ガールズ&パンツァー〜大洗女子学園のデストロイヤー〜 作:ReA-che 名義
遅ればせながら最終章4話を見たことでモチベが上がり書かずにいられなくなって爆速(当社比)で仕上げました
早く最終章辺りまで書き上げたい…
書くつもりのおまけとか沢山考えてるのに挟めるほど進んでいかない…
「あーッ、またウチらそっちのけで楽しそうなことしよるやないッスか!」
模擬戦が始まって数分経った頃、そんな頓珍漢な声が背後より聞こえ
振り返った私の目にはナオさんのかつての仲間だと言う3人の少女の姿が目に入った
「えっと、葛西さんと宮崎さんと小高さん…で合ってるよね」
「合っとるッスよ〜」
昨日から参加となった3人に間違えてないか不安になりながら聞き返せば履修生1、いやひょっとしたら学園1背の高い葛西と呼ばれていた少女が肯定したことでホッと安堵の息を吐く
「それよりずっこいやないッスか〜
こんなおもろそうなん始まってはるなら呼んで欲しいッスわ」
「ありゃ模擬戦でもやってるんですか?
チハ改に乗ってるのはM3リーの1年生達ですよね?」
3人はそれよりもと現在目の前のグラウンドで土煙を巻き上げながら激しい模擬格闘戦を繰り広げるM3リーとチハ改へ視線を向ける
始まってすぐと言うこともあってどちらが優勢と言うわけでもないのだが、トリッキーな動きで右に左に舞うように旋回して逃げ回るM3リーの後ろを性能差もあってか付かず離れずの位置に着けたチハ改は虎視眈々と照準にM3リーを収めるタイミングを狙っているように見えた
「…今、M3リーにはナオさんと普段はM3リーで主砲砲手を務めている山郷さんが乗ってます
チハ改の方は小高さんの読み通りその他のM3リーの搭乗員の皆さんです」
「へぇ、そりゃいい勝負になりそうですね〜」
尋ねるように聞いてきた小高さんへ今模擬戦へ興じる2輌の搭乗員を伝えると腕を組みながら考えるように少しだけ間を開けてから呟いた
「いい勝負…?いや、でも私は杉野殿が操縦ならそこまで簡単に決まらないと思うんですが」
「いや、だからですよ」
いくら大きなハンデを背負っていると言えど、すぐ隣からはナオさんが早々負けるはずが無いと信じて疑わない様子の秋山さんは声を上げるが、しかし小高さんはだからこそだと続けた
「別にあの人そこまで操縦上手いわけじゃないし」
「…ッスね」「…んじゃのぅ」
「──え?」
小高さん曰く、ナオさんは別に操縦は上手いわけではない
そしてそれを肯定するようにゆっくり頷きながら葛西さんが言う、同じ部隊で特にナオさん直属の部下であったらしい葛西さんと宮崎さんが苦笑い混じりで否定しなかった事で私の口からは思わず吃驚の声が漏れた
「まさか…そんな筈は、だって杉野殿ってどんな役割もこなせる印象しか」
「そりゃ70期の中ではって話ッスわ」
秋山さんも同じだったようで目を丸くして否定しようとするものの、そこに待ったをかけたのは同じ隊の葛西さんだった
70期…確かナオさんが戦車道を始めた際の一番最初にいた戦車道スクールでの話だったと思うけど
「江田島70期生の中ではあの人も確かに前から数えた方が早いくらいには技量もあったんやと思うッスけど
70期はちょうど世界リーグに向けて少しでも選手の数を増やそうと早めに試合に駆り出されるようになった最初の生徒ッスからね
全体像を見たら技量に関してそこまで飛び抜けてる人や無いんッスよ」
「どういうこと…?」
ナオさんがどういった経緯を持った人か、粗方知っている秋山さんや事前調べで多少知っている私と違い
その他格闘戦の行く末を見守っていた中から特に沙織さんは意味がわからないと小首を傾げる
「…その辺も含めて解説させて貰いまひょか」
葛西さんは一度私と秋山さんの方へ視線を向ける、おそらく私達はナオさんの事を多少なりともわかってても
他の皆は違うと言うのを確認し、その上でそれらを含めての解説を買って出てくれた
正直な話皆より少し詳しいだけで秋山さんのようにナオさんのことを知ってるわけでは無いから助かる
「まず杉野さんのおった江田島戦車スクールについて軽く触れましょか
この戦車道スクールは分所──まぁ支部は全国各地にあったんッスけど、入門時に3つのコースから自分で選んで入門します
一番の花形が杉野さんのおった士官候補生コース、これは2年間本校の江田島で通常の学業と同時並行で朝から晩までみっちりと戦車道について学んで学部を修了してからようやく戦車に乗れるんッスけど───」
葛西さん曰く士官候補生コースは年単位では無いため正確には異なるとの説明だが◯号生徒と呼ばれる学年のようなものがあり、半年でその学年が上がる
広島県の江田島にある本校へ赴き、4号生徒から始めて修了時は1号生徒と言ったように数字が変動していくらしい
特に士官候補生はスクールが陸上自衛隊とその関連の中学・高校と提携しているらしく士官候補生コースを修了しているものは後々中学・高校はその提携先へ学費免除で推薦入学でき
卒業後は陸上自衛隊に三等陸尉の階級から入隊又は成人部門の戦車道チームからスカウトされる超エリートコースなのだと言う
「もう一つがウチがいた予科練、予科練習生ってコースんなります
これは1年間各支部で学部を修了してから戦車に乗れるコースッスわ、世界リーグ発足に向けて立ち上げられたらしいんでコースとしては一番新しいッスね」
2つ目のコースは葛西さんがいたという予科練、士官候補生と同じく半年周期で◯号の呼びが変わり2期の1年で修了する
ちなみに同じく提携先の中学・高校に推薦入学出来るがそこで戦車道をやる場合は士官候補生が上士官コースへ、予科練は下士官コースが選べ
その他が通常履修生となるのだが同じ学年でも地位は上士官のが高いのだとか…
「最後に通常コースがあってこれが一番人数が多かったッスね
年齢制限等がなくて入門一ヶ月前に支部のスクール長に話し通せば入門出来るッスから」
最後については私も知ってる、と言うかコレが一般的な戦車スクールであり
通常子供の頃から将来戦車道で食べていく士官候補生や予科練習生のような部門があるのはそれこそナオさんのことを調べてる時に知った程度の知識だった
「やけど実はエリートと言えど士官候補生って実戦ではそんな強くないっちゅうんが多いんッスわ」
「…え?」
「そうなのですか?」
話はナオさんが技量に飛び抜けたものはない、と言う所まで戻るけど
葛西さんは敢えてかどうか、士官候補生自体がそれほど戦車道に強くはなかったと語る
沙織さんや五十鈴さんは驚いたように聞き返すが私は何となく理由はわかる気がする
「そりゃ、後々大人になってからも戦車に乗るために2年間みっちり戦車道について勉強するって言ったやないッスか
せやから実戦に出る頃には同じ時期に入った同期の予科練生や通常入門の子たちとは大きな差が出てるんッスよ」
『あ〜…』
私達を含めて、会話に入らずとも周囲で話を聞いていた者たちは葛西さんの一言に納得するように声を上げた
いくら後々を考えて戦車道をきちんと学ぶとは言え、実戦経験は通常入門の子とは2年
予科練の子たちとですら1年間の差が開いた状態で実戦に出ることとなる、各々向き不向きや才能などで多少前後するとしてもすぐにその差が埋まるようなものでは無いだろう
「その上70期生は修了が早まって実戦投入が半年近く早まった年の生徒ッスから、経験不足に付け加えて従来とは知識も付け焼き刃な半端者って口に出さないまでも皆思っとったんとちゃいます?」
少々辛辣ではあるものの、葛西さんの言葉も否定は出来ない
なにせただでさえ実戦投入を遅らせ、そのかわりきっちり戦車道についてを叩き込む筈の士官候補生である筈が
その準備期間を削られるのでは本末転倒な気さえする
「…でも、ナオって隊長だったんでしょ?
技量がないならなんで隊長なんかに選ばれたの?」
「上手い下手と強い弱いは別の話ッスよ、現にあの人の場合単純な撃破数で言ったらぶっちぎりで日本一の撃破数誇ってるんやないッスか?」
実戦では強くないとされてる士官候補生の中でナオさんは強い方ではあった反面技量についてはそれほどでもない、しかし葛西さん曰く上手い下手と強い弱いの話は別…ナオさんを見てるとそんな気はしないけど
確かにそれらが別物の話であることは確かに理解は出来る
「でも技量不足については否めんかったッスよ?
車長以外の役割は剣部隊じゃ下から数えた方が早かったと思いますし、操縦に関してはウチらからしたらぶっちゃけ下手ッスもん」
「ず、ずいぶん辛辣だね」
長い付き合いだからあまり遠慮が無いのか普通なら言い淀むような事も割とズバッと言ってのける葛西さんに武部さんが苦笑いで呟いた
以前に聞いた話ならナオさんが引退までいた剣部隊は各地から技量重視の搭乗員をかき集めた精鋭部隊、その精鋭部隊の中でなら…
あれほど凄いと思ったナオさんでも下手な部類に入る…のかな?
「…車長としても割と身勝手に動き回ったりトリッキーな戦法を好む人やったッスからその点で言えば合わせるのが大変でそこは本当に嫌っしたね」
「…わかる気がする」
遠い目をしながら葛西さんが再度模擬戦を行ってる2輌へ視線を向けて、釣られるように私達も視線を移せば未だ逃げ切り姿勢のまま物凄い勢いで右に左にと動き回るM3リーの姿が目に入る
その後ろを追うチハ改に乗ったウサギさんチームの5人はその動きに翻弄されて照準が合わせられないのかあまり近づけない様子だった
端から見てれば凄いとは思うけど、常時これだとついてくる僚機や指示される操縦手からしたらたまったものではないのかも知れない
「す、杉野殿と言えばやはり隊長としての活躍が目覚ましいものがありますから!」
「──それも3人の隊長ん中で杉野さんが一番最年少やった事もあって、他二人の隊長と比べりゃ指揮官適正は低くかったッスけどね」
気を取り直し、隊長としての手腕が優れているのだと秋山さんがナオさんを持ち上げるように言ったものの
それでも他二人の隊長が指揮官を務めた人比べればナオさんが指揮官の日は戦果が乏しくなくその適性も一番無かったと葛西さんが否定し
宮崎さんですらゆっくりと肯定するように首を縦に振った
「技量で言えば大した事あらへん、隊長としての士気能力も三大将の中やったら一番下
──せやけど不思議と、試合となればいつも撃破されずに最後まで残っとったんも杉野さんやったんッスよね」
「…技量はのぅても一番気合の入っとった人じゃったけぇの、異様なまでに鋭い勘も相まってウチ等も杉野さんが負けたとこは見たことないんじゃよ」
ここまで散々な物言いではあったものの、それも含めてナオさんを心から慕っているのは本当なのか
目の前の3人は言葉にはせずともナオさんが負けるとは考えていないのか笑みを浮かべてそう言った
「…あの、葛西さんと宮崎さんは元々ナオさんと同じ隊だったんですよね?」
「ウチは剣部隊からの合流じゃったけど」
「ウチは、杉野さんが学部修了後に実戦デビューした時に配属されたとこからッスから
一応は一番古い付き合いになるんやないッスかねぇ」
一つ聞いておきたいことがあって葛西さんと宮崎さんの二人へそう切り出す、同じ部隊と言えど特に葛西さんの方がナオさんと一緒にいる時間は長かったらしい
「…技量も隊長としての指揮能力も周りと比べて低かったなら、なんでお二人はナオさんについていこうと思ったんですか?」
二人が実際にはどうだったかはわからないけど、技量重視で集められた剣部隊の搭乗員は大体公式戦の戦車道に出てこれないくらいの問題児が大半だったと聞いたことがある
…それなら何で二人を含めて他の隊員はナオさんを隊長としてついていこうと決めたのか、また部隊が解散となり2年近く経った今
何故再びナオさんの元へつこうと決めたのか気になってしまった
「簡単な話ッスよ、ウチの知る限り
生き様含めてあの人が一番カッコええ人やったからッス」
「カリスマ性と言うか、妙に人を惹きつけるようなとこあるじゃろ?あの人…
戦車乗りとしちゃ目もそれほど良う無かった筈じゃけど、いつも誰よりも先に敵を見つけては隊長なのにいの一番に吶喊していく
そんな気合いの入りまくった隊長他におらんじゃろ」
二人共多少なりとも違いはあると言えど、ナオさんのカッコ良さに惹かれてついて行くことを決めたのだと言う
ここは凄く共感できる、聖グロリアーナとの親善試合の時も
前回のサンダース戦の時もナオさんはいつもカッコよくて頼りになる、彼女がいてくれるだけで不思議と勇気が湧いてくるのだから
「それに、あの人がおる所なら──どこ行こうと退屈せんで済みよりますから」
そう葛西さんが呟くように告げた瞬間、視界の端で逃げ続けるM3リーに痺れを切らしたチハ改が緩く左へ旋回中のM3リーの数十m程の位置まで近づき後ろを取る
ついにウサギさんチームの皆が勝負に出たようだけど、反面葛西さんはもう勝負あったとばかりに少しつまらなそうに続けた
「…あーあ、ありゃ近づき過ぎやな
あの人相手にあっこまで近づくと───」
直後、M3リーの車体がグラリと大きく左に傾いたと思うと26トンもある重量を感じさせない左急旋回でチハ改の後ろへ回り込む
一瞬でも目を話していたら追う側、追われる側の立ち位置がまばたきのうちに入れ替わったと錯覚していたのではないかと思うほどあまりの鋭い動きだった
◆
時は少し遡り、模擬戦が始まったばかりのM3リーの車内では一対一と言う普段では考えられない状況に少し緊張気味に背筋を伸ばして落ち着かない様子で車内を見渡してる山郷と真剣な表情で後ろの情報が一切ないにも関わらず回避行動を取る杉野と言う対象的な構図が出来上がっていた
「──山郷、主砲の装填だけ先にしといてくれるか?」
「は、はいッ」
装填を頼まれれば間髪入れずに立ち上がり主砲弾を抱えて装填作業へ勤しみ、それが済んだらいつもの自分の席である主砲側の砲手席へと座る
「装填終わりましたッ」
「おう、ありがとな」
一瞬砲手の席へ振り返り笑みを向ける杉野ではあるがすぐに前へと向き直り真剣な表情へと戻ると見たことないような手捌きでジグザグ走行を続ける
(す、凄い…でも後ろの情報も無いのにどうやって判断出来るんだろう)
準備の段階で他のウサギさんチームの5名は勝利条件を満たした場合外線にて連絡をするよう指示されていたが片耳にヘッドホンを当てながら操縦をする杉野を見ればまだ逃げ切れてるのだろう事が感じ取れ
前の限られた視界しか確保できず後ろは一切見れない筈の操縦手と言う立場でこの先輩はどうやって後ろの状況がわかるのだろうと山郷は思わず苦笑いを浮かべる
(…本当、カッコいい人だな先輩)
山郷含め一緒に訓練へと励んだウサギさんチームの1年生たちにとって杉野はいつもどことなく余裕を感じさせ、常に冷静沈着で頼りになる先輩である
訓練の場に置いて困った際はそれとなく助けてくれ、ミスを犯してもカバーし諭すように優しく慰め
怒られた事と言えば砲撃戦中に車外へ飛び出ようとした本当に危険な事をしようとした時の一回のみ、それだって怒られるというよりは自分達の身を案じて叱られたという側面のが正しいだろう
当初の印象とは全く異なり常に穏やかな笑みを携え、しかし実戦となれば誰よりも強く頼れる背中に何度も勇気付けられたか知れない
(──あ、でもそれも終わっちゃうんだっけ)
昨日より新たに仲間となったかつての杉野の仲間だと言う3人、今後杉野はウサギさんチームの指南役では無く
今現在二人を追い立てているチハ改に乗ってその3人とのチームで戦っていくのだと言っていた事を思い出して、山郷はチクリとどこか胸を刺すような痛みを感じた
(私達、このままで良いのかな)
純粋に感じた寂しさと、一方では強い不安を感じた
杉野は頼りになる一方で先輩である彼女に頼りすぎていた面が無かっただろうか?
(今までは先輩におんぶに抱っこでも何とかなってきた、だけどその先輩がいなくなったら?
──私達って一体!?)
勿論いなくなると言っても別の車輌になるだけで戦車道チームとしては一緒なのは変わらない、しかし同じ車輌でないのならば
もう今まで通り突発的なことで杉野がカバーする事が出来なくなる
その時に今のままの自分たちで対処が出来るのか、考えて考えて…居ても立っても居られなくなった山郷は再び立ち上がって杉野へと声を上げた
「先輩ッ、私後ろの状況見て来ても良いですか!」
「お、おぉ…」
思わず声が少し裏返って困惑混じりの声が杉野から漏れるものの、山郷は迷うくらいならばまず行動で示してみようと考えた
今回で言ってしまえば本来の役目は砲手のみであるが、それ以外で杉野を補助できそうな後方の状況確認
つまり車長業務の一つをやってみようと思い立ったのだった
「──わかった
それじゃあ山郷、任せても良いかな?」
「はいッ」
杉野からの許諾を得た山郷は任されたのだと言う喜びを胸に揺れ動く車内の中で足取りは軽く、模擬戦の始まった当初は職務を全う出来るか不安だったが今は役得かも知れないと感じた
「…うッ!?」
「……」
しかしキューポラの縁から顔を半分ばかり出して後方の状況を確認しようとし、そんな甘い考えは霧散する
チハ改のキューポラからは安全帯を着用した澤が肩から上を乗り出して状況確認に勤しんでいる、だがその表情は彼女を良く知る山郷をして思わず尻込みする程冷たく
釣り上がった目はこちらを射抜かんばかりに睨みを効かせている、完全にこちらを敵と認識しているようだった
(怖ッ!?あずさってあんな顔する子だったっけ!!?)
良くも悪くも杉野と言う少女はウサギさんチームにとって影響力の強い存在である、主砲の砲手であり訓練時間中はあまり話すことのない山郷ですら強い憧れを抱くに充分な存在を澤はチーム結成から通信席と隣り合った車長席にてずっと見てきたのである
杉野が相手と言うことで模擬戦開始直前までおどおどしていた姿も鳴りを潜め、僅かな隙すら見逃さんとばかりにこちらへ視線を向けてくるその姿はある意味で完全に感化されていると言えよう
「──先輩、後ろとは100ないし150程度距離が空いてます」
「ン、了解…充分だ」
ひとまず澤の変化を見なかった事にして山郷はそそくさと車内に戻ると操縦席の杉野へ状況を伝える、状況把握が出来たことで杉野は少しだけ満足気に頷き続ける
「そしたらもっと派手に動き回るから砲手の席に戻っておいてくれ」
「…良いんですか?」
「おう、撃つタイミングは合図するが
合図と同時に撃ってほしいからそっちのが都合が良いんだよ」
たった一度後方の状況を確認したのみで出番が終わってしまった為に思わず聞き返すがその方が都合が良いと言われてしまえば山郷に返す言葉はない
「合図入れたらいつでも撃てるように構えておいてくれ
砲は動かさなくて良い、照準も見なくて良い」
「大丈夫なんですかそれで!?」
何なら照準も砲も合わせるなと言った杉野に思わず素っ頓狂な声を上げた、なにせ元々照準を合わせそれに沿って砲を動かさないと当てられないと言ったのは杉野であるのだから山郷の疑問ももっともである
「…ま、これ知った所で使う場面ないとは思うけど
照準使わなくても当てられるってとこ見せてやるよ」
「えぇ…」
そう言ってイタズラっぽく笑う杉野に山郷は思わず困ったような声を上げる、なにせ短い付き合いとは言え杉野がこう言った表情をした時はもう既に戦況をひっくり返す算段がついたときだとわかってしまうからだ
一方その頃、チハ改に乗り込み目の前で逃げに徹するM3リーを追いかけ回すウサギさんチームの5人──その中でも特に操縦手の阪口は額を落ちる汗を拭う暇もなく澤から逐次送られてくる情報を元に動力レバーと格闘をしていた
『桂利奈ッ次は右!』
「あいッ」
ヘッドホン越しに聞こえる指示と共に右の動力を切って右旋回へ入れば自動戦闘用補助ブレーキが作動し時速100km/hに近い速度域でも非常に短い半径でクルクルと車体が軽やかな動きで急旋回をし一瞬M3リーの後方を完璧に捉えるがすぐにM3リーが次の旋回に入った事でその姿が見えなくなる
『次も右ッ』
「あいッあいッ」
模擬戦開始から時間にして10分も経っていないが、常に移り変わる状況に対応するべく手を休める暇が無い
しかしそんな忙しさとは裏腹に知らず知らずのうちに阪口は笑みを浮かべていた
(本当に凄い戦車だ!あの杉野先輩を追いかけ回せてるッ)
あまり近づきすぎるとM3リーの突発的な急旋回に対応出来ない為ある程度より先は近づけない、だが思っていたよりも余力を残してM3リーを追いかけ回せている現状に阪口のテンションは振り切れそうになっていた
(本当不思議なもので、負ける気がしないんですよ!先輩相手でもこの戦車ならッ)
公式戦の戦車と比べれば有り余るパワーを持つチハ改のエンジンと、何より自動戦闘用補助ブレーキによりほぼ速力を落とすこと無く旋回の際は頭で思った通りに
いやそれ以下の半径での旋回が可能と言う性能のお陰で時に緩く時に急旋回で右に左にと動き回るM3リーに初動では置いていかれても旋回終了後の僅かな全開区間で開いた差はすぐに縮まる
「…うーん、もうちょい近づかないとダメかも!」
割と余裕のある阪口とは対象的に照準器を覗き込む大野は苦い表情を浮かべて澤の方へ声を張り上げる
「この距離でダメ!?」
「照準が合った瞬間後ろに目でもついてるみたいに軸線から外されちゃうの!」
爆音の支配する車内で片やヘッドホン、片や耳栓を片側のみ外して声を張り上げる
元が小さなチハ、それも車長と砲手という比較的近い席だから可能な意思疎通ではあるもののコレでは埒が明かないと澤は下唇を噛んだ
(リスクは高いけどもっと近づくしかない…
──いや、そもそも杉野先輩相手にリスクを犯さないで勝ちが拾えるわけないッ)
少し考え込んだ後、再度キューポラから顔を覗かせ目の前で回避行動を取るM3リーを見て澤は勝負に出ることに決める
「桂利奈ッ次は緩めの左旋回!
もっと距離を詰めて!ここで決めに行こう!!」
『あいッ!』
阪口へ無線で距離を更に詰めるように指示を出せば一際大きく排気音が響いた後にスルスルとM3リーへの距離が詰まっていく、どれだけ操縦の差があろうと速力も旋回力も比べ物にならない程差があるのなら勝敗を決める覚悟が出来てからその背後を取るのは容易いことだった
(──ッ!?)
M3リーの背後に回り込み距離にして4〜50m程だろうか、タイム計測に入った瞬間M3リーの車体がグラリと左に大きく傾いたと思うと突如として目の前からフ…っと消えてしまった
(いない…M3リーが消えたッ!?)
しかし現実にM3リーのような大きな車輌が消える等と言うことはあり得ない、一体何処に消えたのかと視線を左右に動かした澤の背筋に強烈な悪寒が走る
「後ろッ!?」
振り返ったとほぼ同時、M3リーに真後ろからの0距離砲撃を受けた事でドンッと強い衝撃が車体を揺さぶり
次の瞬間には気の抜けるような音とともに白旗の上がったチハ改は動かなくなってしまった
◆
「…あれは、まさかッ」
格納庫前で勝負の行く末を見守っていた私達は一瞬何が起こったのかわからずに唖然とした表情を向けていた、それもその筈で追い立てられていたM3リーがあり得ない勢いで左旋回をしたと思えばいつの間にか追う側へ立ち位置が入れ替わって後ろを取り
難なくチハ改を撃破したのだから、でも横の秋山さんにはあの旋回方法に心当たりがあるのかハッと何かに気づいたように呟いた
「知ってるの?秋山さん」
「──はい、あれは日帝学園の秘技と言われていた【捻り込み】ですよ
それも、重量物が右に寄ったM3リーがもっとも不得意な左旋回からの捻り込み…【左捻り込み】です」
「…捻り込み?」
知っているのか聞き返して見れば秋山さんは先程ナオさんの使った旋回術を捻り込みと言うのだと教えてくれる、聞いた事のない名称に沙織さんを筆頭に各々頭にハテナを浮かべて難しそうな顔をしている
「詳しい技法は私でも残念ながら、実際の捻り込みなんて生まれて初めて見ましたし…」
私もそう言う技があるってどこかで聞いた事があったかな位の認識であり、流石の秋山さんも実際に見たのはコレが初めてだと目を丸くして次第に合ってるのかどうか不安になったのか少し歯切れが悪くなっていた
「──いや、捻り込みで合っとるッス」
「あぁ〜、良かった葛西殿に言ってもらえると安心できます」
しかし葛西さんから肯定されて安心したのか胸を撫で下ろすように大きく息を吐いて呟く、その様子を見て小さく笑いながら葛西さんが続ける
「M3リーは
その分荷重移動はやりやすい戦車ッスからね」
「荷重移動…ですか」
「捻り込みでもっとも重要になるんが荷重移動になるけぇのぉ」
重心や荷重移動、説明混じりに話す葛西さんに宮崎さんや小高さんが乗っかりながら詳しく説明をしてくれるが
その中の言葉は自主練等の際にナオさんが使っていたような用語が出てきていた
「車輌重心は静止時は横から見た際の車体中心のやや後ろ側にありますから、発進加速時はその重心が更に後ろに行くんで車両後部は尻下がり
車輌先端はポーンっと上がった状態で加速するんですよ」
「逆言えば制動時は重心が前に移動、車輌前部が沈み込んでケツが浮くッスね」
この辺りの話は過去にナオさんから詳しい話がされていて、普段からどう重心が動いてるか少し意識して動かすように言われていた操縦手の面々はゆっくりと頷いて話しを聞いていた
「で、捻り込みの場合は基本動作は旋回したい側の軌道輪に重心を乗っけて制動を掛ける
そうすることで荷重を旋回したい側、例えば左旋回なら左前で右旋回なら右前の軌道輪を軸に車体後部の履帯を完全に浮かせて捻り込むように一気に車体の向きをコマ回しの要領でクルリと360°変える
コレが基本的な動作ですね、あとは仕掛ける相手との距離によって微妙に変えたり一人一人やり方は異なりますけど」
簡単に言ってしまえば旋回中に急激な360°ターンを入れる事で追う側追われる側の立ち位置を入れ替え、後方にいた敵を前に無理やり押し出す事で背後に回ることを可能にした旋回技法…になるのかな
「まぁ詳しい話は先輩に直接聞いたほうが早いかも知れないですね」
「いえ、3人とも詳しいので助かります」
小高さん曰く捻り込みのやり方について正解と言うものは無く、舵の効かせ方スロットル開度、後続の敵戦車に対してどの程度の距離でどういう場面で仕掛けるか等個人個人でやり方は全く異なるのだと言う
だからこそ今回の事で詳しい話しを聞くのならナオさんが最適なのだろう、丁度動かなくなったチハ改を牽引して帰って来るところだし
ただ3人もやっぱり優秀な戦車乗りなだけあってそういった技術面の事もかなり喋れる人たちなのがわかったのでありがたい限りだった
「──杉野さぁん、初心者相手に捻り込みは大人げないッスよ」
「あっはは、久々だったからな
まぁでも綺麗にハマってくれて良かったわ」
M3リーから降りてきたナオさんへ茶化すように葛西さんが言って、当のナオさんも久々だから張り切ってしまったと笑っていた
「く、悔しい〜!あんなこと出来るなんて聞いてないですよッ」
「そりゃ普通なら使う場面ねぇもん、必要ないこと教えたってしょうがねぇべ」
チハ改から降りてきたウサギさんチームは概ねまぁ勝てるわけ無かったよねと当然の結果のように受け入れているものの、ほぼ操縦手対決と言うこともあってか阪口さんは表情を歪めて見てわかるくらい悔しがっていた
「え?あれ使えないんですか」
「確かに一対一なら必殺技って呼べるくらいの技ではあるけどな」
現に捻り込みを使ってウサギさんチームを撃破したナオさんだけど、あの技は実際には使えないのだと言えば大野さんを筆頭に驚いたように目を丸くして口々に信じられないと言ったような声が上がる
それを見てかナオさんは少しばかり考えるような素振りを見せた後に再度続けた
「…じゃあそうだな、さっきのが実戦じゃ使えない理由を
──澤、答えてみな」
「え…わ、私ですか!?」
ナオさんは捻り込みが使えない理由を先程の模擬戦でチハ改の車長を務めて間近で見ていた澤さんに問う、まさか話しが振られるとは思ってなかったのか澤さんは素っ頓狂な声を上げる
「えっと…うーん…」
「おいおい、あんまり考え込みすぎてもしょうがねぇぞ
ハズレても良いから素直に感じたことを口に出してみな」
小首を傾げて唸るように考え込んでいた澤さんに感じたことを言ってみなとナオさんが助け舟を出したことで、一つ心当たりがあったのか「あっ…」と声を出して口火を切る
「動作が大きくて隙が生まれる…ですか?」
「正解」
少々不安げに答えた澤さんの回答にナオさんが満足そうに頷いて正解と答えれば周囲からおぉと感嘆の声が上がる、ナオさんは続けて澤さんの回答に補足を入れるように続けた
「戦車戦ってのは数輌で固まって撃ち合うのが基本だろ?んで捻り込みは後ろから追い立てられた時に自車と敵戦車の位置の入れ替えな訳だ
そんな隙の生まれる挙動、他の敵車輌が見逃してくれる筈ねぇだろ?」
「確かに…」
「一対一の格闘戦に持ち込めればまだ話は別だけどな
でもどこの世界にバカ正直に一対一の格闘戦、それも超至近距離で相手の後ろに回り込むドッグファイトに応じてくれるやつがいるよ?」
「まぁ…一対一でも精々ある程度の距離を取っての撃ち合いになると思う」
一見して戦略の幅が広がるように見えてもその実、使える条件は非常に狭く限定的だ
そしてその限られた条件下でも至近距離でのドッグファイトに相手が応じてくれない事にはどうしようもない、それを聴けば確かにナオさんの言う通り捻り込みは使えない技に部類されると思う
「こんな必殺技みたいなものでも使えないんですね…」
「じゃあ一体何のために…?」
実際目の当たりにして撃破された当人であるウサギさんチームの皆は口惜しそうに覚えても仕方のない使えない技と判定を受けた捻り込みに残念そうに、では一体何のために存在しているのかと呟いた
「…これはある先輩からの受け売りだがね、必殺技ってのは基本的に持っていても使わないもんなのよ」
『え…?』
それを聞いてかナオさんはうーんと少しだけ唸るようにして、当人曰く先輩からの受け売りだがと断りを入れてからそう続けた
せっかく覚えたのにそれが使えない物であるという矛盾、おそらく言葉の意図が汲み取れているであろう宮崎さん・葛西さん・小高さん以外の皆はさっぱり意味がわからないと首を傾げるが
その意味を含めて諭すように再度口火を切る
「──大きな隙の生まれる捻り込みのような大技を試合中に使わざるを得ない状況に陥った時点で、本来負けてるんだよ
現に俺は捻り込みを実戦で使ったことは一度もないし、実戦で使って敵戦車を撃破したって奴の話も聞いたことないな」
ナオさんの言うことはもっともで、本当の勝ちと言うのは本来
そう言った奥の手を切らずに勝利を収めること、それに越したことはないのだ
そもそも優れた戦車乗りはそういった特殊技巧を用いなければならない状況下に自分を置くような真似はしないのだから
「だけど、どうしようもない状況に陥った時でも
その状況を打開できるかも知れないいざという時の為の必殺技を持っておく事で心理的な余裕が生まれる、余裕があれば物事を冷静に運べるようになる
…言い換えりゃその程度のものなんだよ、必殺技の存在意義なんてな」
『なるほど…』
そう言って話を締め括るナオさんにようやく合点が行ったとばかりに皆の声が一致する、心理的な余裕の為に持っておくだけで実際には使わない必殺技…
ナオさんらしいと言えばらしいけどその考え方は凄く参考になる、余裕がない状態で試合を進めるとなれば必然
焦りが生じて良い思案も浮かばないのだから
左捻り込みを戦車戦に落とし込みたかっただけのお話です、後々出しますが戦車でも出来そうな空戦技法は当作のガルパン世界ではじゃんじゃん出していこうと思ってます(杉野の放課後講座で既に一撃離脱やらサッチウィーブやら送り狼出してるので今更感もありますが)
文献などでは天才的なまでに操縦が上手いと書かれがちだが実際は…とか、隊長としての士気能力も実は…って言うのは元ネタ基準です
どこかで現在名前が出てるだけの日帝学園掘り下げ回も書きたいんすけどどうせ本編終了後に書く予定のタンカスロン時代の杉野編でガッツリ触れるし今はまだかつてそんな名前の学校が戦車道に参加してた位の認識を持ってもらえれば良いのかな…
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皆さん知らないと思いますが毎日見返したりするくらいには私からしたら増えてると嬉しい項目ですので、是非ともよろしくお願いします
例の如く誤字脱字は発見次第直して行きます
以上です