた目の前の女性に武藤は小さく笑みを浮かべてそう続けるとその女性はどこか嬉しそうに顔を赤くしながら、動揺したのか思わずと言った様子で手に持っていた集めの原稿用紙を取り落とした
「あぅ…やっちゃった」
「ふふ、手伝いますよ」
二人は互いに同い年で歳も若くは無い、現に二人の顔にはまだうっすらであるが小さな皺が存在を主張し始めていた
それでもどこか幼さの残る目の前の彼女を見ていると武藤は否が応でも幼少の記憶を彷彿とさせた
「改めてありがとうございました」
「…はい、どうぞお気をつけてお帰りください」
恐らくこの原稿が最後の荷物であったのだろう、散らばった分を纏めて手渡せば片付けの済んだ様子の目の前の彼女はそう礼を一つして手持ち鞄の中に大事そうに仕舞い入れる
その際に原稿用紙のタイトルに武藤は無意識のうちに目が行った
『戦車撃破王 杉野直緒 〜戦車戦八年の追憶〜』
そう題された原稿は取材優先でまだ内容はそこまで書き進められていないのか下のところに『上』と書かれていた
「せっかくです、外まで送っていきますよ」
武藤が聞くところによれば目の前の女性は当時の杉野直緒の様子を知る人物達に片っ端からアポを取り付け取材をしており
連絡が着いた中では武藤が最後であったらしい、本格的に書き上げるのはこの後の話になるのだろう
「書籍──楽しみにしていますよ」
「はい、皆さんからいただいた当時のエピソードの数々
必ず纏めて
玄関で靴を履き替え、力強く答えたその言葉と共に帰路へついた女性を見送り
やがてその後ろ姿を見えなくなるまで待ってから武藤は一人取り残された静寂の中でポツリと呟く
「…幼い頃、杉野ちゃんに惹かれた私の元に貴女が来るなんて、どこか因縁じみた何かを感じてしまいます
ねぇ、そうでしょう?── 西住みほ さん」
呟いて武藤は空を見上げた、辺りは日も暮れ始め
鮮やかな黄金色に染まった空が武藤の視界一杯に広がっている
日本最強の破壊神と謳われた彼女がいなくなった日から20年が経った
時の流れは残酷で、当時あれほど界隈を騒がせた彼女の名前を口にする戦車乗りは
もはや誰もいない
ただし問題は多く起こしたが現地の同年代の子供達とは非常に関係は良好で一緒に写った写真が残されている
オマタセ…オマタセ…
8月中に終わらせる予定でしたが最後までイベントたっぷりで中々時間が取れませんでした
これにて幼少期編は終わりなのでまた本編へと戻ります、今回は節目と言うのもありましたが
ぶっちゃけ杉野を含むオリキャラ達が強い理由を知ってもらえたらと言う側面もあって書いてます
ガルパンみたいに女の子のフィジカルがありえん飛び抜け方してる世界で幼い子供の頃から軍隊レベルのトレーニングで鍛え上げたらそりゃバケモン揃いになりますわって話です
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それと誤字報告とか、過去にお願いしますって言ってたくせに設定切れてたのを一年越しに気付きました
設定ONにしたのでよろしくお願いします
以上です