ガールズ&パンツァー〜大洗女子学園のデストロイヤー〜   作:ReA-che 名義

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誰も待ってないかも知れないけど お ま た せ




二輌の中戦車

 

時刻は夜の22時を少し回った頃、自身の作業場にしている工場へ杉野は来ていた

 

「……。」

 

何やら眉間に皺を寄せて難しい表情のままローファーの踵をコツンコツンと鳴らして建物の奥へ奥へと入っていき、最奥のシートの被せられた2輌の戦車の前に立つと足を止める

 

「──まさか、またコイツを出す日が来るとは…な」

 

無意識の内に漏れ出た言葉はいつにも増して弱々しいもので、きっと彼女の普段の性格を知っている者が近くに入ればその落差に驚く事となるだろう

溜め息を一つついてから2輌の内、小さく背の低い方の戦車に掛けたシートをスルスルと外していく

 

「だけど、これもまた──天命(・・)か」

 

シートを完全に外し終え、顕になるのはパッと見ではただの新砲塔版の九七式中戦車──所謂チハである

ただし、外見でわかる通常のチハとは異なる部分が3つ

主砲の47㎜砲が倍近く延長されて異様に長くなっていること、本来あるはずの副武装の機関銃が取り外されていること──そしてチハにしては車高が低く

どっしりと構えた見た目になっていることだ

 

(…あの日からずっと考えていた)

 

改良型九七式中戦車(チハ)二型──通称チハ改

その外部装甲を触れる、かつての戦友を労るように優しく繊細な手つきで

しかしその動作とは裏腹に杉野は顔を俯かせながら口を噤んでいた

 

(先に逝った友や仲間、消えない傷と共に去っていった仲間達

──あれがお前達の天命だとするのなら、俺の天命はいったいなんだろうな…)

 

ゆっくり装甲を触れていた手を止めて、車体上部を見上げるようにジッと見つめる

ふぅと一息、心を落ち着かせるための吐息が溢れた

 

(だけどきっと、みほに出会ったあの日から

俺の運命は動き出したんだろう)

 

そう言えば以前は長らく見ていなかった夢を見たんだったとそんな事を思い出しては不意に杉野は空いていたもう片側の手を首元に這わせてブレザーで隠れている手作りで不格好なお守りを抜き出した

 

(…なぁユウカ、マツ──俺に勇気を与えてくれよ)

 

不安ごとは未だに尽きない、PTSDと言う大きな爆弾を抱えた状態で戦う事も

何よりタンカスロンと言う特殊な環境下であったとは言え、戦車道における絶対な安全に車外に上半身をさらけ出す車長は該当しないということを身を以て知っている

更に言えば杉野は一度戦車道を無理矢理にとは言え納得して辞めた身だ、一度陸に上がった魚がもう長くは生きれないように

一度離れた心があの頃と同じ熱さになれることはきっと無いのだろうと思う───

それでも

 

「戦う理由も、出来ちまったしなぁ」

 

無論やる以上は出来る範囲で全力で挑む気概はあった、しかし逆に言えばその程度である

自分の持てる技量全てを絞り出して、それでも尚その先…自分の限界のその先まで引き摺り出して戦う

絶対に負けられない、負けたくないと言う気で戦うことなどもう無いと思っていた

 

(あれだけ嫌ってた生徒会3人がまさか戦う理由の一つになるとはなぁ…

あれ?俺ってもしかして結構チョロい??)

 

正確にはそこに、特に仲は良好だと杉野が思っているあんこうチームやウサギさんチームの面々

または自動車部の皆が廃校になれば悲しむだろうなと言う気持ちと、皆と離ればなれにはなりたくないと言う杉野自身のわがままもほんの少し混じっている

…が、しかし今の杉野にはそれだけで戦う理由には充分である

 

「…俺もお前も、また随分と使命に翻弄されたもんだ」

 

幾重にも死線を超えて、まるで身代わりのように多くを失い最強の座に君臨して消えた杉野と

タンカスロン最強を目指して改良の施され、当時は文字通り無敵の活躍を共にしたものの

次第に増え始めた他チームの改良戦車を相手に稼働率も勝率も低くなっていったチハ改

1人と1輌の歩んだ道はどことなく似通っている

 

(なにも難しいことはない、この魂は一つ

なら──ッ!?俺は俺の魂を本当に必要としている場所で燃やし尽くしたいッ)

 

それに、元より自分を求める居場所があると言うのは悪い気もしない

ましてや今回に関しては事が事、ここに至るまでの遥か昔から杉野直緒と言う一人の少女は命を賭してでも全うしたいと思える今のような状況下を強く望んでいた

 

(──ただそれだけじゃんか)

 

勿論、その本質は死にたがりなわけでも英雄として名声を上げたいと言う訳では微塵もない

しかし逆境に活路を見出し、自らに与えられたであろう使命を成し遂げる…元よりそれが自身の存在理由のように思えるのだ

 

「一丁やってやるか──もう一度行き着くところまでさ」

 

腹は決まったとばかりに杉野はポケットからケータイを取り出し、電話帳からお目当ての人物を探し出して通話ボタンをタップする

数コールの後に繋がった時間も相まって少し気ダルげな声に笑みをこぼしながら要件を伝える

 

「こんな遅くにすいません近藤さん──実は朝イチでレッカー頼みたいんすよ

──はい、戦車を2輌(・・)ほど」

 

一言二言、伝えることだけを伝え

了承を得たためにお礼を言って通話を切る、視線をチハ改と未だにシートを被ったもう1輌の戦車へ目を向ける

 

 

 

 

 

 

 

朝、いつもの時間に目覚まし時計の音が鳴り響き起床し寝惚けた眼で時計を睨みながら俺はアラームを解除する

 

「眠…ッ」

 

サンダース戦前に比べれば多少マシになったと言え、前試合の反省点や訓練過程での課題点を初めとする戦車道の練習

その後に待っている整備、それら全てが終わり食事等の自分の身の回りのことが終われば通常教科の勉強も待っている

昨日はそれに加えて手持ちの車輌に手を加えていたので色んなことが後手後手に周り寝不足である、お陰で今現在鈍い頭痛に苦しめられており思わず顔を顰めた

 

(…お、近藤さんもう持ってってくれたのか)

 

ベッドの脇のナイトテーブルに備え付けた充電器、そのケーブルの先に繋がれたケータイの外板液晶にメール受信ありと表示されていた為

軽くフォルダを見てみれば少し前の時間に近藤さんより昨日の電話での手筈通り戦車2輌を搬入したと連絡が来ていたのでお礼がてら返信を打ってからベッドから抜け出す

 

「…行ってきます」

 

ナイトテーブルに飾っている幾つかの写真立て、その写真の中に映る笑顔の自分とかつての仲間たちの姿

巻戻ることは無い時間の非情さを痛感しながらカーテンレールに掛けた制服を片手に一言告げて一階のリビングへと降りた

 

「おはようございます」

 

「…おぅ」

 

「眠そうッスね〜」

 

下へ降りれば着替え中のミヤブン(宮崎)達に出くわす、なんとコイツら大洗に来るだけ来たは良いが寮の申請が通る前に到着してしまい家なき子になってしまったらしく

仕方ないから寮に移れるまで少なくとも今週一杯は家に泊めることとなった

 

「お前ら飯は?」

 

「昨日コンビニで買い込んだッス」

 

「お気遣いなく」

 

「暫く朝は菓子パン生活です」

 

それとなく聞いてみれば思わず心配になる食生活を送ろうとしており頭を抱えそうになる、昼なら分かるけど朝から菓子パンは…なぁ?

 

「お前らもっと早く言えよ…

どーすっかなぁ、もう米焚く時間ねぇし

同じパンでもトーストのがまだ良いか」

 

「マジッスか、ごっさんッス」

 

「シリアルとどっちが良い?」

 

「もう口の中パンなのでトーストでお願いします」

 

「同じくトーストで」

 

「ちょっと待ってろ」

 

あと1時間と少しで登校の時間ともなれば米は用意できない、簡単に作れるものをと聞いてみればトーストが良いとのことなので棚を漁って未開封の食パンを期限を確認してから開封する

別途味噌汁くらいは作ってやらんでもない

 

「準備ええッスね、やっぱ普段から料理してはるんッスか?」

 

トースターと電子レンジのオーブン機能と言う2台体制でパンを焼きながら片手鍋で味噌汁を作る、野菜室に残ってた茄子を発見したので刻んでいると後ろから葛西に声を掛けられる

 

「いや、普段は外食やら弁当のが多いな

自分一人食う分じゃ自炊なんて中々な…」

 

「杉野隊長でもそうなんですか?」

 

これまで家で食う時なぞ自分一人であったため、そうなると毎度毎度作るのもしんどいものがあった

帰りも遅いわけだし1人だけの時はとことん手抜きをしていたとも言う

 

「一人しかいねぇのに自炊するのも面倒だろ

あとこっちじゃ隊長じゃねぇんだから、普通に呼んでくれ」

 

「は〜い先輩」

 

茄子を煮込みながらもう隊長じゃないとツッコミを入れれば少し茶化すように小高が笑いながら言った、全く良い根性してやがるよコイツは…

そうこうしてる間に第一弾のトーストが焼き上がり味噌汁に掛けた火を弱火にしてから4枚取り出す

 

「そういやお前ら何枚食う?」

 

「1枚で」

 

「ウチも1枚」

 

「2枚お願いしてええッスか?」

 

それぞれ何枚食うか聞けば小高1枚ミヤブン1枚葛西2枚で4枚全部切れてしまった、俺の分は第二弾ということでそれぞれ皿に載せて出した

 

「具材は多少冷蔵庫にあったはずだから好きなの使え」

 

「うッス、杉野さんは?」

 

「俺の分は第二弾だ」

 

早く焼き上がるトースターに自分用のパンを2枚セットして片手鍋の味噌汁をコトコト煮込んでいると冷蔵庫にあるトーストの具材を吟味してる葛西の声が飛んできたので、自分用を今やってると答えれば納得したのかダイニング側のテーブルへ戻っていった

 

「…うわ黒ッ、煮込みすぎやないッスか?それ…」

 

「アホか茄子の味噌汁ってクッタクタに煮たのが良いんだべが」

 

片手鍋に掛けた火はそのまま、更に少し時間を置いて

そろそろよそうかと紙皿のお椀を取り出した所でいつの間に後ろに移動したのか葛西が引き攣った顔で言う

 

「高血圧で死にそうな色ッスけど、ええんッスかコレ」

 

「…言うほどじゃねぇだろ、な?小高───」

 

自分ではコレくらい普通だがもしかして本当におかしいのか、ちょっと疑心暗鬼になりながらふと頭に引っかかりを覚えたことが一つ

…そう言えば葛西とミヤブンは西の出身だったと今更ながら思い出し、ならばまだこちらよりの中部地方は長野出身の小高へ話を振りつつ茄子の味噌汁を提供する

 

「…え?逆にコレ普通じゃないんですか…?」

 

「──だよなッやっぱそうだよな!」

 

「えぇ…小高さんも杉野さんもマジで言うてますの?」

 

紙皿のお椀によそられた味噌汁を見てやはりというか小高はこちらよりの反応を見せて、葛西は信じられないと言うような顔をしていた

 

 

 

 

 

西と東の台所事情を痛感した所で

朝食も食い終わり一段落つく頃には時間も頃合いとなっており、制服にも着替えずに呑気に歯を磨いているのも俺一人だけとなっていた

 

「ウチら先出てるッスよ?」

 

「おう、俺はまだ少しかかるから気にせず行って()ぉ」

 

身支度の整った3人は歩きで直接学校まで向かうため先に家を出る、ちょうどそのタイミングで歯磨きを終えた俺はこのあと日課の体操をしてからようやく着替えに入れるのだ

 

(ま、別にそれでも遅刻ギリギリってわけでもねぇ

着替える前には武部に連絡するか)

 

そうしてCDプレイヤーを片手に軽装のまま家から飛び出し、近くの小さな広間で日課の体操をし

いつものように一汗をかいてから一緒に持ってきた牛乳の瓶を一本開ける

 

(あちいな…もうそろ夏も本番か)

 

気がつけば本土は梅雨の季節、気温も心做しか日に日に熱くなってきたような気がする

来月にはきっと本格的に夏となっているだろう

 

(その時はいったい、どうなってんだろうな…)

 

現在行われている戦車道の公式戦は準決勝、決勝共に例年真夏の盛りに開始される

1ヶ月後であれば時期的に決勝の前、そこに果たして自分は立っているのだろうか

 

(…勝てなきゃ廃校、ね

こりゃ中々どうして大役を仰せつかったな)

 

改めて事の大きさに身震いしそうになり自制する、なるほどコレが生徒会3人の背負っていた物かと思えば何とも言えない

冷静になれば成る程、バレてしまった俺にはまだしも隊長のみほや他の面々に言えるはずもない

──ならば、俺一人でも覚悟を決めれば事の責任は4等分に出来る

 

(つくづく儘ならんものだ)

 

しかしそれも仕方ない

初めは最悪とは言え、生徒会を含む大洗戦車道チームの皆を守りたいと思ってしまったのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

本日は1日中選択科目の授業日である為、登校しても教室にはカバンのみ置いて以降は昼と放課後以外戻らない事もあり

杉野は貴重品などを必要最低限制服のポケットへ放り込んでから、首に紫色のマフラーを巻いて準備を終えて格納庫へ向かう

 

「──ナオさ〜んッ」

 

「…みほか」

 

道中背後より声を掛けられ、その声の主を探し振り返れば杉野の予想通り西住がこちらへ駆け寄って来て

少し遅れるように武部や五十鈴、秋山に冷泉といつものメンツが追いついてきた

 

「もうナオなんで先行っちゃうのよ」

 

「…わりぃわりぃ、ちょっとボーッとしてたかも」

 

追いつきざま開口一番に抗議の声を上げる武部に杉野は一つ謝入れる、どうやら一人で行こうとしていた為に5人は慌てて追いかけてきたようだった

 

「考え事?」

 

「あぁ…少しな」

 

普段とは少し違う様子を感じ取ってか西住が不意に聞くものの、杉野はそう言っては理由までは黙して語らなかった

一塊になった一行は足を格納庫に向けるが誰もが口を開く事なく静寂のまま五棟の建物が1列繋ぎとなった特徴的な見た目の格納庫が見えてくると、続いてその目の前に陽の光を浴びて燦然と輝く明るい銀色の戦車とブルーシートの被った物体が目に入る

 

「…あッ」

 

6人がたどり着くのが一番早かったのか他の生徒は見当たらず、長らく続いていた沈黙を破ったのは秋山で列を外れて駆け足気味にその戦車へと駆け寄ってまじまじと眺めていた

 

「ちょ、ちょっとゆかりん!?」

 

普段であれば自ら列を外れて衝動の赴くままに行動することは少ない秋山に驚いた様子の武部が追いかけるように続き、杉野以外の3人もそれぞれ歩く速度を上げて追いかけていく

 

「もー、どうしちゃったの?」

 

「……。」

 

銀色の戦車を前に呆然と立ち、見上げるように車輌の全体を眺めながら黙ったままの秋山を少し心配するような様子で追いついた武部が声を掛けるが返事が返って来ない

いったいどうしたのかと小首を傾げていると秋山はポツリとつぶやいた

 

「──色は変わってますが間違いありません…

強襲戦車競技(タンカスロン)用改良型九七式中戦車二型、通称チハ改」

 

「──一発で見破るとは、流石秋山の嬢ちゃんと言ったところか」

 

何故こんなところにと秋山が小首を傾げた所で格納庫の扉側、即ち戦車の更に向こう側から声が聞こえた事でハッとなった秋山が視線を向ければ

格納庫の壁に背を預けた様子で佇む黒のツナギ姿がトレードマークの近藤若菜の姿があった

 

「…近藤整備長殿、これは───」

 

「チョクに頼まれてな、アイツの工場(こうば)から朝イチで持ち込んだものだ」

 

知らない単語と純粋な疑問などで疑問符を浮かべたまま置いてきぼりを食らう武部の傍ら、秋山は興奮を隠せず目を輝かせる

彼女ほどの戦車フリークであれば持ち込まれた車輌がどういったものなのかということに感づいたようだった

 

343(さんよんさん)ーA()15号車…」

 

「正解」

 

ピンポイントで車輌番号まで当てて見せた秋山へ少し呆れた様子で背後から追いついた杉野が声を掛けると弾かれるように振り返った

 

「杉野殿…」

 

「…ま、コレが俺なりの決意表明って奴だ」

 

何かを言いたげに、しかし気を使って言えずに葛藤している様子の秋山へ笑いかけて杉野は言う

しかしそのいつものように何気なく放った言葉の意図を秋山は充分に理解した、何せ秋山は知るよしもないが

出来ることなら二度と戦場に出さずに思い出として終わらせておきたいとまで語った車輌だ、それを持ち出したと言うことは杉野の心理的にこれから先は絶対に負けられないと言うことである

 

「アタシから見ても随分と懐かしい車輌だからな、まさかチョクがまだ持ってるとは思わなんだ」

 

「ハハッ、捨てんの忘れちっただけっすよ」

 

「──そういう事にしておこうかね」

 

実際の所、杉野が扱っていたチハ改がまだ処分されずに存在していた事は近藤自身驚いたことである

何と言ってもカバーを外したその姿、車輌内部に至るまでチリ一つ落ちていない

可動部も定期的にメンテナンスされていたのか全体的にヤレてはいるものの、少しの手直しですぐにでも戦闘に参加できる用に保管されていたのだから

 

「軽い点検と油脂類の交換は済ませてある

いつでも全開にしてくれて構わないが、公式戦となると戻すパーツがな…」

 

「…そうなんすよ、骨格くらいしか元の部品残ってないっすからね」

 

元々最強の改造戦車を目指して作られたチハ改は元の骨格を残し内側のキャビンや内装部品、外板は超々ジュラルミンを採用している他足回り部品はほぼチタンに置き換えられている

航空機用タービンを流用し腰上、腰下

その他補機類も含めて触れる所は残っていない程に手が加えられたエンジンは純正の約4倍に近い出力を発揮し

時速100kmを超える高速度域で自由自在に戦闘起動をこなせるように改造が施されている

その為簡単に言ってしまえば公式戦に使い回せる部品が無いのだ

 

「一先ず感覚が鈍らないように訓練はこのままで受けますけど、何とか2回戦までに戻せれば…」

 

「もう1輌と一緒に部品発注は掛けてるけどな、何分公式戦真っ只中だから搬入までに通常より時間がかかるんだと」

 

例えばもう少し前であれば公式戦も準備期間中ということでまだそこまで部品の調達に遅れは出ていなかった

しかし現在は絶賛繁忙期中、しかもチハ改と同じチハの部品を取り争う相手が学園規模で存在する──そう、どこぞの熊本のドイツ校が1回戦で下した知波単学園である

なんと全車要修理必須で先に注文されている為にこちらへすぐ入るチハの純正部品がほぼ無い、いくら界隈で知られる名整備士の近藤でも

部品商に入っている受注は知波単学園が先な為前後させる事など出来やしない、何せ使うのは本番用とストック用で各種部品を2つずつだが仕入れ自体は骨格以外の部品を100ずつなのだから入荷遅れも仕方のないことなのだ

 

「──しかし何とも…目立ちますね、コレ」

 

そんなこんなで今後の段取りはどうするかと近藤と話していた杉野であったが、一度話を区切ってからもまじまじとチハ改を眺めていた秋山がポツリとつぶやいた一言に「あぁ…」と言って向き直る

 

「流石にタンカスロンで使ってた外装は派手過ぎて使いもんにならねぇから外してきたんだが…」

 

「…こっちのが目立ちません??」

 

2人は再度チハ改の方へ視線を向ける、明るい銀色と言えば聞こえは良いが実際には周囲の景色が映り込むほどの鏡面カラーである

 

「特殊カーボンのカバーをはぐった(剥いだ)らその下は超々ジュラルミン製の外装だからな、製造の段階で鏡面磨きされて最低限保護のクリア吹いてそのままなのよ」

 

「…聞けば聞くほどめちゃめちゃコスト掛かってますね」

 

本来この343-A-15号車のカラーリングは部隊カラーである青みがかった深緑色(暗緑色)に砲塔側面に日の丸、そして指揮官識別記号に黄色の二本ラインを引いて車両後部は撃破数を表す桜のマークが夥しい程施されていた

しかしそれはそれで目立つ反面、こちらもこちらである意味本戦が始まる前の大洗戦車道チームの素敵カラーリング並に目立つ銀色なのだ

 

「まぁ間に合えば2回戦までに外装は純正に戻すし、どっちみち特殊カーボンのカバー貼るから」

 

「タンカスロンは良いかも知れませんけど、公式戦でそれやっちゃって良いんですか?」

 

「ルールブックには特殊カーボンを外装の上にも貼ったらダメだなんて書いてないだろ?そういう事だよ」

 

「…悪い人ですね」

 

戦車の砲弾を車輌内部まで通さない特殊カーボンはこの特性のお陰で戦車道に安全性が確立されている由縁である、そのために普通であれば車輌内部へぐるりと貼り付けるものであるが

それとは別に杉野は外板の外側にも貼り付けて防御力アップを目論んでいた、元々タンカスロンに出場していたときに取っていた手法と言えど公式戦でそんな事をするのは流石にどうかと秋山は表情を引きつらせるがルールに書いてないのだからと悪びれもなく言い放った杉野に更に秋山の表情が苦々しく歪んだ

 

「…そう言えばこっちはなんですか?」

 

ふと秋山の視線はチハ改の横に並んだブルーシートを掛けられた状態で尚分かるほど朽ち果てた物体に向けられた

 

「こっちはまぁ…俺の秘密兵器になるかな?」

 

「秘密兵器?」

 

「何ならチハ改も繋ぎ、俺の本命はこっちだ

──今となっては凄い戦車では無いけどさ」

 

言葉と共に杉野は朽ちた物体に掛けていたシートを外す事で隠れていた車体の全容が顕になる、すると後ろで内々での会話に花を咲かせていた武部や五十鈴、冷泉が少しだけ興味深げに覗き込んでくる

 

「何これ…凄くボロボロ」

 

「当時最新鋭の戦車だった(・・・)ものだよ」

 

現れた車体は引き上げた当初のチハ同様に腐食が激しく、パッと見で車種を特定するのはよっぽどのマニアでも無い限り不可能だろう

 

「これは──ッ!?」

 

しかしいつぞや見せた西住同様、戦車についての知識は大洗戦車道チーム随一の秋山は目を見開いて食い入るように朽ち果てた鉄塊のような戦車を眺めている

その様子を見ながら杉野がニヤリと不敵な笑みを浮かべるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一先ずは近藤一人では格納庫にしまえなかった朽ちて動かない方の戦車を収容する手伝いをしながら授業の開始間近の時間ともなれば他の戦車道チームメンバーも続々と揃い始めて来ており

何名かは新しく増えたチハ改を囲んで興味深そうに眺めている

 

「何か増えてる…」

 

それは4号車輌(M3リー)担当の1年生達ウサギさんチームの面々のその限りではなく6人の内から車長を務める澤がポツリと呟いた

 

「──今後はこっちに移るから、今日から君等と訓練する場合は引継ぎになるな」

 

「あ…」

 

じっとチハ改を眺めていた澤の後ろから、横へと並び立つようにして言うと残念そうに小さな声を漏らす

杉野が他の5人へゆっくりと視線を動かすと、皆口にはしないが眉を下げて悲しむような顔をしている

 

「ったくなんて顔してんだよ」

 

「杉野先輩…」

 

チーム発足から今現在に至るまでずっと一緒の為に杉野自身も思わない事が無いわけではない、しかし元よりいつかは移籍になる事前提で指南役を買って出ているのだ

搭乗戦車も用意したのだから寂しさはあれども新しく来た宮崎達とチームを組む予定である

 

「短い期間だったけど基礎ぐらいは教えられたと思う

──一端にはまだ遠いかも知れんが、君等には光るものを感じるよ」

 

だから精一杯、杉野はウサギさんチームの皆が少しでも安心できるように柔らかな笑みを携えてそう言ってから

その中の一人、車長の澤へと向き直った

 

「澤、ここからがようやくスタートラインだ──励めよ」

 

「は、はいッ!」

 

今日の今日でいきなり移動と言うわけでは無いものの、本来のウサギさんチームは1年生6人

指南役の杉野がいなくなる事でようやく本来のメンバーのみになる、だから今後はこの6人でどうにか出来なければ話にならない

弾かれたように返事をした澤へ杉野は満足げに笑うと視線を校舎の方へと移す、いつも開始時間のギリギリにやってくる生徒会達3人を視界に入れたことで杉野も整列し始めた履修生メンツの列に加わるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに定刻となり、河嶋の号令と共にいつも通り戦車道の授業が始まる

開始に辺り車輌が1輌増えた事でより隊列を重視した訓練を重点的にという訳でみほから釘を刺された

 

「いい機会だしセル以外での始動方法も教えとくか?」

 

「セル以外…イナーシャのこと?」

 

いざ戦車を動かし始めようかというところでふと思い出したように呟くとまだ戦車へと乗り込む前の各員の中からみほが反応したことで俺は肯定するように「おう」と一言だけ続けた

 

「どれだけ手を入れても全部ベースは70年近く前の戦車だからな、試合本番──あるいは道中でストールして動かせませんじゃ話にならないだろ?」

 

「…確かに」

 

どれだけ新しい部品を組み込もうがその設計は半世紀以上前の物、故に特殊な車輌でもない限りの簡単な例を上げればシンプルな設計なので直そうと思えばすぐ直せるが大抵の部品が壊れやすいという特徴がある

それは発動機の始動装置、所謂スターター(セル)モーターも例外ではない

そしてこれくらいの年式の戦車ともなれば始動装置を全く必要としない始動方法も存在する、それが先程みほが上げたイナーシャ──所謂慣性始動方式である

この始動方式は当時の場合はバッテリー性能が悪くて始動困難などがあった際に多用されるもので

イナーシャ棒(スターティング・ハンドル)を差し込んで手動にてエンジンを掛ける為

コツさえ掴めば絶対にエンジンが掛かる、これで掛からなければエンジン側に問題があって出撃以前の話しとなるのだ

 

「勿論、使うことが無いように整備はしてるから使わないで済むならそれに越したことはないんだけどな」

 

「慣性始動も基礎っちゃ基礎ッスからね〜

覚えてもろて損はないんやないッスか?」

 

続けて頷きながら言った葛西の言う通り、慣性始動もかなり初歩的な基礎だ

大洗の戦車道チームの場合は今までそこまで覚える段階ではないレベルではあったが、この先出撃回数が増えていく事に本番になってエンジンが掛からないだの途中でストールして再始動不可だのそういった状況に陥る可能性も無くはないのだ

 

「とりあえず正式な手順で実践してみる…か?」

 

さてちなみに何故この話を今になって出したかと言うと、チハ改の始動は基本的に慣性始動がメインとなるからである

というのも慣性始動はセルでの始動に比べてかなり…いや凄く面倒くさいが、基本的には確実に始動できる手段だからだ

極度に弄くり倒したエンジンは気分屋そのもので朝出撃前準備に移動した時は問題無く掛かったのにその数時間後、つまり会場で突として動かなくなることが多発

だったら初めから慣性始動を基本とし、始動装置を当てにしない方が返って早いと言う判断である

 

「チョクお前簡単に言うがな、チハ改の始動って大変なんだぞ?」

 

思い出してしまった物は仕方がないとそれぞれの搭乗戦車に散った各員を召集、一応はこれも基礎だからとこういうやり方もあるというのを実演して見せようと考えながら視線を格納庫の壁に背を預けて腕を組み佇む近藤さんの方へ向けると何か察してか盛大に表情が引き攣った

 

「確かに、ガソリン車でもイナーシャ棒バチクソ重いっすけど

チハ改の場合それよか圧縮が高いディーゼルでそこから更に圧縮を上げる改造(ハイコンプ化)してますからね」

 

「そうだろ?」

 

「でもほら、ちゃんとした形を見せなきゃなので───」

 

話をする事に近藤さんの表情はみるみる内に険しいものになっていく、なぜかと言えば答えは簡単

剣部隊におけるチハ改の始動係は整備士に一任されていたからだ

別に始動方法を見せたいだけならばすぐには出番のない砲手や装填手に手伝って貰うこともできるが、まずは正しい本来のやり方というのを見せるとなると搭乗員は既に車輌に乗り込み即時待機の状態で無くてはならず

そうなると必然的に今回の始動実習で戦車の外で動き回る人員は近藤さん一人だけになってしまう

 

「やっぱアタシだけにやらせるつもりじゃねぇかよ!?」

 

「正しい手順ってなるとそうなっちゃいますね」

 

「イナーシャ回すのだけでも二人必要なんだが!?」

 

「まぁ何とかなるんじゃないっすかね?」

 

面倒事回避に必至になっている近藤さんへそう言ってみれば恨みがましい視線が返ってくる、しかし既に授業開始時刻も過ぎている為にいつまでも漫才の真似事のようなことをしているわけにもいかない為

目の前で成り行きを見守ってた他チームの各員へ向けて口火を切る

 

「──と、言うわけで今から慣性始動の実演をするが

まずは正しい形をって事で近藤整備長が補助をしてくれる事となった、皆拍手ッ」

 

「…チョク、テメェ後で覚えとけよ?」

 

パチパチと無理矢理皆に拍手をさせた事で近藤さんの退路を完全に絶ってやると遂に観念したのか何やら物騒なセリフと共に近藤さんはため息を吐いた

じゃあこっちも説明しながら準備始めよっか

 

「基本的な流れとしては搭乗員が全て配置位置に乗り込み、エンジンだけが始動していない状態を作る

これを【即時待機】というんだが…」

 

ここでパンッと手を勢いよく叩き「即時待機ッ」と号令を掛ければ隣に並んでいたこの度同じチームとなったミヤブン(宮崎)・小高・葛西が一斉に動いてチハ改へ乗り込んでいき、それに続いて俺はキューポラから上半身を乗り出して説明を続行する

余談だが昨日話しをした結果各々の役割は俺が車長兼通信手、ミヤブンが装填手、小高は砲手で葛西が操縦手となった

 

「ちなみに試合途中でエンジンがストール、再度始動をさせる場合は車長と操縦手以外が担当になる

ってのも車長は流れの号令、操縦手はイナーシャ棒(スターティング・ハンドル)回して得た回転力を車内からクラッチを入れてエンジンを始動させなきゃいけないからな」

 

再始動時は出撃前同様に車輌が絶対に動かないようチョーク(輪止め)も必要

車長が流れの号令を掛け、始動員と操縦手で復唱し

エンジンが掛けられる態勢に入れば始動員がチョークを外して車輌から離れるというのが大まかなやり方となる

 

「【イナーシャー回せ】で始動員はイナーシャーを回しながら操縦手と一緒に復唱する

これもやればわかると思うんだけど、イナーシャーを回す事で起動機が唸るんだがある程度大きく唸るようになったら始動に必要な慣性の回転力は得られるわけだから

そしたら【前離れ】の号令で始動員はチョークを持って退避する、それが確認できれば【コンタクト】と号令をかけて操縦手がクラッチを入れる

これが流れだな、要は車輌を動かさない押しがけだ」

 

さて口頭での説明は以上になる為にここからは実技、実際にこれをやるのも引退以来だから実に2年ぶりか

気を引き締め直してゆっくりと息を吸い、声を張り上げる

 

「イナーシャー回せ〜ッ」

 

「「イナーシャ回せ〜ッ」」

 

号令と共に葛西・近藤さんと続いて復唱

近藤さんはイナーシャ棒を刺してゆっくり回し、起動機が唸り声を上げ始める

…まぁただでさえクソほど重たいのに圧縮上げてるので余程辛いのだろう、近藤さんの表情は徐々に真っ赤になっていく

これも本来なら二人がかりで回すと言うのはそうなのだが大洗戦車道チームに専属の整備士は近藤さん一人な為*1仕方がない

 

「前〜ッ離れ〜ッ」

 

「前離れーッ」「前宜しッ」

 

続く前離れの号令で復唱の葛西とは別に近藤さんはイナーシャ棒を抜いてチハ改の履帯の前側に挟み込まれたチョークを引き抜き、離れてから大丈夫(前宜し)と声を上げた

周囲になにか余計な者が無いか、危険では無いか等をざっとではあるもののぐるりと見渡してから再度口を開く

 

「コンターク()

 

その一声で操縦手の葛西がクラッチ操作をする、チハ改は現状大洗戦車道チーム唯一のディーゼルエンジン車となっているため

プラグ点火では無くピストンで混合気への圧縮着火となる

ボッボッとV12気筒のエンジンに一番から順々にゆっくり着火していき、それが慣性力も相まって持続するようになった時

全ての気筒に火が入った事で一瞬エンジンが吠える

 

 

____ドヒョッズロロォッ!

 

ディーゼルでもV12気筒、始動の瞬間はマニを割ったトラックのような少し高い音で劈くように唸ってから低音に切り替わると排気管から激しい黒煙を吹き出しながらアイドリングが続く

音圧、音量共に強烈な為周囲で始動手順を見ていた履修生一同は返って興奮気味に目を輝かせる秋山以外はほぼ脊髄反射で耳を塞ぎながら顔を顰めていた

 

__ドドドドッドドッズドドドッ キョキョキョッキョッ

 

(…うん?少し…安定感が無いな)

 

2年ぶりに火を入れたエンジンと言うこともあり、近藤さんが油脂類──つまりオイルやら燃料は入れ替えてくれたみたいだが

燃料配管の中には古い燃料が詰まってる、加えて他チームの戦車は純正カムを削ってハイカムのような作用をする純正改加工カムになっているのに対してこちらは本物のハイカム

ある程度アイドリングがバラつくのは許容範囲であるものの、少しエンジンの吹け上がりが悪い気がする

 

「……」

 

「……」

 

車内に視線を移し、操縦手の葛西と目があったので手を招くような動作でアクセルを踏み込んで見るように指示を出すとコクリと頷いてから何度かアクセルを煽る

 

___ズドロォッ!!ッパァンッ

ズドッズドドドドッパァンッ

 

(…こんなもんか?)

 

ある程度エンジンを煽らせれば吹け上がりの不良も無くなったかのようにスムーズに吹け上がるようになる、その度排気管から夥しい量の黒煙と炎が噴き出るがこれに関しては引退前の最終調整で燃料噴射を濃い目の全開セッティングで取っており

吸入空気に対して燃料がかなり濃い混合気となっているからだ

 

「以上が慣性始動の流れだ!何か質問は!?」

 

一度エンジンを切るとまたかけるのも面倒なのでアイドリングはさせっぱなしのまま、爆音にかき消されぬように少しだけ声を張って言うと見ていた一同は少しだけ困ったような顔をした

 

「…あの、煩さ過ぎて内容が頭に入ってこないんですけど」

 

「──え!?」

 

互いに顔を見合わせ、代表したように澤がポツリと言うと皆が一斉に首を縦に振った

そ、そうきたか…

 

「…後で始動手順書いたプリントでも配るわ」

 

「もう少しこう…なんというか、静かにはならないのか?」

 

「そうするための部品がないんだなぁ、コレが」

 

続いて引き攣った表情を見せるのは珍しく喧しくない河嶋である、というか昨日に引き続き何処となくいつもより覇気が無い気がするが大丈夫なのかコイツは

 

「二回戦までには何とか基準内に収めて出撃したいんだがなぁ」

 

「…そうか」

 

まぁ純正に戻しても部品加工して弄る気ではいるけどね、公式戦基準で

流石に他国の中・重戦車を相手に純正吊るし状態のチハじゃ1輌撃破するのも時間がかかるしな

 

「こんな煩くて他の搭乗員達と連携取れるんですか?」

 

「基本的に大声を張り上げなきゃ無理、操縦手とのやり取りは聞き間違え防止に無線で直通だ」

 

他の搭乗員との連携、つまり砲手やら装填手やら操縦手とどうやり取りするかとの事だが砲手と装填手に関しては大声で指示を出して何とか

そして操縦手へはだがチハ改は車長が通信手を兼ねるのを前提としており車長席の左隣に無線機、右脇には操縦手へ直接指示を出せるモールス信号機が配置

基本操縦手は逐一入電される情報から周囲の状況を補正して走らせる事となる為にヘッドホンはつけっぱなしなのでうるさい車内においても聞き間違えが起こらないようになっている

 

「そもそも車輌自体が公式戦と違う基準を軸に作られてるんだから一緒に考えないほうが良い、混乱するだけだぞ

俺等はそれで研鑽を積んだからなんの問題なしに扱えるだけだしな」

 

剣部隊は日本中、または選抜選手として東南アジア等を始めとした各地に散らばった歴戦気鋭の戦車乗り達をかき集めて結成された部隊

そのルーツは最強の搭乗員を最強の戦車へ乗せれば最強の戦車隊が出来上がると考えてのもの

だからこそ多少扱い辛かろうが物にできなければお話にならない

それこそ結成当初から最初の4ヶ月近くは一切実戦に出ずに連日慣熟訓練に勤しんだものだ、その準備期間だけで事故による後遺症から脱退を余儀なくされる隊員が数名出たと言えばどれほど苛烈な様であったかの想像がつくだろうか

別にチハ改が集中的に配備されていたのが剣部隊ってだけで他にも使っているところもあるにはあったが、ある程度以上の練度を求められるチハ改はその運用コストの高さ等から使い勝手があまり宜しくないのか【殺人機】だの【寡男製造機】だの【チハ改学園(又はスクール)を滅ぼす】と一部から散々な言われようをしていたらしい

 

「まぁでも逆に部品戻すまでは君等にとっては良い訓練になるかもな」

 

「…どういう動きするか読めないって所はそうかも」

 

良い訓練と言う単語にみほは苦笑いしながらそう言った、特殊カーボンのカバーは取り外されて防御面は八九式に次ぐ2番目の薄さだが倍近く足が早く

右に左にと機敏に動き回る事が可能で火力に至っても中戦車辺りまでなら問題無く撃破できる

そしてそれを乗るのは俺達、まぁある意味勉強になる筈

 

「──それじゃあ、そろそろ始めましょうか」

 

話もそこそこ、みほはくるりと皆の方へと向き直ると各々戦車へ乗り込むように声をかけていく

いよいよこちらも、きちんと車長として戦車に乗ると言うことで意気揚々と額に手を回し気付く

…あ、ゴーグル忘れた

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

おまけ

 

チハ改について

 

正式名称は【強襲戦車競技用改良型九七式中戦車二型】、一型も存在するがこちらは公式戦基準で弄られたもう少しチハの原型を留めた型式となっている

元々はベテランの搭乗員が減ったことで従来の日本軍戦車では他校との試合に勝てなくなった日帝学園戦車道チームが数が多く揃い、まだやり方次第で他校と渡り合えたチハを改造したのが始まり(それが改良型九七式中戦車一型(一型チハ)

一型二型共に試験操縦員は後に剣部隊で副司令を努めた志賀淑江、一型の時点でも他校の中戦車と渡り合うには必要充分な性能ではあったものの

公式戦基準に収まる範囲でかつ高性能という非常に厳しい性能要求を満たすために加工が難しく、またベースのエンジンが高出力化に耐えられず油圧系統に大爆弾を抱えていたこと

更に日帝学園が公式戦から撤退したことにより公式戦を基準にしなくて良くなったことから一型よりも高性能でコスト差もあまり無かったチハ改の製造へ完全にシフトしていくこととなった

 

 

【外見】

パッと見は砲塔が異様に長く、少し車高の低いチハ*2

その実態は強襲戦車競技(タンカスロン)のレギュレーションに合わせるため外装は純正と同程度の防御力を誇る厚さでの超々ジュラルミン製の物に変更され、その上から純正外板同等強度の特殊カーボンを貼り付け防御力は理論上2倍になっている

足回りのほぼ全てをチタン製の物に変更、副武装の機関銃は潔く取り払われて10トン以下というレギュレーションに合わせた極限の軽量化が施されている

内装もジュラルミンがふんだんに使われており、各種搭乗員用の席でさえジュラルミン製で肉抜きまで施されている 

 

【性能】

三菱SA一二二〇〇VD空冷V型12気筒ディーゼルエンジンは航空機用の大型タービンを後付けしてターボ化、噴射ポンプは各気筒ごとに独立制御

またエンジン本体も高額なカスタム部品が施され、ボルト一本に至るまで手が入っており排気量も21720ccから24990ccへボアアップが施されている

エンジン本体のドライサンプ化*3によりどんな劣悪な走行環境においても絶えずオイル供給が可能になっており、加えてオイルパンが無くなった分エンジンの搭載位置をギリギリまで下げて低重心化

排気系統もチタン製で作られているためエンジンをかけると凄まじい爆音が鳴り響く、しかし他国の戦車に比べて元からあらゆる部分の精度の悪いチハは素の状態でも煩いため敢えて性能重視に振ってそのままにしている

 

最高速度は平地で120km/hを記録

これ以上の速度はそもそも高速移動を想定されて作られていない履帯を悪戯に負荷を掛けるだけであるため、性能的には出せるが速度制限が設けられている*4

どちらかと言えば高速度でも乱れないエンジンのツキや巡航しても壊れないある程度の耐久性重視、悪路走行時には有り余るパワーが影響して軽戦車程度の速力まで落ちる

また車外へ身を乗り出す車長はその速度域から万が一にも車外放出されないよう車長席側に五点式、キューポラハッチの縁に三点式の安全帯が備わっているが

車内にいる際と身を乗り出す際でこの2種類のベルトを切り替えなければいけないため、時々刻々と様変わりする戦局へ対応しきれないことから使わない搭乗員も多くいた

 

悪路走行に支障が出ないレベルで起動輪と誘導輪の主柱位置を外へ振り、転輪の外形インチを下げ、取り付け位置を押し上げるように加工し車高を下げている

これにより高速域でも不安定さは感じない、しかし元々機動性の向上は副産物扱いで本来は一型チハが公式戦に参加していた際に背が低い事で少しでも相手の照準に収まりづらくなる為の改良

後述する理由により一型チハとチハ改ではチハ改の方がより車高が低くなっている

 

油温95度を超えるとエンジンを冷やすための強制冷却装置が自動で作動、その際『キーーンッ』と言う独特の甲高い音が周囲に響き渡る

傍から見れば従来の戦車とは全く似ても似つかない何とも怪しい戦車である

 

【武装】

砲身は新砲塔の47mmを二本用意し、(一応の)精度を出してから電気溶接にて一本に繋げ二倍の長さにしている

やっつけ作業感は半端では無いが貫通性、飛距離、発射速度は相応に上がっている

砲塔の機構は速射砲をベースにしており砲弾はカートリッジ式に改造が施され、一本のカートリッジに砲弾が3発入っており曳光弾・徹甲弾・炸裂()弾の順に装填されている

携帯弾薬数はカートリッジ30本で計90発

 

長らく装填出来るカートリッジは一本ずつだった為に一度の砲撃で可能なのは3連射までだったが、タンカスロン参戦も後半になる頃には稼働機の大幅減により1輌で相手にする敵戦車の数が多くなった為に装填出来るカートリッジの数を一本から三本まで増やし9連射まで可能になった

反面、元々速射砲をベースにした砲塔で47㎜戦車砲を打ち出すという無茶な改造により弾詰まりや暴発の危険があったが

さらに手を加えて無理矢理装填数を増やした結果相応に危険性も高まり後々まで苦しめられる事になった

 

【燃費】

航続距離は作戦行動中である速力40〜80km/h巡航で170〜210km、常に全開で動かす戦闘起動であれば100km前後

炭酸ガス式の着脱増槽タンクを取り付ける事により190km〜300km程度まで上昇する

 

特記事項『自動戦闘用補助ブレーキ』

従来戦車とはその重量から速度を出せば出すほど旋回半径が大きくなる、それは操舵した際に慣性の法則により強烈な横Gが発生するために車輌が曲がりたい方向とは別方向

つまり外側へズルズルと流れていく、チハ改はかなり軽量な車輌と言えどそれでも出る速度が速度な為に如何にして短い半径で旋回できるかと言うことが操縦手の悩みの種であった

そこでエンジン出力を地面へ伝える左右の軌道輪へつながっているデファレンシャル機構に手を加え、旋回時に旋回したい側の軌道輪に制動を掛け

それにより殺した動力を旋回したい側の軌道輪と反対側の軌道輪に再分配する*5

当初チハ改の試作モデルはチハ一型と同一車高にて自動戦闘用補助ブレーキを搭載していたが車高の高さによる不安定さ、初期の自動戦闘用補助ブレーキの性能の低さにより誤作動が起ると横転する危険性があったことなどからチハ改においては一型チハよりも車高を下げて安定性を重視している

補助の切り替えはスイッチで簡単にON/OFFを切り替えることができる

 

※チハ改のモデルは史実においては剣部隊に与えられた当時最新鋭機だった紫電改、その為自動戦闘用補助ブレーキは紫電改の自動空戦フラップのような物だが役割的には三菱自動車のスーパーAYC(アクティブ・ヨー・コントロール)が近い

 

 

以下、チハ改につけられた他校及び他チームからの評価

 

・試合中にチハ改を見かけた場合、すぐにその場から離れること

 

・積乱雲とチハ改からは逃げても良い

 

・一対一での戦闘は絶対に行わないこと

 

・低中速域で加速中のチハ改を追いかけてはいけない

 

・山岳地帯で上昇、または降下中のチハ改を見かけても追いかけてはいけない

 

・旋回中のチハ改を追いかけてはいけない

 

 

サンダース付属二軍・三軍タンカスロンチームからの評価

 

・黄色い二本ラインと桜のマークが描かれたチハ改を見かけた場合は素直に諦めろ、ママに電話をかけて「愛している」とだけ伝えろ

 

日帝学園にて戦車道をしていた者たちから評価

 

・(前略)丁度攻撃を終え、山岳地帯へと差し掛かる

その中腹辺りをふと見上げると作戦行動を終了してか敵チームの戦車が7〜80程集結していた

さらに注視していると山頂側から次々に黒いつぶてのようなものが降りてきたかと思うと何やらこの敵の軍勢へと砲撃を加えている、敵は1輌また1輌と面白いように白旗を上げて落伍していく

どこの戦車隊かわからないが、久々に胸のすくような見事な攻撃ぶりであった

 

 

*1
自動車部は生徒なのと本来は自動車専門なので除外

*2
無改造のチハが横に並べば結構低くなっているのに気付く程度

*3
ドライサンプ、ウエットサンプの違い

本来通常のエンジンのオイル潤滑方式として多く採用されているのがエンジンの下にオイルパンを設けて下から上へと掻き上げるようにオイルを潤滑し、これをウエットサンプと言う

反対にドライサンプはオイルパンがついておらず、エンジンルームにオイルパンの代わりとして別途タンクを設けて上から下へとオイルを落とすように潤滑する

ウエットサンプに比べて潤滑抵抗が無く、またオイルパン内でオイルが偏ったりすることで起こる吸い上げ不良からの油膜切れ等によるエンジンブローは回避できるがオイルの搭載量が必然的に増えることによる車輌重量の増加、構造が複雑になりトラブルやメンテナンスの頻度が高くなったり、そもそもウエットサンプからドライサンプに変更するのに費用がかかる等のデメリットもある

※第二次世界大戦当時においてもドイツ戦車など一部の戦車には元からドライサンプ方式の潤滑装置が組み込まれている

*4
速度120km/hを超えるとどこか不気味な電子音が鳴り響く、これは外にも丸聞こえな程の音量でなる為にチハ改と相対した者によると不気味な電子音と風切り音を発しながら肉薄してくるチハ改に別の意味での恐怖を覚えたとしている

*5
例えるならば左に旋回したい場合は従来であれば左側の軌道輪の動力を切るか逆回転させるところを左前の軌道輪のみに制動を掛けて、その分の動力を右側軌道輪に上乗せ分配する装置

右に旋回したい場合はその逆、これにより最高速度域においてもチハ改は非常に短い半径で旋回できる






…難産、とても難産でした
中々仕事変わってからそっちでの忙しさと、最近夏コミに向けて体力づくりで4時間運動してるので中々執筆時間取れません
これでも1日1行必ず書く生活は続けてるんですがね…最近は文字数が何故かどんどん増えるせいで中々投稿するタイミングが分からなくなります
何でこんな増えるんでしょうね、不思議不思議…
でも増やしてかないと個人的に内容薄くなっちゃうのであんまり削れないし、うーん…

はい、話変えまして皆さん
相変わらず次回更新不明ですこればっかりはモチベなのでどうしようもないですが
お気に入り登録、感想、評価等励みになりますので是非ともよろしくお願いします
貰う前と後とじゃ全くやる気の漲り方が違いますので切にお願いします

あと例のごとく誤字脱字結構あると思いますが発見次第直して行きます

以上です
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