呪術廻戦ー呪いを斬るー   作:先導

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玉折

2007年8月

 

星漿体天内理子護衛任務失敗から1年の時が経った。七海、黒女(くろめ)、灰原の3人は2年生になり、1年には伊地知潔高という後輩も入ってきた。そして今年で3年生になった悟、傑、赤女(あかめ)、硝子の4人は校庭に集まり、3人は悟の術式の練習に付き合っている。

 

「いっくよー」

 

硝子は尖った鉛筆を、赤女(あかめ)は消しゴムを悟に向けて投げ放つ。悟の術式によって鉛筆は直撃寸前で止まり、消しゴムはまるで見えない壁に当たったかのように宙を舞い、最後には悟の手に渡る。

 

「うん、いけるね」

 

「げぇ。何今の?」

 

「術式対象の自動選択か?」

 

「そ!正確に言うと、術式対象は俺だけど。今までマニュアルにやってたのをオートマにした。呪力の強弱だけじゃなく、質量、速度、形状からも、物体の危険度を選別できる。赤女(あかめ)の術式みたいな毒物なんかも選別できればいいんだけど、それはまだ難しいかな。これなら最小限のリソースで無下限呪術をほぼ出しっぱにできる」

 

「出しっぱなんて脳が焼き切れるよ」

 

強力な術式ゆえにデメリットも大きい無下限呪術の出しっぱなしに対し、硝子は心配の声をあげるが、問題ない。なぜなら悟には赤女(あかめ)と同じく反転術式を習得をしたのだから。

 

「自己保管の範疇で反転術式も回し続ける。いつでも新鮮な脳をお届けだ。前からやってた掌印の省略は完璧。赫と蒼、それぞれ複数同時発動もボチボチ。後の課題は領域と長距離の瞬間移動かなー。高専を起点に障害物のないコースをあらかじめ引いておけば可能だと思うんだ。硝子、実験用のラット貸してよ」

 

「えぇ~・・・」

 

呑気に話し込んでいる悟とは対照的に、傑の表情はどこか陰ができていた。ぼんやりもしているし、目には隈もできている。

 

「傑、大丈夫か?顔色が悪いぞ?」

 

傑の様子がおかしいことに気付いた赤女(あかめ)は彼を気にかけている。声をかけられた傑は何でもないように装い、笑顔を浮かべる。

 

「ただの夏バテさ。大丈夫」

 

「ソーメン食いすぎた?」

 

「あまり無理するな。保健室行くか?」

 

「本当に大丈夫さ。心配してくれてありがとう」

 

呑気な悟は置いておいて、心配している赤女(あかめ)に傑は笑って元気を装う。傑の様子がおかしくなったのは、護衛任務が失敗したあの日からだ。あれから1年が経ったが、傑の心の中は、未だに闇で覆われていた。

 

 

悟は最強になった。

 

任務も1人で全てこなす。

 

赤女(あかめ)もあの日から驚異的な成長を遂げた。

 

結果、呪詛師殺しの異名を手にし、彼女も1人で任務をこなすように。

 

硝子は元々危険任務で外に出ることはない。

 

必然的に私も1人になることが増えた。

 

その日の夏は忙しかった。

 

昨年頻発した災害の影響もあったのだろう。蛆のように呪霊が湧いた。

 

祓う、取り込む。その繰り返し。

 

祓う、取り込む。

 

みんなは知らない。呪霊の味。吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしているような。

 

・・・・・・・・・・・・誰の為に?

 

祓う、取り込む。あの日から自分に言い聞かせている。私が見たものは何も珍しくない周知の醜悪。知ったうえで、私は術師として、人々を救う選択をしてきたはずだ。

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・・・・・・・。

 

ブレるな。術師としての責任を果たせ。

 

私を滴るシャワーの音が、非術師たちの拍手が重なるようにも聞こえた。

 

あの拍手が・・・頭の中にこびりつき、嫌に耳に残っている。

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・・・・・・・。

 

「・・・猿め」

 

 

「夏油先輩の様子がおかしい?」

 

傑の異変にいち早く気づいた赤女(あかめ)黒女(くろめ)を教室に呼び出し、彼について相談をしている。

 

「・・・いつもあんな感じじゃない?仮になんかあったとしても灰原がすぐ気づくよ」

 

「私の思い過ごしならそれでいいんだ。ただ・・・時々見せる傑の顔が・・・なんといえばいいか・・・心ここにあらずというか・・・心にぽっかり穴が開いてるような・・・そんな気がしてならないんだ」

 

今朝の悟の術式の練習に関してもそうだ。あの時傑は夏バテと言っていたが嘘だ。そうでなければ、この1年間で似たような状況に遭遇することの説明がつかない。

 

「う~ん・・・一応気にかけてみるよ」

 

「すまないな・・・」

 

いまいち実感が湧かない黒女(くろめ)は他ならない姉からの頼みということもあり、様子を見ることにした。

 

「それよりちょっと聞きたいんだけど・・・」

 

「なんだ?」

 

「お姉ちゃんって、夏油先輩のこと好きなの?」

 

黒女(くろめ)の何気ない質問に赤女(あかめ)は頭に疑問符を浮かべている。

 

「?好きだぞ?お互いに背中を預けられる仲間だからな」

 

「いや私が聞きたいのはそういうのじゃなくて・・・まぁいいや」

 

「???」

 

質問の意図を全く理解できていない赤女(あかめ)は頭の疑問符をさらに増やしていく。

 

黒女(くろめ)は気づいているのだ。赤女(あかめ)本人が気づいていない傑に対しての淡い恋心を。正直悟や他の男なら認めなかっただろうが、傑なら交際を認めてもいいと思っている。いやむしろ超ノリノリで早くくっつけとさえ思っている。だが姉は自分の初恋に気付いていない。気づいてないなら気づいてないで面白くなりそうだと思い、黒女(くろめ)はあえて黙ってることにしたのだ。

 

「・・・黒女(くろめ)。高専は楽しいか?呪術師としてうまくやっていけそうか?」

 

赤女(あかめ)の質問に黒女(くろめ)は少し考える素振りを見せる。

 

「うーん・・・呪術師として・・・なら・・・まだわかんないや。禪院のこともあるし、私の術式、かなり特殊だし。でも、ここには七海と灰原がいる。2人が一緒にいるから、毎日楽しくやっていけてるよ。もちろん、禪院にいた頃よりも」

 

黒女(くろめ)は屈託のない笑顔を赤女(あかめ)に向けている。その様子に赤女(あかめ)はとても嬉しい気持ちでいっぱいになる。

 

「・・・そうか・・・」

 

「ありがとう、お姉ちゃん。私を高専に入れてくれて」

 

「ああ」

 

姉妹2人で楽しく話し込んでいると、黒女(くろめ)は廊下を歩く灰原を見かけた。

 

「あ、灰原ー!」

 

「あ!黒女(くろめ)赤女(あかめ)さん!」

 

「灰原、お疲れ」

 

「お疲れ様です!」

 

黒女(くろめ)に呼び掛けられた灰原は2人に純粋な笑顔を向け、礼儀正しく、元気よく赤女(あかめ)と挨拶を交わした。

 

「お前もポテチ食べるか?まだ開けてない袋があるんだ」

 

「え~?悪いですよ~。コンソメで!」

 

「食べるんじゃん」

 

「ふふ」

 

赤女(あかめ)は灰原の要望に応え、ポテチコンソメ味の袋を取り出し、袋を開けて机に並べた。

 

「それでどうだ?任務の方は。ここ最近働きづめだっただろ?」

 

「はい!順調にこなしてますよ!」

 

「でもやっぱ疲れが溜まっちゃってやんなっちゃうよ。明日も任務だし」

 

赤女(あかめ)の質問に灰原と黒女(くろめ)は答える。やはり日々の任務が多忙らしく、黒女(くろめ)はちょっと疲れ気味のようだ。

 

「近場か?」

 

「いやー、それが明日の任務、結構遠出なんですよ」

 

「そうか。まぁ、もうすぐでシーズンが明ける。それまでの辛抱だ」

 

「はい!あ、そうだ!夏油さんからお土産を頼まれてまして・・・夏油さんは甘いものだったんですけど、赤女(あかめ)さんは甘いのとしょっぱいの、どっちがいいですか?」

 

「うーん・・・私はしょっぱいのがいいのだが・・・悟も食べることを考えると・・・あえて両方はどうだ?」

 

「あ、そっか・・・甘じょっぱい・・・その手があったか」

 

「両方ですね!了解です!」

 

どこの任務かまでは知らないが、赤女(あかめ)は派遣先のお土産を楽しみにしている様子だ。

 

「灰原、呪術師やっていけそうか?辛くないか?」

 

赤女(あかめ)のもう1つの質問に灰原はにこにこ笑っている。

 

「実はそれ、夏油さんにも聞かれました」

 

「え?傑が?」

 

「自分はあまり物事を深く考えない質なので・・・。自分にできることを精いっぱい頑張るのは、気持ちがいいです!」

 

「・・・そうか。灰原らしい答えだな」

 

灰原の回答に赤女(あかめ)は驚いた顔をしたが、灰原らしいと思い、笑みを浮かべている。

 

「あ、あのぅ・・・赤女(あかめ)さん・・・」

 

話し込んでいると、怯えたような大人しい声が聞こえてきた。教室の扉を見てみると、細身で頬が痩けていて、実年齢より上に見えてしまう男子高校生がいた。

 

彼の名は伊地知潔高。今年入ってきた1年生で赤女(あかめ)たちの後輩である。

 

「ん?伊地知か。どうした?」

 

「夜蛾先生が呼んでました。今日の任務の話とかで・・・」

 

「そうか。もうそんな時間か。わざわざすまないな」

 

「い、いえ・・・」

 

伊地知の言葉で今日の任務を思い出した赤女(あかめ)は鞄を持って立ち上がる。

 

「じゃあ黒女(くろめ)、灰原。私はもうそろそろ行く」

 

「はい!お疲れさまでした!」

 

「任務頑張ってね、お姉ちゃん」

 

「ああ」

 

赤女(あかめ)は2人に手を振って別れ、夜蛾の元まで向かった。

 

 

夜、都内にある普通科の学校。誰もいない真っ暗の廊下に、それはいた。この学校に蔓延る・・・女の呪霊が。

 

【か・・・紙・・・紙はああああああああああああ・・・】

 

呪霊は向かってくる敵、赤女(あかめ)に対し、紙を伸ばして攻撃を仕掛けてきた。この呪霊を祓いに来た赤女(あかめ)は伸びてきた紙を斬り払い、呪霊の懐に入って、刀を振るう。

 

「葬る」

 

ザンッ!!

 

一殺呪毒によって斬られた呪霊はその場に倒れ、黒い塵となって消えていく。無事祓うことに成功したのだ。刀を鞘に納め、赤女(あかめ)は補助監督の元に戻る。

 

学校の入り口では補助監督が持っていた。

 

赤女(あかめ)さん、お疲れ様です」

 

「・・・・・・」

 

「ど、どうしましたか?」

 

「・・・以前から思っていたんだが、等級とは合わない任務が多くないか?」

 

「と、言いますと?」

 

「今日の任務は大量の呪霊を祓う二級案件だったはずだ。だが蓋を開けてみればあれは一級相当の任務だった。これは偶然か?」

 

本来赤女(あかめ)が請け負った任務は二級術師に任せておけば問題ない任務だった。だが実際にこの目で見てみれば等級に見合わない格上の呪霊がいたために、割に合わない任務だった。特級になってから今に始まったことではないが、やはりどうにも引っ掛かるようで、赤女(あかめ)は若干渋めな顔つきになっている。

 

「い、いえ・・・それは・・・」

 

「偶然なわけないな。大方また上層部の嫌がらせだろう。いくら人手不足とはいえ、あの老人たちがその辺りの采配を見誤るわけがない」

 

そう、これは上層部による嫌がらせによって割り当てられた任務なのだ。下手に特級を処分するわけにはいかない。かと言って好き勝手されるのも面白くない。なればこその嫌がらせだ。こういった案件は赤女(あかめ)だけじゃない。悟や傑もやられている。しかも今は呪術師の繫忙期。何かにこぎつけて嫌がらせ任務が割り振られやすい。

 

「す、すみません・・・こればっかりは私どもではどうすることも・・・」

 

「いや、愚痴ってすまない・・・。戻ろう」

 

補助監督の申し訳なさそうにしている顔を見て、赤女(あかめ)は愚痴っても仕方ないとし、車に乗ろうとする。

 

「お前が禪院赤女(あかめ)か?」

 

その時、突然1人の女性が現れ、赤女(あかめ)に声をかけた。右目に眼帯を着け、胸元を開けた黒いスーツを着込み、短髪の銀髪を持った女性だ。この女性の最大の特徴は、右手に少し大きめな義手が備わっている点にある。

 

「誰だ?」

 

「あ、あなたは・・・!」

 

突然現れた女性に赤女(あかめ)は疑問符を浮かべているが、補助監督は驚いた顔をしている。

 

「少し話がしたい。時間は大丈夫か?」

 

女性からの突然の誘いに赤女(あかめ)は補助監督に顔を向ける。

 

「時間にはまだ余裕がありますから、問題ありません」

 

補助監督の許可も得て、赤女(あかめ)は女性の話に応じた。2人は学校の庭に移動し、ベンチに座りこむ。女性は煙草に火をつける。

 

「お前たちの活躍は私の国でも耳にする。一度会って話がしたいと常々思っていた。会うことができてとても光栄だよ」

 

「・・・もう1度聞くぞ。誰だお前は?」

 

「ああ、すまない。自己紹介が遅れたな。私の名はナジェンダ。一応は高専のOGだよ」

 

銀髪の女性、ナジェンダの名を聞き、赤女(あかめ)は驚いた反応を示した。なぜならその彼女のことは赤女(あかめ)も聞いたことある大先輩でもあるし、何より噂がある。

 

「!お前があの・・・?卒業と同時に呪術師を引退し、特級術師、九十九由貴と共に海外をプラプラとするろくでなし共の」

 

自分たちの嫌な噂に対し、ナジェンダはかなり不貞腐れた。

 

「・・・私、やっぱり高専は嫌いだ。由貴と同じなんて冗談じゃない」

 

(拗ねた・・・)

 

「冗談だよ。でも入学当初から高専と方針が合わないのは本当だ。あそこがやってるのは対症療法。私たちは原因療法がしたい」

 

「原因療法?」

 

「呪霊を狩るんじゃなくて、呪霊の生まれない世界を創ろうよってことだ」

 

「!!」

 

呪霊の生まれない世界を創る・・・そんな突拍子もない話に赤女(あかめ)は驚愕する。

 

「呪霊が生まれない・・・そんなことが可能なのか?」

 

「少し授業をしようか。そもそも、呪霊とは何だ?」

 

「人間から漏出した呪力が折のように積み重なり、形を成したもの」

 

「エクセレント。すると呪霊の生まれない世界の作り方は大きく分けて2つ。1、全人類から呪力をなくす。2、全人類の呪力のコントロールを可能にさせる。私が勧めている1の線はな、いい線行くと思うんだ。モデルケースもいたからな」

 

「モデルケース?」

 

「お前もよく知ってる人間さ。禪院甚爾」

 

「!!?」

 

ここで甚爾の名前が出てきたことに赤女(あかめ)は驚愕する。同時に納得もいった。

 

「天与呪縛によって呪力が一般人並みになるケースはいくつか見てきたが、呪力が完全に0なのは、世界中探しても彼1人だけだった。でも彼のおもしろいところはそこじゃない。禪院甚爾は呪力0にも関わらず、五感で呪霊を認識できた。呪力を完全に消し去ることで肉体は一線を画し、逆に呪いの耐性を得たんだよ。まさに超人。手加減してたとはいえ、奴から1本取れただけでもすごいことだぞこれは。誇ってもいい」

 

「・・・・・・」

 

一殺呪毒はフィジカルがものをいう術式だ。当たらなくては意味を成さない。だから幼い頃に特訓相手に甚爾を選んだ。禪院家にいた頃から甚爾はただものではないとは思っていたが、まさかそれほどまでとは思わなかったため、赤女(あかめ)は甚爾のすごさを改めて実感する。

 

「彼にも協力を仰ごうとしたんだが、断られてしまってね。惜しい人物を亡くしたよ。天与呪縛はサンプルも少ないし、由貴が今心血を注いでいるのは2の方だな」

 

「全人類の呪力のコントロールを可能にさせる・・・だったか?それと呪霊が生まれないことにどう関係が?」

 

赤女(あかめ)の質問に対し、ナジェンダは驚愕な事実を打ち明けた。

 

「・・・知ってるか?術師からは呪霊は生まれないんだよ」

 

「!!?」

 

術師からは呪霊は生まれない・・・授業では習わなかった事実に赤女(あかめ)は驚愕する。

 

「もちろん、術師本人が死後呪いに転ずるという点を除いてだがな。術師は呪力の漏出が非術師に比べ極端に少ない。術式行使による呪力の消費量がキャパの差もあるが、1番は流れだ。術師の呪力は本人の中をよく回る。大雑把に言ってしまえば、全人類が術師になれば、呪いは生まれない」

 

ナジェンダの話を聞き、赤女(あかめ)は顔を俯かせる。

 

「・・・全人類が呪術師になったとしても、根本的な解決にはならない」

 

「・・・ほう?」

 

赤女(あかめ)の話にナジェンダは興味深そうに耳を傾ける。

 

「禪院家にいたからこそわかる。呪術師は最悪だ。術式のあるなしで優劣をつけたがり、おこぼれに縋ろうとする輩もいる。だから非術師こそが普通の人間だと思っていた。だが最近では、非術師も私たちと何も変わらないのだと気づいた。強者故の醜悪、弱者故の醜悪・・・。呪霊が全て消え失せたとしても、人から生まれる醜悪の根本が人の心ならば・・・結局は何も変わらない」

 

禪院家で知った呪術師の醜さ、盤星教で知った非術師の醜さ。それらを照らし合わせて見たところ、どちらのプランに転んでも、人の心が醜いならば、別の争いを生むだけであるだろう。赤女(あかめ)はそう考えている。

 

「・・・同じなのは当然だ」

 

「え?」

 

ナジェンダの言葉に赤女(あかめ)は驚愕し、顔をあげる。

 

「醜さは人の心から生まれるもの。術師だろうが非術師だろうが、人間なのだから根っこは変わらないさ。だがな、人間は必ずしも醜悪とは限らない。下衆な人間もいれば、いい人間もいる。お前は今までいい人間に会ってこなかったのか?」

 

「・・・・・・」

 

ナジェンダの言うとおり、術師でも非術師でもいい人間は必ずいる。非術師であるならば、これまで呪霊から救ってきた一部人間、1年前では黒井や星漿体ではあるが理子が該当する。術師であるならば、先輩である歌姫やチェルシー、後輩の七海や灰原、担任である夜蛾。さらには頼れる同期である悟、最高の親友である硝子、最愛の妹である黒女(くろめ)。そして・・・1番大事な人である・・・傑。

 

「・・・呪霊のいない世界が生まれて終わりってわけじゃない。むしろそこからがスタートなんだ。悪人が蔓延る世界になるか、善人が安心できる平等な世界になるか・・・どっちの世界になるかは、全ては私たち人間次第だ」

 

「平等な・・・世界・・・」

 

人々が呪いに怯える必要もなく、なおかつ善人が安心できる平等な世界を創ること・・・それはまさに、赤女(あかめ)が理想とする世界そのものであった。ゆえに赤女(あかめ)は、ナジェンダや由貴が目指す呪霊のいない世界に・・・強く共感した。

 

 

話が終わり、ナジェンダは車に乗り込み、学校から去ろうとする。赤女(あかめ)は彼女を見送っている。

 

「じゃあな。話が聞けてよかったよ。本当は五条悟や夏油傑とも会いたかったんだが、間が悪いようでな。もし由貴と会う機会があったら、特級同士、仲良くしてやってくれ」

 

「悟や傑には私から言っておく」

 

「あ、最後に・・・星漿体のことは気にしなくていい。あの時、もう1人別の星漿体がいたか、既に新しい星漿体が生まれたのか・・・どちらにせよ、天元様は安定しているよ」

 

ナジェンダは最後に天元の状況を話した後に、今度こそ学校から去るのであった。

 

「・・・だろうな・・・」

 

理子を守ることができなかった罪悪感、理子が死んだにもかかわらず天元が安定している。様々な感情がごちゃごちゃになり、複雑な心境を抱く赤女(あかめ)は学校の外で待機している補助監督の元へ向かい、高専へ戻るのであった。

 

 

数日後の夜・・・遠出の任務に出ていた七海と黒女(くろめ)が戻ってきた。遺体安置所で出迎えた傑と赤女(あかめ)の目の前には、信じられないものがあった。

 

黒女(くろめ)・・・七海・・・いったい何があった?」

 

「・・・どうということはない、二級呪霊の討伐任務のはずだったのに・・・。なのに・・・こんな・・・」

 

「・・・・・・クソッ!!!」

 

目の前の信じがたい光景に黒女(くろめ)は悲しみのあまり、大量の涙を流している。いつも冷静沈着な七海でさえ、激昂した感情が高まり、物に当たるように椅子を蹴とばした。

 

「・・・生土神信仰・・・あれは土地神でした・・・一級案件だ・・・!」

 

七海たちに言い渡された任務とは、現れた二級案件の呪霊を討伐すること・・・そのはずだった。だが実際に蓋を開けてみれば、現れた呪霊、生土神信仰神・・・土地神の呪霊だったのだ。土地神に関する呪霊は二級などで収まるわけがない。本当の階級は一級・・・下手をすれば特級にだって成りえる。まだまだ実力不足である七海たちが相手になるわけもない。その結果は・・・目の前のそれを見れば一目瞭然だ。

 

目の前に広がっている光景とは・・・下半身がなくなってしまった灰原雄の亡骸であった。

 

「土地神は非術師の信仰によって具現化された呪霊・・・こんなの・・・非術師に殺されたも同然だよ・・・!」

 

「・・・・・・」

 

「・・・今はとにかく休め、黒女(くろめ)、七海。任務は悟が受け継いだ」

 

赤女(あかめ)は灰原にかかっていた布を肩までかけ直す。

 

「・・・もうあの人1人でよくないですか・・・」

 

「・・・何が天上天下唯我独尊だ・・・!ふざけるな・・・!」

 

「「・・・・・・」」

 

七海は悟に対し、最大級の皮肉の言葉を呟き、黒女(くろめ)はこの場にはいない悟に八つ当たりに近い怒りをぶつけている。2人の言葉に、赤女(あかめ)と傑は何も言えなかった。

 

(・・・術師という名の・・・マラソンゲーム・・・その果てにあるのが・・・仲間の屍の山だとしたら・・・)

 

後輩・・・仲間の死・・・それを直面する傑の心は、さらに闇を増すのだった。

 

 

さらに数日後の朝、高専の学生寮。赤女(あかめ)黒女(くろめ)の様子を見に彼女の部屋に訪れた。

 

黒女(くろめ)・・・本当に大丈夫か?無理してないか?」

 

「心配性だなぁ、お姉ちゃんは。私は見ての通り、大丈夫だよ」

 

そう言って黒女(くろめ)は笑っているが、彼女の目の下には隈ができていた。あまり大丈夫とは言い難い。やはり灰原の死が余程に堪えたのだろう。

 

「やはり今日の任務、私が・・・」

 

「だから大丈夫だって。街外れの旧村の呪霊退治くらい余裕だよ。だから心配しないで」

 

黒女(くろめ)・・・」

 

「それに・・・今回の任務、夏油先輩もついててくれるから」

 

「!・・・そう・・・だな・・・。傑が一緒なら・・・安心・・・だな・・・」

 

傑が任務に同行してくれるなら大丈夫だろうと思い、赤女(あかめ)は無理に納得してみせた。傑ならきっと、黒女(くろめ)に気を配ってくれるだろうと信じて。

 

・・・だが・・・この時に自分が無理にでも止めておけばよかったと後悔することになる。

 

 

任務先である村にたどり着いた黒女(くろめ)は傑と共にこの村に伝わる神隠し、村人の変死の原因である呪霊を祓った。依頼人に報告しようと向かった家で、2人はあるものを見た。

 

「・・・これは何ですか?」

 

「何とは?この2人が一連の事件の原因ですよ!」

 

2人が見たものとは、怪我でボロボロになっている双子の女の子が檻の中に閉じ込められている光景だった。どうも村人たちはこの双子が事件の犯人だと思い込んでいるようだ。

 

「・・・違います」

 

「この2人は頭がおかしい!!不思議な力で、村人を度々襲うのです!!」

 

「事件の原因はもう私たちが取り除きました」

 

「私の孫もこの2人に殺されかけたこともあるんです!!」

 

「それはちが・・・」

 

「黙りなさいこの化け物め!!!あなたたちの親もそうだった!!!やはり赤子の内に殺しておくべきだった!!!」

 

原因を取り除いたにも関わらず、村人は双子を犯人だと決めつけ、そしてあろうことか双子を化け物扱いし、暴言を浴びせた。非術師ゆえの醜悪。生土神信仰を生んだ原因である非術師。頭の中がぐるぐると回る黒女(くろめ)が浮かび上がるは禪院家の家訓・・・

 

『呪術師に非ずんば人に非ず』

 

その家訓が浮かんだ黒女(くろめ)は双子に罵声を浴びせまくっている非術師に明確な殺意が湧き、刀を強く握りしめる。

 

黒女(くろめ)

 

そんな時に傑が黒女(くろめ)の肩にそっと手を置いた。そんな彼が浮かび上がるのは、先日高専で出会った特級呪術師、九十九由貴との会話である。

 

 

『全人類が術師になれば、呪いは生まれない』

 

『・・・じゃあ、非術師を皆殺しにすればいいじゃないですか』

 

『・・・夏油君・・・それはありだ』

 

『え・・・いや・・・』

 

『というか多分、それが1番イージーだ。非術師を間引き続け、生存戦略として術師に適応してもらう。要は進化を促すの。鳥たちが翼を得たように。だが残念ながら、私はそこまでイカレてない』

 

『・・・・・・』

 

『非術師は嫌いかい?夏油君』

 

『・・・わからないんです。術師は非術師を守るためにあると考えていました。でも最近は私の中の非術師の・・・価値のようなものが揺らいでいます。弱者故の尊さ、弱者故の醜さ、その分別と受容ができなくなってしまっている。非術師を見下す自分・・・それを否定する自分・・・術師というマラソンゲーム・・・その果てのビジョンがあまりに曖昧で・・・何が本音かわからない・・・』

 

『どちらも本音じゃないよ。まだその段階じゃない。非術師を見下す君、それを否定する君。これらはただの思考された可能性だ。どちらを本音にするのかは、君がこれから選択するのだよ』

 

 

今日というこの日まで、様々な考えが積み重なり・・・そして目の前の惨状を目にしたことにより・・・傑の非術師に対する価値観が・・・崩れ落ちた。

 

「・・・皆さん。いったん外に出ましょうか」

 

傑はにこやかな笑顔を浮かべているが・・・目は全く笑っていなかった。そして・・・黒女(くろめ)を連れて外に出た傑は呪霊を呼び出し・・・

 

ボオオオオオオオオオ!!!

 

「あっ・・・!!」

 

「何!!??」

 

「なんで・・・ぇ・・・ぇ・・・」

 

「いああああああああああ!!!」

 

「もうやめて・・・」

 

呪霊の炎で村全体を焼き尽くし、村人たちを焼き殺していった。村中では何が起こったのかわからず、混乱で悲鳴を上げるばかりであった。その惨状を目の当たりにした黒女(くろめ)は何の感情も湧いてこなかった。まるでそんな価値はないかのように。

 

非術師を見下す自分・・・それを否定する自分・・・。

 

傑は自身の答えを見出した。

 

 

記録 2007年 9月

   

   ■■県■■市(旧■■村)

 

任務概要

村落内での神隠し、変死

その原因と思われる呪霊の祓除

 

・担当者(高専2年 禪院黒女(くろめ) 高専3年 夏油傑)派遣から5日後、旧■■村の住民112名の死亡が確認される。

 

・全て呪霊による被害と思われたが、残穢から夏油傑の呪霊操術と断定。禪院黒女(くろめ)は夏油傑の大量虐殺を容認したと思われる。

 

・夏油傑は禪院黒女(くろめ)と共に逃亡。

 呪術規定9条に基づき、夏油傑、及び禪院黒女(くろめ)を呪詛師と認定。以後、同人を処刑対象とする。

 

 

村全体で起きた大規模な殺人事件。その犯人であるのが傑だという事実。その詳細を夜蛾は悟と赤女(あかめ)に伝えた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

「何度も言わせるな。傑が集落の人間を皆殺しに・・・」

 

「聞こえてますよ!だからは?っつったんだよ」

 

悟にとって傑は親友とも呼べる存在。その親友が村人を皆殺しにしたという事実が受け入れられないでいるのだ。だが、起きた事件はこれだけではない。

 

「・・・先生、何かの間違いでは?傑がそんな・・・」

 

「・・・傑の実家はすでにもぬけの殻だった。多分血痕と残穢から、恐らく両親も手に・・・」

 

んなわけねぇだろぉ!!!!!

 

一連の事件の犯人が傑だと認めたくない悟は大声を荒げて否定した。

 

「・・・黒女(くろめ)は?黒女(くろめ)はどうしたんですか?」

 

「そうだよ!!あの任務、元々あいつが請け負ったんだろ!!?あいつは何やってんだ!!!」

 

2人の問いかけに夜蛾は重苦しい空気を纏い、さらに告げる。

 

「・・・赤女(あかめ)。お前たちが禪院に来るきっかけを作った家を調査してみたところ、大量の血痕と残穢が残されていた。残穢調査の結果、使用術式は黒女(くろめ)の『死骸操術』であると判明した。黒女(くろめ)はおそらくお前たちの本当の両親を・・・」

 

そんなわけがない!!!!!

 

淡々と告げられる事実に赤女(あかめ)は大声を荒げ否定した。妹が非術師の大量虐殺を容認したどころか非術師を・・・しかも生みの親を殺したなんてこと、認められるわけがない。

 

「悟・・・赤女(あかめ)・・・俺にも何が何だかわからんのだ・・・!」

 

「あ・・・」

 

「くっ・・・!」

 

生徒の前では見せない気難しい表情をして頭を抱える夜蛾を見て、2人は全てが事実であると悟った。悟は自身の拳を血が流れるほどに握りしめた。

 

 

夜蛾の話を聞いてから、赤女(あかめ)黒女(くろめ)と傑を探しに東京中を走っていく。やっぱり納得ができない。直接会って話がしたい。そんな思いで探し回る。だが、どこに行っても見つかることはなかった。

 

「傑・・・黒女(くろめ)・・・」

 

赤女(あかめ)が息を整え、顔をあげる。すると・・・

 

「や、お姉ちゃん」

 

「!黒女(くろめ)・・・」

 

ずっと探していた最愛の妹、黒女(くろめ)の姿があった。服装はもう高専の制服ではなく、セーラー服のような黒い服を着込んでいた。

 

「本当なのか・・・?傑が村民を皆殺しにしたこと・・・お前が、私たちの両親を殺したことを・・・」

 

お願いだ、嘘だと言ってくれ・・・赤女(あかめ)は胸中はそんな虚しい思いでいっぱいだった。だがやはり・・・事実は覆らない。

 

「うん。本当だよ」

 

「・・・っ!なぜだ!!?」

 

赤女(あかめ)の必死な問いかけに対し、黒女(くろめ)は真剣みな顔になる。

 

「お姉ちゃん。私、気づいたんだ。非術師は人じゃない。人の形をした呪いなんだってさ」

 

「何を・・・?」

 

「だから決めたんだ。私は夏油先輩と一緒に術師だけの世界を創るんだ」

 

術師だけの世界を創る・・・それは即ち、非術師の存在全てを否定することを意味する。自分の妹からそんなことを言いだしたがため、赤女(あかめ)は自分の耳を疑った。

 

「なんだそれは・・・本気で言っているのか!!?」

 

「ああ、やっぱりわかってもらえないか。でもいいんだ。私も子供じゃないからね。万人に理解してもらおうとは思ってないよ」

 

どうやら冗談で言っているわけではなく、黒女(くろめ)は本気で術師だけの世界を創ろうとしているようだ。

 

「だから・・・お姉ちゃんとはしばらくのお別れ。今日はそれを言いに来たんだ」

 

黒女(くろめ)はそう言って、どこかへ去ろうとするが、赤女(あかめ)が彼女の手を取って止める。

 

「待て!それはもう・・・高専には戻らないのか?」

 

「戻っても死刑なんでしょ?だったら戻る意味なくない?」

 

「高専に入った時、お前は言ったはずだ!!これからは、ずっと一緒だって!!」

 

「私だってお姉ちゃんと離れるのは嫌だよ。でも少しの辛抱だよ。理想世界が実現したその時に、お姉ちゃんを迎えに行くから」

 

黒女(くろめ)赤女(あかめ)の手を振り払い、今度こそどこかへ去ろうとする。

 

「じゃあね。七海にもよろしく伝えといてね」

 

「ま、待て!黒女(くろめ)!」

 

赤女(あかめ)黒女(くろめ)を追いかけようとしたが、人混みに邪魔されて、追いかけられない。人混みから抜けた頃には、もう黒女(くろめ)の姿はなかった。そんな時、硝子からの電話が来た。その内容は、傑が新宿にいたという内容だった。

 

 

硝子と話を終えた傑は人込みに歩く人たちとは反対方向を歩んでいく。

 

「「説明しろ、傑!」」

 

そこへ、後ろから悟と赤女(あかめ)の声が聞こえてきた。おそらく自分の背後には2人がいるのだろうと思い、傑は彼らに顔を向けず、口を開く。

 

「硝子と黒女(くろめ)から聞いただろ?それ以上でも以下でもないさ」

 

「だから術師以外殺すってか⁉親も⁉」

 

「親だけ特別ってわけにもいかないだろ。それに私の家族はあの人たちだけじゃない」

 

「そんなことは聞いてない!黒女(くろめ)に何を誑かした!」

 

「人聞きの悪いことを言うな。彼女は自らの意思で私についてきている」

 

悟と赤女(あかめ)のいくつもの問いかけに傑は淡々と表情を変えずに答えていく。

 

「意味ねぇ殺しはしないんじゃなかったのか⁉」

 

「意味はある。意義もね。大儀ですらある」

 

「ねぇよ!!非術師殺して術師だけの世界を創る?無理に決まってんだろ!!!できもしねぇことをせこせこやんの、意味ねぇっつーんだよ!!!!」

 

「意味ないことをして何になるというんだ!!?目を覚ませ!!できない夢を見ているんじゃない!!!」

 

2人の否定の言葉に対し、傑は冷静に返す。

 

「・・・傲慢だな」

 

「ああ!!?」

 

「君たちならできるだろ。自分にできることを、人には、できやしないと言い聞かせるのか?」

 

「術師だけの世界を創るのも、傲慢だと思わないのか!!?」

 

「それを君が言うのか、赤女(あかめ)

 

ずっと背を向け続けてきた傑は振り向き、距離が遠い2人に視線を合わせる。

 

「君は悟と唯一肩を並べられる存在となった。心底羨ましいよ」

 

「何を言っているんだ・・・?」

 

「私も君と対等になれたのなら、結果は違ってたのかもしれないな」

 

「・・・っ!」

 

赤女(あかめ)に言いたいことを言った傑は今度は悟に向けて口を開く。

 

「悟。君は五条悟だから最強なのか?最強だから五条悟なのか?」

 

「何が言いてぇんだよ?」

 

「もし私が君になれるのなら、このバカげた理想も地に足がつくとは思わないか?」

 

「・・・っ!」

 

今の傑には、何を言っても心には響かない。もう全てが遅すぎたのだ。

 

「生き方は決めた。後は自分にできることを精いっぱいやるさ」

 

言いたいことを言った傑はその場を去ろうとする。悟は構えを取り、赤女(あかめ)は刀を手に取り、戦闘態勢に入ろうとする・・・が、相手は苦楽を共にしてきた傑だ。情が勝ってしまい、手を出せないでいる。

 

「殺したければ殺せ。それには意味がある」

 

傑はそれだけを言い残し、今度こそ、その場を去っていった。追いかけようと思えば追いかけることができる。だが・・・2人には・・・追いかけることは・・・できなかった。

 

 

高専に戻ってきた赤女(あかめ)は校庭のベンチに座り込んでいる。そこへ硝子がやってきて、彼女の隣に座る。

 

「結局、追えなかったんだ」

 

「・・・・・・」

 

「意味わかんないよね、あいつ」

 

硝子は煙草を取り出し、火をつけずにそれを口に咥える。その後沈黙が続いたが、赤女(あかめ)がその沈黙を破る。

 

「・・・硝子」

 

「んー?」

 

「この世から呪いが全て消えれば・・・人は変わるのかな?」

 

「そんなん知らんよ、赤の他人のことなんて」

 

「・・・そうか・・・」

 

またも流れる沈黙。短い沈黙の中、硝子が口を開く。

 

「不貞腐れてやんの」

 

「・・・・・・」

 

「・・・でも呪いのない世界かー。いいじゃん?目指しても。私の仕事減りそうだし」

 

「・・・否定はしないんだな」

 

「子供じみてるとは思ってる。まぁそれでも夏油よりはマシでしょ」

 

「確かに」

 

硝子と話をして、暗かった赤女(あかめ)に笑顔が戻ってきた。

 

「ありがとうな、硝子」

 

「相談料、禪院家秘蔵の酒な」

 

「現金な奴だ」

 

その後赤女(あかめ)は硝子と他愛ない話で盛り上がった。いつまでも後ろを向いていてはいけない。前に進まなくては。

 

禪院赤女(あかめ)。彼女はこの世から呪いをなくすために、対症療法も原因療法も・・・自分にできることは全てやると決めた。彼女が進む道は・・・善人が安心して暮らせる世界だ。

 

 

硝子と別れた後、赤女(あかめ)は高専の廊下を歩く。すると、曲がり角で悟で出くわす。

 

「あ・・・悟・・・」

 

「・・・夜蛾先から伝言。近いうち傑と黒女(くろめ)の部屋を片付けるってさ」

 

「・・・そうか・・・」

 

赤女(あかめ)と悟は黙り込む。お互い沈黙を貫いていると、悟が口を開く。

 

「・・・なぁ赤女(あかめ)。俺、強いよね?」

 

「・・・ああ。嫉妬するほどにな」

 

「・・・お前だって強いじゃん。・・・でも、俺たちだけ強くてもダメらしいよ。俺が救えるのは、他人に救われる準備がある奴だ」

 

「悟・・・」

 

赤女(あかめ)の脳裏に浮かび上がるのは、黒女(くろめ)と傑の面影だ。自分がもっと気を配っていれば・・・黒女(くろめ)と傑が呪詛師になることもなかったかもしれない。いや、それすらも言い訳だとも思う。

 

「だからさ・・・俺、決めたんだ」

 

「?」

 

この後に悟の口から聞いた目標・・・それを聞いた赤女(あかめ)は目を見開いて驚いた。

 

 

元盤星教協本部。本部の舞台には園田を含め、元盤星教の信者たちが集まっていた。壇上の舞台裏では、傑と呪詛師の医者、ドクター・スタイリッシュと裏稼業の仲介人、(コン)時雨(シウ)がいた。

 

「盤星教は解体されたはずだが?」

 

「別の団体でも根っこは同じさ」

 

「まぁ、表向きは居抜きみたいにしてるけどね。嫌かしら?」

 

「いや、呪いと金が集められれば何でもいいさ」

 

傑がここにやってきた理由は低級呪霊と活動資金を得るための拠点を手に入れるためだ。その際に時雨(シウ)が紹介したのが、この元盤星教協本部である。

 

「夏油様!」

 

そこへ橙髪のポニーテールをした十代前半の少女が犬型の呪骸を持ってやってきた。

 

「演説の準備、全て整いました!」

 

「うん、ありがとうね、セリュー」

 

セリューと呼ばれた少女は傑に感謝され、笑みを浮かべている。

 

セリュー・ユビキタス。彼女こそが、今は亡きマリーが最も大切で最愛の娘なのである。その彼女は今、傑の元にいる。

 

「・・・それより、本当にその恰好で出るつもり?」

 

「いいだろう?ハッタリは大事だ」

 

現在傑が着ている服装は僧侶などが着込む袈裟である。それもよりにもよって五条袈裟である。

 

「はぁ・・・お前さんもなんか言ったらどうだ?」

 

「君から見てこの格好、どう思う?黒女(くろめ)

 

傑たちの背後には黒女(くろめ)がいた。

 

「いいんじゃないですか、それっぽくて。夏油先輩、ガタイがよくて背も高いからハッタリとしては十分ですよ」

 

「だ、そうだ」

 

「はぁ・・・」

 

舞台裏のすぐそばには、傑が任務先にて救い出した双子の少女、柳場美々子と柳場菜々子がいた。

 

「夏油様・・・」

 

黒女(くろめ)姉様・・・」

 

「2人とも、よく見ててごらん」

 

黒女(くろめ)は美々子と菜々子の頭を優しく撫でて笑みを浮かべている。

 

「揃っているな?」

 

「各支部長、代表役員会長、その他太客お揃いで」

 

傑が時雨(シウ)に役者を確認したところで、壇上に上がり、表舞台に立つ。

 

「あーあー・・・皆さん、お待たせしました。それでは手短に。今この瞬間から、この団体は私のものです。名前も改め、皆さんは今後、私に従ってください」

 

反対多数。

 

「困りましたねぇ。そうだぁ。園田さん、よろしければ壇上へ。そう!あなたです」

 

傑に指名され、何の疑いもなく壇上へ上がる園田。そして、その瞬間・・・

 

グシャァッ!!!!

 

傑が召喚したダルマの呪霊に押し潰され、園田は肉片を飛び散らせ、その命を散らせた。

 

「さて・・・改めて・・・」

 

非術師(さる)は嫌い―

 

「私に従え」

 

―それが私の選んだ本音―

 

「猿共」

 

夏油傑。彼が進む道は、全ての非術師を消し去り、呪術師の楽園を創り上げることだ。

 

 

一方その頃、東京にあるどこかの住宅街。そこには帰路を歩いているはね返った黒髪を持った小学生がいた。

 

「伏黒恵君だよね?」

 

伏黒恵と呼ばれた少年は男性の声に反応し、そちらに顔を振り向いた。

 

「あんたたち誰?・・・ていうか、何その顔?」

 

恵に声をかけた悟と付き添いで来た赤女(あかめ)はすごく嫌そうな顔をしている。というのも、この恵という少年、甚爾の息子で顔も彼にそっくりだからである。

 

「いや・・・そっくりだなと・・・」

 

「あいつに子供がいるなんて想像できるか・・・」

 

「?」

 

事情を全く知らない恵は疑問符を浮かべている。

 

「こっちの話だ。ところでお前のお父さんの話なんだが・・・」

 

2人は本題に戻り、恵の父親と禪院について話す。

 

「お前のお父さんは私と同じ禪院という呪術師の家系なんだが、私や隣にいるこいつが引くレベルのろくでなしなんだ」

 

「で、お家出てって君を作ったってわけ。君、見える側だし持ってる側でしょ?自分の術式(ちから)にも気づいてるんじゃない?」

 

「禪院家は才能が大好きでな。術式を自覚するのがだいたい4から6歳くらいで売買のタイミングとしてはちょうどいい頃合いなんだ」

 

「恵君はさ、当主候補であるこの子を差し置いて君のお父さんが禪院家に対してとっておいた最高のカードだったんだよ。ムカつくでしょ?で、そのお父さんなんだけど僕がこ・・・」

 

「別に」

 

話をしている最中に恵は冷めた態度で遮った。

 

「あいつがどこで何をしてようが興味ない。何年も会ってないから顔も覚えてない。今ので話はだいたいわかった。津美紀の母親も少し前から帰ってない」

 

「あ!恵帰ってきた!」

 

話をしていると、恵の家から彼より年上と思われる少女が顔を出した。おそらくこの少女が津美紀なのだろう。

 

「もう俺たちは用済みで、2人でよろしくやってるってことだろ」

 

「・・・お前・・・本当に小学1年生か?」

 

小学生とは思えないほどに大人びている恵に赤女(あかめ)は思わずそう呟いた。

 

「まぁいいや。お父さんのこと知りたくなったらいつでもこの子に聞いて。同じ禪院だし、僕より詳しいと思うからさ」

 

「さて、前置きはここまでにして、本題に入るぞ。お前はどうしたいんだ?禪院家に来るか?」

 

2人がここに来た理由とは、甚爾の手によって売られた恵の意思を確認することなのだ。禪院家に来るのなら赤女(あかめ)がサポートをし、もしそうでないのなら悟が売買をどうにかする。恵に選択されたのはこの二択のみである。

 

「津美紀はどうなる?そこに行けば津美紀は幸せになれるのか?それ次第だ」

 

「ない。絶対にない。これは断言できる」

 

恵の問いかけに対し、赤女(あかめ)は即答で返した。男尊女卑がある禪院家に女である津美紀が行けばどうなるかなど、女である赤女(あかめ)が身をもって知っている。禪院家に行けば津美紀は幸せになれないと聞き、恵は2人に警戒を露にした。

 

「・・・決まりだな。悟。後は任せたぞ」

 

恵の意思を理解した赤女(あかめ)はこの場を悟に任せ、その場を後にする。

 

「くっくっく・・・オッケー。後は任せなさい」

 

悟はニヒルに笑い、恵の頭を雑に撫でる。

 

「でも恵君には多少無理してもらうかも。頑張ってね」

 

そう言って悟は恵に背を向けて言葉を続ける。

 

「強くなってよ。僕に置いてかれないくらい」

 

五条悟。彼は自分の後継者を多く見出すために、教師になる道を選んだ。




序章『懐玉・玉折』  完

次回
零章『東京都立呪術高等専門学校』
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