2007年8月
プトラの調査が終わってから1年の時が流れた。あれからというものの、呪術界を揺るがす大きな事件は起きていない。強いてあげるとすれば災害の頻発の影響で多くの呪霊が湧いたくらいだろう。そのおかげで今年は大人子供問わず呪術師は大忙しである。そんな時期の高専の運動場。今年で2年生となった灰原と
灰原はグランシャリオを身に纏った状態で
「うわぁ⁉」
体制を整えようとする灰原だが、すでに
「はい私の勝ちー。実戦だったら死んでたね」
「い、今のはずるいよ!骸人形を使うなんて!」
「術式使っていいって言ったの誰だっけなー?」
「うぅ~・・・!」
模擬戦に勝利し、勝ち誇っている
「それはそうと七海ー、保持時間の方はどうだった?」
「ええ。伸びていますよ。少しずつですが」
「本当⁉」
「プトラでの戦闘ほどのもの・・・とまではいきませんが」
「それでもあれに近づいてはいるってことでしょ?なら灰原のバカ正直さも無駄じゃなかったっけわけだ」
「そっか・・・へへ、嬉しいな」
グランシャリオの保持時間が確実に伸びている。それは灰原が強くなっている証でもある。それを告げられた彼は嬉しそうに笑みをこぼす。
「そういえばグランシャリオには副武装があったって話を聞いたことあるけど、本当?」
「うん。僕にこれをくれた人がそう言ってたよ。でも出せないんだぁ。何度出そうと思っても、思うようにいかなくて・・・。そもそもどうやって出すのかさえもわかってないんだ」
「じゃあまだその段階には入ってないってことじゃない?」
「じゃあ次の目標は、1級までに副武装を出せるようにするに決まりだ!なんだか燃えてきたよ!」
「2級になったばかりなのにもう1級の話?気が早くない?」
「でも、高い目標を持つことは大事でしょ?」
「まぁそうだけど・・・」
1級に向けての目標を話し合っている灰原と
「七海ー?どうしたの?具合悪い?」
そんな彼を心配して灰原が声をかける。
「いえ・・・ただ連日の任務で疲れてるだけです」
「確かに連続の任務は疲れるよね。灰原はよく元気でいられるよね」
「元気が取り柄だからね!」
どこまでも元気な灰原は胸を張って得意げな表情をして、
「
「あ、
「お姉ちゃん」
「いえ。そろそろ切り上げる予定です。2人とも、明日の任務、忘れないように」
「もちろん!」
「わかってる」
模擬戦を終え、
●
プトラの一件以降、私と灰原は2級術師となった。
初めの内は全く息の合わなかった私たちが、いつしか互いに心を許し合えるスリーマンセルに成長するとは今でも信じられないと思う。
3人一緒なら、何も怖いものなんてない。
灰原がよく言うこのセリフも、あながち間違いでもないと思えるようになった。
・・・ただ、不安材料がないわけではない。
まず、交流会期間に現れた暗殺結社オールベルグ。
五条さんが最強になってからというものの、奴らに関する情報を一切聞かなくなった。
奴らは何のために姿を現したのか。どこに潜み、何を企んでいるのか。現時点で何1つ把握できていない。だがこれだけはわかる。連中はこのまま黙って見過ごすわけがない。いずれ再び牙をむく日が来るはずだ。
もう1つは、今年度の呪霊の発生率。
昨年の災害の頻発の影響が出ているのだろう。今年の夏は蛆のように呪霊が湧いてきた。
この時期になれば呪術師は引っ張りだこ。大人子供関係なく、任務が割り振られる。呪霊を祓えばまた次の任務に充てられる。残業なんて日常茶飯事、ひどい場合は寝る時間も割かれ、休む暇もなく次の任務にアサインされる。
負の感情に苛まれる毎日。馬車馬のように駆り出される人生。終わりの見えないビジョン。
私は何のために呪術師をやっている?何を生き甲斐に命を賭している?
いつまでたっても答えを見いだせない。周りが変化していく中で私だけが変わっていない。ただ1人、置いてかれてしまう。
そうならないように、今はがむしゃらに進むしかない。
そう・・・進むしかないんだ・・・。
例え呪術師がクソだとしてもだ。
●
翌日、2級呪霊の討伐任務のために遠路はるばると田舎までやってきた灰原たち。彼らは2級呪霊の居所を突き止めるために何か変わったことがないか村民たちを尋ねに回っている。
「変わったこと?何かあったかね?」
「さあー?強いて言うなら、魚が獲れなくなったってことくらいかな?」
「この村は漁業が盛んな小さな村だ。妙な話は持ち込まないでくれい」
「んだんだ。辛気臭ぇ噂があると、余計誰も寄り付かなくなっちまう」
だが村民たちは灰原たちを歓迎しておらず、軽くあしらわれてしまう。それどころか、表にこそ出さないが村民は心のどこかで彼らを非難するような目で見ていた。何の情報も得られない灰原たちは近くの食事処で早めの昼食をとっている。
「全然情報が集まらないね」
「というより、完全に厄介者扱いされてますよ、私たち」
「非術師なんてそんなものだよ。誰だって気味悪いものは視界に入れたくないでしょ?それと同じ。人は自分より秀でたものから目を逸らしたいんだよ」
そう言って店員・・・非術師を見つめる
「・・・うん・・・確かに、そうなのかもしれないね」
「・・・うん?どうしたの?」
「いえ・・・意外だなと思いまして・・・」
「うん・・・まさか否定しないなんて夢に思わなかったから」
「はは、この1年いろいろあったからね。考え方が変わったのは認めるよ。僕、人を殺めちゃったし」
プトラでのウェネグとの戦闘を思い出し、灰原は苦笑を浮かべて頬をかいている。
「でも、それでも僕は人との物事を善悪で片付けたくないよ」
「なんで?」
「うまくは言えないんだけどさ・・・相手を知らないのに疑うのは、自分のことが信じられないからだと思うんだ。自分のことが信じられなくなって、自分が自分じゃなくなってしまうのが、僕は怖いよ」
「灰原・・・」
「だから僕にとって人を信じるってことは、自分を信じるってことなんだ。だからちゃんと話し合えば、心を開いてくれるはずだよ!」
満面の笑みで自分の解釈を言い放った灰原は自分のどんぶりをかきこみ、ぺろりとご飯を平らげた。
「ごちそうさまでした!じゃあ僕はもう1度村の人と話してくるよ!2人はゆっくりしてて!」
元気よく外に出る灰原を見て、
「灰原って本当バカだよね。そんな簡単な話じゃないのに」
「しかし、あの正直さに救われているのは事実です。難しく考える私とは違う。心底羨ましいです」
「?どうしたの急に?」
珍しくらしくもないことを口にする七海に
「
「・・・・・・」
「だから羨ましいです。この酷な仕事の中で人を信じて疑わず、ただひたすらに前に進んでいく灰原が。彼を見ている度に、私がどれほどちっぽけな人間なのかということを、思い知らされる」
表情にこそ出さないが、珍しく弱音を吐いている七海。そんな彼の話を真剣に聞いた
「・・・七海はさ、何で呪術師になったの?呪術師になって、何がしたいの?」
「・・・わかりません」
「自分のことなのに?」
「自分のことだからですよ。そもそも私が高専に入ったのは呪いに対処する術を身につけるためです。私には呪術師としての適性があった。だからスカウトに応じた。ただそれだけです」
「・・・ならそれでいいんじゃないの?」
「え?」
「先の未来のことを考えたって明確な答えなんてないし、正解なんてどこにもない。なら自分の納得のいく答えを見出すしかないでしょ。私の言ってること、間違ってる?」
「そうは言いますがね・・・」
「七海は難しく考えすぎなんだって。私なんてお姉ちゃんと一緒にいたいから。ただそれだけの理由で呪術師をやってるんだよ?人を助けたいとか、お金を稼ぎたいとか、生きる理由を見つけたいとか。自分が納得できるものなら何だっていいんだよ。後はそれを形にするために強くなる。それだけでも、十分前に進んでるって言えるでしょ?違う?」
「・・・簡単に言いますね」
「変にウジウジ考えるよりかはよっぽどいいと思うけどね」
「・・・一理あるかもしれないな」
「ん?なんか言った?」
「いえ、別に」
悩みは解決したわけではないが、友達が自分の悩みを聞いて、助言を与えてくれたことで、七海の気持ちは少し解れ小さな笑みを浮かべている。すると、食事処の扉が勢いよく開かれ、灰原が戻ってきた。
「七海ー!!
「うるさっ。声落としてよ」
「見つけたって何を?」
「呪霊に繋がる手掛かりが!!」
「「!!」」
呪霊の手がかりを掴んだ。その言葉に七海と
●
その後の夜、村では盛大な祭りが開かれており、どんちゃん騒ぎの賑わいを見せていた。そんな賑わっている中、3人は祭りには立ち寄らず、補助監督と共に村の少し外れた神社の祭具殿に向かっている。
「あーあ、祭り楽しみたかったなー・・・」
「しょうがないでしょ。狙い目はこの時しかないんだから」
この村では年に1回、祟りが起きるらしい。年に一度の祭りの日、村の住民、観光客問わず、必ず1人が消え、1人が遺体となって村の祭壇に吊るされるとのことだ。その詳細はこの事件の被害者と唯一村について話してくれた村民の話と一致していた。村民の話を詳しく聞いた結果、怪しい場所が神社の祭具殿という結論に至った。神社の関係者は祭りで忙しくなるため、祭具殿が手薄になる。ほとんどの村人が協力的でない以上、調べられるのは祭りの日、今日だけなのだ。
「・・・見えてきましたよ」
しばらく歩いていると、小さな蔵が見えてきた。あれがおそらく祭具殿なのだろう。
「随分ちっちゃいね。本当にここなのかな?」
「でもここ以外調べるところなんてないよ」
「・・・中に入ってみればわかることです。行きましょう」
「では、呪霊が発見次第、帳を降ろします。ご武運を」
補助監督に見送られ、3人は祭具殿の中へと入っていく。その瞬間、祭具殿の空間がぐにゃりと変わっていく。まず、狭かった室内が広くなり、床からいくつもの鳥居が現れて、地面が血のように赤い液体が満たされていく。
「これは・・・!」
「結界。どうやら当たりのようですね」
「うん。これなら帳を下ろす必要はないね」
結界が貼られているということは呪霊がいるという証。確信を得た3人は気を引き締めて先へ進んでいく。
しばらく歩いていると、灰原は足に何かが引っ掛かり、転びそうになる。
「うわっととと!危な・・・い⁉」
下を向いて足に引っ掛かったものを見て灰原は絶句する。それは、人間の遺骨だった。それも、1つだけではない。大量の遺骨は赤い液体の中で見え隠れするようにあちこちに転がっている。
「こ・・・これは・・・!」
「おそらく、祟りによって消えた人間なのでしょう」
「にしたってこれはおかしいよ・・・。いくら年に1回とはいえ、こんな大量の死体・・・明らかに2級の案件を越えてる・・・」
「・・・嫌な予感がします」
「!!2人とも!あれ!!」
七海と
「!あいつ、祟りついて教えてくれた・・・」
「なぜ彼がここに・・・?」
「そんなことより、早く卸してあげよう!」
3人は少年の元に駆け寄り、拘束を斬って磔台から降ろす。少年には目立った傷はなく、気を失ってるだけのようだ。
「よかった・・・生きてる」
「ねぇ・・・これってもしかして、生贄って奴じゃないの?」
「現時点ではそれ以外考えられないでしょう。
「ずっと後ろにつかせてるよ。呪霊が来たら知らせてくれるは・・・」
ヒュンッ!グシャア!!
3人が話し込んでいると、3人の間に何かが素通るように吹っ飛んできて鳥居と衝突した。何かと思い視線を向け、目を見開く。3人を素通りしたのは、外で待機していたはずの補助監督であった。補助監督は両手両足が斬り落とされ、ズタボロの姿で死んでいる。
「ほ・・・補助監督さん!!」
「・・・っ!」
「そんな・・・だって、流兄弟が見張って・・・」
「灰原!!七海!!逃げるよ!!ここにいたら・・・き・・・け・・・」
【・・・・・・】
「「!!」」
(間違いない・・・こいつだ・・・けど・・・)
(これが2級だと?この呪力量は明らかに1級・・・いや、下手をすれば特級にも・・・!)
「はっ、はっ、はっ・・・」
目の前の呪霊の呪力総量を前に、七海も
ザシュ!!
「・・・え?」
黒い剣を持った灰原の右手が何の前触れもなく切断され、宙を舞って地に突き刺さった。その瞬間に、灰原の欠損個所から大量の血が溢れ出る。何をされたのかわからず、灰原はキョトンと呆ける。
「・・・う・・・うあああああああああああああああ!!!!」
理解が追い付いた時、灰原は右腕に激痛が走り絶叫を上げる。そんな中呪霊は息を吸い込み、灰原に向かってプッと吹きかけた。
ドオオオオオン!!
その瞬間、呪霊の呪力が発散され、灰原はもろに呪力をくらって吹っ飛ばされて気を失った。
「灰原!!!!」
(今のは・・・呪術じゃない・・・呪力を飛ばしただけ・・・)
あまりの力量の差に
「
「!!」
「逃げますよ!!骸人形で呪霊の足止めを!!私たちを舐めている今なら!!」
「っ!牙狼!ギル!ハングドマン!」
七海の呼びかけで現実に引き戻され、咄嗟に骸人形、ギルとハングドマンを召喚して攻撃命令を出す。ギルは自身の筋骨隆々の肉体でタックルし、呪霊を飛ばす。宙を舞う呪霊にハングドマンがコートからロープを射出して巻き付けて拘束する。その間に七海は少年を背負って牙狼の先行の下、出口を目指す。
「なんなんだこれ・・・!2級呪霊の討伐任務のはずでしょ⁉あれはどう見たって・・・」
「・・・土地神・・・またの名を、生土神信仰・・・!」
生土神信仰。特定の地域にのみ出現する土地神の呪霊。土地神はその土地に奉る神。神を恐れる人々の畏怖は、2級程度のもので収まるはずがない。土地神の存在をもっと早くに気付くべきだった。そんな後悔を胸に、2人は急ぎ出口へと向かう。
「バウッ!」
「もうすぐで出口だよ!急いで!」
牙狼が吠えた矢先、一際大きい鳥居が見えてきた。これが出口だ。2人は走って鳥居をくぐろうとする。
ヒュンッ!ドオオオオオン!!
だがその一歩手前で呪力の塊が飛んできて、七海に直撃して爆発した。爆風で飛ばされた七海は気を失い、少年と共に倒れる。
「・・・なな・・・み・・・」
「・・・っ!牙狼!!!」
ズシャア!!
発散された呪力が牙狼が細かく7枚に斬りおろされ、後ろにいた
「う・・・そ・・・」
何をされたのかわからないまま、
「う・・・うぅ・・・」
するとずっと気を失っていた少年が目を覚ます。
「・・・ここ・・・どこだ・・・?俺は・・・今まで何を・・・?」
どこともわからない場所で目を覚まし、自分は何をしていたのか困惑する少年は、目の前の生土神信仰を見た・・・いや、見えてしまった。
「う・・・うわああああああああああ!!!!」
目の前の化け物を前に尻もちをついた。じりじりと近づいてくる生土神信仰を前に少年は後退る。
「く・・・来るな・・・来るなあ!!」
少年の必死の抵抗の声に生土神信仰は嘲笑うような笑みを浮かべるばかり。少年の目の前に近づき、生土神信仰はまた呪力を発散しようとする。
ズンッ!!
その直後、いつの間にか目を覚ましていた灰原が生土神信仰の身体に黒い剣を突き刺した。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・!」
「あ、あんたは・・・」
「君・・・!今のうちに・・・逃げて・・・!その2人を連れて・・・!」
生土神信仰は弱々しい灰原を見て、にたりと笑って自身の周りに呪力を集中させた。すると、灰原の両腕の皮がほんの少しずつ捲れて抉れていく。それでも灰原は、剣に力を込め続ける。
「あ、あんた怪我・・・」
「僕のことはいいから早く!!このままじゃみんな全滅だ!!」
「・・・俺のせいなのか・・・?こんなことになったのは、俺の・・・」
「違う!!誰のせいでもない!!僕たちは呪術師だ!!人を守るために命を張るのは、当たり前のことだ!!」
後悔に苛まれる少年に灰原は声を上げて一喝する。その間にも灰原の傷はどんどん広がっていく。
「急いで!!足止めも長くは・・・持たない!!」
「でも・・・それじゃあ・・・あんたは・・・」
身を挺して自分を守ってくれている灰原に少年は罪悪感が募っていく。そんな彼に灰原は笑みを浮かべる。
「・・・頼むよ」
「・・・っ」
少年は倒れている七海と
「・・・ありがとう」
生土神信仰は自身の呪力を発散して灰原を吹っ飛ばす。転げる灰原は黒い剣を地に突き刺し、体を支えながらゆっくりと起き上がる。
「来い!!僕は逃げも隠れもしないぞ!!」
右手が斬り落とされて絶望的な状況の中でも、灰原は笑みを絶やさず、臆さずに生土神信仰に立ち向かった。
●
ああ・・・僕、死んだなこれ。
でも、不思議と後悔はないな。
だって、大切な親友と、好きな女の子を守ることができたんだ。男として、本望だよ。
七海、君には最後まで迷惑をかけちゃったね。でも、これで本当に最後にするよ。
2人は僕にとって唯一無二の大事な人だ。大事な人だからこそ、もっと長生きしてほしい。それが、僕の望みだ。
「グランシャリオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
七海
さようなら
●
「ん・・・んん・・・」
「ここは・・・結界の外・・・?」
「私たちは・・・助かったのか・・・?」
自分たちは生きているのだとわかると、すぐに目を見開いて辺りを見回す。この場においていなければならない男がいないのだ。
「灰原は!!??」
灰原がいないと気づいた2人はすぐに起き上がり、建物から出て村中を必死に探して回る。だんだんと嫌な予感が募る中、2人は村の祭壇に辿り着いた。祭壇には村民が集まっており、その中央に吊るされているものを見て、2人は絶句する。
「ぁ・・・ぁ・・・」
特に
自分たちが呪術師である以上、この光景は日常茶飯事だと言っても過言ではない。だがそれでも、目の前の景色はとても受け入れ難いもので、2人は顔を青ざめている。
その受け入れがたい光景とは・・・
下半身が斬り落とされた灰原雄の遺体の磔であった。
「あ・・・あぁ・・・」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
灰原が死んだ。そんな受け入れたくもない現実に、
●
「・・・どうということはない、2級呪霊の討伐任務のはずだったのに・・・。なのに・・・こんな・・・」
「・・・・・・クソッ!!!・・・生土神信仰・・・あれは土地神でした・・・1級案件だ・・・!」
任務に失敗し、高専に戻ってきた七海と
「・・・今はとにかく休め、
「・・・もうあの人1人でよくないですか・・・」
「・・・何が天上天下唯我独尊だ・・・!ふざけるな・・・!」
この場にいない悟に対し、七海は最大級の皮肉を、
●
その後、七海は1人、自分たちの教室に向かい、灰原の席を見つめる。物静かな教室の中で、七海は灰原との思い出を振り返る。
『初めまして!!灰原雄です!!』
『僕は誇らしい同期を持って嬉しいよ!』
『僕は燃えているよ!夏油さんにいいとこ見せたいからね!』
灰原と
だが灰原はもういない。いないのだ。
「・・・・・・クソッ!!」
自分の不甲斐なさが拭いきれず、七海は自分の机を蹴とばして八つ当たりをした。だがそんなことをしたところで、気分が晴れるはずもない。
●
一方のシャワールーム。
『土地神様に近づいた罰が当たったんだよ』
『土地神様の怒りを買ったんだ。当然の報いさ』
『俺たちにとっちゃ、お前らなんてただの化け物だ!』
『出ていけ!!二度村に入って来るな!!』
『出ていけ!!化け物め!!』
村を苦しめているのは生土神信仰だ。それなのになぜ自分たちが言われもないことを言われないといけないのだ。自分たちが助けてやっているのにこの仕打ち。何1つ信じられない。
「・・・クズ共が」
非術師に対して憎悪が湧いてくる
『僕にとって人を信じるってことは、自分を信じるってことなんだ』
灰原はどんな時でも絶対にこう言うだろう。灰原が言うなら、自分だって非術師を信じてみたいと思う。だが、人を助けておいてあの仕打ちだというのならば、とてもではないが、信じることが、できない。
●
そして・・・運命の日が来た。
それは、傑と共にやってきた村での任務だ。
「・・・これは何ですか?」
「何とは?この2人が一連の事件の原因ですよ!」
ーこの子たちが事件の原因?ふざけるな!呪霊はもういない!それなのに、まだそんなことを言うか!
「・・・違います」
「この2人は頭がおかしい!!不思議な力で、村人を度々襲うのです!!」
ー黙れ
「事件の原因はもう私たちが取り除きました」
「私の孫もこの2人に殺されかけたこともあるんです!!」
ー黙れ黙れ!!
「それはちが・・・」
「黙りなさいこの化け物め!!!あなたたちの親もそうだった!!!やはり赤子の内に殺しておくべきだった!!!」
ー黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ・・・
黙れ!!!!
以前にも見た非術師の醜悪。それを再び目の当たりにした
『呪術師に非ずんば人に非ず』
その言葉が頭によぎった時、
「
そんな時、傑が彼女の肩をそっと置いた。そんな時、影に紛れていた傑の呪霊が、目の前の双子と自分に好意った。
【もう・・・大丈夫・・・】
「・・・皆さん。いったん外に出ましょうか」
そうして傑は
ボオオオオオオオオオ!!!
村人を村ごと焼き殺す。傑がそんなことをしでかしたとしても、
ーお前らが死ねばいい。
それだけ。ただそれだけの言葉が、浮かんでくるのであった。
●
後日、その村で起きた殺人事件の詳細、傑と
「・・・・・・・・・・・・は?」
「だからよぉ・・・今回の事件で夏油と禪院妹を呪詛師と認定、秘匿死刑を命じるって言ってんだよ」
淡々とありのままを伝える鳳凰院に七海はその事実を否定する。
「ありえません。いくら死骸操術を持っていても、彼女がそんなこと・・・」
「・・・ある民家に大量の血痕と残穢が残されていた。調べた結果、残穢は禪院妹のものだとすでに決定されている。もはや疑う余地は・・・」
「嘘だっ!!!!」
事実を認めたくない七海は必死になって否定し続けるが、鳳凰院の表情はどこか悔いがあるように暗かった。
「七海・・・俺だってな・・・何が何だかわからねぇんだよ・・・」
大事な生徒が呪詛師になって、非術師を殺めた。その事実を認めたくないのは鳳凰院も同じだった。だが上層部としての立場上、どうすることもできなかった。それが顔に出ており、全てを察した七海は否定の言葉はもはや無意味だと悟り、拳を強く握りしめた。
●
その後、七海はどこへ向かうまでもなく、ただ・・・街の中を歩いていく。
何を生きがいにするでもなく、何を目標にするまでもなく、中途半端に呪術師の道を歩んだ結果がこれだ。
灰原が死に、
あれほど仲がよかった3人が、風に流されるがままにバラバラになっていく。その事実が、冷め切った七海の心に追い打ちをかけている。
呪術師は常に死と隣り合わせ。そこに未来などない。あるのはただ、呪いを祓い続ける毎日。守る価値がない非術師に後ろ指をさされ、そんな彼らのために命を捧げる。
そんな人生など、クソくらえだ。
「・・・やはり呪術師はクソだ」
七海はこの日、高専を自主退学し、呪術師の道から足を洗った。
●
「好きなんですか?カスクート」
「え?」
スーツを着込んでいる七海はいつも通っているパン屋からに唐突にそう尋ねられた。
「いつも決まってこれですよね」
「あ。いや、はい。近所のコンビニで売らなくなってしまって」
「おいしいでしょ。コンビニのより」
「・・・そりゃパン屋ですから」
「うわっ、辛口」
七海は辛口コメントを残しつつも笑顔でいるパン屋の店員からカスクートを受け取る。そんな七海は彼女の肩に憑いている蠅頭が目に入った。
(蠅頭・・・下手に処理してヘンテコ霊媒師と思われても面倒だ)
小さなことでも変に目立ちたくない七海はあえて蠅頭を祓わず、見てみぬフリを決め込んで店を出ていく。
高専を出た七海は、呪いと関わることがないように、ただ1人の一般人として今を生活している。
2011年10月
●
呪術師から足を洗い、一般人として生活する七海は現在、一企業の会社員として働いている。そんな彼は今、新しく入った新人の教育を担当している。
「初めは何も特別なことする必要はありません。お客に対して真摯であること。それだけは忘れないように」
「はい」
いつも通りの真面目な対応。そんな彼に上司がウザ絡みをする。
「なーなみ~。そんなお堅い話ばっかするな。
「伸び代のないクズ株を口八丁で買わせてもですか」
「
労働はクソ。
会社を務めて2年目。真面目に働いてきた七海は呪術師と同じような結論に至った。だが自分はもう呪術師じゃない。今更戻ることなどできない。そう考える七海は無駄な考えを捨て、今の業務を全うする。
そんな七海の光景を遠くのビルより眺めている女性がいた。女性は手に持っていたお菓子を一口齧り、今の七海の姿を見て、くしゃりと握りつぶした。
●
高専を出て4年。
寝ても覚めても金のことだけを考えている。
呪いも他人も、金さえあれば無縁でいられる。
金 金 金 金 金 金 金 金 金・・・
『七海』
だが、どれだけ金のことを考えても、彼女の顔が頭から離れない。
彼女の姿が思い浮かぶと、考えずにはいられない。
今どこで何をしているのだろう。彼女は今も、生きているのだろうか。
なぜ、罪を重ねるのか。
だが私はもう呪術師ではない。敵であろうと味方であろうと、もう関わることは、決してありえない。
・・・そう、思っていたのに
●
ある日のこと。いつものように労働にうんざりしながらも仕事に取り組んでいた時、途端に職員がざわついている。
「なんだ?あれ?」
窓を見て急にざわつく社員。七海も少しだけ窓をちらっと見た。その瞬間、窓の奥にいる人物を認識して、驚愕の表情へと変わる。その人物は上に指をさして誘っている様子だ。それを見た七海はいてもたってもいられず、全ての業務を投げ出してオフィスから出ていく。
「七海!!ストップ!!どこに行くんだ⁉」
上司の声すら聞こえない七海は、無我夢中で走り、屋上に辿り着く。七海は屋上の扉を勢い良く開けたが、そこには誰もない。七海は息をゆっくりと整えながら、奥へと歩んでいく。十分なほどまで歩いていくと・・・
パタンッ
「や、七海」
扉が閉じた音と共に、窓の外にいた人物が七海に声をかけた。その声に反応して、七海は振り返り、その人物と目が合う。
「久しぶりだね」
「・・・
自分を誘ってきた相手・・・禪院
高専での楽しかった思い出・・・苦難を分かち合った思い出・・・何もかも全部。
「うっわ、ひどい隈。大丈夫?体つきもひょろひょろじゃん。ちゃんと寝れてる?体休めてる?パンばっかり食べてないで。ちゃんとご飯食べないと」
未だに戸惑う七海に対して、
「・・・何しに・・・来たんですか・・・?」
「七海に会いに来た・・・てだけじゃダメ?」
「・・・
「だろうね?こっち側に来た時点で覚悟はしてたよ」
「ならなおさらわからない。下手に動いたら呪術師に嗅ぎ付けられる可能性がある。そんなリスクを伴ってまで、一般人の私に何の用です?私に会いに来た、なんてただの建前ですよね?」
「・・・七海は相変わらず堅いなぁ。ま、らしくて安心したけど」
呪術師をやめても堅い考えはなお健在。
「単刀直入に言うよ。七海、私たちのところに来る気はない?」
自分たちの仲間になれ。その勧誘に七海は動揺から一気に怪訝な感情を抱く。
「七海なら夏油先輩もきっと歓迎してくれるはずだよ」
「・・・私に犯罪の片棒を担げと。そう言いたいのですか?」
「呪術師だけの世界が誕生したら、そんな心配は一切感じなくなるよ。呪霊も生まれないしね」
「・・・そちらに就いたところで、高専側から命が狙われるでしょう。あなたはどうかは知りませんが、少なくとも私は自分の命を晒すのはごめんですね」
七海の答えに対し、
「おかしなことを言うね。高専に入学したってことは、自らの意思で命を晒すことを承認したってことでしょ?それなのに死にたくないから私たちに就かない?矛盾してない?」
「あなたの言う矛盾とはなんですか?死にたくないから呪術師をやめた。だから誘いに乗らない。何もおかしなことはないはずです」
揺さぶりをかけても正論を返す七海の姿勢に、
「・・・あーあ、なんかがっかりだな。あの七海が、そんな普通過ぎる理由で呪術師をやめるなんてね。やっぱり、猿に紛れてるせいで性根も考え方も薄っぺらくなっちゃったんだね」
「元より私は生きがいとは無縁の人間です。3、40歳まで適当に稼いで、後は物価の安い国で人生を謳歌する・・・あなたはそんなつまらない人間を迎え入れたいですか?」
「それは猿に埋もれてるからだよ。少なくとも高専にいた頃の七海は、もっと輝いていたよ」
猿。非術師に対する呼び方に対し、七海は問いかける。
「猿・・・以前のあなたは非術師をそんな呼び方にしなかった。あの人の影響ですか?」
「半分正解で半分不正解。これが私の本音だよ。非術師・・・猿はクソだよ。弱いくせに数が多いってだけで偉そうにふんぞり返って・・・しまいには呪術師を化け物扱い。そんな猿の厚顔ぶりが吐き気が催すほどに反吐が出る」
以前と比べても包み隠さずに軽蔑したような発言と表情。そこから見て七海は察した。彼女は、未だに非術師に対する憎しみが捨てきれないのだと。
「だから呪詛師になったと?」
「逆に七海はなんで呪術師やめたの?」
「あなたが非術師が嫌いなように、私も呪術師が嫌いだからですよ。呪術師はクソです。他人のために命を投げ出す覚悟を時に仲間に強要しなくてはならない。あなただって理解しているでしょう」
「それやめたんじゃなくて逃げただけでしょ」
「・・・・・・」
図星だ。誰が悪いわけではない。ただ呪術師としてのあるべき責任があまりにも重すぎて、これ以上続けられないと思った。いや、それさえも逃げであると七海は自覚している。
「・・・七海さ、さっき物価の安い国で人生を謳歌するって言ってたよね?七海にこんなクソ労働を強いる猿のとこで働いて得た物に何の価値があるわけ?ただ人生を浪費してるだけじゃない」
「・・・・・・」
「七海はいい術師なんだから猿に埋もれるのはもったいないよ。私と来なよ七海。一緒に呪術師だけの楽園を創ろう」
「・・・一般人を皆殺しにしてまでですか?」
「一般人?猿のこと?違うね。あいつらはそもそも人じゃない。正真正銘の呪いだよ」
頑なに非術師を人間とは認めない
ガサッ!
「!誰!!?」
すると何かを落とす音が聞こえ、
「・・・聞かれちゃってたね、今の」
「・・・・・・」
「呪術界的にはさ、呪いの存在を猿に知られるのってまずいんだよね?なんなら手伝ってあげようか?さっき話を聞いた奴を見つめて殺せばいい。簡単でしょ?」
「・・・灰原ならそんなことは言わない」
どこまでも人を人として見ない
「灰原は人を信じていた。たとえ自分が辛い目に遭うとわかっていたとしてもです。あなたそんな灰原の・・・」
「それ以上口にしたら七海でも殺す」
七海の言葉を遮り、
「灰原の考え方なんてどうでもいい。私は私の意志で、猿共を全員皆殺しにする。それが嫌なら止めに来ればいい。尤も、腑抜けきった七海に、それができるのかな?」
「・・・・・・」
「・・・今日は話せて楽しかったよ。私はもう帰るね」
「・・・次に会う時は、仲間としてか、はたまた戦場でか・・・どっちだろうね?」
そう言って
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その日の夜、とある村に辿り着いた
「例の毒薬は?」
「すでにスタイリッシュに井戸に投与済みよ。症状はもう確認済み。身体中に斑点ができて三日は苦しむわ。その後はケロリと治るけど、発熱中は伝染病だと誤解するはずよ」
「お、ちょうど出てきた。猿らしい意地汚さだね」
双眼鏡で誰かが数名逃げる様子を確認した
「ご苦労様、ドクター。報酬を倍にできるよう、夏油先輩に掛け合ってあげるよ。ちょうど処分したい猿もいるしさ」
「あら、それは嬉しいわね。でも男だけにしてね。女子とか絶対いらないから」
報酬のやり取りを終えた
「お前らだよね。ウチにちょっかい出してるの。困るんだよね、そういうの。でもウチはすごく寛容的だからさ、今後私たちに付き従うっていうのなら、命は助けてあげる。どう?」
断固反対。
「・・・あっそ。なら・・・死ね」
ザンッ!!
反対の意を示したことで
「・・・さてと、改めて言うね」
ー猿なんて大嫌い。
「私たちに従え」
ーそれが私が下した本音。
「猿共」
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時間は遡って昼。
(・・・
自身に付き纏う靄が晴れたかのように、七海の顔は覚悟を決めていた。
(・・・ただ・・・もし叶うのであれば・・・)
七海はポケットから携帯を取り出し、ある人物に電話をかける。その人物の名は、五条悟。
「・・・もしもし七海です。お話があります」
七海の脳裏に浮かび上がるのは、高専時代での、楽しかった思い出。
「・・・ええ。明日にでも高専に伺い・・・何笑ってるんですか」
3人で笑いあったあの頃の思い出。
その翌日に、七海は自ら会社を辞め、高専の呪術師として新たな一歩を踏み出した。
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2018年10月19日
術師失踪事件の犯人である
「あ、七海さーん!」
「お疲れ様です、七海さん」
帰宅途中で後輩のシェーレと猪野と鉢合わせになる。
「これから焼肉に行こうかっていう話があるんですけど・・・七海さんもどうですか?」
「シェーレさんの奢りっすよ!これはもう行くっきゃないっしょ!」
2人からの誘いに七海は学生時代での昼食の時間を思い出し、僅かに笑みを浮かべる。
「・・・安いところは行きませんよ」
「ご心配なく。有名店を選びましたから」
「いよっ!太っ腹!」
もうこの歩みを止めたりなどしない。この先、何年、何十年かかろうとも、彼女の間違いを正してみせる。そしてもう1度、見せてほしい。
あなたの、心から笑った笑顔を、もう1度だけ。
伍章『住古来今』 完
陸章『渋谷事変』
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本当はもうちょっとだけ続く予定だったのですが、この先の展開を考えると、先の話に練り込んだ方がおもしろいかなと書いてる途中で考え、今話で住古来今編最終話になりました。申し訳ございません。
モチベ上げのために渋谷事変をある程度書いていたので、まず直し入れてから日曜日に3話ほど投稿予定となっております。
追記:訂正します。日曜から火曜にかけての3連続投稿です。