ふたりはプリキュア!! LEPUS☆GALAXY's 作:きゅー。
はじまり
そこは天地さえも区別のつかない、ただ静寂に包まれた空間だった。
気が遠くなりそうなほど、果てしなく広大なその領域。
辺り一面を支配していたのは、ただ冷めきった暗闇である。
無酸素。無重力。そして極低温。
生物であればまず生存、それ以前に存在し得ないであろう、過酷な環境の宇宙空間。
そこに、3つの光が瞬いていた。
宇宙にきらきらと瞬くもの。それは星か…?
否、1つの大きな光球を、2つの小さな光が追いかけているのだ。
よく見ると、両者の間に光線や光弾の苛烈なほどの応酬が繰り広げられている。
光球から幾重にも放たれた太い光線を相殺しつつ、小さな光たちが光弾を無数に放つ。
それらは光球の周辺で瞬間的に爆発し、宇宙に無数の煌きを散りばめる。
それらは亜高速という、常識の範疇を遙かに越えた速度ゆえに、遠くから見ると光がチカチカと瞬くように錯覚できた。
3つの光は飛び交いながら、なおも激しく交錯していく。
すると、大きな光球はぎゅん、と急激に進路を変えていった。
通常の隕石などには全く不可能なその動きは、光球自体がまるで意志を持っているかのよう。
やがてスピードをあげて急加速し、光球はある1つの天体に向かっていく。
その進路には深青に輝く、命溢れる惑星…地球が存在していた。
***
同じ頃、地球───東京。9:14 AM。
そこには宇宙とは真逆の光景が広がっていた。
多くの人々が道路を忙しなく行き交い、夜を照らすのはビルや信号機、車のライトといった無数のギラついた光。
陽が落ちてもはや久しい時間帯だと言うのに、首都圏の都会は今なお喧騒に包まれていた。
これがこの町の日常的な風景である。
ただ、今日は少しいつもと違っていた。
人々がみな、それぞれに夜空を指差し、不思議そうな様子で見上げていたからだ。
「なんだ、あれ!」
「何か光ってない?」
「流れ星?」「違うでしょ」
「光ヤバいヤバい!撮ろ!」
「UFOじゃねコレ!?」
ある者は道端で立ち止まり、スマートフォンを向けて録画する。
30秒ほどで録画が一通り済むと動画を、SNSや動画サイトにアップロードしていく。
ある者はビルのオフィス内での作業の手をふと止めて、窓から訝しげに外を見つめた。
ある者は信号待ちの車の中で、夜空に起こった異変を怪訝な顔をして伺っていた。
街の人々がそれぞれに見つめる先には、夜空に幾重にも、ぱちぱちと瞬く光たちがあった。
それは彼らにとっては不可思議な現象であり、人によっては不安や、非日常に対するある種の高揚感さえももたらしていた。
群衆の目に捉えられた光。
その煌めきは数秒ごとにどんどんと強くなり、そして。
一瞬走った稲光か、カメラのフラッシュを彷彿させる閃光を人々はその眼で、しかと捉える。
しかしこの光が、1人1人の、そして星そのものの未来をも揺るがしていく事になるとは、この時、誰も想像だにしていなかったである。
***
───東京都郊外。9:15 AM。
20年ほど前に廃業となった遊園地跡。
土砂降りの雨…いわゆるゲリラ豪雨が、荒れ果てた地面や錆び付いたアトラクションたちを舐め尽くしていた。
ざあざあ、という形容詞が似合うほど、叩きつけられるように天から降り注いでいく雨水。
凄まじいまでの勢いでアトラクションの鉄板にぶつかり、反響音を周囲に奏でている。
営業を終えておよそ四半世紀もの時を過ぎて、すっかり"廃墟"と謳われるようになったそこには、人影がなくなって久しい。はずだった。
───今、そこには2人の少女が立っていた。
だがその格好は異様なものである。
1人は黒と水色を基調としたベアトップのワンピースを彷彿とさせる衣装に身を包んでいた。
胸元のウサギを象ったブローチ。
そこから伸びた虹色の糸のような光が、闇夜をぼうっと照らしている。
もう1人は同じワンピースらしき装いではあったが、白とピンクという対称的なカラーの衣装である。
寒さ、という物をあまり感じないのだろうか、激しい雨の最中にあっても顔色を変えない様子だ。
いや、よく見ると衣装や髪、肌といった身体の表面で、雨粒が"弾かれていた"。
髪の色は2人とも水色とピンクのグラデーションがかっており、耳らしき物は見当たらず、代わりに2対の毛に包まれた、ウサギの耳に似たものが垂れていた。
この2人は果たして、人間なのだろうか…?
「まさかこの次元の地球に潜り込むとはね、気配もすっかり消えた」
表情が薄い印象を受ける黒い衣装の少女が目を伏せながら言った。
「これからどうするプカ?」
白い衣装の少女…キュアプーカが、そっと問うた。
隣の少女とは親しい間柄のようだ。
「…決まってるよ。やつの尻尾がつかめるまで、ここを守る」
厚い雨雲に包まれた天空を、はたと見上げながら黒い少女…キュアシュプリームは呟いた。
冷たい土砂降りの雨がなおも2人の上に今なお、降り続いていく。
黒々とした厚い雲に空いた穴から、明るく輝く満月がそっと覗いている────。
***
あの"光"を人々が目撃した、翌朝。
この日は雲ひとつない快晴であった。
すっかり晴れ渡った青空の中、人々は日常へと還っていく。
前日の夜に起こった空の発光現象は、わずかな時間ではあるものの、電波障害を引き起こしたらしい。
明朝からの各テレビ局の報道番組でも、この出来事はこぞって取り上げられ、憶測が飛び交った。
しかし、原因や因果関係は不明。関係機関ともども"究明中"とのコメントをせざるを得ないのであった。
一方、発光現象の直後に発生したゲリラ豪雨はというと、注意報ともども、すっかり治まりを迎えていた。
正常性バイアス、という言葉がある。
ある種異常な出来事がその身に降りかかったとしても、人間の心理は"慣れ"と"思い込み"の両面の作用によって、いつしか"普通"へと落とし込んでしまうのである。
その理は、この世界にとっても変わらないようであった。
***
都内にある市立薙町中学校にも、"いつもの"朝がやってきた。
校門をくぐり抜けていく中、生徒たちの話題にも花が咲いていく。
その話のタネになるのは、当然…
「昨日の空やばくなかった?」
「あー、流れ星のやつ?すげー光ったし!動画めっちゃ上がってたよね!ニュースもやってたし!」
「あとさ、雨もめっちゃ降るしさー、地球ヤバくない?」
「本当は流れ星ってさ、実は不吉のしらせっていうらしいよ」
「いやフツー逆じゃね?」
「アレUFOとかじゃないの?」
「いや、それはねーよ」
「そう言えば昨日スマホ全然つながんなかったしさー、動画いいの撮れたからワンチャンバズるかもって思ってたのに〜」
「アレも昨日の光のせいとか?」
「でもすぐ回復したらしいよ」
「なんか怖いわー、ビビるからまじやめてほしいんだけど」
「あー、学校サボれねえかなぁーUFO出てきてー」
生徒たちは方々で話し込みながら、玄関から教室へと歩みを進めていく。
その中に1人、憂鬱そうな顔をした少女がいた。
「はあ…ぜーんぜん寝れなかった…」
1人ごちながら不眠を訴える、後ろ髪をポニーテールでまとめた少女。
名前は羽奈日 亜希
彼女は周囲に恥ずかしさから話してはいなかったが、幼い頃から雷が苦手であった。
音や光が嫌、という理由もあるが、落雷にはどうも本能、もしくは潜在的な恐怖を感じてしまう、というタイプだ。
昨夜の発光現象を雷と勘違いした事が原因で、すっかり眠れないまま朝を迎えてしまったようであった。
朝の眩しい光に、しょぼついた両眼はその場でクマをつくりそうになりながら落ち込んでいる。
休み時間は何処か眠れる所を見つけて寝よう、と頭の片隅で考えながらも、彼女はとぼとぼと、そのまま玄関へと入っていくのであった。
***
「あー、みんな…突然だけど、今日はこのクラスに転校生が来る事になったぞ!」
教室のホームルーム。
亜希のクラス、2-B組の担任を受け保つ沢渡が唐突に言い放ったその言葉で、クラスがざわめき始めた。
「は?転校生!?いきなりすぎでしょ!」
「今?このタイミングで!?」
「ちょっとせんせー、さっきの集会でもそんな話なかったじゃん」
そう、先程まで体育館で行われていた集会でも、そのような話はなかった。
極め付けに事前の情報や説明もなし、である。
静かに、と沢渡がクラス全体を咎めると、沢渡は閉められた教室のドアに向かって声をかけた。
「よし、入っていいぞー!」
途端、ドアがガラリと開く。
教室の中に入ってきた、"転校生"。
その外見を見たクラスの数人は息を呑んだ。
170センチくらいの長身の、双子の姉妹。
2人ともショートに纏めてはいたが、髪の色は薄緑と紫の混じり合ったかのようなもの。
耳の下からは白くなった毛束が伸びている、という、クラスの雰囲気からは浮いてもおかしくない髪型をしていて、それが落ち着いた印象のあるネイビーの制服との、ある種のちぐはぐさを醸し出していた。
姉妹の姉なのだろう人物が、チョークを手に取ると、黒板に名前を書いていく。
その手つきは『字を書く』、というよりは、『線と点を組み合わせて描いている』ように周囲から映っていた。
やがて黒板には、2つの名前が並んだ。
分かりやすくするためか、名前の側に姉妹はそれぞれ並び直して、口を開く。
「
「
***
海外からこの街にやってきたばかりらしい、2人の転校生。
その姿を横目で捉えながら、亜希はひとり、眠気と闘っていた。
なんとか目を覚ました状態で1時間目の授業が終わったが、なおも脳が休息を求めている状態である。
亜希は転校生…朔と朝に対して、正直なところ、周りと浮きそうだな、という印象を頭の片隅に持っていた。
しかし、実際のところはというと。
2人は今、それぞれ数人のクラスメイトから話しかけられていた。
「ねえ、朔ちゃんってさ、いわゆるキコクシジョ、なんでしょ?」
「なに、それ」
「あー、そうだなー…英語とか話せちゃう感じなの?」
「英語…?…ああ、住んでた所、その言葉では話さなかったから。別の言葉なら…」
朔はそういうと、クラスメイトたちが耳にしたことのない言語を、極めて流暢に発話してみせた。
「うわあ、すごぉい」
「なんかペラペラじゃん!」
朔の席の隣には、朝の席があった。
そこにも、女子が2〜3人ほど集まってきていた。
「トモちゃん!その髪かわいくない?どこでセットしてもらったの?」
「ねーねー教えてー!激カワじゃんねー!」
「あ、あの…プ…朔ちゃんにセットしてもらったんだぁ…えへへ」
「へー!すごーい!」
朝の周りのクラスメイトから黄色い歓声が上がった。
果たしてクラスに馴染めるのか、という懸念はどうやら杞憂に終わったらしい。
他人に関心ばかり寄せていると、ある時ふっとまどろみそうになる意識。
それを繋ぎ止めながら、亜希は己の睡魔と孤独な戦いを続けるのであった。