交流会の最中に高専に侵入してきた特級呪霊花御から恵、棘、ラバック、憲紀は近くにあった屋敷の中に入り、可能な限りで逃げ続ける。花御は木の根を伸ばし、4人を追いかける。
「大丈夫ですか、狗巻先輩!」
「シャケ」
呪言を使って喉を傷めている棘の心配をする恵。棘は喉薬を飲んで何とか状態を維持している。
「来るぞ!!」
花御は宙に木の塊を作り上げ、鋭く尖った根を4人に伸ばす。
「止まれ!!」
棘は振り返り、花御と木の塊に向けて呪言を放った。この呪言によって花御と木の塊は動きを止めた。
「どうせ利かねぇだろうけど・・・これでもくらえ!!!」
ラバックはグローブの糸を伸ばし、束ね合わせて槍を作り上げる。作り上げた糸の槍を持ち、一時的に動かなくなった花御の腹部に投擲する。糸の槍はかなり浅いが花御の腹部の皮膚を貫いた。
「百斂・穿血!!!」
憲紀は百斂で両手に自身の血液を加圧して圧縮し、レーザーのように一点に撃ち放った。音速を越えた一撃は花御の顔に掠った。しかしその威力は強く、固かった花御の皮膚に傷がついた。
(あれに傷をつけた!特に加茂さん、俺と
なかなかダメージを与えられなかった花御に少しとはいえ傷をつけた2人の力量に恵は驚いている。
「急げ!どうせすぐに治してくる!」
憲紀の声にハッとした恵はすぐに棘と共に上階に上がっていく。
「微力ながらに、足止めしてもらうよ!!」
ラバックは少しでも花御の進行を止めようと、槍の糸を遠隔で操作する槍の糸は解け、花御の目の前で束ねに束ね、強固な外壁を作り上げた。この技を階段を上がりながら見た恵は驚いている。
(あの槍から一瞬で壁を⁉この人、こんなに強かったのか!)
恵から見てラバックはただ単に器用な人間程度に思っていたが、それは大きな間違いであるということを認識させられる。
「どうせすぐに破られる!急ぐぞ!」
糸の壁を作ったラバックは急ぎ3人の後をついていく。目指すは帳の外だ。
「ゴホッ・・・」
「大丈夫か狗巻」
「シャケ・・・」
(狗巻で止めて、私たちで攻撃し距離を取る。この繰り返しで帳の外を目指し、学長たちと合流。だが、いつ今の均衡が崩れるかわからない。ただでさえ、呪言の効きが悪く、教員との連絡を取る隙がない。奴が呪言の対処法に気付いたら終わり・・・!)
帳から出るために屋敷の外を目指す4人の背後から根が伸びて迫ってきている。この根が伸びてきているということは、姿は見えないが糸の壁を破壊した花御が追いかけてきているのだろう。
「急げ!!」
「・・・っ」
それでも4人は追いつかれないように必死に走る。
(呪霊の目的も不明だ。学長たちや高専に待機している術師が動けていない可能性もある。早めに東堂・・・最低でも三輪と合流したいところだが・・・)
屋敷の外に通じる非常口がようやく見えてきて、4人はそこから外に出て屋敷の屋根に飛び移った。
ドオオオオン!!!
だが非常口から根が飛び出してきて、花御に追いつかれる。
「狗巻先輩が止めてくれる!ビビらず行け!!」
恵は事前に召喚し、外に待機させていた鵺に突進を命じた。鵺が突進する中、棘が呪言を放とうと口を開こうとしたが・・・
ザシュッ!!!
花御は突っ込んできた鵺の胴体に片手で突きを放ち、貫いた。呪言を放とうとしていた棘は喉に限界がきて膝をつき、血を吐き出している。
(!!先に限界が来たのはこっちか!!)
憲紀が棘に気を取られたその隙を狙い、花御は一瞬で彼の懐に入った。気づいた時には時すでに遅し。花御は憲紀に強烈な拳を叩き込み、吹っ飛ばした。さらに術式で宙に浮く根の塊を使い、花御は憲紀にさらに追撃する。憲紀に迫る根の塊にラバックは糸を伸ばし、絡めて動きを止める。しかし、これによって標的をラバックに変え、木の塊は糸の隙間から根を伸ばし、彼を突き刺そうとする。
「ちぃ!!」
ラバックは咄嗟に左手で糸を束ねて小さな盾を作り、根の攻撃を防いでみせた。
「加茂!大丈夫か⁉生きてるか⁉」
「気を失ってるだけのようです!」
憲紀が無事であるのはよかったが、全然安心はできない。ここでの戦力ダウンと棘の呪言を放つのが難しくなった状況は大きな痛手で帳の外に逃げ込むのが一気に難しくなってきたのだから。
(強い言霊を使っていないのに狗巻の喉が潰れた・・・!それだけ・・・格上!!)
これまで棘が使ってきた言霊は彼の喉に負担がかかるほどのものではなかった。それなのにこうも早くに棘の喉が潰れるということは、花御の実力が想像以上の格上であるという証明になっている。恵は冷や汗をかきながらも、次の一手に出ようとした時、棘がストップをかけた。
「高菜」
「!おい、狗巻、何をするつもりだ⁉」
棘はこちらにゆっくりと近づいてくる花御によろよろと歩みを進めていく。どうやら彼はまだ呪言を放つつもりでいるだろう。だが、格上の花御に向けて、言霊・・・それも強い言葉を使えば、彼自身もただでは済まないだろう。
「狗巻先輩!それ以上は・・・!」
ラバックと恵が呼び止めようとするが、棘は止まらない。今の状態で十分な射程に近づいた棘は、花御に強力な呪言を放つ。
「ぶっ飛べ!!!!!」
ドオオオオオオオン!!!
棘の放った強力な言霊によって、花御は自分の意思とは関係なしに吹っ飛び、屋敷の屋根に叩きつけられる。
「ぐはっ・・・」
「狗巻!!!」
強力な言霊を使った棘はリバウンドによって完全に喉が潰れ、血反吐を吐いて倒れた。屋根に叩きつけられた花御はただ吹っ飛ばされただけでダメージは全く負っておらず、ゆっくりと体を起こした。
〘・・・そのナマクラでは私は斬れませんよ〙
そう言い放った花御の背後にはいつの間にか真希が立っており、花御は彼女が振るった刀を拳を振るって叩き折った。
「ちっ・・・!」
得物を壊され、舌打ちをする真希に花御が攻撃しようとした時・・・
ドォン!!
〘ぐっ・・・!〙
遠くの森の中から狙撃弾が放たれ、花御はもろに顔に直撃する。この狙撃弾は森の中にいるマインによるものだ。花御に多少のダメージは負っているものの、それでも祓うには至らなかった。
〘私の術式範囲外からの狙撃・・・なかなかいい腕です。威力も申し分ない〙
この場からかなり距離が離れているマインに対し、花御は称賛を送っている。その間にも恵が花御に接近し、黒い刀身の刀の呪具で斬りかかる。当然、恵の接近に気付いていた花御はその斬撃を避けた。だが、完全に避けきることはできず、目の箇所に生えていた木が斬れた。恵と真希は花御から距離を取る。
(目の樹は他と比べて脆い!)
術式の樹は非常に固く、斬ることはほぼ不可能ではあるが、目の樹は中々に脆いらしい。しかし斬られたその木はすぐに生え変わり、元通りになっていった。
〘そして、そちらの刀も悪くない〙
「もっといいのがあるぜ」
恵は手に持っていた刀の呪具を自身の影に収納し、代わりに別の呪具を取り出し、真希はそれを受け取った。受け取ったそれは三節棍の呪具であった。
「これを使うのは・・・胸糞悪ぃけどな」
真希は三節棍に両手に持ち、悪態をつきつつ構える。
●
呪具とは呪いを宿した武具のことを指しており、その威力、効力によって術師の等級と同様に、4から1の等級に分けられており、等級の高い呪具ほど呪術戦において大きなアドバンテージとなる。
「恵、それぜってぇなくすなよ」
「なくしませんよ」
「言ったわね。それ売ったら5億はくだらないから、なくしたりしたらただじゃおかないわよ」
「え?」
蔵に保管されていたその三節棍の買取価格を聞いて恵を驚かせたほどのもの。その呪具の名は・・・
●
特級呪具『游雲』
游雲を持った真希は花御に接近し、游雲による打撃を放った。
ドオオオオオン!!
花御は游雲の一撃を防御するが、その威力は特級の名に恥じないほどに凄まじく、簡単に吹っ飛ばされて森の木々と衝突し、勢いを消すことなく川に不時着する。
〘確かにこれはいいものだ〙
游雲の一撃に称賛する花御に森の中に隠れているマインはさらに狙撃弾で追撃する。自分に迫ってきた狙撃弾を花御は後退して回避する。
〘この位置なら私の術式範囲内だ〙
花御は川の中から樹を生やし、それをマインが隠れている森に向けて放った。危険を察知したマインは咄嗟に森の中から飛び出し、樹の攻撃を躱した。花御の攻撃を躱し、姿を現したマインはライフルガンを花御に向け、弾丸を何発も撃ち放つ。花御は動かず、周りの樹を生やし、自身の周りを覆って弾丸を全て防いでみせた。
「『特級呪霊の出現』、『帳に閉じ込められた』、『仲間が瀕死状態』・・・これはまさしく大ピンチ!だからこそ・・・こいつが大いに役に立つ!!」
マインはライフルガンのギアをチェンジし、花御の頭上に狙いを定め、引き金を引いた。
「浪漫呪法―――『しだれ桜』!!!」
マインが撃ち放った呪力が凝縮された1発の弾は花御の頭上で爆散。爆散した流れ弾は花御の周辺にまるで豪雨のように降り注いだ。広範囲に降り注ぐ流れ弾は樹の防御を容易く破壊し、花御は流れ弾の雨をまともに打たれる。
(一撃一撃が重い・・・!)
浪漫呪法しだれ桜によってダメージを受け続ける花御に追撃にやってきた恵が森の中で犬の手影絵を作り、玉犬を召喚する。
「玉犬―――『渾』!!」
しかし、召喚された玉犬は今まで見てきた白犬や黒犬のような姿はしていない。その大きさはこれまでの玉犬よりも一回り大きくなり、爪や牙もより強靭なものとなり、白が混じった黒の毛は逆立っており、まるで狼男のようだ。
拡張術式の不知井底を除いた
玉犬と玉犬を合わさった玉犬・・・それこそが、玉犬『渾』である。その力は、玉犬『白』の元々あった力が合わさり、格段に強くなっている。
召喚された玉犬『渾』は森の中を駆け、そのスピードを落とさずに森から飛び出し、強靭な爪を振るって花御の腕を引き裂いた。
(速い・・・手負いの腕を落とすつもりか)
花御の腕は自身の呪力によってすぐに再生され、元通りになる。
(術師の少年は森の中・・・)
花御の注意が玉犬『渾』に向けられた時、マインは花御から距離を取って弾丸を1発撃ち放つ。1発の弾丸に直撃した花御は彼女に向けて術式を放とうとする。その瞬間、屋敷からここまで移動してきた真希がやってきて呪具を振るって花御に攻撃する。花御は片腕で呪具を受け止める。だが真希が今持っている呪具は游雲ではない。
(っ、少年の剣!)
そう、今真希が持っている刀は先ほどまで恵が使っていた呪具だ。では游雲はどこにあるのか。その答えは、恵が持っているのだ。森を抜けてきた恵は花御の背後から游雲を振るって打撃を与え、真希と並び立つ。ダメージを受けた花御は並び立つ2人に顔を向けようとした時、マインが撃ち放った2発の弾丸に直撃し、動きが少しだけ止まる。だがその少しがあれば十分だ。
「真希さん!」
恵は游雲を、真希は刀を投げ渡し、お互いの呪具を交換する。呪具を交換した恵と真希は動きを止めた花御に接近し、呪具を振るってX状の斬撃と打撃を与えた。
〘―――っ!!〙
「まだ終わりじゃないわよ!」
着実にダメージを与えているマインはライフルを構えて跳躍し、頭上から花御に狙いを外さない。
「ピンチはまだ・・・消えていない!!!」
ドオオオオオオオオオオン!!!!!!
マインは花御の頭上でライフルガンの引き金を引き、浪漫呪法満開による巨大な砲撃を撃ち放った。強烈な一撃を受けた後の0距離射撃を前に、花御は避ける術もなく砲台に飲み込まれた。砲台が晴れると、川には大きなクレーターが出来上がっており、水が穴に向かって流れ落ちていく。
「二度と三節棍なんて使わせないでください!扱いづらい!」
「慣れると便利・・・」
「!伏黒!!」
恵が游雲について愚痴をこぼしていると、真希とマインは恵の腹部に人食い花に似た植物が植え付けられたことに気がついた。恵に植え付けられた植物は何かを食らっているかのように成長している。
ズンッ!!
恵に気を取られた真希とマインは地面の中より生えてきた樹の棘に突き刺さった。ただ気配に気づいて咄嗟に軽く動いたため、致命傷は避け、肩を貫く程度で収まった。
「真希さん!!マインさん!!」
「っ・・・!」
「クソッ・・・またこのパターン?」
真希は突き刺さった樹の棘を游雲で叩き折り、マインは樹の棘に弾丸を撃ち込んで折り潰す。
(クソッ!俺がしくったせいだ!)
恵が自分を責めていると、クレーターの中より樹が生え伸びて現れた。樹の上には傷を治した花御が立っていた。
〘心臓を狙った一突き・・・2人とも素晴らしい反応です〙
花御は攻撃は直撃したものの急所を躱した真希とマインの反応に称賛の言葉を送っている。
〘術師というのは殊の外、情に厚いのですね。仲間が傷つくたび、隙が生じる〙
背後にいる玉犬『渾』は花御に接近し、大きな口を開けて攻撃を仕掛けようとしたが、その前に術式が解かれ、影に戻ってしまった。恵の身体に限界が来たのだ。その原因を作っているのが、体に埋め込まれた植物だ。
(破壊された⁉いや・・・恵の術式が解けたのか!)
(伏黒に埋め込まれた植物・・・あれが原因なのね!)
〘もう呪術は使わない方がいい。あなたに打ち込んだ芽は呪力が大好物。術を使うほど、
花御は恵に埋め込んだ植物の詳細を説明した。開示による術式効果を引き上げるのが狙いだ。
「ご親切に!どうせ殺すつもりだろ!」
〘説明した方が効くのが早いらしい〙
植物の説明をした花御に真希は接近して游雲を振るい、マインは弾丸を1発撃ち放つ。しかし、2人が放った攻撃を花御は背中を逸らすことで躱した。
〘よく動けますね。だが、先ほどのキレはない〙
攻撃を避けた直後、花御は真希に拳を顔に叩き込んで軽く吹っ飛ばし、生やした樹を操って彼女の腕と首を締め上げる。
「ぐっ・・・!」
「真希!!」
樹に巻き付けられた真希を助けるため、マインは弾丸を花御に1発撃ち放ったが、軽く避けられてしまい、逆に伸びてきた樹によってライフルガンごと両腕を縛られる。
〘そしてあなたは射程がブレ始めている〙
「くっ・・・放しなさい・・・!」
マインは巻き付いた腕を無理やりほどこうとするが、樹は固くビクともしない。それどころか巻きつけはどんどんきつくなっていく。
ボキィ!!
「~~~~~~!!!!」
巻き付いた樹は勢いを殺さず、ライフルガンを破壊し、マインの両手首の骨を折った。手首の骨を折られたマインは激痛によって苦痛に顔が歪んだ。3人とも身動きが取れない、絶体絶命の状況の中で、恵は呪力を振り絞ろうとする。
(呪力を振り絞れ・・・腹が裂けても・・・!俺はみんなとは違う・・・!守る人間を選ぶ・・・!俺が1番背負っていない・・・!だから・・・俺が先に倒れるなんてことは・・・許されねぇんだよ!!!)
呪力を振り絞れば絞るほど、植物が呪力を吸い上げ、さらに成長を促してしまうだろう。しかしそんなことを気にも留めないほどに、恵は必死になっている。
「くぅ・・・あああああああああ!!!!」
植物によって強烈な痛みが走りつつも、恵は術式を使おうと持てる呪力を絞り出そうとする。
「やめなさい、伏黒」
恵の必死な抵抗をやめるように、マインは呼び止めた。まだ勝機は消えていないと確信しているのか、マインと真希は笑みを浮かべている。
「あたしたちの仕事は無事終わったわ」
「ああ。こっからは、選手交代だ」
ドオオオオオオオオン!!!
上空より2つの人影が降りてきて、真希とマインに巻き付いている樹を拳で叩き折った。絶対的窮地に駆けつけたのは、悠仁と東堂であった。
「いけるか?
「応!!」
東堂の問いかけに対し、悠仁は意気込むようにハッキリと答えた。
●
「はぁ・・・はぁ・・・重・・・!」
一方で、屋敷の屋根で負傷した憲紀と棘を箒の呪具に乗って帳の外に向かっているのは西宮である。箒に3人も乗っているという重量オーバーギリギリの状態ながらも、彼女は呪力を振り絞って戦線を離脱している。
(この2人がここまでやられるなんて・・・)
憲紀は決して弱いわけではないし、棘もうまく立ち回って戦線で活躍できる術師であるというのは知っている。その2人がこうも手ひどくやられてしまっている事実に、西宮は少なからず驚いている。
「頼んだよ、東堂君・・・強いだけが、君の取り柄なんだから」
西宮は自分たちの中で1番強い東堂に後を託し、帳の外を目指すのであった。
●
恵たちの危機的状況に駆けつけた悠仁は花御と対峙し、構えを取る。花御と戦う気でいる悠仁に恵が呼び止めようとする。
「やめろ虎杖!そいつは俺たちでどうこう・・・ゴホッ!ゴホッ!」
「お、おい!無理すんな!」
腹部の植物によって生じる痛みに恵は咳き込む。そんな彼にたった今この場に駆けつけたラバックが背中をさする。
「ラバ、パンダ」
「あいよ」
東堂は真希を今ここにやってきてマインを担いでいるパンダに託した。
「3人を連れて帳を出ろ。西宮曰く、この帳は対五条悟、並びに禪院
「待て!いくらあんたでも・・・」
「伏黒」
まだ納得がいっていないためか戦闘を避けるように促す恵に悠仁は顔を向けて笑みを浮かべる。
「大丈夫」
「!」
後のことを自分に託した悠仁の言葉で恵が浮かんできたのは少年院での同じ出来事であった。
『頼む』
この状況はあの時とよく似ている。だがあの時と全く違う何かが悠仁にはある。恵は直観的にそれに気がついた。
「気付いたようだな。羽化を始めた者に、何人も触れることは許されない。虎杖は今そういう状態だ」
東堂の言うことが本当ならば、彼の言うとおり、手を出すことは許されない。納得はいってはいないものの、恵は苦渋の決断でこの場を悠仁に託すことを決めた。
「次死んだら殺す!」
「ほら、さっさと行くよ。
(本当は真希ちゃんかマインちゃん担ぎたかったけど)」
ラバックの本音はともかく、彼はこの場を悠仁たちに託すために恵を背中に背負い込む。
「もういいぜ。行くぞパンダ!」
「おーう。パンダーッシュ!」
恵を背負い込んだところで、ラバックは走って戦線を離脱し、パンダも真希とマインを両肩に担いで後に続いた。
「そんじゃ、死ぬわけにはいかねーな」
後を託された悠仁は腕を回し、死なないように意気込む。
「俺は手を出さんぞ。虎杖、お前が『黒閃』をキメるまでな!黒閃をキメられず、お前がどんな目に遭おうと、俺はお前を見殺しにする!」
東堂は手を出すようなことはせずに川から上がり、悠仁の成り行きをただ見守るように諦観する姿勢を取る。例えそれで死ぬことになろうともだ。
「押忍!」
悠仁もそれを重々承知しているのか、強い返事で返した。悠仁と対峙する花御は諦観する東堂に注目を向けている。
(宿儺の器と・・・なんだあの男は?雰囲気はあるが、呪力の総量だけで言えば・・・絶対に私より弱い。だが謎のふてぶてしさ。よほどの術式を持っているのか・・・。現にこの私が下手に動けなかった。それにコクセンとは?さて、どう来る・・・?)
東堂と黒閃の存在を知らない花御はその両方を警戒するように、片手から樹を生やし、それを塊にして様子を伺う。
「・・・お前、話せるのか」
言語は理解できないが、その意味を理解でき、普通に話せると踏んでいる悠仁は花御に1つの質問を投げかける。
「1つ聞きたいことがある。お前の仲間に・・・ツギハギ面の人型呪霊はいるか?」
真人の顔を思い浮かべた悠仁の目は怒りからかガンギマっている。
〘・・・いる・・・と言ったら?〙
ドオオオオオオオオン!!!
質問の答えを聞いた悠仁は拳を川に叩き込み、水飛沫をあげて砕いた石を花御に放つ。だが石の破片程度など花御に通用するはずがない。だが下手に距離を詰めないのは正解だ。
〘軽率に距離を詰めない。そこは評価します〙
花御は作り上げた樹の塊を悠仁に投げ放った。迫ってきた樹の塊を悠仁は瞬発力を活かして躱し花御の懐に入った。懐に入った悠仁は花御の胴と顔に蹴りを放つ。
(速い!先ほどの少女以上の瞬発力!だが、威力はお粗末だ)
悠仁の放った蹴りにより、花御は多少仰け反るが、大したダメージにはならなかった。だがこれはただ手加減しただけで、本命は仰け反った後に続く打撃だ。
(胴体ガラ空き!手加減した打撃で油断しまくってる!今ならキマる!!)
黒閃をキメるならここだと判断した悠仁はがら空きとなった花御に強烈な打撃を叩き込もうとする。
(黒閃!!!)
打撃を放とうとする悠仁の脳裏に傷ついた恵の姿、今は亡き順平の姿がよぎり、彼の呪力がブレる。
「はあ!!」
悠仁の狙い通り、打撃は入った。しかし肝心の呪力がブレたせいで拳に呪力が乗らず、黒閃もキマらなかった。
(クソッ!)
悠仁の打撃を受けた花御は後退り、樹を伸ばして悠仁に攻撃を仕掛ける。向かってきた樹の攻撃を悠仁跳躍して後退して躱した。
「マイフレンド」
パァン!!
怒りに燃える悠仁に東堂は呼び止め、いきなりビンタをかました。
「怒りは術師にとって重要なトリガーだ。相手を怒らせてしまったばかりに、格下に遅れを取ることもある。逆もまた然り。怒りで呪力を乱し、実力を発揮できず、負けることもな」
東堂の発言は的を射ている。怒りによって力を増す。術師のみならず、あらゆる分野でもこれは適応される。だが、逆に過剰な怒りによって本当の実力を発揮できない。これまでの戦闘での悠仁はその後者に当たっていた。
「友を傷つけられ・・・そして何より、親友である俺との蜜月に水を差され、お前が怒髪衝天に陥ってしまうのはよぉーく理解できる。だがその怒り、お前には余る。今は納めろ」
パァン!
東堂は悠仁に冷静さを取り戻させるように、もう1発ビンタをお見舞いする。東堂のこの行動に花御は疑問符を浮かべている。
(仲間割れ・・・なのか・・・?)
東堂が言う悠仁が怒る要因の後半は絶対関係ないだろうが、彼の言葉と、もう一発のビンタによって悠仁は冷静さを取り戻せた。
「消えたか?雑念は」
「ああ!雲1つねぇ!」
冷静を取り戻した悠仁は再び川に入り、花御と対峙し、構えを取って全神経を集中させる。その集中力は、花御を震え上がら、咄嗟に構えを取るほどのものだ。
(凄まじい集中・・・!)
花御は悠仁が行動に移す前に樹を伸ばし、攻撃を仕掛ける。それと同時に、悠仁も動き出し、花御に向けて強力な呪力を乗せた打撃を繰り出そうとする。その瞬間・・・悠仁の拳に纏った呪力が、黒く光った。
黒閃
打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み。威力は平均で通常2.5乗。黒閃を狙って出せる術師は存在しない。だがしかし、黒閃を経験した者と、そうでない者とでは、呪力の核心との距離に天と地ほどの差がある。
打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間!空間は歪み、呪力は黒く光る!!
「黒閃!!!!!」
ドオオオオオオオオン!!!!
悠仁が黒く光った呪力の打撃によって、樹は一瞬で砕け散り、花御もその強烈な打撃によって手が吹っ飛ばされ、体にも強烈なダメージを負った。
〘なっ・・・!!〙
「ふっ・・・成ったな」
予想していなかった打撃に花御はひどく驚愕している。対して東堂は満足そうに笑みを浮かべている。
(今のが・・・黒閃・・・?)
黒閃を放った悠仁の身体には、膨大な呪力が身に纏っている。今まで感じたことのない感覚に悠仁は多少なりとも困惑している。
(なんだ・・・?これ、俺の呪力だよな?)
「呪力の味を理解したんだ」
「!」
「お前は今まで口に入れたことのない食材をなんとなく鍋に入れて煮込んでいるような状態だった。だが、黒閃を経て、呪力という食材の味を理解した今、シェフとして3秒前の自分とは別次元にいる。
黒閃を放った悠仁を東堂は親友のさらに上・・・超親友、ブラザーとして認めた。黒閃をくらった花御はじっと悠仁と東堂を見据える。
(宿儺の器は術師として未成熟と聞いていたが・・・加えてあの謎の男・・・その他大勢とは何か違う)
東堂は他の術師とは何か違うと花御は感じ取った。そんな花御に、清孝が側面に入って拳を構えて接近し、不意打ちをかまそうとする。しかし、清孝の接近に気付いていた花御はすぐさま振り返り、腕で清孝の拳を防御した。防御の際、吹っ飛ばされた花御の手は呪力によって元通りになる。
「!京都の人!」
「清孝か!」
〘あなたの存在に気付いていなかったとでも?〙
「そうかよ・・・そいつは・・・残念だぁ!!!」
ドオオオン!!!!
拳を防御された清孝は呪力を纏った本命の左拳を花御の腹部に放った。清孝の水鱗躍動による怪力によって花御は拳をくらって吹っ飛ばされる。
(何という凄まじい力・・・黒閃でもないのに・・・)
予想以上の怪力に驚愕する花御は態勢を立て直し、樹を川に樹を生やして清孝に攻撃を放つ。迫ってきた樹に清孝は川に水を操って噴射し、迫ってきた樹を叩き折った。
〘水⁉〙
「ラァ!!」
清孝は腰に抱えていた呪具を花御に投擲する。投擲された呪具は軽く避けられるが、清孝はにっと笑みを浮かべている。これに花御が怪訝に思うと、背後から
(なっ!!?いつの間に背後を!!?)
「
(驚愕!!この俺が彼の接近に気付かなかったとは!!)
「オラぁ!!」
〘ぐぅ!!〙
「悪い!遅れた!」
「いや、ナイスアシスト!」
「ああ。見事な奇襲だ。俺に最後まで気がつかなかった。1年、名は?」
「和倉
「ほう、お前がマイシスターの言っていた・・・。ならば和倉
姉弟子レオーネから交流会前日に
「どんな女がタイプだ!」
「今聞くことか!!?後にしろよ!!!」
「大事なことだ!!!早く答えろ!!!」
絶対今聞くことではない質問に
「・・・正直好みとかわかんねぇけど・・・あえて言うなら・・・年上で背がちょっと小さい女の子・・・かな・・・?」
「・・・・・・そうか・・・」
「実に惜しいな・・・お前では俺と親友にはなれない・・・」
「何の質問だよこれ!!?なんか意味あんのか!!?」
「気にすんな。あいつの病気みてぇなもんだ」
「通過儀礼みたいなものだよ」
「悠仁お前あいつに洗脳されてないか!!?」
東堂のことは元よりよくわかっていなかったが、今回のことで彼のことがさらにわけがわからなくなる
(あれが真人の言っていた呪力がない男・・・。瞬発力、技量はあの
バカをやっている間にも、背中の傷を治した花御は
「んなことより特級呪霊だ。奴さん、もう傷を治したみたいだぜ」
「マジか⁉」
「治んのか⁉」
「呪霊は言ってみれば呪力でできた化け物だ。俺ら人間と違って治癒に高度な反転術式はいらねぇ。特級ならなおさら、あの程度の傷は屁の河童だ」
「だが、確実に呪力は削れるし、
東堂の仕切りと共に、悠仁は彼と同じ構えを取り、戦闘態勢に入る。
「おい、お前もうボロボロだろ。そんなんであの化け物についてこれんのか?」
「舐めんな。お前こそ、呪術使うのもやっとだろ。途中でへばるんじゃねぇか?」
「問題ねぇ。水分補給は済んだ」
「ならお互い様だな。俺も煮干しは食った」
「はっ!じゃあ・・・行くぜ兄弟!!!」
「おうよ兄弟!!!」
殴り合いの果てに友情が芽生えたのか、
〘・・・どうやら、あなたたちには・・・多少本気を出した方がよさそうだ〙
花御は油断は命取りと判断をし、布で封じていた片腕を露にする。封じられていた腕は黒く、肩には供花の蕾が備わっていた。本気を出した花御は両手を地面に手を付け、巨大な木を生やして4人に攻撃を仕掛ける。伸びてきた樹を4人は攻撃を躱し、拳などで受け流しながら樹の上に乗りこんだ。攻撃範囲は恵たちと戦っていた時よりも広く、屋敷のそばまで届くほどだ。
「なんつー攻撃範囲だよ!」
「ビビんなよ!その分強度と速度は低い!」
広い攻撃範囲に驚愕する
(重い!先刻の黒く光る打撃ほどではないが・・・各々が確実に私にダメージを与えるだけの威力がある!)
両者の重い一撃を受け、花御は後退り、4人への警戒がさらに強まった。
「東堂!!もっとタイミングを合わせよう!!」
「ああ!!」
「兄弟!!東堂に続け!!挟み撃ちだ!!」
「おう!!」
4人は追撃で挟み撃ちで攻撃を仕掛けようとする。すると、4人が乗っていた樹の足場が突然何の前触れもなく消え去った。
「足場が!!」
(油断!!これだけの質量・・・実物に呪力を通し操っていると思っていた!全て彼奴の呪力で具現化、顕現したモノ!さすがは特級!!)
〘大地のありがたみを知るといい〙
花御は足場を残し、浮かんでいる樹の塊を操って枝を伸ばし、落下している4人に攻撃を放った。
(落下中に攻撃!!エグいな!!だが!!)
「「ブラザー!!!」」
「「兄弟!!!」」
落下していく悠仁と東堂はお互いに両足同士で蹴りを放ち、これの反力で攻撃を躱した。
(!あれを躱すか!しかもあの男はこれを利用して跳躍した!)
「ラァ!!」
花御が驚愕している中、
(何という息の合った連携!しかしなんだ・・・?なんだこの気持ちは・・・?)
追い詰められている状況の中、花御の心には何かの感情が芽生えていた。
●
高専襲撃の前日。陀艮の領域展開でのんびりしていた時のこと。いつもは花御と話そうとしなかった斬鬼が彼に向けて口を開く。
「花御よぉ・・・てめぇはもっと正直に生きろよぉ」
〘・・・何も偽ってるつもりはありませんよ〙
「てめぇが嘘つきって言ってるわけじゃねぇよぉ。てめぇの戦う目的は知ってるさぁ。だがなぁ、その過程である戦いをもっと楽しむべきだぜぇ」
「俺も斬鬼に同感かな」
戦いを楽しむという斬鬼の考え方に隣にいた真人が同意している。
〘・・・斬鬼はともかく、真人は楽しいのですか?〙
「まぁね。でも・・・最中に感じる愉悦や快楽が動機になったのはごく最近だよ。気づけば、欺き、誑かし、殺し・・・いつの間にか満たされている」
「そいつは当たり前のこったぁ。人間共が食って寝て犯すのと同じように、これが俺たち呪いの本能なんだからなぁ。俺たちは理性を手に入れた特別な呪い・・・だがそれが本能に逆らっていい理由にはならねぇ」
「魂は本能と理性のブレンド。その割合は他人にとやかく言われるもんじゃないけどさ・・・俺から見て、花御は少し窮屈そうだ」
斬鬼と真人が話す呪いの本能は花御には少し考えさせられるものだった。
「花御ぃ・・・てめぇはよぉ・・・本当はもっと強ぇだろうがよぉ」
●
空中から落下した4人は木や草花などがクッションとなり、大きな落下ダメージにはならなかった。
「いててて・・・東堂!
「問題ない!」
「大丈夫だ!一太刀入れてやったぜ!」
「ナイスだ兄弟!」
4人が体制を整えた直後、花御は樹の塊から飛び降り、地に着地する。
(あれだけの呪力消費・・・)
(叩くならば・・・)
(今しかねぇ!!!)
(化け物め!!!)
4人は花御に接近し、息のあった連携攻撃を繰り出していく。花御は4人の猛攻を防ぎ、距離を取って足元に花畑を作り出す。作り上げた花畑によって4人の戦意は一瞬だけ喪失する。その隙をついて花御は樹を出現させM攻撃する。すぐに正気に戻ったため、4人はこの攻撃を回避できた。
(斬鬼・・・真人・・・私は今・・・)
戦いを楽しんでいます!!!!
「お前たち、大丈夫か!!」
「心配ねぇよ!」
「モーマンタイ!」
「ノープロブレム!」
「重畳!では、俺の術式を、解禁する!!!」
花御を祓うために、東堂はずっと使ってこなかった(交流会最初の1回は別)術式を解き放つ決断を出すのであった。